吐故納新


ありのままの自分でいようとさっき決めたばかりなのに、いざ目の前に立つと何をどうしていいのか分からなくなる。

ああ、やばい。やらかしてしまった。
伸びてくる手を無意識に弾いてしまっていた。こんな事をしてしまうのなら桂の発言など無視をしていれば良かった。
──おいヅラ何なのあの子。
いや違う。気になったのは桂の言葉じゃない。銀時の言葉だ。
誰だと言わんばかりの言葉。
私は此処にいるのに。晋助の言う通り知らない振りをしたくなるくらいに愛想尽かしちゃった?
それともまさかあなたも忘れちゃったの?
脳裏に高杉の顔がチラつく。皮肉気に歪められた顔、激情を露にした表情。最後の哀しい表情。思い出す度にまるでそこに刻み込まれてしまったかのように左腕の痛みが酷くなる。
それでも高杉だけは名前を呼んでくれた。

「銀さん、どうしたんですか?」
「セクハラでもしたアルか?このマダオが」

緊迫した空気を一蹴する声。
にゅっと視界に入ってきたのは新八と桃色の髪をした色白の夜兎族、神楽だった。

「はあ!?誰がセクハラマダオだコラっ!!」

驚きに固まっていた銀時も神楽の一言に勢いを取り戻すと反論をする。それは俯いて黙り込んだ***にも飛び火してきた。

「てか、何が触んないでだこのクソ女、人の心配はして自分は棚上げかコノヤロー!!逆毛立った猫ですかオメーは!」

腹立つとばかりに投げつけられた言葉に***も頭にきた。
誰だ、10年もなんの音沙汰無しに好き勝手やってたのは、心配を掛けていたのは。

「誰が心配してなんて言ったのよ、大丈夫だって言ってるじゃない」
「それを言うならそこの浪士たちもお前に心配して欲しいとか言ってねぇだろうが」
「心配とかそんなんじゃない、違う!私がしたくて手当てしただけなんだから」
「あーそうですか、だったらお前分かるよな。大怪我して血ィ垂れ流して痛がってるヤツがいたら無視できねえ俺の気持ち」

自分だって目の前の怪我人放っておけないのに、その気持ちが分かるのに俺には放っておけと言うのはお門違いだ。
人の気持ちを逆手にとって説き伏せるかのように言葉を紡ぐ銀時は、見てみろとばかりに眼前に真っ赤に血濡れた右手を突き出してくる。

「わかってる?これ俺のじゃないよ、お前の血だから」

期待はもうしないとあんなに強く思ったのに、あなたはそれを呆気なく壊そうとする。

あんたに心配なんかされたくない
──どうして心配してくるの?
帰って来なかったくせに
──勘違いしそうになってしまう
私に嘘ついて黙って居なくなったくせに
──抑えてた想いが溢れそうになってしまうから

相反する想いが胸中で渦巻き、変な事を口走ってしまいそうになる。知らない振りをしているのか、桂のように忘れてしまっているのか分からないが全く名前を呼んでこない人に対して言ってはいけない事を。
だから

「私はあなたの事をよく知らないから」

だから、私は知らない振りをする。

「その奥底にある気持ちなんてもっと知らない」

でもね、ごめん。これだけは思ってもいいかな。
私だってあなた達と肩を並べて戦える。強くなった。それだけは誇らせて欲しいの。

掴まれていた手を外し踵を返そうとすれば意地でも離さないと力強く腕を掴まれた。

「ねえ、離して?」

こんなに目の前にいてもあなたの名前を呼ぶことはできないのに、お願いだから、、これ以上掻き乱さないで。

「お前……、手だけでもこんな熱いのに自覚が無いの?」

***の願いも虚しくそんな言葉と共に突然掴まれたままの腕を引かれれば、よろけて必然的に目の前の男にぶつかってしまう。慌てて離れようとすれば後ろ頭を掴まれ無理やり上向かされた。あまりにも近い距離に反射的に目を瞑ればコツンとぶつかり合う互いの額。
銀時の紅い瞳が無感情のまま細められた。

「怪我のせいじゃないのか?自分の体調も分かんないのに人の怪我の具合分かるんですか?」

嘗ての様に責めるように言葉を紡ぐ銀時に目眩がした。

それは目の前にいる私に苛立ちを感じているから?
それとも、自分のことも出来ないのに偉そうにしていることに怒ってるの?
こんなにも真っ直ぐに私を見てくるのに、名前を呼んでくれないあなたの気持ちがあの時より、もっともっと分からない。
でも、もう決めたから。喩え目の前にある答えが晋助の言うような結果でも。嫌われていようが愛想尽かされていようが、忘れられていようが。もう私には何も無いのだから。
震えそうになる声を、体を、深呼吸をして落ち着かせる。

「私は、私に出来ることをするの」

瞑っていた目を開けば近くにある紅い瞳を真っ直ぐに見つめ返した。臆したりしない。さっきは無意識に怖がってしまったけど、もう逃げない。

「私は警察だから、相手が喩え攘夷志士でも怪我してたら死にそうになってたら守るの。それが仕事だから」

真正面から***を見つめ返して来る赤い瞳が一瞬揺れた気がした。だが、ぐいと肩を押され直ぐに体が離れれば目の前の顔が苛立ちと呆れに歪む。

「だから、俺が言ってるのはそうじゃなくて……、あ〜〜っもう!!」

何で分かんないんだと、ぐしゃぐしゃとくせっ毛の頭を掻き回し銀時は溜息を吐いた。

「大体、あなたも人の事言える立場?そんなに怪我だらけで」

思わず手が出ていた。手が銀時の腹に伸び血に濡れた着物を鷲掴む。既に乾きかけていて赤黒くなった着物を引っ張れば血濡れの包帯が目に入り顔を顰める。
眼前でみたのだ、あの紅桜を腹に突き立てられていたのを。腕に小刀が刺さった程度とは訳が違う。どっちの方が重症だ。そう思えば再び腹が立ってきた。

「ちょ、ちょっストーップ!!!待って!やめてください二人共!」

言い返してやろうと目の前の男を睨んだ時だ。視線が交わる前にそれを遮るように新八の手が伸ばされた。

「どっちもどっちネ。それをいい大人がちくちく言い合うなよな」

神楽はいい加減飽きたと鼻をほじる。
鼻をほじるという女の子にあるまじき行動に***が衝撃を受けていれば更に横から割って入る男。

「そうだそうだ。こんなもの、怪我のうちに入んないよねー白夜叉どのー!だって僕らと同じ伝説の攘夷志士だものねー!!」

桂は銀時の肩を抱くとにやっと笑う。その笑みに桂の意図に気がついた銀時は叫んだ。

「あ゛ああああ!!!もう黙れヅラァアアア!!」
「お前も道連れだあああ銀時いいい!!!ね、婦警さん!!」

状況的に周りは攘夷浪士だらけで例えお縄をかけられとしても署まで連行なんてできっこない。警察庁長官だって***と同じ立場なら仕事は全うできないだろう。

「逮捕する気は無いって、さっき言ったでしょう?」

気の抜ける2人のやり取りに腹立たしさも削がれ溜め息が出る。

「わりとお隣さんにいるみたいだから注意勧告してあげてるんですー。べつに銀時だけズルいとかそんなんじゃないもんね」

桂はわざとらしくつーんとした態度をとると、すっと黒いものを差し出してきた。何だと目を凝らす。見えてきたのは

「………え、しんせ、真選組ぃいいい!??」

銀時の叫び声で気が逸れるも、たしかに真選組警察手帳と書かれた手帳が桂の手中にあった。

「は?!!しんせんぐみぃいいいい!!?」
「警察ってそこかよォオオオ!!なにお前まさかのゴリラの部下!?」
「マジかよ!お前真選組の手の者だったアルか!?」

新八、銀時、神楽は三者三様それぞれ好き勝手に叫ぶと***から一気に距離を取った。





臆病で、意気地無しが嘘を吐きました

♭19/04/09 (火)

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