匕首に鍔


おかしい。さっきから刀を突き立てる度に軋むような感覚が柄から手に伝わってくる。確認しようにもぱっと見、天人の血でドロドロに濡れた状態では何も分からないし、それを拭い去る時間すらない。それでも使い慣れた刀だ。何かがいつもと違うことだけは直感的にだが感じていた。
一振り、二振り。違和感はその度に増していく。
頸を薙いだ時だ、勢いで血が飛びその下の刀身が見えた。刀の中央、刃に走った亀裂。

「う、そ…」

瞬間、昨夜の攻防が思い出される。似蔵の振るった刀を真正面から受け止めたときの尋常ではなかった力を。
目に入ったものが信じられず***は動きを止めそうになるも、目の前に迫る巨体。ぼやっとしてる暇なんてない。
大きく振りかぶる格好にがら空きの胴体に刀を突き刺す。手にした獲物を取りこぼす天人に埋まった刀を引き抜こうとすれば、それを阻止するように刃を掴まれた。

「っ…!」

刀が抜けない。急所を捉えたはずなのに一体何処にそんな力があるのか、刃が手のひらに食い込み血を滴らせ引き抜こうとする動きに肉が斬れるのにすら動じない。死を覚悟した輩ほど質が悪い。
***は舌打ちをひとつ零すと下緒から腕を抜き柄から手を離す。貫級刀を手に背後で今にも斬りかからんとする天人達に投げつけた。額、頸、胸へと刺さる凶刃に崩れ落ちる体。息つく間もなく未だ***の刀を握り仁王立ちする天人にも、寸分違わず眉間に見舞ってやった。
うっと呻くとふらりと傾く巨体。前のめりに倒れられると面倒だ。刀の直ぐ横に蹴りを入れ後ろに倒れる反動で引き抜く。ずるりと抜ける刀にほっとひと息吐いた刹那、世界が逆さまになった。
蹴り上げた足首にぬとりとする熱と食い込む痛み。辿れば急所に刀を、眉間に貫級刀を突き刺したままの天人の血塗れの手に足首を掴まれ、まるで蝙蝠みたいに体を逆さまの状態で捕らえられていた。
目が合えばニタリと歪む表情に、背筋がヒヤッとする。

「どんだけ頑丈なのよ!」

ばたばたと集まってくる足音に、恐怖に戦慄きそうになる体へと鞭を入れるように叫ぶと、貫級刀で喉笛を掻き斬った。
眼前が真っ赤に染まりシャワーのコックを捻ったかのように吹き出る血を体中に浴びた。鼻につく鉄錆の臭いに吐き気を催しながらも、放り出される体をなんとか立て直しつつ刀を抜き去る。敵は待ってくれない。顔を上げればここぞとばかりに飛びかかってくる天人達。
そんな窮地なのにも関わらず***は笑った。どうしようもなく嬉しくて。
さっき桂と背を合わせた時と同じ様に、体が軽くて羽が生えたかのように駆けていける。不安が纏わりついて枷のようになっていた感覚は全くなかった。

やっと分かった、何でこんなに軽いのか。だって私達一緒に戦ってる。
あのとき共に戦えなかった悔しい思いと知ることの出来なかった感情。全く同じとは言えないかもしれない。でも、それでも今同じ場所に立って同じだけ力を振るえる事に気持ちは高ぶった。
忘れられていることも、拒絶されていても関係なんてない。いやむしろ、だからだろうか。共に戦っていれば傍にいられるような、繋がっているような錯覚を起こす。
こんな戦闘の最中喜びを感じるなんて、はしたなくて意地汚くて人として最低だと思う反面、止められなかった。

だから一瞬反応が遅れた。振り返りざまに避けきれなかった刃を刀で弾いた瞬間、刀身が折れて砕け散った事に。

呆気なく折れた刃が宙を舞い甲板の床へと突き刺さるのが視界に入る。目の前に天人が立ちはだかっているのにも関わらず、***はそれを自然と目で追ってしまった。いけないと頭では理解できても心がついて来ない。早く動けと、次の行動を取らなければと頭は思考するも、折れた刀が元に戻らないように、絶たれた関係も再び交わることはないと現実を突きつけられている様な気がして目が離せなかった。

「もらったああっ!!」

天人の喜々とした声にはっとすれば真正面から袈裟懸けにぶつけられる重み。体を押し潰すかのような力に吹っ飛び息が詰まる。背後にいた天人数人を巻き込みながら***の体は床を滑った。

「先ずはひとり目討ち取ったり〜!!」
「首級を取れ!!」
「首級を取らねぇと褒美はねえぜ!」

我先にと倒れた***に群がる天人たち。袈裟懸けに斬られ重傷であろう女の白い首に向かって鋭い刃が振り下ろされた。





もう終いか、***。
大口叩いていた割に大したことねェな。
高杉は倒れた***にハイエナのように群がる天人の数を数える。***を弱いと考えた事は無かったが、重傷を負った身に数の力で押し切られれば勝ち目など見えない。

「これを切り抜けるくらいねェと、お前は到底アイツの隣には立てねェよ」

銀時はそんなものお前に一切求めてなんていないがな。
あの銀髪頭は***の窮地に何をしていると視線をさまよわせれば容易に目に留まる姿。
どうする、銀時、***。
心の中で問い掛けた時だった。群がる天人を押し退け血まみれで飛び出してくる姿。右手にはぼろぼろの鞘を、左手には貫級刀を。女なんて欠片も感じさせない鬼の形相をした***だった。刀の代わりになんてならないが、鞘で相手を牽制し貫級刀を急所に突き刺していく。それも確かな一撃となるようにかなりの近距離で。もはや猿のように飛びかかっていく。それすらも折られ、ストックが無くなれば見慣れた懐刀を手に向かっていった。

何であんなに動き回れる?
肩口を斬られたはずだ。
疑問に思えば斬られて露わになった着物の下に光に反射して鈍く光るものが目に入る。鎖帷子だ。金属をリング状に編んだ防具で細い武器や突きを食らえば役には立たないが、先ほど受けた薙ぐ様な攻撃には効果的なもの。突拍子のない物に、鎖帷子を常日頃から着けている***の考えに笑いが込み上げてきた。
斬り合いをする真選組に所属しているなら当たり前だが、女の隊士がいるなんて情報は***に再会するまで全く知らなかった。恐らく***が真選組にいるのは異例中の異例。***の身の安全を考え尚且つ真選組の弱味となることを回避するため、頭のキレる土方辺りが公の場に***を出さず隊服すら与えなかったから。現に似蔵を追ってきたと言っていたが着物を着ていた。
殆ど危険など降りかかろう筈もない。真選組でも大事に守られている。なのに斬り合いを、刀を振るうための装備をあれだけの武器を身に隠していた。
どんだけ飢えてんだ。
それとも、それらを身に纏えば銀時の傍にいられるような、繋がっていられるような気分になったのか。

「泣ける話じゃねェか」

笑えてな。


動けないと思い込み虚を突かれた天人を一掃すると***は静かに顔を上げた。それは明らかにこちらを見ていて、酷く睨め付けてくる。「晋助」そう怒りを込めて叫びたいであろう唇はきつく噛みしめられたままだった。





似合わねえことしてんじゃねえよ

♭17/01/21(土)

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