暁星


無理矢理に2人きりにしたのはほんの遊び心からだった。
***の反応ではぎんちゃん=万事屋の旦那が確定的だが、正直なところ他人にそれを証明できるかといえば、それだけの情報はない。また如何に警察といえど***のことを調べるには時間が経ちすぎているし、攘夷戦争の混乱で殆ど記録も残っていない。あるのは###家に関しての取り潰しまでの記録のみ。長年放浪してきたと言うだけあって、***の足取りを追えるのもせいぜい遡って2年ほど。
何の情報もない空白の間のことを知るには***の口から聞く以外ないのだ。
だから揺さぶりをかけてみた。面白いなにかが出ては来やしないかと。
それは予想以上に功を成した。

合流しようと折れた足を引きずっていた時に聞こえてきた悲痛な声。土方の肩に跨りながら見た言葉で形容し難い表情。なによりも銀時を見つめる表情。

面白いこと以前にあの時はなんでか無性に腹が立った。
あんたは大事なもの守るために刀握る殊勝な女だろ。だったらそんな時化た表情してんじゃねェよ。
そんな苛立ちをぶつけるように飛びかかったのだ。が、それで好奇心が収まるほど繊細に沖田の心はできていない。
いかにして喋らせるか。今はそれに固執していた。
秘密を本人や真選組に暴露するぞと脅してきたものの、ばらした所で***に損はあっても沖田に益は皆無。実利はもちろん、いつバラされるだろうかとびくびくして、ちょっとしたことで口を滑らせるかもしれないという楽しみすらなくなるし、口を噤まれればそれでお終いになってしまう。
だからといって監察のようにじっくりと丁寧に相手の懐に入り聞き出すなんて性に合わない。こういうことは遊びながらするのが楽しいのだ。
その遊びが他人にとっては遊びでなくとも。

「ほーらだまってねェで喋りなせェ」

俯いたまま上がらない***の顎を掬う。抵抗なく上向いた***の表情は沖田の予想とは違っていた。
不機嫌そうな顔は顰められ、ギッと睨みつけてくる。

「へえ、泣かねェの?てっきり泣き虫なのかと思ってたのに、わりと強情ですねィ」

逃げようとした時も泣いていて、柳生家で銀時を見る目もそうだったのに。

「あー忘れてた。そういやァ***さんは土方さんも真っ青な頑固でしたもんね。こんなんじゃ喋る気になんねェよなァ。すいません」

わざとらしく吐き出し添えていただけの手でがしりと顎を掴むと、あらぬ方向へと向けさせる。その視線の先は開放的なオープンカフェ構造の店内。にいる間抜け面した男。
その男は片手にスプーン、もう片手にパフェの器を握って、店先の縁台に並んで座る沖田と***を見ていた。



首と顎の痛みより、***は視界に入った人物に驚き固まっていた。どうしてここに銀時がいるのか。そして銀時は目の前で繰り広げられていた2人のやり取りをいつから見ていたのか。卓上にある空のパフェの器からすると嫌な予感しかしない。

そんな傍らで沖田は何事もないかのように、信じられない言葉を口にした。

「あれ旦那じゃねーですかい。まーた来てたんですか」

銀時の存在に今気がついたと言わんばかりの態度で、沖田は席を移動した。店内のボックス席に座る銀時は近づいてくる沖田と、縁台に座ったままの***に交互に困惑した視線を送る。

「甘いもの程々にしとかねーと、ほんとに病気になりますぜ」

当たり前と言わんばかりに沖田は銀時の斜め向かいに座ると、未だ固まって動かない***に笑いかける。
まさかとは思ったが、意図が一瞬で伝わってきた。ここに頻繁に銀時が来ると知っていて、鉢合わせを狙っていたことが。
怒りとそれを上回る呆れで気持ちが萎えた。

「沖田くん、私帰るね」
「まあまあそう言わずに隣座ったらどうですかい」

ぽんぽんと叩いて勧める席は銀時の向かい。
誰がそんなとこに座るか。

「ありがとう。遠慮しとく」

縁台に放置されていた餡蜜の乗った盆を手に、2人の座った席に近づくと心做しか乱暴に音を立てて机に置く。少しでもこの怒りが沖田に伝われと。
しかし音に驚いたのは銀時でびくりと肩を震わせ***をそっと伺う。沖田はというと、2人を交互に見やると楽しげに口元を歪めた。

