たいよう


高杉が去ると銀時の足は***のいる部屋ではなく、物資をまとめて置いてある部屋へと向かった。乱雑に物をひっくり返し必要なものを手に今度は水場へと走る。
懐刀の目釘を抜き鞘柄とはばきを外すと茎まで入り込んだ誰のものとも知れぬ乾いた血を洗い流す。
戦場で刀はすぐに刃こぼれする。特に銀時のように先陣をきり他人の倍以上斬り刃を混じえるとなると刃こぼれで済めばいい方。そのため丁寧な手入れの仕方なんか殆ど知らなかった。だがこの懐刀は***にとって大切な親との繋がりを示す唯一の物。小さい時から片時も離さず大事にしてきた姿を見てきたのだ。
銀時は物に拘ることをしない質だが、この懐刀は***の身を守る刃ではなく御守りのようなものだと思ってきた。ここで使い物にならなくしてしまっては絶対に駄目だ、ただその一心で手を動かした。
月明かりの中どす黒く映っていた刃は銀時の手によって鈍い光を取り戻していった。
一通り出来ることを終え水気を取ると乾かす為に夜風にあてる。すっと頬を撫でる心地の良い風に目を瞑れば先程の高杉の言葉が思い出される。
なんでお前は分かっていながら目を背ける。そのままで居続ける。と静かながらにも怒りをぶつけられた気がした。

俺が守ることがあいつを傷つける。確かにそれは的を得ている。
俺があいつから戦う術を奪ったから、同じように戦えず苦しんでいる。隠れて己の無力さに泣く***を見た時、間違ったのかもしれないとも思った。でも***が剣を握って隣にいると想像するだけでゾッとするのだ。
いつ凶刃に倒れてもおかしくない。どれだけ傍で戦っていてもこの手が届かなかった命なんて沢山あった。その度に幾度あの時こうしていればと思い返し、それを繰り返すことで感情が擦り切れ死に対して麻痺してしまったか。
これが***だったら俺はどうなるんだろうか、と。
最初は変なやつだと思った。俺に向かって裏表も下心も何も無い笑顔を向けて嬉しそうに笑う***が。隣にいれば俺がどんな人間なのか、何をして生きてきたのかきっと気がつく。気がついたら離れていく。そう思っていたのに何も変わらなかった。鬱陶しいくらいにいつも隣にいて「ねえ銀ちゃん」って笑う。ぽかぽか日和に部屋の隅っこで惰眠を貪っていれば「今日は天気がいいね」なんてくだらないことを報告する。そうかと思ったらこっちの都合も考えずに引きずられて散歩に付き合わされる。雨の日も「今日はいい天気ね」なんてちんぷんかんぷんなことを口にすると天気の日と同様に散歩に付き合わせられた。
そうして***に連れ回されて「空が青いね」「お花が綺麗ね」「虹がでたね」とこれまたくだらない話を聞かされる。それを右から左に聞き流していたある日、毎度毎度よく飽きないなと***の顔を見ればいつもと変わらないキラキラした笑顔。きっと彼女の目にはその表情や瞳そのもののようにキラキラと世界を映し出すんだろうなと何の気なしに瞳の中を覗けば、映り込んだ紫陽花に目を奪われた。紫陽花自体に目を奪われたんじゃない。彼女のキラキラした瞳に映る紫陽花かとても綺麗だと思ったのだ。
思わずにへにへと笑って何かを喋っている***の顔を両手で掴んでいた。びっくりして大きい目をさらに見開いた瞳の中に紫陽花を探すもそれは消えていた。代わりに困惑する***の瞳の中には覗き込んだ自分の間抜けな顔が映り込んでいる。
慌てて紫陽花を探そうと振り返るとさっきまで視界に入ってもなんの感情も浮かばなかった物がどうしようもなく綺麗だと思った。
***の瞳のようにきらきらきらきら、世界が一変して輝いて見えた。今まではなんの感情も浮かばなかった、興味すら抱かなかったもの。なのに***の瞳は映したものを他人にもキラキラにして見せる、すげー魔法使いだと思ってしまったのだ。今考えるとそんなことあるはずないのにと笑い飛ばしてしまうが、あの時の俺は違った。こいつの傍にいれば少しはくすんでしまった世界も綺麗に見えるのではないかと。***が言うように晴れて空が青いことに綺麗だと思えたり、雨音が心地よく感じたりできるのではないかと思った。
本当はただ***と一緒にいて色んなものを感じることに自分が喜びを感じてしまっていただけなのに。笑顔に触れる度に彼女に魅せられてただの男になってしまっただけなのに。

だからこそ血に塗れて欲しくない、失えないと思った。ずっと***はきらきら輝いていて、笑顔のままでいて欲しいと。

「俺が間違ってるんだよな」

突き放すなら最後まで突き放すべきだったんだ。なのに、大嫌いだと言われてもいいと思ってかけた言葉も、無理やりへし折ってやったはずの心も、あいつは他所に置き平然と今でも俺の隣にいる。こんなに突き放しても傍にいるあいつが無性に可愛いと、愛しいと思ってしまう自分が嫌になる。それだけ信頼されている、俺のする事があいつを想っての行動だと本人に伝わっている事実に喜んでいる自分がいることに嫌悪する。それではだめなのに。そんな中途半端な自分の感情が***を危険な目に遭わせたのだから。
でももう一度来るなと言ったところできっと***は変わらない。今までも何度も口にしてきた。その度に「みんなはもっと過酷な場所で戦っているのだから、このくらい平気よ。大丈夫」そう言って笑ってきたのだ。

「なあ、***…」

俺はどうしたらいい、どうするべきだったんだ。
今までの事、これからの事を考えるももう何をどうしていいのか銀時には分からなかった。
その足で今***に会う事すらも躊躇われた。


ぐるぐるとそんなことを考えている間に体は疲れていたのか、目を開けた時には日が昇っていた。床で寝た為、所々痛む体を起こし視界に入ったのは***の懐刀。
昨夜は日も沈み血を全て洗い流したか確認出来なかったため、手に取り確認をする。刀身に薄らと残る落としきれなかった血。よく見ると溝のようなものに血が入り込んでいた。

「刀身彫刻?」

実用的なものしか触ってこなかった銀時には見慣れぬもの。
普段であれば、血が入り込まなければ分からぬほど薄く彫られた装飾は、刀身の強度を落とさないためか。
じっと目を凝らせば浮かんでくる血模様。それは一輪の花らしきものと、ふたつの何か。
暫く睨めっこをしたものの、芸術に明るくない銀時に分かるはずもなく諦めた。





陰らぬ太陽を求めて

♭21/07/16(金)

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