食い合う


目の前に迫る天人をひたすら斬った。そうすることで心に掛かる靄のような不安を振り払える気がしたから。
なんで、どうして。
考えれば浮かんでくる解決しようのない疑問。それが***に不安となって纏わりついていた。

「おい貴様っ!」

罵声とともにトンと背中に何かが触れ咄嗟に振り返れば、同じ様に天人を相手取り刀を振るう桂がいた。

「コレを外せ。邪魔でしょうがない」

目の前に突き出されたのは左手に填めたままの手錠。突然すぎて危うく斬りそうになる。
この剣戟の最中鍵を取り出しガチャガチャと外す隙なんか有るわけ無いでしょ。バカなのバカでしょ。ヅラなだけに。

「…鍵、どこにやったっけ」

面倒くさくて適当に返せば信じられないとばかりに素っ頓狂な叫び声を上げる。

「貴様それでも警察か!身の回りの備品くらいきちんと管理をしろ!」
「いつもはしてるわよ。でも今日はちょっと特別でね、余裕がなくて」
「それは同感だ」

不思議だった。どうでもいい会話。どうという内容でもない。なのに纏わりついた靄がふわりと消えていく。重苦しかった心が、足枷を付けられたように重かった身体が軽くなっていく。
何でだろう。刀を振り回して血生臭いことをしてるのに、一瞬一瞬の気なんて抜いてる隙なんて無い、生死がかかっている状況なのに。
――なんで…。

「おーう、邪魔だ邪魔だァァ!!」
「万事屋銀ちゃんがお通りでェェェェ!!」

***の思考は2人の大きな声によって遮られた。
船内から天人どもを蹴散らし出て来た三つの影。ひとりは刀を手に、もうひとりは素手で行く手を遮る天人を床に沈めていく。最後の影はフラフラとした足取りの銀髪頭と、それを支える女の子の2人だった。

「いででで…、元気いーな、おめーらよー」

――銀ちゃん。
本当だった、晋助の言ってたことは。
昨夜、似蔵に酷い怪我を負わされ痛むであろう身体に、更に増えた傷を認め自分の事のように***が顔を顰めれば、ほんの一瞬視線が合った気がして咄嗟に逸らした。
だらしのない眠気眼でもあの綺麗な瞳で射抜かれれば心の内を見透かされそうで怖かった。

「ヅラおめえ俺が必死こいて戦ってた間に逢い引きか、ランデブーかっ腹立つな」

銀時は***と桂、順に視線をやり不機嫌を露わにすると、もたれ掛かっていた女の子、村田鉄子から離れ示し合わせたかのように桂率いる攘夷党の者達と身を寄せ互いに背を合わせる。***も不安に跳ねる心臓を鎮めそれに従った。今はこの場を切り抜けることが第一だ。

「一体どこがそう見えるんだ」

桂がそう言って銀時の目の前に突き出したのは手錠の嵌った左腕。それを一瞥するも彼が気になったのは短くなった髪の方。

「じゃあなに、失恋でもしたか?」
「だまれイメチェンだ。貴様こそどうしたそのナリは。爆撃でもされたか?」

銀時の格好は酷いものだった。両手と着物から覗く胸元には包帯。白い着流しは所々飛び散った血と、傷口から滲み出した血で斑模様を描いていた。

「だまっとけやイメチェンだ」
「どんなイメチェンだ」
「桂さん!ご指示を!!」

放っておいたらいつまでもくだらない言い合いを続けそうな2人を止めるように桂の仲間は指示を仰ぐ。

「退くぞ、紅桜は殲滅した。もうこの船に用はない。うしろに船が来ている、急げ」

周囲にいる者達に桂は簡潔に指示を送ると、阻止するべく迫る天人を銀時と一刀のもとに斬り伏せた。それは見惚れてしまうほどに鮮やか。

「退路は俺達が守る」
「いけ」

攘夷党の者達が桂の指示に従い船舶の後方へと駆け出すのを合図に迫り来る天人。
***も刀を構え天人を見据えた時だ。

「何してんの、行けって言っただろ」

頭上から声をかけられ刀を握る腕を強い力で掴まれた。その手は血に濡れた包帯がぐるぐるに巻かれていて顔を見なくても誰か分かり、一気に頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。掴まれた所から体中の血液が凍っていくような感覚に冷や汗がじわりと滲む。どんな顔をしているのか確認するのも怖く、手を振り払いたいのに振り払えない。

「…いやだ」

それでも何か口にしなければと必死に震えそうになる声を抑え押し出せば、今の気持ち全てを集約した端的な言葉が強ばり丸出しの固い声で吐き出された。
今この現状から2人を残して逃げるのは真っ平ごめんだが、たった一夜の間に高杉に突きつけられた許容しがたい事実で頭の中がぐっちゃぐちゃの状態で傍にいるのも、気持ちに収拾がつかなくて嫌だという矛盾した気持ち。そして何より、銀時に拒絶されるのが一番嫌だという気持ち。

「イヤって…震えてんぞ。怖いんだろうが」

言われてみれば体は震え剣先が揺れ動く。それを自覚すれば一言一句違うことなく思い出される言葉。
『お前には覚悟が足りねェんだ。相手を斬るだけの、殺してでも勝ちを得て生き残る覚悟が』

「違う…」

そうじゃない。確かにあの時はそうだった。でも今は天人と戦うことは怖くなんてない。逆に今ここで刀を握って隣に居られることには、不謹慎にも喜びすら感じられていた。
だからこの震えは、あなたが今目の前にいる私に対して何を思っているのか分からない不安と恐怖から来るもの。でもそんなことは今は関係ないし、気にし始めたら収拾がつかなくなる。

***は顔を上げ不安と恐怖を押し込め震える唇を開くと、掴まれていた腕をそっと引き抜いた。

「怖いんじゃないよ。これは武者震いだから」
「武者震いって…おまっ!おい待て!!」

銀時の静止を振り切り逃げるように***は駆け出すと、体勢を低くして振るわれる得物を躱し一刀に急所を突き薙いでいく。分の悪い相手には死角から貫級刀を投擲し、出来た隙を逃さず懐に突っ込んでいく。その動きには一切無駄が無く殆ど得物と得物をぶつけ合わす事無く、まるで風のように女の小さい体と身軽さを生かして僅かな隙間を駆けていく。





「まるで弾丸みたいな戦い方をするな、***」

春雨の戦艦に乗り込んだ高杉は甲板で3人の大立ち回りを眺めていた。
見慣れた戦い方をする桂と銀時の側で、***が同じ様に戦っている。一度も実戦で刀を振るう***の姿を見たことの無かった高杉は、その姿を弾丸に喩えた。飛び出したら戻ってなんて来ない弾丸。一歩踏み込む場所を、タイミングを間違えれば自ら凶刃に突っ込みかねない。そんなぎりぎりのラインでの戦い方をする***を。
高杉は視線を***から目立つ頭をした銀時に移せば、ふっと笑みを零す。お前はどう思う、と。





交叉する時間

♭16/12/21(水)

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