一途or頑固?


柳生家の庭は森の様に広い。だが手入れはきちんとされ様々な角度から趣のある風景を映し出し、広大な庭は別世界のようにも感じられた。のだが、厠ひとつで現実世界に引き戻された。

銀時が厠に行ってから結構な時間が経つ。***はそれに付き合い付近の木陰で身を隠し待っている。が、あまりにも遅い。
小さい方でも大きい方にしても時間がかかりすぎている。厠に行くと見せかけ実の所は一緒にいても無駄なお喋りしか生み出さない***を置いていったのかもしれない。そもそも一緒に行動するとは決めていなかった。気持ち悪いから隣に来いと言われただけだったのだから。
なんかムカつく。気持ちが悪いから隣に来いと言っておいてもしかすると置いていかれてるかもしてないなんて。
脅してきた沖田の目もない。このまま無駄な時間を過ごすよりはと***は下ろしていた腰をあげると男性側の入口へと向かった。

「お前何してんだ?」

銀時にひと言声をかけて確認してから立ち去ろうとすれば、逆にかけられる声。

「あの、***さんそっち男性用ですよ?女性は反対側です」

声の主は土方と新八で、男性厠の入口に足が入りそうになっていた***を怪訝そうな表情で見つめていた。

「は…?!ち、違う違う!!違うよ!やめてよ勘違いしないでください!」

断じて痴女行為に走ろうとした訳では無い。
特に土方の顔は信じられないものを見たと言わんばかりの引き気味の表情。

「お前、いくら女が嫌だからって男用の厠使えばどうこうなるってもんじゃねェぞ」
「だから違うって言ってんじゃん!!てかなにそれ!土方さん何咥えてんの?花火?花火じゃん?土方さんこそなにしてんの?やっぱりニコチン吸いすぎですよね」
「いやこれ、タバコ、、」
「いえタバコじゃありませんよそれ。僕もさっき言いましたよ」

2人に指摘された途端に豪快に火を噴き出す花火。

「アッツい!!ちょ、こっち向かないで!花火は人に向けちゃいけませんって習わなかったんですか?」
「いやそれ以前にタバコって認識してることにツッコんでください***さん」
「しっ!だまれっ」
「黙れ?黙って欲しいのはその咥えた花火!!」
「ばっかお前等!柳生のヤツらだ」

腕を引かれしゃがんで土方と同じ方向を見れば、片目に眼帯をした小柄な柳生九兵衛と、柳生四天王筆頭の東城歩が近づいてきていた。

「チッ、今やり合うのは不利だ、引くぞ」

いの一番に駆けだす土方。厠にいるのかいないのか分わからない銀時を敵が近づく場所で一人待つのは非合理的だ。

「坂田さーん!いますか?いたら今すぐ出てこないと袋叩きに遭いますよ。トイレの中とか四面楚歌ですよ。用を足してる時と食事してる時と眠ってる時が人間が一番油断するときなんです」
「どんな声のかけ方!しかも銀さんもいるんかいっ!近藤さんも!***さん言うようにやばいです来てます!早く出てきてください!」

2人で声をかけるものの返事は疎か、物音ひとつしない。

「もう行っちゃったんですかね」
「坂田さんは勝手に行きそうな気がするけど近藤さんに限って、、」
「…、***さんヤバイです来てます!取り敢えず行きましょう!近藤さんならひとりでもなんとかなりますって」
「確かにそうだけど、そうなんだけど」
「今は僕らの方がヤバいです、行きますよ!」

新八に腕を取られ遅れて駆けだした。



一方。用を足し一息つきさて汚物を拭おうとトイレットペーパーに手を伸ばした近藤の手は、ロールの一周分にも満たない鼻すらかめない長さの紙を掴んでいた。
愕然とするしかない。だって紙がないのだ。慌てて個室内に換えのロールがないか調べるもどこにも見当たらない。ケツについた汚物を拭けないイコールトイレから出られない。あまりのことに愕然としすぎていて、新八と***の声に応えられず居ないと見なされケツ丸出して放置されてしまった。
先程***が言ったように四面楚歌。もしここに柳生の者が来たら袋叩きだ。
何とかしなければと思い至ったのは隣室の紙。
***が大声で誰かの名前を呼んでいた。これは誰かいるかもしれないという事だ。

「助けてくださぁぁい!!!紙がきれてしまって身動きが取れないんです。お願いです、少しでいいから紙を、紙を恵んでもらえませんか!?」
「紙も仏もねェよ」

返ってきたのは聞きなれた声での端的な答え。

「お前万事屋?!こんな所でなにしてんの?!」
「なにって、こんな所ですることなんて決まってんだろ。つーかお前なんで返事してやんなかったの、***と新八が呼んでたじゃねーか。応えてたら紙恵んで貰えてたんじゃね」
「それ言ったらお前もだろうが、***ちゃんが呼んでただろう!」
「こっちは下ってんだよ下り龍が勢いよくさ、、なのに紙がねェんだよ、ケツ丸出しなんだよ、応えられるわけがねェだろうが」

お腹を下しているせいか、銀時の声はいつにも増して覇気が感じられない。

「恥も外聞も気にしないやつかと思ってたが、さすがにお前も女性には気を使うか」
「あれが女?あのさ、よく考えてみ。女がお前等みたいなチンピラと一緒にいられるか?平然と鬼の副長言い負かすか?あれは人の皮被った新種のゴリラだよ」
「ゴリラ?!!え、***ちゃんゴリラ…?」
「そうだよ。なによりゴリラを慕ってるみたいだったからな。お似合いじゃね?ゴリラ同士で」

なんでお前なんだよ。そう言いたげな棘が含まれた声が心做しかいじけた様な色をしていた。

「モテねー俺への当て付けかよ。別に羨ましくなんかねーし!だってどっちもゴリラだからね?鏡みろよ」
「いやどこ見てんの万事屋!***ちゃんはどっからどう見てもかわいいだろうが!それに何事にも一生懸命だし、なによりどこまでも一途な普通の女の子だよ!」

近藤にとって***はどこまでも自分の思いに素直でその思いを大切にする人間に見えた。
初めはどこか深い場所に沈んでしまって戻ってこられない、迷い子の様な印象を受けた。でもそれは少し違っていて、必死に何かに自分からしがみついてそこから動けないでいるみたいだった。
副長助勤。殆ど土方のデスクワークの手伝いだが、時には討ち入りに出動した隊士の怪我を看てくれる。今まで手の回らなかった些事をこなしてくれていた。それだけで充分の働きだ。なのに、「巡察に連れて行って欲しい」「討ち入りに参加させて欲しい」事ある毎に土方の目を盗んで近藤に頼み込んできた。
そもそも真選組に入隊したい理由が刀を手離したくないからだった。その折に話してくれた「守りたいもののために戦いたい」という思い。彼女が守りたいものは刀がないとなし得ないものなのか、そもそも守りたいものとはなんなのか。きっとそれはあの刀に全て込められていた、近藤には理解し得ない彼女の想いだったのだと思う。
だから刀を必要とする仕事を***は要求していた。その理解し得ない想いにずっとしがみついて。
何があったのか詳しくは分からないが、その大切な刀を失っても彼女は変わらない。しがみついて動くことができない程に、一途にその思いを大切にしている。果たしてそれが良いものなのか悪いものかは近藤には分かり兼ねるが。
ただ先程見せた、ここにいたい、置いていかれるのは大嫌いだと言った時の目は凛としていて目を離すことが出来なくなるくらい真っ直ぐな思いが宿っていた。初めて会った時に見せた真選組にいたいと口にした時と同じで。

「***ちゃんは絶対男に対しても一途だよ。あんな可愛い子に好かれてる男は幸せだよ、俺もお妙さんに想われたい」
「安心しろ、お前には一生こねーよそんな時」
「一生?一生って言った、今!」
「それに一途って良いふうに言ってるだけだろうが、知ってる?それ違う方向から見ると頑固だからね。ただの頑固」

粘着して執着してネバネバしてるだけだからァ。

「つーかいつまでケツにうんこ付けたままくだらねェ話するつもりだよ。いい話してるつもりかもしんねーけど、ケツにうんこついてるからなお前。俺らに必要なのは紙なの、一途に紙を思ってんの俺ァ」
「はっ、そうだった紙!」

今は何よりも先にしなければいけない事があった。四面楚歌のトイレの個室から出るという絶対的に越えなければいけない事態。
自分のいる個室も万事屋のいる個室も紙がないとなると希望は薄いがどこかに紙は絶対あるはずだ。だってここトイレだもん!!
洋式便器に足をかけ隣の個室を覗く。
そこにあったのは紙ではなく、小さな人影。

「か、紙をくれェェェ」

目は血走り滝汗を流しながら逼迫した表情で訴えてくる柳生敏木斎だった。



撒くために雑木林の間を駆け抜けていくも、見失われることも、間が開くことも無い追いかけっこが続いていた。

「お前ら先にいけ」
「土方さん」
「言ったろ俺は喧嘩しに来たんだ。オメーがやられたらこの喧嘩負けなんだよ。姉貴に会え。たとえこの勝負に勝とうがてめーの姉貴の気持ちが動かねーようなら連れ戻すことなんざできやしねーよ」
「土方さん、鏡見て言ってくれません?顔面血だらけです。満身創痍で今にも倒れそうです。足止めなら私がしますから新八くんお願いします」
「何言ってやがる。お前じゃ柳生の相手は無理だ」
「いいえ、今の血塗れ土方さんより役に立つ自信あります」

柳生九兵衛、彼は彼女だ。
初めて見かけた時は猩猩星のお姫様とのいざこざで気が付かなかったが、先程顔を合わせた時にはっきりとした違和感を感じた。年頃の男性にしては高めの声と丸く小さな顔立ちに小柄な体つき。心は知らないが、どう見ても体は女性だった。

「うるっせェ!とっとと行けって言ってんのが聞こえねェのか。お前は大将守ってろ」
「土方さんがいっつもやらせてくれないだけで、私だってやればできる子なんですよ」

九兵衛が女性であることと、女性にも関わらず居合で刀にヒビを入れる程の剣の腕を持っていること。それに加え女性に対する考え方が紳士すぎる土方が上手く渡り合えるのか不安しかないし、既に深手を負った状態でひとり残していって無事で済むはずがない。

「やればできる子ならやれって言われたことぐらいちゃんとやれ!」
「私は私の人生を生きる。ごーいんぐまいうぇい!」
「強引にまいうぇいたろお前は!いいか###効率考えろ、殆ど何もしてなさそうなお前が大将でもない相手と戦って戦力削るな。温存しろ。盾くらいにはなるだろう」
「盾?!いま盾って言った?盾どころか最後まで生き残ってみせますぅ!」
「いーかげんにしろッッ!!!うるせーよアンタら!こんな時くらい言い合いはよしてください!」

互いに無駄なことしか喋らない土方と***に黙っていた新八が絶叫した。

「なんなんですかふたりとも!銀さんと神楽ちゃんみたいな事しないでください」
「誰が万事屋みたいだ!アイツらのやり取りと俺達のコレは違うからね!」
「1ミリも違わねェよ!アンタらと一緒にいるよりも僕ひとりの方が心安らかだわ!後よろしくお願いしますねッッ!!」

もうお前らの相手はしてらないとばかりに新八は吐き出すといまだ言い争いをする2人を残して駆け出していった。

「ちょちょちょちょ、、え?、おい眼鏡ェェ!!」
「土方さん早く追ってください!」
「いやだからお前が行けよ!!」

追いついてきた九兵衛は***と土方2人に相対すると新八を嘲るように小さく笑う。

「随分と情けない大将だ。キズついた仲間を置いて逃げるとは」
「置いて逃げたって言うか、ブチ切れてこっちが捨てられたというか」
「おまえそれ恥ずかし気もなく言わないで?!」
「どちらでも構わないがこの勝負は最初から結果の決まった勝負だ。今頃残りの仲間もやられていよう」

柳生側は柳生家歴代最強の剣豪が大将で、残るもうひとりは土方をここまで負傷させた者よりも強いという。***は銀時と無駄な会話をして銀時の厠に付き合い何もしていないので口で説明されてもよく分からないが、実際に戦った土方には分かるのだろう。

「###、俺らの大将守れ」

負傷した体で木刀を構える。
土方がここにいる理由は近藤の事もあるだろうが、何よりもスマイルで九兵衛に受けた借りを返すため。その相手を目の前にして引くことは絶対にしない。

「分かりました。土方さん気をつけてくださいね」
「お前が俺の心配なんて早ェよ」

行かせまいと***を追おうとする九兵衛の進路を土方は塞ぎ手にした木刀を交えていた。





よく考えたら何もしてないっ!!!

♭20/06/29(月)

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