死の街で 前編


気が付いた時には、人々は恐怖の悲鳴を上げ逃げ回っていた。
気が付いた時には、一人取り残されていた。
気が付いた時には、周りは化け物だらけになっていたー。



ごんべいは、自分の勤め先の会社の机の下にいた。
何故かというと、会社の外はゾンビという生きた死体の化け物で埋め尽くされているからだ。
武器など持たないごんべいが外に出たら、一貫の終わりであった。

「っく…こわい…どうしたら良いの…」

ごんべいは一人、机の下で泣いていた。
仕事仲間達がまだ残っていた頃に、ごんべいは逃げる事が出来なかった。
出て行ったらゾンビに食べられてしまうと思い、ごんべいは一人ここに残った。
だが、今思えば逃げれば良かったと後悔している。
たった一人、化け物に怯えながらいるのは耐えられない恐怖だ。

「もう逃げられないからここにいるしかない。けど…いつゾンビが入ってくるか…」

時折、外からゾンビの唸り声が聞こえてきていた。
それを聞くたび、ごんべいはガタガタと身体を震わせてしまう。

「もう…生きてる人なんていないよね…どうしたら…っ」

ごんべいは、死を覚悟するしかないのかと思い始めていた。

「でも、ゾンビに食べられて死ぬなんて絶対嫌だ。武器さえあれば…」

日本生まれのごんべいは、銃など持った事はないが、扱い方は銃が趣味だった同僚から幾らか聞いていた。

「うちの会社に銃あったかな…」

ごんべいは銃を探そうと、やっと机の中から出て行く。

「えーと…」

棚の中を探し始めると、ガタガタッという音が上がる。

「な、何?」

ごんべいはビクッとなり、音のした方向へと向く。
音がしたのは、どうやら窓のようだった。

「うう…」

という、ゾンビの唸り声も同時に上がっていた。

「!嘘、ゾンビ…?!」

ごんべいが声を上げたのと同時に、窓ガラスがパリン!と派手な音を立てて割れた。
ゾンビがガラスを割って、入ってきたのであった。

「きゃーっ!!」

ごんべいが悲鳴を上げると、複数のゾンビが彼女に向かって足を進ませていく、新鮮な肉を求めて。

「や、やだ…こんな所で死にたくない…!」

逃げようと周囲を見渡すが、ゾンビに挟まれ逃げ場はない。

「ううーっ!」
「こ、来ないで!」

手当たり次第に物を投げてゾンビに当てるが、よろけるだけでビクともしない。

「いや…いやあっ…」

恐怖のあまり、ごんべいは頭を抱え、床にうずくまってしまった。

バン、バン!

突然、銃声が鳴り響く。
ゾンビは銃弾を受け次々に倒れ、あっという間に全滅していた。

「え……」

ごんべいはゆっくりと立ち上がる。
ゾンビは倒れており、代わりに生きた人間が立っていた。

「!」

生きた人間の存在に、ごんべいは驚きその人物を見やる。

「…女か」

人物はごんべいを見て、そう呟く。
生きている人に出会え、ごんべいは自然と涙が溢れてしまった。

「…何故泣く」

ごんべいの涙を見て、男性は怪訝そうに言う。

「す、すみません。い、生きてる人に会えて嬉しくて…」
「…」
「あの、助けて頂いてありがとうございます」

ごんべいは涙を拭い、命の恩人に頭を下げる。

「…助けた?私はゾンビがいたから排除したまでだ。お前など助けてはいない」

男性はそう冷たく言うと、棚のファイルを取り出しそれをめくっていく。

「あ、あの…貴方は…」

再びごんべいが声を掛けると、男性は面倒そうに口を開く。

「…ロウ。警察の特殊部隊だ」
「警察の特殊部隊…」

この街の警察の特殊部隊は、危険な任務をこなしていると聞いた事があった。
が、警察官にしては冷たいと、ごんべいは感じていた。

「私はごんべいです。この会社に勤めていました」
「…」

ロウはごんべいの話を聞いていないのか、何も反応しない。

「…ロウさん?」
「黙れ、私は調べ物をしている」

低い声で言われ、ごんべいは黙るしかなかった。

(折角生きてる人に会えたのに…全然嬉しくなくなっちゃった。何なのこの人…警察官なのに冷たすぎない?)

冷たい反応しか返さないロウを見て、ごんべいは心の中でそう思っていた。
やっと生きて会えた人は、冷酷な警察官なのだから。

「…」

ロウは調べ物が終わったのか、ファイルを閉じ棚に戻す。

「ロウさん、私もついて行って良いですか?」

もう一人になるのだけは嫌なので、ごんべいはロウにそう話を持ちかける。
が、やはり返ってきた言葉は冷たいものであった。

「…お前、銃は扱えるのか?」
「いいえ、使った事はないです」
「私は足手まといはいらん」
「!!」

冷たく言い放ったロウの言葉に、ごんべいはカッと怒りを感じた。
そして、ごんべいに背を向けたロウに、彼女は近づく。

「!お、お前何を盗った?!」

ロウが驚いて、ごんべいの方へ振り向く。

「貴方の銃よ。まだそんなに沢山持ってるんだから一つ位良いでしょ!私、貴方の言う通り足手まといだわ。だから…一人で生きて見せるわ!」

ごんべいは隙を見て、ロウの銃を一つ奪っていた。
それでもまだ、彼の腰には複数の銃がおさまっている。

「お前は馬鹿か?銃を知らない一般市民の女が、ショットガンを扱えるわけがないだろう」
「やってみなくちゃ分からないわ!それじゃエリート警官さん、さようなら!」

ごんべいはそう吐きすてると、ダッシュで自分の会社から外へと飛び出していく。
何十時間ぶりの外であった。

「何よあいつ!顔は凄くかっこいいのに、性格が最悪だわ!」

ごんべいはブツブツと、怒りを吐き出しながら歩く。
が、その怒りは直ぐに消えていた。

「うう…」
「!」

ゾンビであった、奴らはごんべいの行く手を阻んでいた。

「こ、怖い…っ」

ごんべいは少しパニックを起こし、後ろに下がる。
が、手に持っているショットガンと呼ばれた細長い銃に目をやる。

「た、確か、安全装置っていうのを外して…」

カチッと音が鳴り、安全装置は外れたようだ。

「よし、これで…」

ごんべいは両手で持ち、ゾンビに銃口を向ける。
奴らは直ぐ目の前まで迫っていた。

「行けっ!」

ごんべいは引き金を引く。
バァン!という銃声と共に、ゾンビが銃口を受け血を流し倒れていた。

「私…やれたの…?」

自分がやった事に、驚きを隠せないごんべい。
ビクとも動かなくなったゾンビを見て、ごんべいはよしっと拳を握る。

「凄い…やっぱり銃って凄いわ。怖い…本当に怖いけど、自分で戦って逃げるしかない。あんな…あんな冷たい警官に助けてもらわなくて十分だわ」

ごんべいはぎゅっと、ショットガンを握りしめる。
彼女の脱出劇が始まるのであったー。




ごんべいは街を進みながら、どんどんゾンビを倒していった。
申し訳なかったが、倒れている警官から弾を貰い、補充しながら進んでいた。
一回倒す毎に、ごんべいはどんどんショットガンの扱いにも慣れていった。

「絶対に一人でも生きてみせるわ」

ごんべいは、会社の制服のタイトスカートのスリットからストッキングのはいた太ももを向きださせ、早足で道を進んでいく。

そして、ごんべいは街の中心部にある病院へと来ていた。

「病院か。生きてる人、いるかな…」

僅かな希望を思い、ごんべいはその中へと入ろうとする。
が、病院へと向かう彼女の視界に入らない背後から、一体のゾンビがゆっくりと迫っていた。

「うぅ…!!」
「!きゃ…っ!」

直ぐ背後の唸り声に気付き、ごんべいはショットガンを構える。
が、今から構えてもゾンビの方が早いだろう。
だがやるしかない、ごんべいは必死に引き金を引こうとした。

「うぅ…」

ごんべいが引き金を引く前に、ゾンビはその場に倒れ動かなくなっていた。

「あ、あれ…私、撃ってないよね…?」

ショットガンの弾は、減ってはいなかった。
誰かが助けてくれたのか、それともゾンビが自滅したのか。
キョロキョロと周りを見渡すが、生きている人の影は見えない。

「…まあ、良いか。危なかったわ…気をつけないとね」

ごんべいは気にしても仕方ないと、病院の中へと入っていく。
その彼女を見つめる影も、ゆっくりと動き始めていた。



病院の中へと入ったごんべいだが、やはりそこも安息の地ではなかった。

「うっ…」

病院内も地獄の様であった。
死体が無数にあり、異臭を立ち込めていた。

「外の方がマシか…」

そう思いながらも、ごんべいはなるべく死体を見ない様にしながら奥へと進む。
すると、前からやはりゾンビが姿を現していた。
ごんべいがショットガンで打つと直ぐに倒れるが、その奥からどんどんとゾンビが溢れ彼女へと向かってきていた。

「か、数が多すぎる…っ!」

ごんべいは直ぐ側にあった部屋の中へと入り、鍵を閉める。
ガタガタとゾンビがドアを叩く音が上がるが、暫くすると音は止んだ。

「はあ…外に出られなくなっちゃった…どうしよう…」

今来た道を戻る勇気は、今のごんべいにはなかった。

「…少し、役に立つもの探そうか」

弾や食料などがあるかもしれない。
ごんべいは部屋の中を探索し、弾を補充しながら奥にあった階段を登っていく。
一通り病室などを見やるが、ゾンビも人もその姿はなかった。
食べられそうなお菓子などを鞄に入れ、ごんべいは次の部屋のドアを開ける。

「ここは何だろう…」

沢山のファイルが並ぶ資料室の様な所であった。
ごんべいが奥へと進もうとすると、目の前に何か光るものが当たっていた。

「っ?!」

ごんべいはビクッとなり、思わず後ずさりしてしまう。

「…生きた女か」

そう言ったのは、生きた人であった。
銃口を向けていたが、ごんべいがゾンビでないと分かると、それを下げる。

「お、驚かさないで下さい…!」
「ゾンビだと思ったからな。まだ生きてる人間がいるなんてよ」
「…私の知ってる限りではあと一人いますよ」
「そうか、まあ俺の知ったことじゃないがな」

冷たくそう言い放つ男性は、もう一人の生存者であるロウと同じにおいを放っていた。

(この人も…ロウと同じ警官?制服も多分同じだわ…でも、どうして市民を守る筈の警官がこんな冷たい反応なんだろう…)

生きて出会った人物が冷たい人物である事に、ごんべいは溜め息を吐く。

「あの、貴方も警官ですよね?どうして市民を助けようとしないんですか?ゾンビが溢れかえってるのに」

警官全員がそうではないと、ごんべいは今まで街の中を歩いてきて分かっている事であった。
が、ロウも目の前の男性も、余りにも警官とは思えない程冷たい雰囲気を漂わせている。

「もう生存者などいないからな。お前みたいに故に生き残ってる奴はいるだろうが、いずれゾンビになる。だったら、この事件をいち早くメディアに伝え、金にする方がよっぽど利口な考えだろ」

男性はフンとそう笑いながら、そう言い放った。

「…最低…!」

警官なんて、名ばかりだと、目の前の男性を見てごんべいはそう一言言った。
市民を助けず、他の国へこのゾンビ化の事件を伝え、お金儲けしようと企んでいるこの男性に、ごんべいは心の底から怒りを感じた。
ただでさえ、何故人々がゾンビになったか分からないのに。
その原因を突き止めようともせず、お金儲けの事しか考えていないのだ。

「あんたもロウも…最低だわ…!」

きっとロウも、目の前の男と同じ目的だったのだろう。
だからこそ、足手まといのごんべいをいらんと言い、やたら会社のファイルなどを調べていたのだろう。

「ロウも生きてやがるか、まああいつはエリート中のエリートだったからな。あいつに先越されねぇ様に、俺も金目のもの集めねぇとな」

やはり、彼等は同僚だったのだ。
頼りになる警官がダメなのだから、もうごんべいに残された道は、自分でこの街から出るしかなかった。

「あんた達なんかゾンビに食べられれば良いんだわ」
「何言われても俺は信念を変えるつもりはねぇよ。そこはまあ、警官としての心意気が残ってるって事だな」

ハハッと笑う男性に、ごんべいは心の底から腹が立っていた。
相手しているだけ無駄だと、ごんべいは部屋を出ようとドアへと向かう。

「待てよ」

ごんべいがドアノブに手をかける前、男性が近づき後ろから抱き締める様に、両手をお腹の前で組まれていた。

「っ!な、何するのよ!離して!」

突然の事に、ごんべいは戸惑いジタバタと足や手を暴れさせる。
が、そんなごんべいの頭に、男性は銃口を突きつけていた。

「暴れるなよ、殺すぞ?」
「っ…」

冷たい銃口を突きつけられ、ごんべいは暴れるのを止める。
すると、それを良い事に、男性のお腹にあった片手が下への這い、スリットから覗くごんべいの太ももをするりと撫で始めていく。

「っ!いや!何するのよ!」

ゾワゾワと鳥肌が全身に立ち、ごんべいは首を横に振る。

「暴れんなって言ってんだろ。…スベスベしてて最高だ。折角生きた女に出会えたんだ。何もしないで帰すわけには行かねぇな…クク」

そう怪しく笑う男性の息は、熱く荒くなり始めている。

「いや…離して…!!」

そう声を上げるごんべいの目には、涙が浮かんでいた。

(こんな所で…ゾンビなら兎も角、生きた男に犯されるなんて…っ)

ゾンビに食べられて死ぬ事は嫌だが、犯されるのはもっと嫌である。
どうにか逃げ出せないものかと、男性の指先が太ももから更に奥へと這わされていた。

「いやっ!」
「暴れんなよ。くく、死にたくなければな…」

男性の指は、ごんべいの脚の力など物ともせず、どんどん奥へと入っていく。

「最低よ…あんたなんか最低…!まだゾンビの方がマシだわ…!」

ごんべいは後ろにいる男性を目できっと横を向いて睨みつける。

「何度でも言え。警察の正義感なんぞ、もう一部しか残ってねぇんだよ。安心しろよ、お前はこの俺の女として生きてここから助け出してやろう」

そう呟く様に男性は言うと、とうとう最奥へと辿り着いた男性の指が、ごんべいの下着に触れ、ツツッとなぞり始めていた。

「いやぁ…!!」

ごんべいは悔しくてそう声を上げるが、どうする事も出来ない。
ただひたすら耐え、この男性から逃げるチャンスを待つしかないと思い、目をぎゅっと瞑った時であった。
突然、目の前のドアがバァン!という派手な音を立てて開いた。
ごんべいと男性が驚いて上を向くと、そこには予想もしていない人物がいた。

「ロウ…!?」

ごんべいはその人物の姿を見て、名前を呼ぶ。

「ロウ?!お前なんでここに…ぐっ!」

男性が言い終わる前に、彼の額には銃口が突き付けられていた。

「…そいつから離れろ」

ロウはそう言い、ごんべいを男性から引き離す。

「ロウ…なんだよ、この女、お前の女かよ」
「…」

ロウは何も言わないが、厳しい視線を男性に向けている。

「なあ、この女、二人で分けようぜ。すげぇ良い身体してんだ…ぐわ!!………」

男性はそう言い、床に血を流し倒れていた。
ロウが銃の引き金を引いたからであった。
あっという間の出来事で、ごんべいは呆然として動かなくなった男性を見やる。

「…おい」

ロウに声をかけられ、ごんべいはビクッと身体を震わせる。

「な…何…?」
「ここにはもう用はない。行くぞ」

そう言い、ロウは入ってきたドアをまた潜り、部屋の外へと出て行く。

「ま、待って…!」

ごんべいは慌ててロウの後を追う。

「どうして…助けてくれたの…?」

ロウがここにいる事も不思議だが、彼にとって自分は足手まといにしかならない筈だ。
それなのに、彼は助けてくれた。
ロウがあっさりと先程の男性を撃ってしまった事は、やはり少なからずショックであった。
だが、ロウが来てくれなければごんべいは確実に男性に犯されていただろう。

「…」

ロウは暫く黙っていたが、ごんべいの方へ振り向く。

「お前を観察し、生き残れる人材だと確信したからだ」
「へ、観察…?」

想像もしていなかった言葉に、ごんべいはポカンと口を開ける。

「お前の後をつけていた。この私からショットガンを奪った者はいない。どんな風に死ぬのか、見てやろうと思ってな」
「へ…後をつけてた?じゃあ…さっき病院に入る時にゾンビを撃ってくれたのは…」
「私だ。お前は既にこの私に二度も借りを作ったという事だ」

ロウは妖しく、ニヤリと笑う。
それを見て、ごんべいは何故か胸がドキンと高鳴るのを感じてしまう。

「じ、じゃあ…私は貴方に二回借りを返さなきゃって事ね…」
「ここまで一人で来れたのは、お前の力だ、その事を認める。これからは、この私に同行する事を許す。…借りは返して貰う、クク…」
「っ…」

悔しいが、反論する事は全く出来なかった。
ロウがいなければ、ここまでは勿論、自分の勤務先で、ごんべいは命を落としていただろう。
彼に借りを返さなければならない、ごんべいもそう思うしかなかった。
が、やけに胸の鼓動が高鳴っている事にも、ごんべいは否定出来ずにいた。

「い、いいわ…貴方についていく」
「ふん、なら行くぞ」

元来た道をロウと歩いて行くと、あれだけいた病院のゾンビは見事に床にひれ伏せていた。

「これ…ロウが?」
「他に誰がいる」

ゾンビは頭を撃たれ、一発で倒されている。
ごんべいは改めて、ロウの腕の良さを実感した。
あっという間に病院を脱出すると、ロウはスマートフォンを取り出し、地図を表示させる。

「街を抜け少し歩いた所に、民宿がある。そこに救助隊が来る事になっている」
「救助隊?じゃあ、そこまで行けば助かるのね…」

ごんべいは少し、希望が持てる様になっていた。
そして、はっと思い出し、ごんべいは手に持っているショットガンをロウの目の前に出す。

「ロウあの、これ…。勝手に取ってごめんなさい」

幾ら頭に来ていたからとはいえ、取ってしまうのは良くない事。
ごんべいがそう言うと、ロウはショットガンを受け取り、代わりに小型の銃を渡す。

「これは?」
「ハンドガンだ、お前でも負担がなく撃てるだろう」

ロウが銃を自分に与えてくれるとは思わなかったが、ごんべいは心が温かくなるのを感じていた。

「ありがとう…」
「…ふん。ならさっさと街を出るぞ。街を出れば民宿はすぐそこだからな」
「うん、行こう!」

ごんべいはハンドガンを握り締め、笑顔で頷く。
ロウと共にいたいと、ごんべいはそう思うのであった。




パン!

「グギャァ…」

ごんべいとロウの行く手には、やはり街中に溢れたゾンビが阻む。
ロウが手際よくショットガンで撃っていき、一度に多くのゾンビを倒す事が出来ていた。

「ねえロウ、もう生きてる人はいないのかな…」
「だろうな。私が探索していて、出会ったのはお前とあいつだけだ。他の同僚は既に全滅だからな」
「そっか…」

残念だが、仕方がない事であった。
ゾンビとなった街の人々は、もう既に人ではなく、生きた死体なのだから。

「来るぞ」
「っ」
「うう…」

再びゾンビが現れ、ごんべいの方へと向かっていた。
ごんべいはハンドガンを構え、引き金を引く。
その弾はゾンビの腕を擦り、そのまま地面へと落ちていった。

「駄目、当たらない…!」

焦って何度も撃ち込むが、やはりゾンビに当てる事が出来ない。

「…全く、世話がやける」
「!」

思わず、ごんべいは一瞬で頬を染めてしまっていた。
後ろから抱き締められる様に、ロウが手を回し、ごんべいのハンドガンを彼女と共に握る。

「狙いを頭に定め、直ぐに撃て。そうすれば当たる」
「う、うん…」

ロウの温もりを感じ、ごんべいはこんな時なのにドキドキしてしまっていた。
が、ロウと共に引き金を引くと、見事にゾンビの頭に命中し、そのまま倒す事が出来た。

「やった…当たったわ…!」
「その感覚、忘れるなよ」

そう言うと、ロウがスッとごんべいから離れていく。
もっと触れてほしいと、ごんべいの心が思ってしまっていたが、そのまま口に出す事など出来はしない。

(出会って直ぐなのに私…ロウの事…)

自分の気持ちに嘘はつけない。
ごんべいは、ロウの事が好きになってしまっていた。

「おい、どうした。また奴らが来る。行くぞ」
「う、うん」

しどろもどろに、ごんべいは返事をする。

「ね、ねえ…どうしてみんなゾンビになっちゃったの?原因って何なのかな」

自分の気持ちを隠す様に、ごんべいは歩きながらロウに問う。
こうでもしていないと、胸の鼓動が高鳴ったまま治りそうにないからだ。

「病院で科学者達がワクチンを開発していた。それがある日、人をゾンビ化させるウイルスへと変貌を遂げ、それが漏れ出し、街がこうなった」

ロウは前方を見据えたまま、歩くのを止める事なく言った。

「ワクチンがウイルスに…開発途中でそうなっちゃったって事?」
「だろうな。お前がいた病院は、一番ヤバい所だった。ゾンビの数も半端なかったからな」
「…」

改めて、ごんべいはゾッとした。
ウイルスが生まれた場所に、ごんべいはのこのこ一人で入っていったのだから。
ロウの同僚のあの男性があそこにいたのも、その証拠を掴む資料か何かが欲しかったのだろう。

「あれ…そういえばロウも、このゾンビの事に関する事を調べてたの?」

出会った時のロウが、ごんべいの会社で調べ物をしていた事を思い出した。

「そうだ。同僚達は街を救う事が出来ないと判断した。だからこそ、金目的で証拠となるものを探しにいった」
「…」

お金目的というのがどうしてもごんべいは嫌だが、ゾンビ化を防ぐためにもこうなってしまった経緯を、他の人にも知ってもらう必要はある。

「その資料、見つかったの?」
「ああ。奴から奪ったからな」

ロウはニヤリと笑う。
奴とは、病院で出会った同僚だろう。
いつの間にと思ったが、ロウの能力なら出来る事だろう。
ごんべいは敢えて言わず、そう思った。



その後も、ごんべいとロウは順調に死の街の中を進んでいった。
ハンドガンの扱いにも慣れ、ごんべいは確実にゾンビを倒しながら、ロウと共に街の外の民宿を目指し進んでいく。

「ロウ、その民宿にゾンビがいないって保証はあるの?」
「あるわけないだろう。いれば倒す、それだけだ」
「そ、そっか…」

その民宿も安全ではないと分かり、ごんべいは少しがっくりとする。
が、ここにいるよりは絶対マシだと、足を急がせる。
ゾンビを倒しながら進んで行くと、前方の道から、何やら大きな音が上がり始めていた。

「え、何この音…」

キキーッと、車が急ブレーキを踏むような嫌な音であった。
ごんべいが前方を見据えていると、奥から大型トラックが現れ、蛇行運転をしながら物凄いスピードで此方に向かっていた。

「なっ、何あのトラック…」

ごんべいが驚いていると、ロウはハッとなり、顔を歪ませた。

「!ちっ…!ごんべい避けろ!!」
「えっ…?!」

ロウが初めて名前を呼んでくれたと喜んでいる暇もなく、トラックが真っ直ぐごんべいと彼の間に突っ込んできていた。

「きゃあ!」

ごんべいは慌てて右に避け、間一髪でトラックを交わす。
彼女が今まで立っていた所は、トラックが追突し、炎を巻き上げていた。

「そ、そんな…っ。ロウ?ロウ!」
「大声を出すな、此方にいる」

慌てふためいてしまうごんべいとは裏腹に、ロウは冷静にそう言った。
彼が立っている場所は、トラックを隔てた向こう側。
完全にその間は塞がれ、ロウの元へごんべいが行くことも、その反対も出来ないだろう。

「ロウ、良かった…無事なのね!でも…どうしよう、そっちに行けない…」
「此方からも其方に行く事は無理だな。ごんべい、民宿の場所は分かるな」
「え、うん。さっき教えてくれたから分かるけど…」

また名前を呼んでくれたと思ったが、喜んでなどいられない。

「そこで落ち合おう。真っ直ぐ行けば街の外に出られる。いいな、そこで落ち合うぞ」
「えっ!ひ、一人で行かなきゃなの…?」

そうは言っても、一人で行くしか方法はない。
ロウと出会うまで一人でいたごんべいだが、彼と行動を共にした今、再び一人になる事に恐怖を感じていた。

「この私からショットガンを奪ったお前なら行けるだろう?私は先に行く、早く来い」
「あっ、ロウ!」

ロウはそう言うと、タッタッと駆け足でその場から離れて行ってしまった。

「そんな…っ、また一人なんて…」

ごんべいはハンドガンを握り締めながら、ゆっくりと歩き始める。
ロウと再会するには、前へ進むしかない。
恐怖に震えながら、ゾンビがいないかを確認し、ごんべいは進んでいく。
幸い、ゾンビの姿は今の所は見えず、ごんべいは足を大地に踏みしめながら確実に進む。

「…私、ロウに助けて貰えなかったら今頃…ゾンビの餌になってたよね」

ロウがごんべいの職場に現れてくれなかったら、彼女はとっくにゾンビの餌になっていただろう。
そして、病院でロウが来てくれなければ、あの男に犯され好き放題されていただろう。

「…私、ロウがいなきゃ何も出来ないんだ」

改めて、ごんべいは彼にどれだけ命を救われたか、身に染みて分かった。

「…ロウに絶対また会って、お礼を言おう。そして…出来たら私と付き合って下さいって」

自分で呟きながら、ごんべいは頬を赤く染める。
ロウに惹かれていた事に、彼女は漸く気づく事が出来た。
彼と再び再会したい、その想いはごんべいを強く奮い立たせていた。

「ウウ…」
「来たわねゾンビ!」

建物の路地から出て来たゾンビを一喝し、ごんべいはハンドガンで迎え撃つ。

「ぐおぉ…」

弾は見事にゾンビの頭に命中し、絶命させていた。

「ロウが教えてくれたお陰だわ。これなら突破出来る!」

ごんべいは次々に、ロウから教わった撃ち方でゾンビを倒していく。
数分前の彼女からは考えられない、勇ましい戦いであった。

「ウウ…」
「何で、頭に当たったはずなのに…」

一匹のゾンビが頭に弾が当たった筈なのに、何故か起き上がり、ごんべいを見据えながら歩いていた。

「っ…!」

ハンドガンを撃ち込むが、動揺してしまったごんべいの腕が震えてしまい、ゾンビの身体を掠めているだけの状態になっていた。

「うう…」
「こ、来ないで!きゃっ!」

後ろに石がある事に気付かず、ごんべいは尻餅をついてしまった。

「いたた…」

お尻がジンジンとし、思わず涙が溢れそうになるが、泣いてる暇などなかった。

「うう…」

ゾンビはごんべいに向かって、そのままのしかかろうという状態にいた。
ごんべいはそのまま銃口を上に向け、ゾンビの頭に当てる。

「邪魔…!」

ごんべいはそう呟き、引き金を引く。
ドン!という音と共に、ゾンビはそのまま地面に倒れていく。
血が地面に流れ出し、ピクリとも動かなくなった。

「よ、良かった…倒せた…」

ハンドガンを持つ手をバタンと地面に落とし、ごんべいは安堵の息を吐く。
宙を見てみると、真っ暗な空に転々と星があり、満月の月が白く光っている。
そして、ゾンビの遠吠えの様な声も響いていた。

「急がないと…またゾンビが集まってくるかもしれないわ…っ、いたた…」

転んで打ったお尻にズキズキと痛みが走り、立ち上がるのが辛いが、こんな所にずっといるわけには行かない。
ごんべいは痛みを我慢し、ゆっくりと立ち上がる。
幸い、立っている分には痛くはない。
ごんべいは早足で、周りを警戒しながら先へと進んでいく。
そして、街の中を段々と抜け、道を進んで行った先の小高い丘の上に、目的地である民宿が立っていた。


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