裏腹と悟られ


それはちょっとした違和感と矛盾。
あの時、彼女は銀さんを「銀ちゃん」と呼んだ。
なのに何故今は名前を呼ばないのか。
剰え「私はあなたを知らない」とまで言った。
どうしてなんですか、***さん。



今回の件は桂が行方を眩ましていた事が銀時だけでなく、万事屋全体を巻き込んでしまう大事になったと反省はしているようで、なるべく人目につかない小さい港を探し桂は直ぐに船を降ろしてくれた。

新八が銀時を支え、鉄子と神楽がその後に続く。***もそれに続こうとすればそれよりも早く桂は下船していた。

「何してんの?」

てっきり暫く江戸から離れて事態の収束を図るものとばかり思っていたが、一人降りて何をするつもりなのか。

「お前と話がしたくてな」
「私はないけど。と言うか私からはさっき以上の情報は引き出せないからね?」

予想外の返答に意図を図りかねてしまう。

「あの、!***さん、僕からも話があるんですが」

銀時を一旦鉄子に預け駆け寄ってくる新八に直ぐになんの事か検討が着いた。

「万事屋さんのことでしょう。言ったりしないから安心して。私も真選組の皆から話は聞いているし、あなた達が過激な攘夷志士とは思ってないから」

伝説の攘夷志士、白夜叉。ただの攘夷浪士ならまだしも、10年前に桂や高杉と一緒にその名を馳せた存在だ。警察なら放っておく事は絶対にしないだろう。何より聞いた話によれば真選組と銀時の出会いは最悪だ。土方の性格を考えればとことん突き詰められかねない。そんな事は***も望んでなどいなかった。

「ありがとうございます。とても助かります」

ほっとした反面、新八は気まずそうに、言い出しにくそうに言葉を重ねる。

「あと、ですね、それだけじゃなくて……聞きたいことがあって。昨夜の」
「新八くん!」

昨夜の?それはだめ、それを銀ちゃんの前で言わないで。
先の言葉を牽制するように叫べば新八は口を噤んだ。

「ごめんね新八くん。それには答えられない」

力なく笑う***の顔が今にも泣き出してしまいそうだったから。
“新八くん”***さん、僕が名乗ったのは今じゃないですよ。それより更に前。さっきだって着物の事を指摘された時本当の事を言わなかった。それは銀さんの事を今みたいに“万事屋さん”じゃなくて“銀ちゃん”と呼んだ事に関係しているんですか?なんで、そんな苦しそうな顔をするんですか?
聞きたいのに、聞かないでと訴えてくる表情に新八は黙らざるを得なかった。

「おい新八、行くアルよ」

神楽に呼ばれ、ぺこりと頭を下げると新八はただ一言。

「ありがとうございました、***さん」

そう告げ背を向けるとその場から去っていった。

ありがとうはこっちだよ新八くん。
あの時、あなたがいてくれたから私は前に進めた。
ありがとう。銀ちゃんの傍にいてくれて。
そして、何も聞かないでいてくれて。

「で?話って何?」

4人が去ったのを確認すれば正面の男に問いかけた。

「まあ、そう焦るな。ゆっくり歩きながらでも話そうではないか」
「こっちはゆっくり歩いてる暇なんてないんですけど」

一刻も早く帰ってシャワー浴びて怪我の手当して素知らぬ顔で出勤するのに時間がいるんだから。
というか船をこのままここで待機は拙いでしょう。

「桂さんもどうぞお引取りを」

船を指さしてさようならと踵を返して歩き出す。一歩二歩と歩みを進めた時だ。ぐらりと歪む視界。世界が回ってる気がして、慌てて立ち止まる。
なにこれ。

「ゆっくりしか歩けまい」

背後からため息混じりに投げられる言葉。
訳がわからなくて振り向けば体を支えられた。

「銀時の言う通り、お前は熱を出してる。先程触れた時も異常に熱かったしな。それに怪我は左腕の傷だけではあるまい。血の流し過ぎだ」

先程までは攘夷党の者達に囲まれて気を張っていたのだろう。
気遣う桂の言葉に小さく首を振る。
気を張っていたのはきっと銀ちゃんがいたから。

「お前の戦い方は無謀すぎるんだ。身を削るような戦い方をするなら刀を捨てろ」

──刀を捨てろ。
その一言に息が苦しくなる。

「それは……私が弱いって事?」
「誰がそんな事を言った。高杉を一人で追いかけたり、一人で戦ったりせずにもう少し考えてから行動しろと言ったんだ。俺達がすぐ傍にいたのだから」

