危険な逢い引き


天気の良い昼下がり。***はいつものように書類仕事を粉していた。少し違うとすれば山積みになった未処理の書類の山が増えたこと。
先日公務外とはいえ将軍家と繋がりが深く、幕府内ではそれなりの身分である柳生家に真選組のトップ3人(プラスα)が乗り込み乱闘。挙句、猩猩星との結婚式をめちゃくちゃに破壊したのだ。長官を除いて上はカンカン。自ずと始末書やら何やらの書類や嫌がらせの様な些末な警護などよ仕事が増えるのは致し方のない事だった。
しかし***にとっては幸いな事。終わらない書類仕事に部屋に篭もりきりで、他の仕事で忙しい隊士達と顔を合わせることは殆ど無く会うのは土方だけ。その環境が今は何よりも心落ちついていられた。…のに、手元に残るは最後の1枚。
終わらせたくない。終わりたくない。
それを手に睨めっこをしていれば廊下を軽快に歩く音。折れた足があっという間に快癒した回復力の化け物。部屋の前で止まれば声掛けもなしに遠慮もなく襖が開かれた。

「***さーん、終わりましたか?」

栗色の髪が涼やかに揺れ、にこりと笑う顔はとても爽やかなのに***には化け物どころか死神にしか見えなかった。




街中を真選組の制服を着た青年と着物を着た女が並んで歩く…、なんてことをすれば奇異の眼差しを集めることは必須で***は沖田の2、3歩程後ろを着いていく。そんな***の腕を沖田は引くと隣に並ばせた。

「後ろ歩かないでくだせェよ。バックとられるとはっ倒したくなるんで」
「はったおすの?!」

不穏な言葉に腕から逃れようとすれば絡む指。更には指に力を入れられ爪が突き刺さるとまではいかないが、がっしりとホールドされてしまえばそう簡単には外れなくなってしまった。
まてまてまて!それ恋人繋ぎぃぃぃ!!!!

「え、あ、手っ!?なにこれ!」

思わずブンブンと振って振りほどこうとすればキョトンとした目と目が合う。

「こうしてりゃ俺に恨み持った輩に目ェつけられるでしょ。そしたら腰で手持ち無沙汰にしてる物が役に立つ確率が上がって***さんも願ったり叶ったりだと思いませんかィ?」

どうしてこの考えに至らないのかと言わんばかりの表情で淡々と述べる沖田に頭を抱えたくなった。誰もそんな危機的状況は求めていない。

「それに、***さんが言ったんですよ。ちゃんと話を聴いてくれるって」

あ、話を聴くのは俺の方か。なんて楽しそうに零す沖田に足が止まりかけた。それを察したのかぐいぐいと引く力は強くなる。
外見はどう見ても爽やかで好青年なのに腹の中どころか隠す事もしないから全てが真っ黒。そんな沖田の話を聞いてあげるなんて安易に言うもんじゃなかったと後悔しても遅かった。

「何にします?」

連れていかれたのは甘味処。巡察で外回りをした時に頻繁に足を運ぶのか店員は沖田を笑顔で迎えた。お昼時を過ぎ小腹が空いた人で賑わう時間帯。世間話を軽く流し店先の縁台に並んで座ればメニューを***に差し出してきた。

「……あ、じゃああんみつ」

じわじわと差し迫ってくる危機的状況に狼狽えつつも一番に目に入った餡蜜を指差す。注文を終えると二人の間に沈黙が落ちた。

「あの、これはどういう状況?」
「俗に言う逢い引き?」
「なんで私と沖田くんで逢い引き?」
「屯所で話して誰かに聞かれでもしたら困るのは***さんですよ」
「なにが?何が困るの?なにも?困んないよ?」

***の問にざっくり切り裂くように言葉を返す沖田と意識せずにはいられない周囲の目。ここにいる客は己の腹を満たすことが優先で誰も2人を気に止めることは無いが、公開処刑を座して待つ罪人のような気分になっていた。
おちょくって巫山戯てそのまま走って逃げ出したいが、それでは疚しい事があると態度で示している様なもの。落ち着いてやり取りをすればどうにかなるはず。
一度そうした対処をして失敗をしたはずなのに***はすっかり忘れていた。
そもそもあの時に叫んでいたことは、特別聞かれていてもそこから芋づるで出て来る話題なんてない、…はず。話をつけてとっととあんみつ食べて帰るんだ私。適当にあんみつを頼んだけどあんみつに罪はないんだから。

「今からあんたの首と胴を斬り離してやるわけじゃねェんですが、そんなビビる事ですか?」
「え?!びびってないよ?」

じわっと滲む冷や汗に、自分が緊張をしていること、見透かされていることは理解していても、悲しいことに変な意地が認めたくはないと言い張る。

「そうですかい。聞かれて困ることなんてないんですね。じゃあ***さんは一体誰と約束したんですか」

ふーん、そうかそうかと楽しそうに笑い沖田は運ばれてきた団子を口に運びながら興味心を隠しもせずに尋ねた。もくもくと頬張り美味しそうに食べる姿に、***も二人の間に置かれた盆に可愛く盛られたあんみつの器に手を伸ばした。

「待った」

が、器を上から掴み***が手にすることを阻む手。

「俺の質問に答えてくだせェよ」

答えてくれないならあんみつはお預けと盆ごと沖田の反対側へと姿を消してしまう。

「先に甘いもの食べさせて欲しいなー、なんて。ほら、ここのとこ書類と睨めっこして缶詰状態だったからさ」

可愛くおねだりなんて性にあわないが、なんて返そうかと四苦八苦する頭で話を逸らせ時間稼ぎのためにと出てきた言葉がこれだった。

「糖分で頭働かせて誤魔化すつもりですかィ?あんた嘘つけねェのに?」

返ってきたのは無駄なことに時間を割くなと言いたげな悪態。

「やだなー。私だってちゃんと落ち着いて考えたら嘘のひとつやふたつつけるからね」
「ほう嘘つく気満々だったてワケですかィ」
「誤解しないで嘘なんてつかないよ!例え話だよあんなの。ああ言わないと上手く説得出来ないでしょ」
「説得?喋るのに必死になってて負けそうになっといてどの口が言うんですか。しかもあんたの言葉なんて全く届いてませんでしたしねィ」

ああ言えばこう言う。
話題を逸らそうにも逃れられず、躱そうとすればあんまりな言われよう。
口許がひくりと引き攣る。

「そうだね。価値観が違ったのかな?沖田くんも約束破るのなんてしょっちゅうだし私と同意見だよね」
「***さんと一緒にされるのは心外でさァ」
「帰っていいかな?私帰りたいよ、沖田くん」
「ダメに決まってんだろィ。あんたが本音全部喋ってくれるまで返しませんぜ」

ふざけた態度から一変。

「約束、破ったから謝ってたんじゃねェんですか」

いつもよりワントーン低い真剣な声に***は閉口した。
約束を破ることが最低だと分かっていながら、そうせざるを得なかったから謝っていたのか。とじっと見つめてくる目は問うていた。
確かにあの時考えていたのは3人との約束の事。だが約束を破ったのは***ではない。破ったのは3人だ。約束を安易に破る人達ではないのに。
だからこそ、3人にとってそれが最善であるのなら、それでいいと必死に納得しようとしてきたし、高杉と会ってそうだったのだと腑に落ちもしたのだ。
約束に縛られなくていい。約束によって苦しんで欲しくない。妙たち2人を通して感じたことはそれだけだった。

「ちがうよ」

約束を破ることよりもっと最低なことをした。
再び顔を合わせて痛感したのだ。己の浅はかさを、狡さを。

「さっ、この話はもう終わり」
「何でですか。まだ終わってませんよ。なにも前進してねェのに終わるわけないじゃねェですか」

問われた質問には答えた。さあお開きだと***は気を緩めるも、即却下された。

「質問に答えたよね?」
「そうじゃなくて、まだ聞きたいことがあるんですよね」

誰も話はひとつだとは言ってないと、にたぁと笑う顔は今まで以上に不穏で思わず席を立ってしまう。

「座ってくだせェ。長話になりそうなんで」

さっきまでの話は前座で、これからが本番だと言わんばかりの余裕の態度に収まっていた冷や汗がぶり返した。
もうむり。耐えられない。無い頭を絞って必死に回避出来たと安心していたのだ。人は一度緊張を解き安心したところに、再び緊張状態になると更にストレスを受ける。
もしかすると沖田はこの状況を狙っていたのかもしれない。

「いや、私は話すことないし。それに秘密がある人って魅力的に見えない?見えるよね、ね!」
「見えるに決まってんだろ。だからあんたと話しがしたいんでさァ」
「違うそうじゃないっ!」

その魅力を暴かないでという意味で言ったのだ。
そういう風に解釈して欲しいんじゃないんだよ沖田くん。多分わざとだろうけど。ただ墓穴を掘っただけの間抜けじゃないか。
これはもう逃げるが勝ちだ。
疲れた頭では回避も何もあったものではない。

「ダメですぜ。ほら逃げないでくだせェよ」

くるりと反転して逃げようとするも両手首を捕まれ制止させられる。

「あァァ!ちょ、沖田くん?!痛いっ!痛いんだけど!」

手首の関節を締められ、手を抜こうとすると関節が痛む。

「まあまあまあ、落ち着きなせェ」
「落ち着くのは沖田くんの方!わかった!きく!聞くから、離してっ!」
「諦めるの早ェな。お得意の説得はしないんですかィ?」
「血が止まってる!手がもげる!つーか説得出来なかったの笑った沖田くんに言われると腹立つ!あと別に得意じゃないし!」

力技に訴えてくると想像していなかった自分の考えの甘さにため息をつき、逃れるために力を入れていた体から力を抜いた。ぺたりと項垂れ縁台に座り直せば手は開放される。

「何が聞きたいの?…ッ」

同じように縁台に座り直した沖田を横目でじろりと見るも、あまりの近さに思わず身を引いた。

「逃げないでくだせェよ」
「…ちかっ!近い!離れて…ッ」

反対の肩を抱かれかなりの近距離に整った顔がある。なんの意味があってこんなお巫山戯をするのか分からないが、きっといい事ではない。
***は必死に顔を逸らせ体を腕を突っ張って引き剥がそうとするもビクともしなかった。

「旦那と2人きりでどうでした」

そんな***をものともせず、そっと内緒話をするように耳元で落とされる言葉。

「何かあったんですよねィ」

沖田は己の体を押しやる***の腕から力が抜けるのを感じると、肩に回した腕を離した。





逢い引きnot尋問

♭21/02/22(月)

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