「これも要らないから」
「まだ話終わってねェですけど」
「沖田くんが言ったんじゃん。人前で話すことじゃないって。気まで使ってこんな所まで連れてきてくれたんでしょう」
「あー、そうでしたね。俺と***さんだけの内緒話でしたね。じゃあまた甘い物食べながらでもじっくり聞かせてくだせェ」

甘いものを食べたのは沖田くんだけだし、内緒話にもなってい!そう吐き捨てたい気持ちを抑え込み、くつくつと笑う声を背にその場から立ち去った。

信じられない。あの場所にあの人が頻繁に立ち寄ることを知ってた口振りで、それを私に隠そうともしなかった。
そしていると分かっていて喋らせようとした。
耳元で囁かれた問いかけを思い返して思わず耳を押さえる。多少は気を使っていたのかもしれないが、本人にバレるなら全て私の口で喋らせようとしていた魂胆が見えて腹が立つ。
やることがとんでもなくいやらしい。
一体どう育ったら人が困った姿を見て楽しんだり、弄ったり出来るようになるものなのか。
土方と近藤、隊の者たちとのやり取りや信頼関係を見る限り、あれが彼なりのコミュニケーションの取り方なのだと理解はしている。なにより隊の中で最年少。大人に囲まれる中で年相応の甘えもあるのだろう。それも分かる。でも許せない。
***はそう思うも、はたと何も知らない沖田に気の配りようもないことに気がついた。だからといって止めさせることも彼の性格上厳しいし、全てを詳らかに伝える気も***にはない。沖田が飽きるまで辛抱強く付き合うしかない、そう思うと大きなため息がこぼれた。





***の去っていく背に沖田は堪えていた笑いが漏れた。

「沖田くん。関係ない俺が言うのもなんだけど程々にしとけよ。一応はお前の上役だろ」

久方ぶりの臨時収入に胸を躍らせ甘味屋に足を運んだ銀時だが、それを邪魔する煩い連中。誰だと目をやれば真選組の隊服が目に付いた。何があったのかよく分かってはいないが、目の前に乱暴に置かれた盛り付けが崩れた餡蜜に、少しばかり思うところがあったのか口を挟んだ。

「んー、だから楽しいんじゃねェですか」

したり顔で笑う沖田に銀時はため息をつく。

「脅してんだろ」
「おや本人に訊いたんです?」
「お前らの会話で分かるつーの」
「ふーん。ま、それだけじゃないんですけどね。捕物じゃ役に立たないし」

傍から見れば与えられた仕事は確りこなしていて雑事まで手が届く***は重宝している。だが周囲がどう思おうと本人は違う。

「旦那は知りませんもんね。***さん腰にあんなもん提げてますけど仕事じゃ1回も使わせて貰えないんでさァ」

使う機会も与えられない。

「それを負い目に感じるらしくてねェ。なんでだと思います?」

軽い雑談のように問いながら沖田はそっと銀時の顔色を伺った。
彼女のいう銀ちゃんなのか。いつか言っていた男なのか。何か知っていれば隠そうとしても心の動きは僅かでも体に現れる。
見逃さないように目を見張る。

「へーそうなの。部下が上司のガス抜きたァ総一郎くんも大変だな」
「旦那、総一郎じゃなくて総悟です」
「これ食べていいの?」

しかしそんな沖田の思惑はいつもと変わらない間延びした顔で躱された。
こっちは***さんみたく面の皮が薄くねェか。
いや、あの人のうそをつけない、誤魔化すことをしらない顔面がどうかしてるだけだ。

「味わって食ってくだせェよ」

銀時はぱっと顔を輝かせると食い付いた。

「総一郎くんありがとうー!」
「総悟です、旦那」

甘味には反応を示し、***の話題にはほぼ無反応。そんな銀時を眺めながら沖田は頬杖をつきながら考えをめぐらせていた。





やまぬ好奇心

♭21/06/10(木)

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