スカウト スイーツパティシエと俺。-2

はい、文哉ちゃんのね。と渡されたエプロンをつける。手洗いをしてると、朱桜くんからパティスリーチーフを呼ぶとか聞こえて、鳴上くんが慌てて止める。夏休みの自由研究を、庶民の文化と捉えられて、なんとも言えないブルジョア感を出しているが、俺は、そう。ととりあえず聞き流しながら、セナに何がいるかなー。と問いかけようとしたら、鳴上くんと話を続けている様子だ。

「くまくんが先に来てるって話だけど。あいつこういう面倒くさいことには関わらないやつだと思ってたけど。今回は珍しくやる気なんだ。」
「凛月ちゃん、放課後はたいていガーデンテラスで寝てるからねぇ。教室行くより、こっちで合流した方が早いって感じ」
「やる気がある訳じゃないんだ。まぁ、くまくんらしいけどさぁ」

紙タオルで手を拭きおわって顔をあげると、朱桜くんが朔間くんを見つけて驚いてる声が聞こえる。そちらを見ると、奇妙な色したクリームやらを使って、ケーキのようなものを作り上げている弟くん、凛月くんがそこにいた。聞こえてくる単語はどれも怪しい気な単語が並んでる。なんだよ、足音って。入らねぇだろうよ。
呆れながら、散らかったクリームやらの清掃に取りかかるとしよう。なんかもう、いいや。どうせ俺は先に抜けるんだし、働けるところで働いておかないと。セナになにか言われるのは応えるし、メンタルのために働くとしよう。そんなことを思いながら、明らかに使い終わったボールを流しに入れていく。紫ってなに味なんだろう?シソ?いや、ベリーか?ちょっと疑問が湧いて、綺麗そうな所を指で掬って一口嘗める。見た目のえぐさと味が全く連動してない。なんだこれ。旨いんだけど。

「文哉、なにしてんの?え?食べたの?」
「あ、うん。意外といける。美味しい」
「えぇl文哉ちゃん、そんな身体に悪そうなの食べちゃ駄目よ。」
「ねーふ〜ちゃんもそう言ってるんだし。」

不思議の国のアリスに出てくる猫みたいにゆるゆると笑いながら、ほら食べる?と俺に追加のケーキを差し出す。俺はいいの?と確認とってると、朱桜くんが祖先に祈りながら、おそろおそおしく口に運んでいく。祈るほどの見た目はしてるが、言ってそんなことはない。ほっぺたが落ちるレベルの旨さ。なにの化学反応なのか逆に怖い。まじで。

「文哉、食べるのやめときなって。」
「今晩、飯抜いてもいいぐらいにうまいよ?セナいらないの?」
「カロリーとりすぎるし」
「どんどん食べてね〜、たくさんあるから。ふうっふお菓子作りって楽しいかも。」

るん。と浮かれて、俺に次に次にと試食のお菓子を渡してくれる。俺はまた新たに受け取りながら、テーマを聞くと『食べようと思ったら逆に食べられる系』とか謎のお返事いただきました。うん、まんま。ど紫のお菓子ってないよね。でも、なんで紫なの?作ったらそんな色になったんだよねー。濃紺と白でユニットイメージ出来ないかな、とか食べつつ凛月くんと会話をする。一通り食べたら洗い物をしなければ。器材が大体凛月くんの使用済みで埋ってるんだから。君、使いすぎだって。お菓子をあとでまた食べるように避けておいたら、鳴上くんにもセナにも眉を潜められた。いいじゃん、飯がわり。とかいうと、とてもセナに怒られた。

「さ、さぁって、気を取り直して、お菓子作りを始めるわよォ!」
「ふ〜ちゃん以外誰も試食してくれないんだけど。」
「余ったらうちの晩御飯にしてもいい?」

あんた、太るよ。とセナの目が尖ったが体重はよく変動するのでちょうどいいかもしれない。へらりと笑えば、ほっぺたをつねられる。いててて。俺以外みんなビビってるだけで、美味しいのにねぇ。鳴上くんとかもう完全に触れたくなさそうだし。全員が手を洗ったことを確認して、調理開始よぉ。とか言うけど、結局何を作るんだ?

