*大事なものは心に仕舞え 一体全体何がどうしたらあの丸っこい体で人を一人抱えて速く走れるのか。ぺたぺたと走るエリザベスに家まで案内しながら送り届けられたのはあっという間の事だった。 踵を返すエリザベスに礼を言うと***も直ぐ様身形を整え傷の手当をする。真選組は武装警察だ。あの場に攘夷志士がいないとなれば後は同心達に任せて引き上げるだろう。早くしなければならない。 鏡を見れば左の肩口から腹に向けて走る紫色の線。腹にも酷い打ち身の跡があった。それが見えないように襟をいつも以上に詰めると血を多く失って血色の悪い顔に色をいつも以上に乗せた。 「おい###、テメェ分かってんのか。遅刻は士道不覚悟、切腹だ」 真選組の門を潜れば待ち構えていたのは鬼の副長。 「あれ、おかしいですね、ほら見てください」 ***は左腕にある腕時計を指さす。 その時計は始業時刻の1分前を指していた。 「副長、最近無理が祟って時計もまともに見られなくなりました?山崎さん。ちゃんと副長の健康管理してあげないとだめですよ」 姿は見えないがどこか近くにいるだろうと適当に叫ぶと土方の横を通り抜け駆け足で執務室まで向かう。 「ゴルァ!!!###テメー待やがれェ!!!!誰が時計も見られないだ!!オメーの時計が止まってんだろうがァ!!!!なんで誤魔化せると思った!今何時だと思ってんだ昼前だぞ!!バカなのか!!!」 ドタドタと廊下を駆ける音が2つに増え、行く先々で隊士達に呆れ顔で見送られる。 「やだなぁ副長、だからこの時計で生活してるから遅くなっちゃったって事です」 「何それ!どんな屁理屈?!お前の時間はずっと止まってるって事なのか!!待てって言ってんだろうが!!」 角を曲がったら執務室はすぐそこだ。その隣は局長の居室。なんとか逃げ込もうとすれば直ぐ後ろまで迫った土方の手が***の左肩を掴んだ。 「──っ!!」 ズキリと走る痛みに体が強ばりその反射で無意識に振り返りざまに振り切った左の肘が土方の顎に当たる。 あ、やべ。なんて思う間もなくそのまま左手で首を掴むと膝蹴りを腹に叩き込んでいた。 何をされたか分からず廊下にノックアウトよろしくうつ伏す土方に頭を抱えたくなった。 「あ、あの……土方さん?だいじょうぶ……ヒィッ」 ムクリと起き上がる土方の顔は般若そのもの。 「ご、ごめんなさい!!殆ど無条件反射で手と足が出ました!!!!」 きっとさっきまで命のやり取りをしていたせいだ。無意識の行動とはここまで怖いものか。 「座れ」 「へ?」 「座れってんだ!正座で」 襟首を掴まれ近場の室内に押し込められる。深い傷ではないにしろ足にも複数の切り傷が出来ていた。痛みを堪えながら座れば対面に土方も腰を下ろす。 「刀はどうした」 「ん?刀?あるじゃないですか」 流石に何も腰に差さずにいるのは拙いと急拵えの刀を指さす。実は中は竹光の全くの偽物なのだが見栄だけ張りたがる貧乏侍やチンピラ共にはお手頃品で、このご時世わりと手に入りやすい。 「アホか、刀はそんなに軽くねェんだよ」 腰から奪われポイと投げ捨てられれば軽い音を立てて畳の上を転がった。 「何してやがった」 「副長こそ何してたんです?瞳孔がいつもよりちょっとだけ、ほんのちょっとだけですけど更に開いてます」 「だとしたらテメェのせいだ!!さっきから話し混ぜっくり返しやがって!!!」 いい加減にしろと伸びてきた手が手首を掴み袖を捲り上げた。 「ぎゃーー!!誰かヘルプ、ヘルプミー!!」 「うるっせェ、黙れ!」 そこはだめぇええ!!! 縛られた痕がついてる!!! 離せと暴れればお互いにバランスを崩して後ろに倒れ必然的に押し倒される形になった。 「はいどっかーん!」 体勢に目を白黒させていれば廊下に仁王立ちする男がひとり。肩に構えたバズーカを2人目がけて放っていた。 悲鳴をあげる暇もなく吹っ飛ばされた。 「***さーん?生きてますかィ?助けに来てやったのに死なねーでくださいよー?」 明らかに棒読み。 「心配なんて欠片もしてないよね?!」 飛び起きればニヤッと笑う沖田がいた。 「おや、***さんなんですかその肩?」 「肩?」 視線を辿れば左肩辺りの着物にじわりと滲み出る血。 「あれ?副長どっか怪我したんですか?怪我したんですよね?」 やばい。拙い。お願い気が付かないで。バズーカ一発でできる傷では無いことは確認されれば分かってしまう。 同じように吹っ飛ばされた男は何処だと慌てて捜す。その顔に一発でも入れて鼻血垂らしてもらわないと。 「してねーよ!てか総悟ォお前な時と場所を選べ!」 「嫌でィ。副長の座をいつ如何なる時も狙う。それが俺の仕事でさァ」 普通なら死んでいる筈なのに、なぜに無傷なのか。いつもであればほっと胸を撫で下ろすところであるが、今は自分の事で手一杯。***は舌打ちをひとつ零すとそそくさと沖田が入ってきた方へ足を向ける。 「それ違う!お前の趣味!おいコラ###!お前はどさくさに紛れてトンズラこくな、本当に切腹させんぞ」 目論見が達成出来ずにこっそりと逃げようとしていたが、ドスの効いた声に体を反転させる。 「……副長、ほんとただ単に寝坊ですから」 「お前昨日の今日で誤魔化せると思ってるのか。何してやがった」 昨日の今日。高杉の情報を引き出した次の日に刀を無くす。土方の立場からしてみればあまりにも不自然だ。 「隠し通してるつもりかもしれないが」 伸びた手が先ほどと同じように手を掴まえて腕を晒す。だが、今度はさらに上、血の滲んだ部分まで捲り上げられた。 「何をどうしたら寝坊程度でこんな怪我をする?」 くっきりと両腕に残った擦れた縛られていた痕と、左腕に厚く巻かれた赤く染った包帯。 「***さんSMプレイの娼館でも行ってきたんすか?」 「行くか!!!」 罷り間違っても男娼を買ったなんて話を肯定してやり過ごす事はしたくない。きっと冗談だろうけど。 「じゃあどこで何してやがった」 有無を言わせぬ眼光が射抜いてくる。 真実を話すなんて自分から断頭台に首を突っ込むから以ての外だか何をどう説明すれば納得してくれるのか、ちょっとやそっとの嘘じゃ騙されてくれない。ひたすらに頭を働かせた。 「認めてもらいたくて」 言葉を選んで話し始めれば、2人は訝しげに眉根を寄せる。 「私もちゃんと真選組の一員として戦えるって認めてもらいたくて、ちょっと先走って高杉のこと調べてました。すみませんでした」 頭を下げる。 ここで納得してもらわなければ命が危うい。 真選組にいる必要が無くなりはしたが、下手して桂や高杉との過去を知られてしまえば真選組云々以前の問題だ。 「お前約束を反故にする気か」 食いついてきたとホッとする反面、土方の感に障ったのか剣呑さを孕んだ声にびくりとしてしまう。 「言ったよな、女であるお前は真選組の弱みにしかならないし、お前の身も危険に晒すと」 土方の言葉が胸を突き刺した。 目の前にいるのは土方のはずなのに、お前の力は必要ないと跳ね除けた銀時が重なる。 「はい。でもお世話になってばかりだから、何か返したかったんです」 違うのに。土方さんは銀ちゃんじゃないのに。 突き放された時と似たような言葉に背筋がヒヤリとし、錯覚を起こす。***の瞳には目の前の男が銀時に見えた。 もう二度と10年前共に過ごした###***として認められる日は来ないのだと思うと、苦しくて悲しくてやりきれない気持ちが心を満たす。 「ごめんなさい。大丈夫です、約束はちゃんと守ります。本当にすみませんでした」 「大体世話とかそんなつもりでお前を置いてるわけじゃねェ。やってもらわないと立ち行かない仕事もあるんだ。分かったら余計なことに気を回すな」 「はい」 録に土方の言葉も耳に入らず、もう一度謝罪をして逃げるように部屋を出た。 “私はあなたを知らない”自分で口にしたことなのに酷い後悔が襲う。 拒絶されるくらいなら過去は要らない。そう決めたのに。 鼻水を垂らして泣く汚い顔を拭ってくれたこと。泣き腫らした顔を抱きしめて泣き止むまで頭を撫でてくれたこと。初めて名前を呼んでくれた時のこと。全部全部自分で捨てたんだ。 今のあなたじゃない。昔のあなたがくれた想いも、優しさも私は怖いからって捨てた。なのに自分を認めて欲しいといつまでも求める。サイテーだ。 