やくそく


「あれ?新八くーん?」

新八が向かった方向へ来たは良いが眼前は屋敷を囲うようにどこまでも続く塀が広がっていた。妙に会えと土方は言っていた為、この塀を越えた中にいるのだろうがどこにいるのか見当がつかない。一周して門を探そうと思うも時間の無駄に即やめた。すぐ近くから何やら賑やかしい声が聞こえてきたから。

「いっちょ登りますか」

帯締めを外すと木刀の柄に端っこを結びつけ反対の端っこを手に塀に立てかけ、柄尻に爪先をかけ飛び上がると縁側から覗く青三本ラインの着物。帯締めを引っ張り木刀を回収し結び直すと新八の元へと走った。

「姉上のためだなんて死んでも言いませんよあの人達は。でもね、姉上が泣けば同じく哀しく思う人がいる事、覚えておいてください」
「…係ないわよ、、来てくれって頼んだ覚えはないって言ってるの。もう私のことはほうっておいて」

口論が聞こえるてくる。片方は新八の声だ。やっと追いついた。

「新八く……」

縁側から部屋を覗き込んだ時だ。バシン!と痛そうな音がした。あの温厚そうな新八が姉に向かって手を挙げていた。

「もういっぺん言ってみろコノヤロー!お前今何つった!!」

目の前の状況に目を白黒していれば今度は妙の手が新八の頬を叩く。

「何回だって言うわよ。私だって……私だってみんなと…ずっと一緒にいたいわよ!」

先程の言葉とは一転。平静を装っていた表情は崩れ去り、潤んだ瞳から涙がぼろりと溢れ妙は本音を零した。だか直ぐに綺麗な顔を歪める。

「でも…でもダメなの!私が…私が九ちゃんの左目になってあげないと!」
「お妙ちゃん。君はそんな事をまだ気にしていたのか」

何かを引きずる音と九兵衛の声がした。

「新八君、君は知らないと思うが幼い頃僕は左目を失ってね。そこにお妙ちゃんが居合わせていたんだ。責任を感じる必要はないと言ったのに。僕は寧ろ感謝している位なんだ。あの時があったから今の僕はある。左目と引き替えに僕は強さを手に入れた」

片手に木刀、もう片手にはぐったりと地に伏した土方の着物の襟を掴んでいた。

「これで君らは残り何人だ?そこの彼女と、新八君だけか」

土方をその場に放りだし玉砂利を踏みしめ歩み寄ってくる。

「そうね、うちの大将取る気なら先に私の相手をして欲しいかな」
「***さん、!」

心配そうに声を荒らげる新八に振り返り安心させるように笑んだ。

「大丈夫、知ってるでしょ?」

あの岡田似蔵と春雨の多勢と十分に渡り合えることは自分の目で見て新八も知っている。

「だから新八くんはお姉さんとちゃんと話して」
「分かりました」

お願いしますと頭を下げる新八を庇うように前に出て木刀を構えると、鬱伏した土方が顔を上げ呻くように言った。

「###、そいつは女だ」

無駄なことをするなと。

「え、九兵衛さんが女って…アンタ…まさか…ひょっとして……そんな、姉上を男と勘違いしているのか?!確かに姉上は胸が…」

新八は狼狽え目を白黒させると明後日の方向の答えを叫びかけたが、当の本人によって蹴りで黙らさせられた。
それは女性に向かって言ってはいけない単語。

「九ちゃんは身体は女の子、でも心は…男の子なの。女の人しか愛せないのよ」

ぽつりぽつりと妙はひとつずつ新八に順を追って語りだした。彼女がどうして女の体に男としての心を持ってしまったのかを。

「土方さん、私はね男とか女とかどうでもいいと思うんです。大切なのは自分がどうしたいか。それだけ」

彼女が九兵衛の左目になる事を望んだように、私は私の思いのためにここにいる。

「そこで伸びてる彼を置いて逃げた君に、何ができるんだい?」
「こう見えて私ね、ひとりで国中を旅してきたの。九兵衛さん、あなたと一緒」

強くなるために武者修行を続けてきた九兵衛とは目的は全く異なるが、一人旅をするという事は自分の身を守れるのは自分しかいないということ。

「私は昔何も守れなかった、とっても弱かった」

自分の意志を思いを貫き通し、人を傷つけることの意味とその重さを知らなかった。

「守られてばかりの弱い自分が、置いていかれるだけの惨めな自分が大っ嫌いで。でもだからこそ大切な人を守れるくらいに強くなりたかった」

きっと九兵衛にとって妙は大切な人なのだ。だから約束と称して傍に置こうとしているのだろう。でもその大切な人が苦しんでいることにも、その笑顔が曇っていることにも気が付いていない。

「だからね、私はあなたに負ける訳にはいかないの」

私の大切な人が、大切な人の悲しい顔を見て、悲しんでいるのだから。



土方は痛む体をゆっくりと起こし大荷物の皿を外すと縁側へと押しやった。皿は意図的に割られることはなかったが代わりに殆ど戦えないようにと叩きのめされた体が悲鳴をあげている。頭から流れ落ち顎下までどろりと垂れている生暖かい血を袖で拭うと***を見やった。
九兵衛の剣は速い上に重い。その殆どを***は既のところで躱し、避けきれない時は上手く受け流していた。
速さは互角。だが力は圧倒的に九兵衛の方が重いようで、容易に打ち込みその力で弾かれれば***の細腕では暫く木刀を持てなくなってしまう。それに気がついているのか***は容易に攻めに転じることをしなかった。