せめてもう少し血止めをきちんとしろと巻いていた布切れをキツく巻き直される。
桂の労る様な言葉にほっとした。銀時だけでなく桂にまで弱いと言われては立つ瀬がなくなる所だった。

「他人ばかり気にかけているから自分が疎かになる。それはお前の美徳かもしれぬが、銀時の言葉も心の内に留めておけ。死ぬ目にあって後悔をする前にな」

桂は羽織を脱ぐと***の肩にかけてやる。

「不思議な奴だ。お前を見ていると構ってやりたくなる。心配になる」

敵陣なのにボサっとしてみたり、そうかと思えば刀を失って大怪我をしても最後まで戦う姿勢を見せたり。浪士共の手当をしたり。

「もうあまり無茶はするなよ」
「…………めん、」
「ん?」
「ごめんっていったの。ていうかあんたも私に謝りなさいよ!」
「はあ?!!なんで俺が謝らなきゃならないんだ!」

くそう、むかつく。忘れてるくせに!!
なにが不思議な奴だ。心配になって構いたくなるだ。
そしてそんな桂の言葉にちょっとだけでも嬉しくなってしまった自分がむかつく!!

「次はないから、絶対にヅラ!あんたに心配されないくらい強くなるから」

絶対に。
自分に言い聞かせるように、噛み締めるように口にした。もっと強くならなきゃ。

「それから、一応言っとく。ありがとう心配してくれて」

たとえ忘れていても、優しさは変わっていなかった。今はその事実だけで充分だ。

「ヅラじゃない桂だ。分かればいい」

一番心配していたのは銀時だがな。
その一言を桂は呑み込んだ。
表には出さなかったが言葉で表現しようのない怒りと戸惑い。あんなにも銀時が感情的になる事は珍しい。だが、あれだけの言い争いをしたのだ。きっと***はそこは理解しない気がした。

「おい、エリザベス」
《なんですか、桂さん》
「こいつを家まで届けてやれ」

ひょいと抱えられ白い塊、エリザベスの頭の上に乗せられる。

「え、ちょっと、なにこれ?」
「しっかり掴まっていろよ。左折はプラカードを左に右折は右に折って教えろ」
「折る?!!折っちゃうの?!目的地にたどり着く迄にプラカード足りなくなるわ!!てかそれ以前にプラカードまで手が届かない!!!!」

肩もなければ頭はツルツル。一体どこに掴まるべきなのか、いやそれ以前にこんなとこ真選組に見られたら本当に死ぬ!!

「さあ行け、エリザベス!」

全力で遠慮しますと降りようとすれば《りょうかい》と一言だけのプラカードを挙げるとエリザベスは***を乗せたままその図体に似合わないスピードで走り出していた。

「ヅラのバカぁあ!!!!」
「ヅラじゃない桂だ」

去り際に***が叫んだ己の名前にいつもの様に訂正を加えたが違和感を感じ首を傾げる。だがあれだけ銀時が呼んでいたのだ。

「伝染ったか」

特にこれと言って疑問を持つことはなかった。



* * *

鉄子を送り届け万事屋3人は帰途についていた。神楽は妙の傘を差して一人楽しそうに前を歩いている。

「銀さん」

新八は肩を貸して歩く男に呼びかけた。
銀時は気だるそうに、こちらに視線を投げかける。

「昨夜、銀さんが助けた女性、覚えてますか?」
「ああ」

素っ気ない短い返事。いつもなら大怪我してきついんだろうと流せたかもしれない。でも新八は***の今にも泣き出してしまいそうな顔を見ていて、そんなふうには納得が出来なかった。

「誰か分かりますか」
「……ああ」
「***さんが銀さんのこと巻き込んでしまってごめんなさい、助けてくれてありがとうって言ってました」

銀時は怪我をおして妙の制止を聞かずに出かけようとした時、服と一緒に置かれていた新八の伝言を思い出す。

「知ってる」
「でも、銀さんが危ない時に、真っ先に、僕よりも先に銀さんを助けようと紅桜と戦ってくれました。怪我だって、」
「……そうか」
「それだけですか」
「それだけって新八お前、いででっ……!」

一体何に文句があるだと首を傾げた銀時が傷に触り痛みに顔を歪める。その顔からは何も読み取れなかった。

「分かりました。銀さんが何も言いたくないなら聞きません」
「何もってお前、なんの事だよ」
「僕らは出会う以前の銀さんの事は知らないですから。いつか話せる時が来たら教えてください」
「なんの事か知らねーけど、そーいう事にしといてやるよ」

こっちは気を使ってるのに。
誤魔化すように茶化す銀時に新八は溜息を吐いた。





強がりの裏側

♭19/04/21 (日)

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