中る


***が泣き止むのを待ち手当を終える頃には日は完全に沈んでいた。

「飯持ってくるからその間に着物着替えろ。そんで食ったら寝ろ」

血に染まった水が入った桶を手に高杉が部屋を出ていこうとした時だ。すぱんっ!と出入口が勢いよく開かれ桂が駆け込んできた。

「***!!大丈夫だったか、暴漢に襲われたと聞いたぞ」

高杉を押し退けて***に飛びかかる勢いで迫ってきた桂は口早にまくし立てる。

「こんなに怪我をして、痛かったろう。女の初めての方は大丈夫か?お前は男の経験は無かっただろう。無理やり迫られて怖かったな、無事でよかった」

おーよしよし。なんて言葉が似合いそうな程に大袈裟な桂は***の体をひしっと抱きしめた。

「おいヅラ、テメェなんでここにいやがる」
「なんでって***が心配だからに決まってるだろう」
「違ェよ、なんでお前に伝わってるのか聞いてんだ」
「お前がなかなか戻ってこないから色んなやつに聞いたの。いけませんよサボりは」

自分のミスに高杉は舌打ちを零す。

「まさかとは思うが銀時に知らせてないだろうな」
「任せろ、伝令を出しておいた」

キラン、もしくはバチコンッなんで古い効果音がつきそうなほど清々しく最悪なことを嬉嬉として告げる桂に手にした桶が滑り落ちそうになる。

「最悪だ、、」

誰よりも長く***と過ごして来たのは銀時だ。初めは***が金魚の糞よろしく銀時に付き纏いそれをしぶしぶながらも受け入れる。二人の関係は高杉からはそう見えた。だが次第に歳を重ねると見えなかったものが見えてくる。銀時の中ではずっとそうだったのか、気持ちが変わったのかは分からないが鬱陶しいと口では言うも、***を追う目はいつも楽しそうで嬉しそうで、慈しみが込められていた。
戦場へ来るのを止めた時もそうだ。女だから。***がそう言われれば彼女の経歴を知っているものは誰しも納得しないことは分かっていたはず。なのに敢えて銀時は***を切り捨てるように一番嫌がる言葉を選んだ。言葉だけでも足らず、物理的にも***の気持ちを折った。
そこには***を深く傷つけても危険な場所へは立ち入らせないという銀時なりの想いがあったのは確かだ。
その想いが恋情なのかまた別のものなのかは分からない。だがそれだけ想う相手の身に惨事が降りかかったと聞けば銀時は飛んで帰って来かねない。***は泣き止んだもののまだ時間を必要とするだろうし、銀時も気が気では無いだろう。そんな状態の2人を会わせてもいい事なんて無いに等しい。

「なにが最悪なんだ」
「そのなんにも分かってねェ脳天気なお前の頭がだよ」

脳ミソに皺なんてひとつも無さそうな、何も分かっていない顔をする桂にどう収集をつけたものかと頭を抱える。

「とにかく***は着替えろ」

血塗れの着物を着た状態で銀時と顔を合わせるよりは幾分かマシなはずだ。高杉は桂を引きずり部屋を後にした。




斥候。そうは言ってもここのところ戦況は膠着状態が続き小さな小競り合いが起こるも勝敗はつかないため、敵の見たくもない日常生活を見せられている状態になっていた。
銀時はいい歳した男共が暇を持て余し数グループに分かれ賭け事に興ずる敵陣にほとほと飽きていた。
大抵3日毎に交代をするが初日から敵陣はこの調子だ。

「交代来んのいつだっけ?今日?」
「いえ明日ですよ銀時さん」
「あそう、じゃあ俺明日の朝まで寝てるから頼んだわ」
「え、ちょっと銀時さん?!」

共に行動をしていた男は役割放棄の宣言をする銀時に慌てふためく。もし何かあった時には大惨事だ。

「大丈夫だよ。見た感じ特に油断してるように見せてなんか企んでるみたいな感じじゃないし。どっちかってーとあれ。あっちの兵糧足りてないから補充待機?みたいな感じじゃね?あれ?これ俺ら攻め時じゃん〜みたいな」
「感じじゃね?って確信あるわけじゃないの?!俺に聞かないでくださいよ!つーか俺等も足りてないです、攻め時でもなんでもありませんよ」
「大丈夫大丈夫、俺等はいつも腹ペコだから。何も足りてないから」
「なにも大丈夫じゃないんですけどー?!」
「あのさ、静かにしてくんない?」

横になって寝る準備に入っていた銀時は真剣な顔をして体を起こす。

「俺が眠れねェじゃん」
「寝る気満々?!そこは敵にバレるから静かにしろって言うとこじゃないんですか?!自分主体すぎますよっ」
「野郎共の顔も体も見んのも、生活習慣見るのも飽き飽きなんだよ。これ終わったら俺遊廓いく。ぜってー行く」

男どもの汗臭ェ匂いじゃなくて化粧と香の匂い嗅ぎてェんだよ。優雅に酒呑みながら談笑して。そんな空間から襖一枚で隔てられた隣室に妓となだれ込んで帯を解いて着物を……やべェ妄想してたら下半身が。そういえば暫く放置かましてたわ。
***が結構な期間来ていなかったにも関わらず街に出て女を買う暇もないほどに無駄な時間をこの戦場にかけていた。

「あのさ、やっぱり奇襲仕掛けねェ?もう終わりにしようや、俺の股間が破裂するんだけど」
「股間?!戦況変えるのが銀時さんの股間で左右されるの?!」
「いやだってさ、お前も随分ご無沙汰だろ?俺達年頃の男だよ?なのにこんな場所で砂まみれになってさー、違うだろ。俺達がまみれたいのは」
「あんたの思考が欲にまみれすぎなんだけどォ!!やめて、銀時さん刀抜かないで!」

銀時は立ち上がり制止も聞かず鞘から刀を抜くと手頃な石を見繕い振りかぶって反転、背後の林に投げた。直後ぎゃっと呻く声が聞こえてくる。

「ストラーイク」

声の主を探して林の奥へと入って行く銀時。だかその先で目にしたのは見知った顔。

「あれお前何してんの?もしかして交代?」
「ち、違います……桂さんから伝令です」
「伝令?なんだよ」

頬に石が当たったのか顔が腫れ上がる男が涙目で差し出したのは桂から銀時宛の手紙。刀を鞘に収め受け取った銀時は目を通すとそれを握りつぶした。

「俺戻るわ。代わり頼む」

そう告げると駆け出していた。
残された2人は伝令の内容を知らなかったが、先程まで間の抜けていた表情が伝令内容に目を通した途端に険しい表情に変わった銀時に背筋を凍らせ暫く動けなかった。


銀時は道無き道を駆け抜け拠点の廃寺を目指す。
伝令には***が来る途中で暴漢に遭った事のみ記されていて、***の様子は何ひとつ分からなかった。
男共に何をされた
怪我を負っていないか
相手を殺してしまわなかったか
泣いていないだろうか
傍にいて守ってやれなかったことに憤りを感じて、早く***の無事を確認したいと気持ちだけが急いた。

元々人目を憚り林の中にいたため、足場が悪いのは苦ではなかったが距離が如何せん遠い。伝令が来た時は日が沈みかけていたがたどり着いたのは日が沈み切ってからだった。
一直線に***の使っている部屋を目指す。

「待て銀時」

互いに気の立った状態の2人が接触するのは早計だと待ち伏せていた高杉が銀時の足を止めさせた。

「今何考えてる」
「あっ?」

***の無事を自分の目で確認したい。たが意図の見えない問いかけで邪魔をされ苛立ちが募る。

「テメェが邪魔、それだけだよ退け」
「退かねェよ。お前そのまま***に何言う気だ」
「お前にゃ関係ねェだろ」

銀時は一歩前に詰めれば高杉もそれに相対するように道に立ち塞がった。互いに一歩も譲らない。

「関係ならあるさ。俺にとっちゃあいつは可愛い妹みてェなもんだ。傷つけようとする輩を会わせるわけにはいかねェよ」
「俺が、…***を傷つける?」

高杉の言葉にカッと頭に血が昇る。
そんなわけない。そんなことあるはずがない。どれだけ大切にしてきたと思ってる。
出来ることなら痛いこと苦しいこと悲しいこと全てから遠ざけてやりたい。それが出来ないのであれば全てのことから俺が守ってやりたい。それも出来ないのであれは傍にいてその傷を少しでも癒してやりたい。
あいつの不細工な泣き顔は見たくない。そう思ってきた。

「俺がどれだけ…!」

あいつのこと考えて思ってると思ってんだ。
そう口にする直前に頭に浮かんだのは***の血塗れの姿。
仲間を助けようといつの間にどこで学んできたのか医者の息子である男も驚く手つきで、素早く正しい処置を施すようになっていた。だか必死の治療も甲斐なく命を落とすなんてざらにある。そんなこと切れた仲間の血溜まりの中で血に濡れた手を見て俯く瞳には涙は絶対にない。寧ろ助けられなかった自分自身に対する激しい怒りしかいつも感じなかった。その度泣いてくれた方がまだマシだと思った。目の前で泣いてくれた方が手を差し出してやれる、その涙を拭ってやれる、怖い事に関わるな、見るなと言ってやれるのに。
俺のせいで***は泣くこともできない。
こんなつもりじゃなかったのに。こんな、、

「分かってんだろ。お前が全てから守ろうと、全て負おうとするから***が傷つく。お前のせいで泣くんだ」

高杉は懐から見慣れた懐刀を取り出すと鞘を抜いた。そこから覗く刀身には乾ききったどす黒い血がこびりついている。
銀時は目を見張ると同時に体が凍りつく。何故***の懐刀にそんなものが着いている?なんでだ。どうして、、
***はここにいて高杉にはそこまで慌てた素振りもない。状況から考えれば簡単にたどり着く答えに背筋がゾッとした。

「***は守られなきゃならェ程、弱くなんかねェってこと頭の片隅に入れとけ」

固まったまま動こうとしない銀時に手にした懐刀を握らせると高杉はひと言残して去っていった。






ぶつかる想い

♭21/07/09(金)

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