白髪くるくるパーマと猪女


「俺のこと屋号で呼ぶのなんで?」

疑問を口にした割には納得してるのかしてないのかよく分からない返答をした銀時はまた唐突に疑問を口にした。それもあまり触れてほしくないことを。

「別に他意は無いよ。真選組の殆どの人が屋号で呼んでるしそれでいいかなって」

用意してた簡単な答えを口にすればムッとした表情を浮かべる銀時。

「じゃあ神楽と新八は?」
「えっと…、」

真選組での万事屋メンバーの呼び方にはたと気がつく。

「だよなァ、よーしアイツらも今日からチャイナとメガネなー」
「いや失礼でしょ、そんな呼び方!」

万事屋さんと職の屋号で呼ぶのと、個性的な印象で勝手に呼ぶのとではかなり意味が違ってくる。後者は銀時を「白髪くるくるパーマ」と呼ぶのと大差ない。

「まあいいけど、気になっただけだし。えーっと、、?猪女ちゃん」
「いっ、!!」

銀時は仕返しとばかりに意地悪な笑みを浮かべる。

「なに?言葉に詰まって」
「べつに、なんでもないよ」

衝動的にツッコミの勢いで言い返しそうになったがぐっと堪えた。それでは彼の思う壷だ。

「でも私も猪女はさすがに嫌だから名前、覚えてほしいです。……坂田さん」

銀ちゃん、そう呼びたい気持ちを押し殺した。
親しんだ名前で呼べば昔の想いが溢れてきて心が掻き乱される。他人として接するには不要の感情が邪魔をする。だからここが許せるギリギリのラインだった。
ただこれで目の前でなんと呼ばれたのか理解していないきょとんととした男は許してくれるのか分からないが。

「なんだそっち」

銀時はなんと呼ばれたのか理解していないようできょとんとしたものの、名前ではなく名字の方だと気がつくとつまらなさそうにため息をついた。

「お前の名前なんだったけ、?」
「###***、です」
「***ちゃんね、忘れなかったらちゃんと呼んでやるよ。って、何その顔」

猪女とまで言った銀時だ。名字呼びしたのだからてっきり同じように名字で呼ぶと思っていたのに***と、下の名前を呼んだ。それもあっけらかんとした表情でなんの躊躇いもなく、昔と同じように呼ばれたことに惚けてしまっていた。
彼にとっては特に意味もない雑談のひとつでしかないのかもしれない。そう思い知らされた気がした。

「あの流れだとわたしも名字呼びかと思ったから」
「あぁそれ。オメーさっき言ってたじゃん、家がどうのって。だから触れられたくねーんだと思ったんだよ」
「家がどうの?」

なんの事?家の話なんて全くしてない。
分からなくて首を傾げてしまう。

「お前の声デカすぎて総一郎くんとの会話聞こえてきたの」

たっく、ここまで言わねェと分かんないの?人が気を使ってあげても無駄じゃん。てかお前なんか弱み握られてるみてェだったけど何したの?ねえ聞いてる?***ちゃん。

続け様に何か言われるも、最初の一言で思考が停止した。
大問題。沖田くんとの会話聞かれてた?あの時私なにを言った?聞かれていいことだった?!
頭をフル回転させて思い出そうとするもパニックで一言一句の細かいところまで思い出せない。
きっと、というか願望に等しいが大きい声を出していたのは人を脅してはいけないよって注意をした時くらいでその他はそこまで大きくなかったと思う。

「おーい、聞いてんのか?」

ひらひらと眼前で手を振られ我に返る。

「ど、どこからどこまで?」
「なんか嫌って力強く訴えてたあたり?てかなに、お前やたらとあいつらと仲良くね?あのチンピラ共と怖がらず対等に会話できる女はなかなかなかいねェだろ」

どうやら予想通りの様で胸を撫で下ろすも、銀時の目に映る真選組との関係に悲しくて笑いがこぼれる。
ほんの少し前までは他の隊士とは違う扱いをしてくれていた沖田には高杉との一件以来、何かと酷い扱い受けていた。

「対等というか、ごく一部はちょっと違うというか」

思い返せば碌に沖田と会話をしたことはない。あるとすれば仕事柄殆ど土方の傍にいるので事ある毎に副長抹殺計画に巻き込まれ多少の会話をする程度。それも、標的にされた副長可哀想ね、って他人事で笑っていられたのに。いざ的にされるとしんどい。ごめんなさい副長、ずっと心の中で笑ってたんだ私。一応心配もしてたけど。

「え、なに?」
「いやなにも、、」
「いやなにもって顔じゃねーけど?引き攣ってるよ?」

引き攣ってる?!!慌てて両手で頬を解すように手を持っていくも鏡がないと引き攣り具合なんて分からない。

「あんだけ好き放題もの言っといて、顔引き攣るってどんな大層な弱み握られたの?まさか、こないだの事を黙ってたのがバレたとかじゃねェだろうな」
「それはバレてないよ!バレてたら私ここにいないもの」

首と胴が離れて……
命令を破って攘夷浪士どころか大物の指名手配犯とあんな事になっていた事実を隠していたなんて沖田くんに知られれば物理的に捌かれる。裁かれるじゃなくて捌かれるほんと嬉嬉として。沖田くんならやりかねない。

