隻眼の彼


「おいッ!!」

呆然としていれば罵声と共に首に食い込む襟元。ぐいと引っ張られ倒れそうになり慌てて体勢を整えれば、目の前に天人の握っていた得物が突き刺さった。
サァっと血の気が引きどこに自分が居るのか思い出せば腰が抜けそうになるも、誰が助けてくれたのか理解すればふらつきながらも二本足で踏ん張った。

「何をしている貴様、死にたいのか!」

いくらショックだからってこんなとこで呆然とするのはアウトだ。

「ありがとう、助かった」

桂の良く通る声に気をしっかり持たなきゃと、刀を抜き去ると顔を上げ天人を見据える。その少し先に遠ざかる派手な高杉の着物がチラついた。

ああ、やっぱり無理。

襟を掴んでいた桂の手を振り解くと***はその背を追っていた。




「晋助、待ちなさいよ!」

去る背に追い縋るも目の前を天人が遮る。

「邪魔っ!!退いてっ…、晋助!!」

身体をかする刃も気にすることなく、立ち塞がる天人を斬り伏せ駆けた。

どうして簡単にあんなことが言えるのか。***には全く理解ができなかった。
一体何があったの?何がそんなにあなた達に影響を与えたの。みんなはもう私の知っているみんなじゃない?
後ろ向きなことを考え出すと足が止まりそうになる。

違う、そんなことない!

言い聞かせないと動けなくなりそうだった。

「はっ…は、つかまえた…っ…逃がさないんだから!!」

追いついた背に、しがみつくように着物の袖を掴めば、ぴたりと高杉の歩みが止まった。

「教えてっ…、みんなが……別々の道を行くようになった、理由」

痛みと動悸で上がった息を整え、緩慢に振り返った高杉の顔を見据えた。
ずっとこの答えが聞きたくて皆を捜していた。本当ならば銀時に聞きたかったこと。でもそれはもう望まない。彼には彼の居場所があるから。攘夷とは離れ万事屋として生きる彼にとって過去の私はきっと今の平穏を崩す存在でしかない。
桂に忘れられている以上今此処で高杉を逃せば、普段から身を潜めている彼を捜すのはとても困難で接触は厳しく答えを知ることが出来なくなる。そして何より、その答えが現状を理解出来る唯一のものだと思えた。

「***、さすが真選組隊士だけのことはあるな。名ばかりじゃァなかったみてェだな」
「勘違いしないで…真選組隊士だからじゃない。私はただみんなと一緒に隣を歩きたかった…!だからそれに値するだけの力を手に入れたの」
「力ね…“お前は所詮女だ”」
「……っ!」
「お前を変えたのは銀時の言葉だろ。だったらお前の大好きなアイツに聞けばいい。さっきまで紅桜とやり合ってたから、すぐお前の前に来てくれるだろうよ」
「銀ちゃんが…」

今此処にいる?
なんで?という思うよりも、会いたくないという気持ちが心を占めて頭の中を埋め尽くす。
だってどんな顔をして会えばいいのか全く分からない。高杉の言っていたことが本当ならば銀時は会いたくないはずだから。

「まあ、お前も銀時も生きていたらの話だがなァ」

高杉の声にはっとした時には貫級刀を忍ばせた左腿に高杉の手が伸びていて、抜かれた刃が躊躇いもなく振るわれた。
狙われたのは左胸で咄嗟に腕を突き出し急所を庇う。

「ぐっ…!!」

二の腕に鋭い痛みが突き刺さり数歩よろけて踏みとどまるも焼けるような痛みに、思いもよらなかった高杉の行動に衝撃で体が動かない。
信じられなくて、信じたくなくて痛みの根元に目をやれば、貫級刀は半分ほど腕に突き刺り溢れた血がじわりと滲み着物を赤く染めていく。

「…んで、しんすけ」

そこで何をされたのかやっと飲み込めた。

晋助が私を刺した、殺す気で?
だって庇わなかったら左胸に、心臓に突き刺さってた。

「なんで…」

どうして?

呆然としていれば高杉の右手には刀が握られていて、咄嗟に飛び退くも体を庇って前に出した***の刀を打ち付けた。甲高い音が鳴り火花が散る。受け流す余裕なんて無く、まともに正面から受け止めたせいで右手から腕まで痺れビリビリとした痛みが走り思わず刀を取り落としそうになる。

「思い上がるのも大概にしろよ***。探し回ったか何だか知らねェがお前は何も分かってねェんだよ」

俺達が見たもの、受けた傷を、痛みを。

重なり合った視線は鋭く、不安に揺れる***を突き刺す。それは明らかな拒絶の色を含んでいた。

「失せろ、お前に話すことはもう何もない」

再び背を向ける高杉に、***は声をかけることができなかった。
高杉の表情が行動と口にした言葉と、余りにも不釣り合いだったから。





どうしてそんな悲しそうな顔するの

♭16/10/23(日)

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