慈桙


あまりの痛みに意識が一瞬飛んでいた。例え鎖帷子を着込んでいても暴力的な力までは防ぐことはできない。吹っ飛ばされ甲板に叩きつけられた時に走った酷い痛みのお陰で意識が浮上したのは不幸中の幸いか。
反射的に開いた***の目に飛び込んできたのは振り上げられた斧や剣。咄嗟に身を縮め避けると動いた***に動揺する天人達の足に蹴りを入れ囲いを崩し、痛みに軋む体を叩き起こし突っ込んでいった。

逃がすものかと振るわれる刃が身を斬り、反撃する為に手に握った貫級刀を急所に突き刺し首を掻き斬っていく。***は吹き出る天人の血と、傷口から溢れる自分の血に塗れ、貫級刀を握る手を滑らせ残りの武器も次第に尽きていった。最後に残ったのは右腿に提げられた懐刀だけ。一瞬の躊躇の後、鞘から抜いた。



苦しい。息をする度に喉が焼けそうに痛む。
唯一の武器は懐刀だけで、相手の気を逸らすことも向けられる刃を弾く事も出来ない上、リーチが短い分動き回らなければならず必要以上に体力が削られた。
汗が額を滑って雨粒みたいに目の前を過ぎって視界を遮る。拙い。そう思い後ずさった時だ。自分よりも大きな何かにぶつかった。反射的に距離を取れば逆光に動く人影。こんなに近くまで接近されて気が付かないなんて。
***が逆手に握った懐刀を振るえば、容易に避けられる。

「うお…っ、ちょっと待て!!」

待てと言われて待つわけなどなく蹴りを入れれば容易に去なされ、もう一度懐刀を突き立てようと突き出した腕は掴まれ背後から抱え込むかのように反対の腕で首を締め上げられた。

「ぐっ、は、なせっ…!」

意識を持って行くほどには強くはないが、満身創痍の体は自由を奪われ抵抗が出来ない。ならばと***は踵で目一杯足を狙って踏みつけた。

「ア゛アァくっそ、痛ってえ!!」

痛みからか戒めてくる腕に余計力が入り、しつこい離せと空いた左肘を腹に叩き込む。

「!!っ、ざけんなよくそったれが!!」
「ぁう…っ!」

背後で息を呑む音が聞こえれば***の首を締めていた腕がより喉元に押し当てられ吊り上げるかのようにそのまま上に引き上げる。無理やり上向かされ気管が圧迫され呼吸がし辛い上に、視界に飛び込んできた思いもよらなかった顔に息が詰まった。

「〜〜っ、お前ね、…腹に穴開いてんだわ俺」

なんつー事してくれてんの。怪我悪化したんですけどー。
息を荒げ、冷や汗を垂らしながらぶつくさと呟く男の銀髪が眩しい。

「何固まってんの?足どけろ。いつまで踏んでる気だ」

目が合えば不機嫌そうに銀時は吐き捨て唐突に***の体をそのまま突き飛ばした。
思いもよらなかった姿に呆けていた***は受け身を取る間もなく前のめりに倒れ、全身の骨が粉々に砕けそうに痛んだが、それ以上に不機嫌そうな表情が脳裏に焼き付き、突き飛ばされた際に手のひらが触れた背中が痺れたように疼いて仕方がなかった。
なんでそんなに近くにいたの?
なんで、だってそれじゃあまるで…私の背中、守ってたみたいじゃない。

銀時の行動に気持ちがざわめき、激しい体の痛みも手伝い折角追い出していた臆病な感情が顔を出す。
なんで、どうして?そう考え出せば周りなんか見えなくなっていた。

「何してんだ!立てっ!!」

怒鳴り声に顔を上げ振り返ると突き飛ばした本人が体勢を崩しながらも器用に天人の凶刃を受け止め応戦している。一瞬交わった銀時の射抜くかのような鋭い視線に目が逸らせなくなる反面、その強い眼差しに縫い留められたように体が動かなくなってしまった。

「オイコラなに無視してんだ!!立てっつてんだろ!」

銀時はうんともすんとも反応しない***に舌打ちをこぼすと周囲の天人を蹴散らし駆け寄ろうとするも、その表情を見て一瞬怯んで歩みが遅くなる。
殆ど血塗れで細かいところまでは読み取れなかったが、銀時の目には***が怯えているように見えたから。だがそれは一瞬の事で、驚いた表情になるときつい眼差しに変わる。銀時が何だと思う間もなく***は懐刀を投げた。力いっぱい***の手から放たれた懐刀は銀時の顔のすぐ横で鈍い音を立て天人の頭蓋を割ると、まるで柘榴が裂け実が散るかのように血肉を撒き散らし銀髪を汚した。
きたねェ、なんて舌打ちをすることもなく銀時は突っ込んでくる女の体を受け止めた。


***は銀時の両肩に手をつき地を蹴る。宙に浮く体を捻り背後に迫る天人を踵で蹴りあげれば、その後を追うように銀時の刀が首を落とした。崩れ落ちる残った体を踏み台にもう一度跳躍し銀時の体を大きく飛び越えふらりと傾く天人の屍を蹴り飛ばし懐刀を奪い返した。
地に足を着ければ自然とふたりは背中合わせになる。

「ハッ…やりゃーできんじゃねーの、上出来」

上がった息のせいか、心なしか高揚した銀時の声が紡ぐ言葉が***の心を揺さぶった。
彼にとってはどうと言うこともない、ただ口をついて出てきただけかもしれない。だが、***にとってその言葉はあの時にもらえなかった言葉そのもの。真っ直ぐにただ真っ直ぐに今の***の奥底を貫いた。





あなたの言葉は雨のように私にふりそそぐ

♭17/10/13(金)

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