宮城家と台風のころ
「帰ってこないねえ、ソーちゃん」
アンナがそう言って伏せた睫毛の落とした影さえ、はっきりと覚えている。
帰ってこない。
それは、アンナにとっては帰りが遅いと同意義で、オレと母ちゃんにとっては文字通りの現実だった。
「……そうだねえ」
絞り出すような声で母ちゃんが答えて、オレは続きの言葉を待った。そこに正解など無かったと、今のオレならはっきりと分かるのに、あの時は救いの呪文でも出てくるんじゃないかと縋るような気持ちだった。
「遠い島で、一人で暮らしたくなったかねえ」
語尾はほとんど聞こえなかった。目をまん丸に見開いたアンナが、母ちゃんを見て、オレを見て、そして外を見た。
台風が近づいて、家を揺らす音がしていた。アレが台風何号だったか、今でもはっきりと思い出せる。いつもソーちゃんにくっついていたオレとアンナは、何となくふたり一緒になって、外から聞こえる雨風の唸り声を聞いていた。
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