「文哉ちゃん、料理は出来る?」
「家庭科でやりそうな事は。この間事務所の生放送でオムライスタイムアタックして作ったかな。」
「タイムアタック……な、なら、大丈夫そうね。ね、司ちゃんと一緒に動いてくれない?」
「試食係に据えて俺とセナで動いた方が早そうだけど。」

じゃあ泉ちゃんと一緒に動いてくれる?司ちゃんは見ておくから。パッと方向性を決めて、俺はセナと打ち合わせをする。セナ、何からやる?計ってるから、文哉は果物切って。おっけー。二言三言で予定を決めて俺は果物を探しに冷蔵庫を漁る。さっさと果物を決めて、リンゴから切り始める。飾り切りっているかな。正月の特番の隠し芸として練習したことあったけど、あの企画流れたんだよな。ちらりと視線をセナに向けると、どうやら奇跡を起こしたプロデュース科の転校生がいるらしい。俺はどうでもいいのでそのままリンゴに手をつける。鳴上くんがセナにひっついて時折クソオカマと野次が聞こえる。俺はそのまま変色防止の塩水を作ってから、りんごの皮を剥きにかかる。ぐるぐる回しながら皮を剥いていると転校生が寄ってきた。ちらりと俺は一別してから、触れるなよ。と念を押せば、アイドルの手を切ったら怒られますもんね。と二歩ほど離れた場所で俺を見ていた。

「とても器用なんですね。」
「それなりにやってたら、こうなるよ。」

そのまま沈黙。しゃりしゃりと包丁の滑る音だけが聞こえる。テーブルの向こう側では、椅子を引っ張ってきた凛月くんが俺と転校生を見てる。気にすることなく一玉目を向き終えて塩水の中に入れて次に梨を手にかける。

「見てても面白くないよ。」
「保村先輩の手つき綺麗だなって思って!そんな真剣な顔がかっこいいからとかではなくて!!」
「転校生、顔真っ赤だけど。」
「ちょっと凛月くん!!」
「あーさっきから気になってるんだけど、転校生。どうして『私が審査員長』って『のぼり』を背負ってるの?」

凛月くんの声を聞いて、俺は転校生を一瞥する。確かにこれでもかと言うほどの主張をしているようだ。ぶつけてくれなかったらなんでもいい。二人の会話を聞きながら、梨を手早く皮を捲る。っていうか、まぁ、うちの主要購入層とかって必然的に女の子になるわけだし、合理的というか。まぁ、なんでもいいけど、転校生買収したらいいのでは?なんて頭を過る。どうでもいいことをかんがえてたら、手が滑って指先を包丁が掠めた。小さく声を漏らせば、セナが怪訝な顔をしてこちらを見ていた。隠しきれるかな、とか思うがさすがに人の血液入りのは食べたくないだろう。包丁を一旦置いてポケットに入れてた絆創膏を取り出す。たぶん薄皮しか切ってないだろうけれど、念のため貼っておこう。

「文哉、どうしたの?」
「んー薄皮だと思うけど念のため絆創膏。」
「気を付けなよねぇ。ただでさえ映ることが多いんだからさ」

はぁ、とため息をつきながらセナが俺が置いた包丁を取る。さっさと貼って、焼くようの準備をしなよ。文哉。セナに促されて鈍く返事をしながら視界にセナを入れる。作ることが楽しいのか、ここに来るまでの表情と打って代わって楽しそうに見えた。……まぁなんだかんだ言いながら、セナって面倒見いいよね。責任感つよいというか、なんというか。心の端に火が灯る感覚がする。真剣な顔してる表情も、久々に見た気がする。そういえばと思い出して、転校生に暇なら食っとけ。と凛月くんのお菓子を出しておく。一瞬怯んだのを見逃さずに、しっかり食べろよ。と念を押して、絆創膏を取り出す。

「ふ〜ちゃん嬉しそうだね。セッちゃんのお陰かな?」
「そう?」

俺は誤魔化しながら、切った所を絆創膏を貼っておく。みんなでワイワイするだなんて、考えたことなかったな。こんな光景をレオならどうしてるのだろうか、隅の方で美味しい楽譜でも書いてるのか、しっちゃかめっちゃかにしてるのか、どうなのか想像は出来ないが、きっと居たら楽しいだろうに。そうしたらセナだってガミガミ言いながら、きっとレオと笑ってるんだろう。とか思うと心に小さく灯った火が揺らいだ気がする。なんだよ俺はマッチ売りの少女かと一人自嘲する。幻かっての。

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