上善は如水


銀時と背を合わせ互いの前に迫る天人達を斬り伏せていく。どのくらいそうしていたのか度々触れる背に、互いの死角からの攻撃に対処する度に不意に交わされる視線に気持ちが高揚していく。自分が何処を攻めるべきか、何処に踏み込むべきかが鮮明に見えてくる。そのお陰か先程まであった息苦しさはもう無かった。
そうか、銀ちゃんはこんな風に戦うんだ。何かを護りながら互いを護りながら。

「来いっ!」

そうこうしていれば不意に掴まれる腕。ぐっと引かれて前のめりになる体を支えるように足を踏み出せばいつの間にか側にいた桂にぐいぐいと引っ張られる。おかしい、向かっている先は誰がどう見たっておかしい。

「得物を捨てろ!邪魔だ」

ちょっと待ってと足を止めそうになれば、再びの桂の言葉に固まりそうになる。もう顔も声も思い出せない両親の形見だ。捨てろと言われて捨てられるものではない。
惑う***が立ち止まりかけた時。桂の反対側から延びた手が懐刀を奪い取ると、あ、と思う間も無くその手は自分の着物で血を拭い***の右腿に提げられた鞘に懐刀を納めた。男の手は桂と同じ様に腕を掴むと船の外へと導く。

「しっかり掴まってな」

目も合わせず真っ直ぐ前だけを見据える紅い瞳になんで?そう問う間もなく体が船の外へと投げ出される。嘘だ、とか悲鳴すらも上げる暇はなく重力に従い降下をしていった。



悲惨な落下をした。桂がパラシュートを持っていたの迄はよかった。だが、3人にひとつのパラシュートは明らかに定員オーバーで、掴まるのにも一苦労。先に脱出していた攘夷党の者達が気が付き船で拾っていてくれなければどうなっていた事か。

ふたりを心配して駆け寄ってくる人混みを***は一瞥するとその輪の中を抜け出て行った。負った傷が思い出したかのように熱を発し、ずきずきじんじんと責め立ててくる。掛けられた言葉に、共に戦えたことに浮かれた頭がサッと冷えていく。お前の居場所はここには無いと。高杉に突き立てられた左腕の傷が一番痛く、棘のように突き刺してくる。高杉が伝えた事全てを忘れるなと言われているようで心まで抉ってくる。

「……いたい、」

早く抜きたい。早く逃れたい。この痛みから。

***は船尾へと姿を隠すと鎖帷子を脱ぎ捨てた。戦場では盾になっても満身創痍の身体にはただの重りでしかない。
ひとつ深呼吸をすると着物の襟に噛みつき、左腕に突き刺さった貫級刀を握った。柄を握るだけで振動が伝わり痛みを感じ汗が吹き出て勝手に涙が零れるが言ってられない。

「っ……あぁぁっ!!」

栓をするかのように傷口を塞いでいた貫級刀を引き抜き去れば、血が溢れ焼けた鉄串を突っ込まれたかのように良く分からない痛みと熱を感じた。

「ぅ…っ、…はぁはあ」

荒くなる息を歯を食いしばってかみ殺すと***は袖を裂き傷口の上をきつく縛って応急処置をする。
酷くなる痛みに、溢れ出る涙に触発されて無性に悲しくなった。

何で殺そうとしたの?
何でそんな今にも泣き出しそうな顔してたの?
何ですっぽり忘れちゃってんのよ!
何で会いたくない人間にそんな言葉かけるのよ!

胸中を駆け巡る答えの出ない疑問。考えたって仕方がないのに苛々もやもやして腹が立ってくる。その怒りもぶつける対象が居ないことに気が付けば直ぐに虚しさに変わってしまった。
もういいや気の済むまで泣いてしまえ。今なら誰も見ていないし、もし見られても痛みで出たとごまかせる。
次から次へと溢れ出る涙を無意味に拭っていた手をふと見れば震えていて、縋るように帯に手を伸ばせば目的のものは無く空を掴んだ。
そうだ、折れたんだ。刀も鞘も。まるで***の願いも想いも全て打ち砕くかのように。

追いつきたいと沢山考えて出した答え。自分にも力が有るんだと、守れるんだと、いや守りたいと。あの刀は3人に対する色んな想いが詰まっていた。なのに

「折れた…」

私の心も折れてしまいそう。
壁に背を預ければ、力無く崩れていく。
真選組にいて高杉と桂と接触を図るという目的は達成された。でも求めていた答えが予想以上に最悪で、これから何をどうしていけばいいのか全く見当もつかない。ここにいる意味すらあるのか……

「あ、あの怪我は大丈夫…ですか?」

突然声をかけられて俯いた顔を上げれば青い髪の女の子がいた。

「お、折れたって、、骨ですか?……!物凄く痛いんですよね!涙が!!」

高杉の船上で見かけた銀時を支えていた女の子だった。
***の涙を目の当たりにすると顔を真っ青にして飛びかかる勢いで迫ってきた。でも何をどうしていいのか手当の仕方を知らない様で、宙ぶらりんに手が止まってしまう。

「あ、あの、ごめんなさい。私、刀しか打ったことがなくて……」

動揺して、それでも何かしたくてでも出来なくて。何も出来なくてもどかしかった昔の自分を見ているようで、彼女には失礼だが気持ちが落ち着いて行った。

「大丈夫、骨は折れてませんから」

まだ、まだだ。まだ私にも出来ることがあるじゃないか。何をすべきか見えないのなら、今持てる全てで行動しよう。
涙を拭うと立ち上がった。





今在る私のありのままで

♭18/10/10(水)
♭18/10/21(日)加筆修正
♭21/08/01(日)加筆修正

<<前 次>>
(15/20)




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -