嘘と隠秘は紙一重


腑に落ちない納得のさせられ方をした土方はさっきから煙草の消費率がとんでもないことになっている。すぱすぱとおしゃぶりのように吸っては吐いて吸っては吐いて。さながらグレーテルが落した石のように吸い殻の道しるべを作っていた。

「土方さん煙い」
「うるせェ、煙いならお前が帰れ」
「今から別行動なんで問題ないです。ただ心配で。そんなイライラしてニコチン摂取し過ぎて倒れないようにしてくださいね」
「嫌味かッ?!全部オメーのせいだろーが!」

土方は手にした吸殻を地面に叩きつけ草履の裏で火を消すとギッと鋭い眼光で***を睨む。
だが近藤も自分も私情でここにいると口にしたのは事実だ。むしろ今でも私情でしかないことは自分自身がよく分かっていた。正論を吐かれれば性格上黙らざるを得なかったし、正直ありのままに口に出された***の気持ちも分からないものではなかった。
それに多少の怪我をする可能性は有れど然程の危険はない。我慢ばかりさせるよりはどこかで発散させなければ前回のような無謀に走りかねない。

「今回だけだからな、、」

はあと溜息をひとつ吐くとまた新しい煙草を銜える土方に***は困ったように笑った。
そもそもお互いに私情な時点で許しを乞われ乞う立場ではないが、頭の固い彼にとっては黙認することは躊躇われる事態なのだろう。

「土方さんありがとうー。そういうとこ大好きですよーー」
「ですってー、土方よかったなコノヤロー」
「うるっせェ!つーか棒読み腹立つ!!」



「***さん皿」

柳生一門から提案された勝負に必要な合戦演習の的である皿をそれぞれひとつずつ身につけていく。沖田の手の中にある皿を受け取ろうとするとそれは素通りした。

「あのさ沖田くん、前から聞こうと思ってたけど私のこと嫌い?」
「いいえ、***さんのことは好きでも嫌いでもないですよ」
「あ、そう。じゃあ取り敢えず変なとこつけないでくれる、お皿」

***の右側に立つ沖田は肩にぐるぐる巻きに皿を括りつけていた。

「こないだ怪我してたの反対なんで上手くいけば左右対称じゃないですか」
「割られる前提!?負けちゃうの私?」

というかこれでは右腕が動かしにくく負け必須だ。

「***さんって自分の思いに素直ですよね」

違う場所につけ直そうと結び目を解くのに必死になっていたらボソリと呟かれる言葉。

「真選組に居てェって言った時も、さっきだって思ったこと口にして意地でも通す。悪く言えばかなりの頑固でさァ」
「悪かったな頑固で!やっぱり私のこと嫌いだよね沖田くん」
「いや、だから嫌いとか思ってねェですって。どうでもいい無関心の枠だって言ってんだろ」
「へえ、無関心の相手のことよく見てるね?」
「なんかむかつくんで今から帰ってくだせェ」
「うそうそ沖田くんの観察眼ってすごーい!」
「棒読みなの腹立つんでバラしていいですかィ」

揚げ足の取り合いをしていれば、すっと沖田の視線が銀時に向く。

「冗談、ジョーク!!!何が言いたいのさっきから!なに?私が頑固でなに?!」
「なんであの人には素直に謝らねェんですか?」

***に視線を戻した沖田は純粋な疑問をぶつけてきた。
答えようもない疑問に返す言葉に詰まる。

「まあ、謝る謝らない以前に他人の振りしてる理由聞いた方がいいんですかね?」

あれから暫く会わないでいたから考えずにいられたのに、こうしてつつき回されれば忘れていた感情が引きずり出される。
もう真逆の方向に覚悟を決めてる筈だったのに。

「まあ、取り敢えずいってらっしゃい」
「ぐえっ…!」

何も答えない***に痺れを切らした沖田は襟首を掴むと無理やり方向転換をさせる。

「なにすんのっ!!」
「いや、さっき土方さんが2人以上で行動しろって言ってたじゃないですか。だからあっち」

あっちと言って総悟が指差すその先には鼻に指を突っ込む銀時で、振り返った彼と目が合った。指を引き抜くと、ピッと汚いものを飛ばす。

「……沖田くん、私ひとりがいいな」
「あー、なに?聞こえねェな」

沖田はわざとらしく耳に手を添え聞き返すと背中をぐいぐいと押してくる。

「い、嫌だって言ってんじゃん!いい加減にしてよ沖田くん!人の弱みに付け込むなんて人間として恥だよ恥!!」
「あ゛?うるせーな、行けって言ってんだよ。大声でバラされてもいいんですか?」
「……っ、はっ、沖田くんが私の何を知ってるって言うの?なんにも知らないじゃん、知ってるのは精々私が没落した家の生まれってだけでしょ?」
「いーんですか、あー、そうですか。気を使ってバカみたいでした」

そもそも本人に名前知ってるってバレても万事屋2人が呼んでたとかどうとかでなんとでもなる。謝っていたことに関しては聞き間違いとでも言って誤魔化せばいい。
よくよく考えてみれば弱みを握られたって程じゃないじゃん。なんでビクビクしてたんだ私。今まで悩んでたのがバカみたいじゃん。
もう脅える必要なんてないさあ、好きにしろとばかりに両手を腰に鼻で笑ってやった。

「近藤さーん、土方さーん、聞いてくだせェ。***さんってものすっごい不純な理由で」
「ああああ!!!!」

まってまってそっち?!!
咄嗟に手で口を塞いだ。

「まって、ほんと待って!」

至近距離でにやっと歪む顔。
腹立つ!こっちは何を言い出すのか予測不可能ではらはらさせられてるって言うのに!

「***さんってバカって言われませんか?」

覆っていた手を邪魔だと退けるとバカにしたように吐き捨てる。

「あんたがさっき言ったように、俺が知ってんのは誰かさんに謝ってたことだけですよ」

サッと血の気が引いていくのを感じた。
ついさっきなにも怯える必要は無いって悟ったばっかだったのに。なんて馬鹿なんだ。隠し事がありすぎて敏感になりすぎている。

「刀を手放したくないって理由は」
「それは嘘じゃない、!」

沖田の言葉を遮る様に声を張り上げる。
それについては欠片も嘘はついてない。それだけは嘘だと思われたくない。
それをみて呆れたようにため息をつく。

「知ってますよ、嘘じゃないのは。ただ、言ってないことがあるんですよね。***さんは嘘つけないけど、隠し事はそれなりみたいですから」

やましい理由があるから遮ったんですよね。
暗にそう問われている。
それに是とも否とも答えられない。隠し事があるのは事実だから。

「それ、聞かないであげるんで旦那追っかけなせェ。出来ねえなら、分かってますよね」

増えた秘密がばらされますよ。
楽しそうに笑う顔は有無を言わせなかった。





「なあ、お前俺を狙ってんの?」

仲間割れ?そう言って数歩も前を歩いていた銀時が振り返った。

「大将でもない人の皿割る意味無いけど」
「じゃあなんだよ」
「なんでもないんで、放っておいてください」
「いや、むり。放っておいて欲しいならせめて普通に歩いてくんない?尾行するみたいに物陰隠れられると気色悪いわ」
「き、?!」

もともと不必要な事を口にする性格なのは知ってたけど、尾けたくて尾けてたわけでない。沖田との事といい虫の居所の悪さもあるのと、不本意ながらにしていた行動を責められるのは気に食わなかった。開いていた距離を一気に詰め進路を塞ぐ。

「万事屋さんあのね、仮にも、仮にもよ?女性に向かって猪とか気色悪いとか失礼と思わない?」

仮にもを2度も言うのは女性らしい所作を何一つしてない自覚は多少なりともあるから。

「ふーん。自覚はあるんだな」

足を止めた銀時は***と視線を交わすと嫌味たらしい笑みを浮かべる。

「そりゃ、多少は…」

銀時が***の事を覚えていないのであれば、印象として残っているのは春雨と殺りあった時の血塗れの姿と、心配したのに可愛げもなく腕を払われ怒鳴りつけられたことしかないだろう。気色の悪い猪女と罵られても致し方ないのかもしれない。
思い返せば女らしくないとこしかなくて、失礼なんて言える立場なんてない気がして気不味くなり視線を逸らした。

「ま、女って自覚あるならまだ間に合うんじゃね?真選組なんて辞めて可愛らしく着飾ってみたら?」

あんまり留まると狙われるからと歩を進める銀時の背を少し遅れて追う。
返された言葉に戸惑ってしまった。自覚があるのはてっきり“女らしくない”ことかと思ったのに、“女であること”の方とは。
“女だから”と突き放してきた彼らしいが、女としてみて貰える事に喜びを感じる自分に我ながら狡い奴だと思った。

「で、なんでお前はあそこまで意地になってついてきたわけ」

問題の根源である妙については全く知らない筈だと銀時に不思議そうに問われた。
事実妙のことは新八の姉で近藤が迷惑をかけまくっているという程度しか知らないし、面識なんて一切ないに等しい。
彼が分からないと問い掛けてくる理由はよく分かる。

「近藤さんの力になりたくて」

その答えに少し不思議そうに首を傾げると隊士の使命感か?と問われ首を横に振った。

「近藤さんは私の恩人だから。大切なもののかけらの様なものを失ってしまいそうな時に、あの人は自分の事の様に涙を流してくれたの」

かけら、それは想いを込めていた刀。

「その大切なものは?」

***は首を横に振った。
私の手の中には嘗ての大切な物は何ひとつ残っていない。

「でもね、もういいの」

必死にしがみついていた沢山の思いを掛けていた刀。それを失いそうな時に近藤さんは、真選組のみんなは手を差し伸べてくれた。
そしてそれすら守れず、何も無くなってしまった私を必要だと言ってくれた土方さんと沖田くん。

「色んなものをもらったから。だからどんな事でもいい、返していきたいの。それが理由」

正直逃げ出そうとしたし、沖田の言葉で引き止められ真選組にいることに迷いがないと言えば嘘になる。だが言葉にしていくと心がすっと軽くなっていく気がした。
真選組に最初に出会った時の目的を達し嘘をつくことで余計に意味を見いだせなくなっていたが、気がつくことができた。
今ここにいるのは恩を返していく為だと。

静かに聞いていた銀時がさほど興味が無さそうに相槌を打つ。聞いたくせにと思いつつも心は少しばかり晴れやかだった。

「ありがとう、万事屋さん」
「なにが?」
「べつに」

そしてその間だけでも未練がましい気持ちを抱えてあなたに嘘をつくことを許して欲しい。そうすれば逃げずに少しはあなたと向き合える気がするから。






浅ましい自分に目を瞑る

♭20/05/29(金)

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