「ね、やめない?別に楽しくないでしょこんな話」

気がつけば***の話ばかり話題に上がり質問攻めのようになっていて、聞かれる立場としてはそろそろ止めにしたかった。先程の沖田とのやり取りもそうだが気が付いたら余計なことを口にしていたなんてことがありそうでひやひやが止まらない。

「いーや、楽しいよ。お前も普通のヤツなの分かってさ」

そんな***の思いも露知らず、相好を崩した銀時は少し困ったように笑った。

「お前ヤバかったもん、あの時。地獄からタマ取りに来た般若かと思ったからね俺。血塗れだし怪我だらけだし、人の傷は抉るし今にもぶっ倒れそうな顔してるのに突っかかってくるし。自分のことは棚上げで他人優先」

銀時の口から次から次へと飛びててくるのは、振り返りたくもない、銀時に言わせると猪女で酷い有様の自分の様子。
お前は猪女だと聞かされているようでもうそれ以上言わないで欲しいと余りの恥ずかしさに俯いて両手で顔を覆ってしまえば、頭にかかる重み。暖かいそれはぽんぽんと頭を撫でた。

「でもちゃんと思ってくれるヤツらがいて、お前も大切にしてる。関係ないのにこんなとこまで来てさ。いいんじゃねェの」

頭を撫でる手も声もとても優しくて、焦がれた人の優しさに嬉しいはずなのに突き放されたように感じて悲しくなった。
大切にしたい人は真選組の人達だけじゃない。思って欲しい人もそう。袂を分かちみんなバラバラになってしまって思いも、手すらも届かないけれどとても大切な人達。その思いをかけていた刀は折れてしまったけど心の奥に今も残っている。
もう何も無いと思ってたのに、揺らぐことも消えることもない過去は私の中に優しく居座っていて、それを思い起こさせる今の彼の優しさが胸を苦しくさせた。
本当に私を覚えていないのか、それとも嘘をついて忘れた振りをしているのかは全く判別がつかないが、先に嘘をついたのは私だ。勝手に嘘をついて勝手に突き放されたように感じて勝手に苦しんで、勝手がすぎる。
黙ってろ。ずるい私は顔を出すな。必死に自分に言い聞かせれば銀時の言葉は耳に入ってこなくなっていた。

「でもなお前、大切にしてェなら自分もっと大切にしろよな、…っておい聞いてる?」

俯いたまま顔を上げようとせず言葉も発しなくなった***を不審に思い、銀時は顔を覆ったままの腕を掴むも直ぐに手を離した。引っ込めた手には濡れた跡。
これ涙?鼻水?それとも涎?!
どれとも判別しにくいそれをそそくさと着物で拭う。

「お、…おーい、、***ちゃん?銀さんの話に感動して泣いてんの?」

反応のない***に困り果てた銀時は後ろ頭を掻いた。

「なー、お前聞こえてんだろ。返事してくんない?」

次第に声に苛立ちが滲み出す。

「お前器用だね立ったまま寝てんの?フラミンゴか。そのうち片足で立つの?危ないよひっくり返っても俺知らないよ……?」

それでも無言を貫く***につい手が出た。

「いーかげんにしろや!」

引っ手繰るように強い力で銀時は***の腕を掴み額を押し上げ無理やり上を向かせる。
一切言葉が届いていなかった***は突然の痛みに叫んだ。

「イダダダダッ!!!痛いっ!首もげるうっ!!」
「首もげるじゃねェンだよ!いつまで俯いてんの返事をしろ返事!なんなの何してたの、顔だけ異次元に飛んでたの?お前の手の平にはワープ機能でもついてるんですか!」

一瞬自分の手と睨めっこした***はさっと着物で手の平を拭くと差し出してきた。

「ついてるか試してみる?」
「誰がンなもん試すか!そもそも人間の手の平にそんなドラ○もんみたいな便利機能ついててたまるかってんだ。つーかなに今なんか拭いたよね、涎?鼻水?涙?」
「手汗。顔面に当てた時にじとってしたら嫌かなって。そっかー勿体ないな、あっちの世界は随分綺麗なのに」
「安心しろ、お前の手の平はあっちの世界になんて繋がってねーし俺は手汗まみれのその手を顔面に当てることなんてしねーから!断言しといてやるよ!たっく何なの?何を固まってたんですかお前は」
「だってあんなに人がやめてよって言ったのに、いつまでも人のこと猪とか般若とか、人以外の扱いされて嬉しいわけないじゃん。悲しいよ、恥ずかしいよ!ひどいよ坂田さん……」

再び手で顔を覆いううっと態とらしく泣き真似をする***に銀時はイラッとするも、先程手を濡らした正体はやっぱり涙だったのかとたじろいでしまう。
もし本当に涙だったとしたのなら***の言うように人外扱いしたことに対する悲しみなのか、それとも別の要因なのか、銀時には推測することしか出来ないが。

「あーもうわかったよ。俺が悪ぅございました。でもお前も泣くほど嫌ならちっとは考えろよ立ち居振る舞い」
「はいはい、わかりましたー」
「淑女は2回返事しません。1回です」

文句を口にする割には改める気のなさそうな返事をする***に呆れたように銀時は溜め息をついた。






決して消えることの無いもの

♭20/06/15(月)

<<前 次>>
(4/9)




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -