追憶*マリオネットの糸の先 2 





スポットライトがつくとぼくの演奏が始まる。基本的に、ぼくが昔録音したベース音となずなの声に合わせて、ぼくが演奏するのが常だ。時に、人形遣いが必要だと主張するときはぼくもダンサーやコーラスに回ることもあるが、それはすべてイレギュラー対応だと認識している。
ステージ演出は彼の主戦場なのでぼくはそれに従いますけど。持っていた楽器を背中側に回して、躍りとコーラスを勤める。
一対の人形役、一人の主人とくれば、対なすミストレスだと言っていたのを思い出しながらも、ステージを勤めておく。
ライブを降りて、舞台袖。ふとした瞬間に世界が色を変えた。けれども、耐えてなんでもない顔をする。人形遣いは気づかないようで、先頭を歩いている。カフェインが足りてないのか、睡眠が足りてないのか、はたまた薬が足りていないのかは解りませんけど、それにしても厄介な体質ですね。内心舌打ちしつつ、なんでもない顔をしているとぼくの袖をなずなが引っ張った。心配そうな目がみえたので、ぼくは何もないですよ。と付け足しますが、
あまり納得されていない様子。それが少し不満なんですけどもね。人形遣いもこちらをみてないので、そっと耳打ちしてみる。
「そういえば、なずなはそろそろ誕生日でしたよね。お祝いは何がいいですか?」と耳打ちすると、なずなは首をかしげて考えている。迷っている様子なので、今度録音室で一緒に歌いませんか?人形遣いにも内緒で。そう言ってみると満面の笑みで首を振ってくれるので、約束だというように、なずなが小指を立てたので、クスクス笑って小指を絡めていると、みかが気づいて声を上げたので、ぼくたちは二人して指を立てて内緒と意を表した。
そんな約束も履行されて、時間は流れて手芸室。ぼくはいつもの寝床でうつらうつらしていると、聴覚に零。という単語を捉えた。その単語のおかげで意識がはっきりした。時おり聞こえる単語に、不穏さが滲む。五奇人の箱に入れられた人形遣いと、黙すべき片翼の通話で、忠告やらという単語に思考を巡らせる。そうだった、ぼくは元来の目的があったのも思い出す。晦家の地位を上げるために拾われていた事実を思い出して、思考を捻る。朔間さんが関わっているならぼくも暗躍すべきだ。のっそりと寝床から上半身をおこすと、みかがどないしたん”なんて、首をかしげるのでぼくは何もないと言いつつ起き上がった。どうも人形遣いも通話が終わったようだ。今日集めたのは、どうもライブの周知とかでもなくレッスンを行うだけであった。
人形遣いは、衣装に手を焼くと言っているので守衛室で引きこもると宣言していた。ぼくは、どうするべきかと思考を巡らせる。目の前でいろいろとみかと人形遣いがコントのようなやりとりを行っているのを横目で流し見ていると、なずなが小さく声を出して笑った。人形遣いはその光景を見れなかったのか、みかにあたり散らすので、御愁傷様でした人形遣い。そう煽っているとぼくたちにチケットを売ってこいと指示を飛ばすし、完売するまで帰ってこなくていいとまで言い出した。仕方ないですね。八つ当たりなんて見苦しい。そうこぼしつつも、指示通りにチケットを売り飛ばす算段をつけていると、なずなとみかが人形遣いを引っ張って手芸室を飛び出していった。人形遣いはぼくを巻き込もうとしているが、残念ですね。ぼくはそのつもりですよ。もとから言われた通りには動こうと思ってるので、残念ですね。ぼくは、部屋の鍵を閉めて彼らの後ろを歩く。未だに廊下で二人と綱引きをしている人形遣いの尻を蹴り上げて、前に進ませる。人形遣いがぶつくさ文句を言っていますけれども、嬉しそうな顔をしているので問題有りませんね。幸せそうだったので、尚も蹴っておく。後日朔間さんに怒られましたけど、これはユニットの話なのですけどね。
そうこれは、まだぼくらが円満に幸せだった頃の話。

