音駒の心臓について



 ぎゅっと強く拳を握ると、切りそろえてない爪がてのひらに食い込む。唇を噛み締めて、瞳に涙をためて、悔しそうな表情をするきみをわたしは今まで見たことがなくて。嬉しいような、寂しいような、置いてけぼりになったような、なんともワガママな気分にな ったことをわたしはきっと忘れない。

「研磨んとこってさあ、 何か掛け声? してるよね」
「なんで知ってるの」
「脳と血液? なんだっけ?」
「まあ、だいたいそんな感じ」

 気まずそうに視線をそらされたので、わたしはもっとつっついてやろうかと思ったけれど、やめた。あとあと拗ねてめんどくさくなるのが目に見えている。

「研磨が脳で、チームメイトは血液なんでしょ?」
「……いちおう」
「じゃあ、心臓はどこなの?」
「心臓?」

 夢中になれるものがあるってすごいなあ、と純粋に感動したのは確かだった。ゲームばっかりだった毎日に、バレーはきっと新しい景色をたくさん見せてくれるものだったんだろう。でもそれがちょっとふたりの間に距離を感じた瞬間でもあった。男と女、とかそういうものじゃなくて、根本的に、きみがあたらしい道を進んでいくのに、わたしはいつまでも同じところから踏み出せない気がした。どんどん後ろ姿が見えなくなって、気づいたら、ゲーム画面を見ながら相変わらず丸まっている背中は、昔よりもうんと広く感じた。

「心臓がないとさ、血液まわんないじゃん」
「それはそうだけど」
「だからどうなんだろーな一って。 気になったの」

 悔しくて、努力が実らなくて、ぎゅっと握った拳はどのくらい痛いんだろう。爪痕から血が滲むときに、何を考えるんだろう。わたしが味わったことのない感情を、きみはきっとたくさん経験してる。羨ましくて、切ない。置いていかないでほしい。隣じゃなくて もいい、昔遊んだときみたいに、後ろくらいはついていかせてほしい。そう考えて、わたしがこっそりバレーのルールを勉強してることをきみは知らない。知らないはずだけど、くりっとした大きな瞳は何だかわたしの気持ちを見透かすみたいで、すこし腹が立つ。

「応援、とかじゃない」
「は?」
「応援。人がせっかく考えたのに」

 ぷい、と顔をそらして、目線はふたたびゲームに向かう。わたしのふざけた質問を真剣に考えてくれてたのか、ちょっとだけ耳たぶが赤い。応援。研磨が脳で、チームメイトは血液、応援が心臓。うん、なんか、いい感じだ。だって、応援ならわたしでも出来る。

「ね、今日のはなんのゲーム?」

 コントロールボタンの部分に添えられた指をじっと見つめる。短く整えられた爪。きっともう握りこぶしを作っても、痕がのこるほどではなさそうだ。わたしも、まずは爪を切るところからにしようかな。ひとりで笑ってたら、何も知らない大きな瞳が、変なの、とへたくそに笑った。


BACK
TOP

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -