ハマナス


今日もうなされて目が覚める。じっとりとかいた汗に眉をしかめ手で拭った。こんな姿を銀時に見られてしまえば一環の終わりだ。そう思い、普段であれば用心のためにと毎夜同じ部屋で眠ってくれる彼の姿が、あの日から視界に入らないことにほっとしていた。夢で嫌な汗をかき、だらしい体を起こすと外に出た。
何もしないと頭の中にこびり付いた惨状がありありと浮かんでくる。見なくて済むように守られていた知らなかった人の生き死に。それを目の当たりにしてあらぬ惨状までも想像し、夢に見るようになってしまっていた。
とりあえず何かして気を紛らわせようと足を進める。向かったのは少し降ったところにある小川。食事は男所帯のせいかそれなり、食べられればなんでもいいと言わんばかりの品揃え。なにより状況的に思うように手に入らなかった。それもここのところ商家の息子が合流し解消されつつあるが十分とは言えない。
***もここへ赴く時は自分の分だけは用意をしていたが、あの際に落としたらしく手元には何も無い。高杉は命があっただけでも十分だと言ってくれたが、こればっかりは頼れない。
そんな***の向かう先に彼はいた。
あと少しで小川が見えてくる手前。こちらからは見渡すことの出来る場所から視界に入る銀色。日に当たり柔らかい乳白色にも見える髪色に気がつき、足を止めた。

銀時は先程まで聞こえていた足音がピタリと止まったことには気がついていた。だが、その先。そこにいる自分の存在すら隠そうとする気配を感じてそれが誰だか分かってしまう。
自分も同じ気持ちでいたから。会いたい。会って無事を己の目で確認したい。だがそれと一緒に***を責めてしまう言葉も同時に出てきてしまいそうで、また傷付けてしまうかもしれないと思うと会うことを恐れた。もう少し会うのは待った方がいい。懐にしまったままの***の懐刀を確かめるとその場を離れた。

***のいる場所とは別の方向へと足を向け姿を消す銀時にほっとため息をついた。まだ顔を合わせてもどうしていいか分からない。
ふと手のひらを見るとあの時の感覚が蘇ってくる。肉を刺し貫く鈍い重みとどろりと垂れて滲み広がっていった生暖かい血。思い返すと怖いと思うと同時に自分の甘さを身に染みて理解した。
戦場にいた訳じゃない。もっと気をつけていれば殺さずに済んだかもしれないのに。銀時の言うように人を殺す場面では欠片も思い描いた余裕がなかった。あんなに勝手を言ったのに。何が守りたいだ。どこにそんなに力がある。何もかもが銀時の言う通りで、甘かったのだと思い知った。悔しかった。

「***!なにしてんだ!」

呼ぶ声にはっとする。振り返れば駆け寄ってくる高杉の姿。
目と目が合えば困ったように頬に手を伸ばされる。

「頼むから、、あんな事があった後なんだ。ここにいる間はひとりでいなくなるな…」

そっと頬を滑る指は濡れた感覚を伝えてきた。
そこで自分が泣いていることに気がついた。

「あ…、」

恥ずかしい。心配をかけてあまつさえまた泣き顔を見られるなんて。不甲斐ない自分がいけないのに。

「聞いてんのか、バカ娘」

俯きそうになる頬に痛みが走る。
抓られ引っ張られている。

「ひんふけっ…」
「お前の泣き顔なんか今更だ。泣いていい、泣け。気が済むまで、好きなだけ泣け。な」

銀時と勝負をしてから、あれから今までまともに泣いてこなかったんだ。辛い時くらい泣け。
そう言うとぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でられる。さり気ない優しさにまた涙が溢れた。


高杉の***を呼び止める声に足を止める。
少し離れた場所で銀時が振り返れば、心配して探し回った様子の高杉と、***の姿が木々の合間から見えた。
***の頬をなぞり、俯いていく顔を上げさせようと頬をつまみ上げる。言葉は何を交わしているのか聴き取れないが、その後***の目から溢れおちたものにしばらくのその場を銀時は動けなかった。



あれからまた数日が経った。
戦況に大きな変化は無く、銀時が懐に抱えた懐刀はまだ本人の手元には戻っていない。
いつ会うべきか、会わないべきか。銀時は逡巡しては足を向け途中で引き返し、姿を認めれば互いにすれ違わないようにすらしてしまっていた。
このままじゃ拙い。そう思うもこれからどうするべきかも浮かばない銀時はまた***を捜しては足を止めていた。
そんな時ふと耳に入ってくる声。何だと耳を傾ければ***の名前が挙がる。ぴくりと反応した銀時は何事かとこっそりと近寄ると聞き耳を立てた。
どうやらいつもと様子の違う彼女を気にかけているという内容のようだった。

いつもなら銀時さんが傍にいるのに
ここのところ高杉さんが一緒にいるよな
それに何をしていても上の空
今日手当してもらったんだけど、ぼんやりして包帯巻かれすぎてさ

俺だって好きで離れてるわけじゃねェよ
高杉に任せたくなんかねェけど、何があったのか事細かに分かっているあいつにしか任せられないだけだ
反論をしたい部分がぼろぼろ出てくるもグッとこらえる。そんな銀時を、笑うかのようにさらに話は進む。

いつもは銀時さんがベッタリだもんな
高杉さんは距離保ってるもんな
そうそう銀時さんは近すぎる!
夜叉ならぬ番犬!みたいな

俺は***の前じゃ鬼どころか犬ってか!
本人のいない所で言いたい放題すぎる。でもあながち間違ってもいないような気がして納得してしまう。
俺は甘い。勝負をしたのに、来るなと言ったのに、その約束を反故にしてまで己の意志を貫いた、戦いたいという***の気持ち全てを否定することが出来なかった。だから、俺が甘いから今回のことが起きてしまった。
ぶわりと不快な感情が増していく。
なんでもっと上手くできなかったんだ。俺が甘かったからだ。大切ならもっとはっきりと切り捨てるべきだったんだ。だけど切り捨てられない。あいつのその真っ直ぐな強さと優しさに救われていたのは他でもない俺自身だったから。
堂々巡りの考えに、どうにもならない感情と事実に不快な気持ちが増していく。会いに行かなくてはならないのに、気持ちが刺々しくなって***をまた傷つけてしまう。
ため息をつくとそっと離れようとした。

今ならいい機会じゃないか?
え、いい機会って?
声かけるんだよ!前々から可愛いと思ってたんだよな

ぷつりと頭の中で何かが切れた音がした。
我ながら仕様もないことだと思うのに、我慢がならなかった。

「お前らさ、戦場に何しに来てんの」

男達の前に出ると睨み付けた。
突然現れた銀時にぎょっとすると慌てふためく。

「女引っかけにきてんのか」

あいつが今ここにいるのは戦うためだ。
俺との約束を反故にしてでも、必死に己の思いを貫いて松陽を取り戻すために。

「ならとっとと家に帰りやがれ」

なのに今、傷ついて苦しんでいる。それをいい機会?ふざけるな。
銀時の剣幕に男達は逃げることも出来ずに呆然と佇む。

「はいはいはい〜ちょーっと待つぜよ、金時。怒鳴り声がするかと思えば、なんちゅー顔しちょーがか。まさに夜叉ぜよ。みんな逃げてしまうがよ」

ぬっと現れた長身の男はバシバシと銀時の背を叩いた。あまりの力強さに噎せてしまう。

「!てめェ…辰馬」

最近合流した商家の息子、坂本辰馬が立っていた。

「***ちゃん?だったかのォ?わしも何度か話したことあるが、あれは健気な女ぜよ。なぁ」
「うるせェ黙ってろ。それに俺は金時じゃねェ、銀時だ」
「良い女じゃ、お近づきになりたい男は沢山いるがな〜!牽制したいならもっと上手にせにゃ、上手に」
「違ェよ、あいつはあいつなりに戦ってんだ、それを色事なんて感情で汚すんじゃねェ」

怒りのままに吐き出した自分の言葉に冷水を掛けられたように頭に上っていた血が引いた。
今怒りのまま飛び出したのは他でもない男たちに***を色目で見られることを忌諱したからだ。それは本当に***の気持ちを汚されたくないだけだったのか。違う。***を俺以外の男にそういう目で見られたくなかったからだ。
自分勝手な思いで他でもない自分が、一番***の思いを汚している。

「悪ィ、」

懐にあった懐刀を握るとその場を逃げるように走り去った。

「あっはははは!あいつもまっこと難儀じゃのう、なあ、おまんら」

未だに驚いたまま身動きの取れなかった男達に声をかけると、辰馬もその場を去っていった。




自分の誤りを振り切るように銀時は走った。それでも蜘蛛の糸のように絡まってもがけばもがく程に心が捕われる。気がついたら数日前に***と高杉をみかけた小川まできていた。木に寄りかかり上がった息を整え気持ちを落ち着かせるために瞼を閉じる。小川のせせらぎが感情を宥めていく。
一息ついてほっとすれば、頭に浮かんだのは数日前に見たここでの光景。
***は泣いていた。ここのところ録に見ていなかった泣き顔。どちらかといえば見ない方がいい。見られない方が。でもそれは涙をこらえる必要が無い時の話だ。泣きたいのなら、辛くて悲しくて苦しいなら泣いて欲しい。初めて出会った時のように、感情を押し殺すことなく泣いて欲しかった。だから、泣けていたことに少しだけ安堵した。
そっと握っていた懐刀を取り出し鞘を抜く。ぎらりと光に反射して光る刀身にある刀身彫刻を見やる。これはきっとあいつの親が何かしらの思いを込めて刀に彩を加えたのだろう。人を殺す為の道具ではなく、持つ者の人生を明るいものに彩り、道を切り開いて生きていって欲しいと願って。こんな大切なものをいつまでも他人が持っていていいわけない。早く返してやらなければ。
少し落ち着いた息と気持ちに踵を返すと銀時は高杉を捜しに向かった。




刺々いばらの鬼

♭21/07/24(土)

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