そこから時間が流れて、ぼくたち『Valkyrie』が頂点から転げ落ち出した。人形遣いは、文字通り自分の意のままにぼくたちを動かそうとしている。音楽の関連はぼくの領地なので、口出しはさせないけれども、隙を見せると彼はぼくの領地ですら侵略を狙っている。そう慌ただしい日々をすごしていると、国外に飛びたとうとする朔間さんからの依頼が少しずつ飛んで来たりするので、そちらもちゃんとやる。そして、ぼくの練習時間ですら確保が怪しくなり出してきている。睡眠時間を削っても、練習してぶっ倒れたりも、薬の副作用で具合を損ねてもぼくは、顔色以外は取り繕えた。なずなが、みかが心配そうにぼくを見るけれど、ぼくはやるべきことを順番に処理していくだけだ。緻密な練習してを重ねて、来るべき日のために打てる手を順番に施していく。朔間さん経由でよくない噂も聞いているので、ぼくはそっちのも対策をとる。朔間さんの依頼、ライブの準備、生徒会への対応、噂への根回し。同時に四つほど仕事をこなしつつライブまで片付けているのだから、ぼくの体調は最悪だった。寝不足も相まって、頭は常に回っているような気がする。
まわりが不安そうな顔をするのはわかっているので、化粧で隠す。『Layla』で培ったスキルを確実に駄目な方向に使っている気はするが今は仕方ない。よくない噂がたくさんありすぎるのですから。
意識がなんどか飛びそうになっているので、カフェインを過剰に叩き込んで、活動できるように促して、ぼくらはドリフェス制度が始まってからの初戦を行う。相手は前に人形遣いが言っていた御曹司のいるユニットだと聞いております。勢いをたくさんつけようとしている魂胆は見えているのですが、それ以外はぼくでも情報がない。ライブの舞台袖で待機して最終的に楽器の点検を行う。キーボードを取り出すので。主に歌えとの今回の指示ですし、今回に限り踊りよりも音を魅せたいとも彼は言っているのですから従うしかありません。そこについては納得はしているので、念入りに発電機から電源コードまでほぼ私物をもってきているのだが、どこまで対策をとっても胸騒ぎが消えない。
未だに体験したことのないタイプのライブ形式だからだと理由をつけて納得しているのだけれども、いかんせん腑に落ちない。それでも、ぼくらは呼ばれて、舞台に立つ。
歓声がすくない、あぁ、いつもよりも少ないのは敵対するライブだからなんでしょうね。敵でさえ、全員魅せてやりましょう。相手の楽曲もきちんと勉強しているのでそこにアレンジを混ぜる。人形遣いは目を吊り上げましたけれど、ぼくはこれが必要だと判断しているんです。振り付けは君の世界で全部従いますけれど、音の世界はぼくに従ってもらいますよ。これはぼくが加入した時のルールですからね。一曲目が終わって、二曲目に入り、演奏に熱が入っているときだった。演奏していた音も声も消えた。つまりベース音も消えた。
キーボードを押しても、反応がない。どうする?早めに動かねば異変はすぐに察知される。だから、何かをしなければならない。傍らに置いていたキーボード用の電源を置いていたほうに目線を向けたが発電機がない。どういうことかよくわからない。思考が追い付かない。マイクだけが生きているみたいで、思考を巡らせる。バッテリーを調達する。または、代案の別の方法を捻りだす時間もない。思考がパニックで塗りつぶされていく。どうする?どうしよう。と思っている間に、耳に音が届いた。つたないピッチの音だった、休符の拍がきちんと取られてない歌だった。そこに、また別の高い音が乗る。恐る恐る視線を上げると、なずなとみかが声をそろえている。お互いに目線を合わせて休符を教えなければ美しくないので、ぼくも声を震わせて、リズム隊として喉を鳴らす。
こうして、なずなとみかと歌うのはずいぶん久しぶりだと思う。きっと恐らくこんなタイミングじゃないとこうして歌う。楽器のパートを自分で歌うのなんて、いつぶりなのだろうか、思考を飛ばしながら音を紡いでいると、人形遣いの声が乗ってきた。四人でなんていつぶりなんでしょうね。ぼくの記憶の彼方にあるだけだ。振り付けも何もかもを放置して、アカペラアレンジと言っても過言ではない。高らかに歌おうとするその姿に、ぼくは泣きそうになりますよね。高らかに歌うその姿は、恐らく今までひそかに練習していたのでしょう。練習してないと出ない伸びた音は、人形遣いの目をかいくぐっていたのでしょう。そんな環境にすこし泣きそうになりながらも、ぼくは目を細めてしっかりとこの光景を見つめる。きっと、こんなもの二度と見れない気がして、ぼくは多幸感に包まれていく気がしています。幸せで、どこか切ない。これが事故だったのかなんてわからない。それでも、ぼくはそれでもいいと思ってしまう。この時間がずっとこのままだったらいいのに。そう思ってしまった。



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