回心転意


“大切にする”“守りたい”ひと言でそう言ってしまえば聞こえはとてもいい。だがそれは自分にとっての概念であり、相手にとっては違うものに感じられるかもしれない。“大切にされている“と感じるどころか押しつけと感じたり、苦痛に感じることは1ミリも無いと言えるのだろうか。



「勝手なことをゴチャゴチャ抜かしてんじゃねェェ!!」

静かに笑う姉の笑顔が、苦しい、悲しい。新八にはそう叫んでいる気がした。

「笑顔の裏に抱えているもの?!それを知りながら何で今の姉上の顔を見ようとしない!?」

妙を守りたい。だから傍に置きたい、嫁にする。そう口にする九兵衛本人が、大切な人の右目を奪ってしまった事と、自分のせいで九兵衛に「強くなる」道を歩ませてしまった事による負い目からの重い枷をつけて、身動きが取れなくなって苦しんでいる妙を見て見ぬふりしていることに我慢が出来なかった。

「男も女も越えた世界?!んなもん知るかァァボケェェェェェ!!」

***の皿を割ろうとしていた九兵衛に迫ると塀の上へと逃げる九兵衛を追う。

「惚れた相手を泣かせるような奴は男でも女でもねェ!チンカスじゃボケェェェ!!」

反対側から駆け上がってきたふたつの影と同時に瓦を派手に割り着地した。

「これだからモテないやつは、ね、銀さん」
「まったくだ新八君」

影のひとつは銀時で、もうひとつは対峙する背の低い老人。その額には皿が括り付けられていた。勝負の取り決めの時に言っていた柳生側の大将だ。今この場に大将2人が揃った。決着が着くにはそう時間はかからない。そう思われたが、

「貴様らァ!バカ騒ぎをやめろォ!これ以上柳生家の看板に泥を塗ることは許さん!」

柳生家当主の野太い声と共にどっと四方から押し寄せてくる木刀を握った男共。柳生の門下生達。勝負そのものを無かったものとし、つまみ出そうと襲いかかってきた。
騒ぎを聞きつけ遅れてやってきた近藤、神楽、沖田の3人と共に、未だ戦う2人の邪魔をさせまいと***も木刀片手に押し寄せる柳生の門下生を打ち倒していった。

「おや、***さん」

呑気な声が頭上から聞こえてきた。
誰かと思えば土方の肩に跨りさあ行け土方号!とでも叫び出しそうな沖田が柳生の門下生を手にした木刀で殴っている。
いつの間にそんなとこ乗ってんだ!とツッコミたい気持ちを抑え、4人に近づこうとする者達を退けることに専念するべきだと方向転換すれば背中に重い衝撃。人一人分はあろうかというそれは***の体を押し潰し地面に倒れ込んだ。

「あー、すみません***さん。バランス崩しちまいました」

明らかに棒読みな声の主は地面に寝そべるように倒れた***の背に座り込んでいた。

「重い、!早く退いて」
「退きたいのは山々なんですが足が折れちまってて思うように動けないんでさァ」

みてくだせェと視界の端に差し出された片足は紫色に変色し腫れ上がっている。

「こっちは骨まで折ってたくさん怪我してんのに、あんな大声で叫べるくらいピンピンしてんの見てると腹立って」

ね、なんていやらしい笑みを浮かべる沖田の言いたいことを察して溜息を吐いた。
一体いつから近くにいて聞いていたのやら。憎たらしいくらいに深い笑みを浮かべる顔には、次は何が出てくるのか楽しみだと書いてあった。

「ふざけてんなよ総悟!、手伝え!」

土方プラス沖田と***で捌いていた場所を2人が何もしない現状、土方が守るしかない。だが手が足りるはずもない。
ひとり、ふたりと抜けていく。

「わかった!後でちゃんと話聞くから!今は退こうかな?ね?沖田くん!」

ここまで来て勝負の邪魔をされては洒落にならない。

「そんな案山子男はいてもいなくても同じアル。私に任せるヨロシ」

横から駆けてきた神楽が抜けた門下生を蹴飛ばし地に伏せさせると、ケッ!と吐き捨てる。

「言うじゃねェかチャイナ。てめェが案山子にしてくれやがったんだろうが」
「何言ってるアルか!私の手を逆に折った報復ね!」

よく見て思い出せとばかりに差し出される手は何がどうしたらそうなるのか手首からぷらんと重力に従ってあらぬ方向、あらぬ角度に垂れていた。
腕って垂れるものだっけ?垂れていいんだっけ?てか逆に折った?その報復?この2人は一体何をしてたんだ。

「……ていうか、あれ?なんかすっごい痛いんだけど、お腹の辺りが、ねえ、沖田くん。ほんと退いて。なんかチクチク…、皿!!お皿!!!」
「お皿?ああ、」

どっこいせと片足で立ち上がる沖田に腕を引かれて立ち上がれば胴に巻いていた皿が割れ、着物にくい込んでいた。

「あーあ、何やってんですか。ドジだなァ」
「ドジ?え?これ私のせい?」
「そうですよ胴なんかにつけるから。だから腕につけてあげたのに」
「え、そこ?そこがいけない系?沖田くんが態とダイブなんてしてこなかったらこんな事なってないと私は思うんだけど、そこは沖田くんどう思う?」
「よく分かりましたねィ。態とだったこと」
「分かるわ!!今自力で立ったもんね?というかそんな足で無謀な事しない!神楽ちゃんもそんな腕のまま戦わないで!休んでて!痛いっ!見てる私が痛い!!」

腕を庇いながらも足技で厳つい男共を薙ぎ倒す少女は***を振り返ると、なんで見てるだけで痛いの?とばかりに首を傾げ男の顎を蹴り上げた。
そんな神楽をみてため息をひとつ。これが終わったらとりあえず手当をさせてもらおうと思った。



石灯篭の崩れる派手な音と同時に新八の握った木刀が敏木斎の皿を突き割った。その場にいたもの達は起きた事がすっと入って来ず、手を止め静まり返る。だが敏木斎の負けを認める声を皮切りにわっと歓声を上げたのは近藤。

「かっ…勝ったァァァ!!」
「新八ぃぃぃ!!あんま調子に乗んじゃねーぞコルァ!!ほとんど銀ちゃんのおかげだろーが!」

次いで神楽の蹴りが新八の顔面に入った。
そんな気の抜ける様子に***はほっと一息つく。
本当はみんなのところに帰りたいと叫んだ妙の本心と勝負の結果で、彼女の顔を見る事をやめていた九兵衛はきっと踏みとどまってくれるだろう。仰向けに倒れた九兵衛が起き上がらないことが何よりもその証だった。





“まもる”のいみ

♭21/01/26(火)

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