虎の子


***が涙を拭い起こした行動はとても単純だった。
先程まで春雨の手勢と攘夷党の者達は戦っていた。少し見渡せば直ぐに目につく怪我人たち。だがそっちのけで手当をしていなかったり、雑に済ませてしまっている者達で溢れている。

「まだ、私にも出来ることがある」

泣いて蹲っていたって何にもならない。
何も生まないし何も進まないから。



* * *



「おいヅラ何なのあの子。いつからあんな怪物飼い始めたの?」

船をどこに降ろすか、真選組や幕府の動きはどうなのか情報を集め桂が指示を出している時だった。手持ち無沙汰にしていた銀時がぽつりと呟いた。

「ヅラじゃない桂だ。あの子とは誰の事だ?」

なんの事だと眉を顰めれば銀時も眉を顰めた。

「いやあのお前んとこの浪士、手当てしてまわってる子」

そう言って銀時が指さす先には、片袖と裾、肩口が破れたみすぼらしい血塗れの着物姿で手馴れた手つきで最低限の応急処置をしていく***の姿があった。左腕が上手く動かないようでそれを見兼ねた鉄子が拙いながらも手伝いをしていた。
桂自身もよく分かっていない。分かっているのは高杉と親しげに話していたこと。そして自分にも親しげに話しかけてきたということ。後は、腕のある警察だという事。自分に手錠を掛けてきたが武器も無い上、浪士たちを手当している辺り、どうこうするつもりも無いように見える。様子を見るか。

「強かろう?俺の虎の子、この攘夷党の秘蔵っ子…あだッ!!」
「誰が誰の虎の子だっ!!」

得意気に嘯いた桂の額に何かが飛んできた。それは綺麗におでこの真ん中に命中し赤く腫れ上がる。
何事だと飛んで来た方を見ればたった今、会話に上がった***が呆れた表情で歩み寄ってきた。

「貴様、何をする!!」
「何をするはこっちの台詞です。誰がいつテロリストになりましたかァ?」
「はっ…さっきまで背を預けて共に戦った仲ではないか、そのテロリストと」
「自分でテロリスト言うんだ。自覚あるんだ。へーそうなんだ」

そっかそっか、と***は呟くと桂の左腕にぶら下がったままの手錠を掴み上げ、そのまま右腕にも嵌めた。

「逮捕」

された事が一瞬理解出来ずに両腕を掲げる。腕を繋ぐ架け橋のように鎖が架かってキラリと大陽に煌めいた。

「え、なにこれ、やだコレエエエエ!!??ちょちょちょまってええッ!!」

様子見とかしてる場合じゃないじゃないか!!
銀時も目を見開いたまま固まってるんじゃありません!助けてくださいいい!!!

「公言したじゃん。テロリストなんだよね。だったら逮捕するのがこっちの仕事です」
「言葉の綾!!言葉の綾だから、僕は国を思い憂う攘夷志士です!!」
「……攘夷志士も一応御上に楯突き侮辱する犯罪者のことだから。あーあ、残念。せっかく手錠の鍵投げて寄越してあげたのに」

***は屈むと足下に落ちていた小さな物を拾い上げた。ほら、と見せてくる指に抓まれていたのは親指大の鍵。

「さっき投げたの鍵だったのぉおお!!いや分かんないからね!!」

寄越せと鍵を奪おうとすれば、ぐっと肩を掴む手。振り返れば目を白黒させて汗を垂らした銀時。

「え、ちょままてよ…なにヅラ、逮捕ってこの子……まさか」
「……警察みたい」
「警察かよッ!!」

返ってきた最悪の答えに頭を抱えて叫ぶ銀時に***は眉をしかめた。警察。その一言で周囲の浪士達の纏う雰囲気が変わったから。

「あんまり大声で叫ばないでくれませんか。ここ一応攘夷志士の船内なんで」

そんな***に目もくれず、彼女の両肩に銀時の手は伸び必死に言葉を連ねて弁明していく。

「オイねーちゃん!!俺全くこいつらと関係ないからね、たまたま乗り合わせた船が爆弾積んでたみたいな!!」
「なんだと銀時ぃ!!長年の友をあっさり切り捨てると言うのか!俺はそんな子に育てた覚えはありませんッ!!」
「うるせェー!オメーは黙ってろ!!ややこしくなんだよ」
「なーにがややこしくなるだ、事実を言ってるだけですからね俺は!」
「事実じゃないもんね!俺お前なんか知らないからね!!高杉とかヅラとか別に友達とかそんなんじゃないし!!俺一般市民だしぃ……?」

突然言葉が尻窄みになったかと思うと、彼女の肩を掴み揺さぶっていた銀時の手がぴたりと止まる。なんだと思えば彼女の左上腕を掴む銀時の右手にべっとりと付く真っ赤な血。目の前の彼女も痛みに目を瞑り冷や汗をかいていた。
思い起こせば高杉を追って行ったと思えば左腕に貫級刀を突き立てられて戻ってきた。でも今はそれは無い。まさかあれを自分で抜いたのか。

「貴様は馬鹿か!人の怪我の処置をしている暇があるなら自分の怪我を先に見ろ!!」
「いいの大した怪我じゃない、特に神経も傷付いてなさそうだし、こんなんじゃ死なないから」

そう言葉を紡ぐ唇も、腕も、痛みに震えている。
傷口の上を血流を止めるように縛っていても触れた銀時の掌は余すとこな無く血濡れている。それだけ傷口が深く出血しているという事だ。大した怪我じゃないわけがない。

「死ななくても腕が腐り落ちる可能性だってあるんだぞ、見せてみろ」

手を伸ばせば必要ないと押し返される。

「いいってば、大丈夫だから。それより私に構ってる暇があるなら自分の部下に労いの一言でもかけてあげたら?あなたを捜して高杉や春雨に喧嘩吹っかけちゃうくらい大切にされてるんだから」

元々ちゃんと外すつもりで渡そうと思ってたのに下らないことばっかり言うからと、手錠の鍵を手渡される。
警察なのに、初対面の筈なのにこの女は何なんだ。
桂が疑問に固まっていれば鍵を渡して引っ込めようとした***の手を銀時の手が掴んだ。

「お前、」

***はびくりと震えると怖いものでも見たかのように表情が固まる。
だが、それ以上に桂は目を疑うものを見た。一瞬、銀時の視線が鋭く彼女を睨みつけたのだ。なにがあったらそんな表情をするんだと問いたくなるような苛立ちを含んだ銀時の視線。でも、***は握られた腕に気を取られて気が付いていなかったようだ。

「熱、あるんじゃないのか」

そんな言葉と共に銀時の手が彼女の額に伸ばされた。

「触んないでっ!!」

桂の時とは違う。明らかな拒絶だった。
伸びた銀時の手は乾いた音を立てて払い除けられていた。





虎の子は警官でした

♭18/10/21 (日)

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