大和さんとしあわせのひとコマ



 クラシックのオーケストラみたいに壮大な恋愛をしたことも、流行りのJ-POPみたいなチープだけどドラマティックな恋愛をしたこともない。

「こう、心臓がきゅ一っとなるの! わかる?」
「全然」
「お兄さんロマンチックじゃないな」
「お兄さんはリアリストだからね。お前これ触ってみ?」

 今度一緒にこれ見ようよと、少女漫画原作の映画がレンタル開始されました、というスマホの画面を見せられる。俺はその画面ごと手で覆い隠して没収し、細い手首を掴んで俺の背中まで回した。

「わかる?」
「......全然」
「分からず屋のお姉さんに教えてあげよう。これはお前がさっきー一」
「あああわー! わかったわかった!」

 それ以上は言うな、と言わんばかりにぎゅっと勢いよく抱きしめられ、背中の傷が擦れてすこし痛む。赤くなった耳をなぞるように小さな頭を撫でながら、女の爪は皮膚に食い込むほど長いモンかね、と自分の指をじっと見つめた。

「いじわる」
「ふーん」
「…………でもすき」
「聞こえないなあ」

 恥ずかしいのか何なのか、触れ合った体温はいつもよりあつい気がして思わず笑いがこみ上げてくる。からかうのは楽しい。細い髪を梳きながら、無防備な背中に指をすべらせると胸元でヒッと小さな悲鳴が聞こえた。

「ねえ」
「ん?」
「何でちょっと元気なの……」
「んーまあ、俺も男だ、し!」

 そりゃ裸でくっついりゃあな、とまでは流石に言いづらいので、ぐっとそのまま押し倒す。目にかかった前髪をよけるようにおでこに手を当てると、どこか得意げな顔で名前を呼ばれた。

「大和くん、すき」
「おう」
「今度はちゃんと聞こえた?」

 からかわれるのは好きじゃない。体ごとのしかかると、下から重いよ、と苦しそうで、すこし嬉しそうな声が聞こえてくる。背中に回された小さな手が、爪痕を優しくなぞる。心臓が締め付けられる感覚が、ようやく分かったような気がした。手が背中をすり抜けて、心臓を掴んでいる。その痛みは爪が皮膚に食い込むよりずっと痛い。痛いけど、しあわせだ。

「聞こえたよ、ばか」
「ふふ、それはよかった」

 安っぽい映画なんか見るより、お前にすきって言われたほうがよっぽどドキドキするよ。……なあんて。

・・・・・・・・・・

三年ほど前にツイッターで書いたもの。
診断メーカーか何かのお題で、食い込ませた爪、心臓の表現?、三人称の禁止というテーマでした。


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