「悪いが目の前に大将がいるのに君の相手をするのはお互いに時間の無駄だ。早く済ませたい」
「同じね、私もそう思うよ。ほんとにしないといけないことはこんな事じゃない」

きっと本当にしないといけないことは、妙と九兵衛がお互いの顔を見て話をすること。そしてお互いの気持ちを尊重すること。

「君は他に誰か残っていることを期待して時間稼ぎをしているのだろう。その細腕では僕の力は受けられないからね」

君の力は僕には届かない。そう言われたようで少しムッとする。

「確かに私はあなたの力を受けられないけど攻める方法ならいくらでもあるんだけどな」

一旦距離を取りしゃがむと***は左手に砂利を掴み九兵衛目掛けて投げた。投げた数は複数あるようでひとつは皿を、ひとつは皿を庇うために翳される手を、ひとつは足を的確に狙って。

「くっ、!」

砂利と言えども大きさは疎らで小さいものから小指の第1関節くらいありそうなものも交じっている。躱すか弾くかしない限り皿も割れるし痛みがあるのは当然。咄嗟に距離を取った九兵衛は身を屈めると横に飛び退いて全て躱しきった。
そこに一刀。投げると同時に九兵衛に迫っていた***は体勢を崩し地面から一瞬体が浮く瞬間、皿を狙い突く形で木刀を突き出した。

***の一連の動きに土方は驚きを隠せなかった。
彼女の剣技を見たことは一度もない。特殊な入隊だから入隊試験は全て長官任せにしていたし、一人旅をしていたといえど女の護身剣程度と思っていた。それに仕事は雑務のみを充てがうと初めから決めていた為全く気にも止めていなかった。
周囲の状況把握と相手の力量を予測してひとつひとつをきちんと自分の中で処理し対処をしている。
何より迷いが生じていたとはいえ土方にここまでの怪我を負わせた九兵衛と渡り合える実力は文句の付けようなどない。

***の繰り出した突きは倒れ込む事も厭わなかった九兵衛の左手が掴み、無理な姿勢からでも近づいたこの瞬間を逃すまいと同じように***の皿目掛けて振るわれた九兵衛の木刀の切っ先は***の左手に掴まれていた。お互いに無理な姿勢で睨み合う。

「約束って大切だと私も思うよ」

互いの力が拮抗し身動きの取れない状態で***は呟いた。

「でもそれは、お互いが幸せになれるなら守るべきことであって、苦しむのならなんの意味も無いものだと思わない?」

地面を背に倒れる九兵衛に向き合う***の表情は土方達には下を向いているせいでよく見えない。

「彼女はあなたの事が大切だから、負い目から逃れられない。でもそうじゃないでしょ。お互いがお互いのこと大切なだけじゃない!よく彼女の顔を見て声を聞いて、お願い」

だがそう訴える***の声はあまりにも切実で己の苦しみからの叫びのようで、土方と新八は目が離せなかった。

「九兵衛さんもお妙さんのこととても大切にしてる。だから左目を失ってでも守りたかったし、もっと強くなりたいって思ったんだよね」

分かるよその気持ち。あの時の私と一緒。誰にも負けないくらい強くなって大切な人達をこの手で守りたい。胸を張って隣にいたいその気持ち。
ただただ一緒だと思った。

でも私は守りたいと思ったから強くなったのにそこにばかり固執したが故に、どこかで道を間違ったのかもしれない。
本当に晋助が言った通りなのか本人に確認もしないまま、拒絶されて顔も合わせられなくなることが怖くて自分を守るために嘘をついた。ただ隣にいたかっただけなのに、ただ守りたかっただけなのに。それが出来る現状を手に入れたのに、会話をすることが苦しいと感じた。平然と昔のように名前を呼ぶ彼にどういうつもりなのかと問い質したくなった。それすらも聞けない間柄にしたのは私なのに。嘘をついて大切な思い出すら捨てようとしたのに。
でも2人はまだ大丈夫。まだお互いを想い合っているなら引き返せるから、間に合うから。

「そうだ、だから僕は君たちを打ち倒さないといけないんだ」

伝わって欲しい。そう願った***の思いは九兵衛には届かなかった。
訴えるだけで戦う意思の薄れた***を逆に地面に引き倒すのは九兵衛にとっては造作もなく、振り払われた***の体は地を滑り木刀を握った腕を九兵衛の足が押さえつける。

「僕らは男と女も越えた根源的な部分で惹かれ合っている。僕はお妙ちゃんとのあの時の約束を守る。お妙ちゃんの隣にあるべきは僕だ」

腕を押さえ付ける足に体重をかけられ下駄の歯が刺さった。
痛みを噛み殺し九兵衛の足を蹴りで狙うも、***の挙動を察した九兵衛は足首を捻じり木刀で脚を打ちつけた。

「ぅぐ…!」

脛にあたったのと結構な勢いで当たったのとでめちゃくちゃ痛い。涙で視界が潤む。

「男だ女だとつまらん枠にとらわれる彼らや、一度交わした約束を苦しいからなんて理由で守れないなんて言う君には僕は倒せんよ。そんな脆弱な魂で大切なものが守れるか!」

九兵衛の言葉に新八の隣に立つ妙は、先程零した本心を笑顔の裏に押し込め弟に向かって静かに笑んだ。






となり、のいみ

♭20/08/26(水)

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