「銀ちゃん…っ、ごめん!」 年甲斐もなく嗚咽を漏らしそうになりぐっと抑え込む。代わりに涙が一筋頬を伝った。 「何がごめんですかィ?」 零れた涙をすっと拭っていく手がひとつ。 それは後ろから回された手で、振り返ればキョトンとした沖田が立っていた。 「お、っ、おきた、、!沖田くん?!」 「そーですけど?というか泣きながらどこ行く気ですか?」 ***が足を向けていたのは真選組の門だ。 もう何も、自分の想いすらも自分で捨てたのだから此処にいたって意味はないのだと無意識に悟っていたのかもしれない。 「怒られて脱走ですか。あんなに自分でお願いしたのに良いんですか。たった一回認められなかっただけで、あんなニコチンマヨラーなんざに認められなかっただけで諦めて逃げるんですかィ?」 すっと細められた沖田の瞳は***の深く沈んだ瞳を探る様に見詰めた。 「何をそんなに後悔してるのか知りやせんが、やるならもっと派手にやれよ。もっと土方困らせてみやがれ。呆れて頷かせるくらいやりなせェ」 最初の取り調べの時に攘夷浪士じゃないと分かったのに釈放しなかったのは、イチモツ腹に抱えてる様子があったから。そのまま本当のこと聞き出さずに刀取り上げて娑婆に野放しなんて出来なかった。だから真選組隊士になることを沖田は認めた。でもさっきの土方とのやり取りをみて違う意味で放ってなんておけなくなった。 女を盾に突き放された***が姉と重なった。 必死に言い募る女を突き放す土方。それだけで逃げるように出ていった***を追うには沖田にとっては充分な理由だった。 「沖田くん、どうして?」 「どうしてってそりゃ土方困らせる要素増えるじゃありやせんか」 にやっと悪戯顔で笑う。 「それと、本気の***さんを見てみたいってのもひとつ」 腕の縛り痕からすれば捕えられたのにも関わらず、ひどい怪我を負って手放したくないと懇願した刀すらなくしても彼女は帰ってきた。そう簡単な事じゃない。それに土方を床に伏した一連の動き。土方が抜けていたにしても相当の対人格闘経験がないと出来ない動きだった。 「あとは命令出来ねェ相手に借り作るのも一興でさァ。それにあれでも土方さん、あんたの事ちゃんと見てますよ」 「……え?」 「***さんの望む形じゃないんでしょうが、だいぶ目の下の隈減りましたしね」 思いもよらなかった言葉に驚きを隠せなかった。 危険な仕事に立ち入らせないばかりか足でまといだとハッキリ口に出して伝えてくる一方で、望む形でないにしろ必要とされていた事実に。 「分かったら尻尾巻いて逃げたりしないでくだせェよ。それでも逃げるってんなら“ぎんちゃん”とやらについて聞かせてもらいやしょうか」 耳を疑った。 「え?なに、?何について?Why?」 一気に頭の中が真っ白になる。 聞かれていたかもしれないとは思っていたが、直ぐに尋ねて来なかったのですっかり安心しきっていた。 「どっかで聞いた名前だと思ってたけど、万事屋ンとこのチャイナがよく旦那のことそう呼んでましたね」 「あ、そう……、万事屋さんってそんな名前、だったの」 まって、銀ちゃんのこと引き合いに出してくるのって殆ど確信持ってるってこと? 「***さんって旦那ともチャイナとも面識ないですよね」 「皆から話し聞くだけだし面識なんてあるわけないよ……?」 話を早く終わらせたい***と、困り果てておどおどする態度を眺めて楽しむ沖田。本当は逃げたいが、ここで逃げれば行動で肯定してしまうようなものだ。後退るだけに留めた***に沖田も距離を詰めてくる。 「じゃあ***さんの言ってるぎんちゃんとやらは誰ですかい?」 「関係ないよ全く!まんじりとも万事屋さんと関係ないから!!」 誰だと聞かれたのにそれには答えず銀時ではないと否定する***に沖田は確信を得たように笑う。 「分かりやした。ちゃんと分かりやしたから。***さんが上手に嘘のひとつもつけないこと」 やらかしたと気がついた時には後の祭り。 「あああああ!!!まって沖田くん、お願いまってー!!」 とんでもない事態になりました ♭19/05/18 (土) (20/20) ← |