ぶれる


***の笑う顔が視界が白くぼやけて掻き消えた。
だんだん暗くなって、ズキズキと腹部が痛む。ああ***が消毒液ぶっかけたからな…なんて思い目蓋を開けば傍らに人影が見えた。

「……***、」
「銀さん、よかった。目が覚めたんですね」

そこに居たのは袴を履いて男に扮した***ではなく、女の着物に身を包む妙だった。
***が傍にいる訳がないのに。突き放し酷い別れ方して置いていって、迎えにすら行かなかったのは自分なのに。
似蔵から庇った女を腕に押し込めた時に感じた懐かしい匂い。自分の顔を見た時の茫然とした表情。刀を構え似蔵に向かっていくさまは、***のそれに似ていた。何より“銀ちゃん!!”意識が飛ぶ前に聞こえた自分を呼ぶ焦った声が、どうにも不思議な気持ちにさせていた。

「新八の他に女の子いなかった?」
「いいえ?新ちゃんしかいませんでしたけど…あ!そうそう、新ちゃんから言伝を預かってたんです、忘れてました」

妙は音読しようとしていたジャンプを一旦置くと、メモを取り出し開いた。これも音読するつもりか内容に目を通すと、ぴたりと表情が固まる。
そんな妙の様子に気がつかない銀時は、ちっとも伝言を伝言しようとしない彼女に気長に待っていられずその両手から紙を奪い去った。

「なあに?えーっと…」
「動くなっつてんだろ!!」

中を見ようとすれば、顔と手にした紙の間を何かが上から下へ突き抜ける。

「傷口ひらいたらどーすんだコノヤロー」

ぶっすりと布団と畳を縫いつけるように突き刺さる薙刀。それは胡座をかいた腿と脛の隙間をギリギリかい潜っていた。

「オイイイ!!殺す気か!?あ、足刺さるとこだったろうがッ!傷開くっつーか増やす気満々じゃあねェか!!」
「あ゛ぁん?大人しく寝てろっていってんのが聞こえねェのかこのクソ天パが。起き上がれなくしてやろうか」

こいつガチで息の根止めにきてやがるぅぅ!!
怪我人に対する態度じゃないよねこれ。殺されるんだけど!!
動けずにいれば手にした紙がするりと抜き取られ妙のもとに舞い戻った。

「言うこと聞かない人にはジャンプも伝言もお預けです」

そういう妙の顔は満面の笑みで、何を言っても譲らない時の表情だった。

「はあ!?いや新八からの伝言ってなんかあのっ重要なことじゃないの?」
「特にこれと言った重要な内容じゃありませんよ。怪我が治ったらゆっくり読んで下さい。それまでは預かっておきます」

そう言って妙は新八の伝言を書き留めた紙をなおしこんだ。
『“巻き込んでごめんなさい。助けてくれてありがとう”銀さんが助けた女性がこう言っていました』
新八の話しではその女性は警察で似蔵を追っていったという。こんな伝言見せたら、きっと銀時は自分の怪我も気にせず飛び出していってしまうんじゃないか。そう思えば妙は余計に見せたくは無かった。

「さあさ、横になって休んで下さい」
「いや、つーか新八と神楽は?」
「あの…用事でちょっとでてます」
「用事って何よ」
「いいからいいからケガ人は寝ててください」
「オイお前なんか隠して…」
「さっきからあれこれうるさいですよ銀さん。お前の仕事は布団被って寝ることじゃ!」

布団に突き刺さったままの薙刀を引き抜くと、ばふりと布団で体を覆って押し付けてくる。

「あでででっ、いってェよバカ!」

勢い余って傷に触り、ズキリと痛んだ。

「あらあらいけませんね、それこそゆっくり休まないと」

そういう妙の顔は怪我人を心配する表情、というよりは、風邪を引いて寺子屋を休んでいるのに遊びたがる子供のように手の掛かる銀時に呆れているものだった。



* * *



あれから暫く経った。高杉は部屋を出て行き、今は***独り。
色々考えていた。これからの身の振り方に。真選組を辞めてしまおうか。何のために今真選組にいるのか考え出したら、もう意味のないものに思えてきた。

「要らないなら要らないって言ってよ」

バカみたいにずっと待って、会いたくて必死になって追い掛けて最終的に全て空回り。これ以上に虚しいことはない。

「迎えに来てくれるって言ったのに」

約束をしたのだ。全て終わったら迎えに帰ると。なのにいくら待っても帰ってこない。捜してもなかなか見つからない。見つけたと思ったら竦んで足が動かない。最終的に掴んだ答えがこれって。奈落の底に突き落とされた気分。ため息を吐けば虚しく響いた。
高杉によって畳に突き立てられたままの刀の刀身が鈍く光るのが目に入り、余計に惨めな気持ちになる。
ただ隣にいたい。一緒に同じ景色を見ていたいと願い握ったものなのに、それすら叶わなくなったのだから。もう必要ないのかな、なんて思っていれば突然船に衝撃が走り爆発音が響いた。

「なに…?」

ぐらぐらと左右に揺さぶられ部屋にあるものが散乱していく。収まったと思うと、また数回爆撃音が響いて大きな衝撃と共に船体がさっきとは比にならないほど揺さぶられ、直後にエンジンが唸り声を上げて船体が傾いた。

「ふわああッ!!?」

いきなりのことに手を縛られているのもプラスされ、踏ん張ることも出来ずにゴロゴロと室内を転がる。

「ちょ、いった…」

視界の端に填め殺しの窓が映り、そこから外を見ればグッと遠くなる水面。思わず窓にかじり付くもぐんぐんと離れていく陸地。外も騒がしくなってきている。

逃げるには間に合わないかも知れないが何が起こっているのか確認しなければ行動の取りようがない。船の傾きが収まった頃合いを見て、高杉によって突き立てられたままの刀の刃に、肌が触れないように細心の注意を払いながら縄を切った。ピリッとした痛みが時折皮膚を掠めたが気にしている暇なんて無い。

「もう少し、つき合ってね」

此処から出るのに刀は必要不可欠だ。柄を握って引き抜くと床に投げ捨てられていた鞘に収め、警察手帳を拾うと意を決し外にでた。



絶え間なく砲撃や何かの衝撃音が響き船体を幾度も揺らし、足元が覚束ない。まるで迷路のように広い船内に迷いながらも外に出るために甲板を目指した。

「こんな船一体何処から調達してるのよ」

そういえば晋助は金持ちのボンボンだったけ。直ぐに浮かんだ答えにため息が出た。
それにしても仮にも昔の友人を両腕縛ったままで放置ってどうよ。異常事態なんだからちょっとは気にかけてくれても良くない?何より様子からして攻撃を受けているみたいだし、あのままの状態で撃沈されたら私死ぬとこだったよね。
いけないと思いつつも、落ち込んだ気持ちは悪い方向に考え始める。

「…真選組の私は要らないってこと」

口にすれば高杉の激昂した表情が思い出され、ヅキリと胸に突き刺さった。憎しみすら感じられた怒り。ただ怒ったと言うよりは微かに悲しみが見て取れた。

「そうか、私…ごめん…晋助、そんなつもりじゃなかったの」

晋助は私に裏切られたと思ったのか。

ただ会いたかっただけ。話しがしたかっただけ。効率の良さそうな手段を取っただけで裏切るつもりなんて微塵もなかったのに、結果あんな顔をさせて傷つけてしまった。
足取りが重たくなるも会ったら謝らないとななんて考えた。





甲板に上がればつい先程まで考えていた人物、高杉と何故か桂がいた。
どういった立ち位置に桂がいるのか判断しようがなく物陰に隠れ様子を窺っていれば高杉と目が合った。

「お前は昔から変わんねェなァ。じゃじゃ馬娘が、大人しく待ってられなかったか?」

暇があれば様子見に行ってやろうと思っていたんだがな。
投げかけられた言葉に謝ろうなんて気持ちは呆気なく飛んでいった。

「誰がじゃじゃ馬よ。晋助こそ減らず口だけは変わらないんだから。助けに来る気無かったでしょ忘れてたでしょ」
「忘れてはねェよ。さっきまでとんでもねェ馬鹿があそこに居たからなァ」

お前とは切っても切り離せねェ馬鹿がな。
高杉の視線の先は何があったのか、屋根瓦が割れ剥がれ落ち剥き出しになった船舶の屋根部分。そこには大きな穴が開き屋根自体が抜け落ちていて、怪物か何かが暴れたのではないかと言えるくらいの惨状だった。

「なに、とんでもない怪物でも暴れたの」
「紅桜だ」

疑問をぶつければ答えが返ってきたのは目の前の高杉からではなく、横に立つ人物からだった。

「紅桜が宿主を喰い殺さんばかりの勢いで暴走したんだ。高杉、制御できない武器はもう武器ではない」

紅桜。岡田似蔵の持っていた戦艦にも匹敵する力を秘めた人工知能を有した刀。昨夜よりも威力が増している現状に背筋が凍った。

「例え制御出来ても江戸を真っ赤に染めてやるなんて考えてる晋助の元にある時点でどうかと思うけど」

桂に話しを振れば怪訝な顔をされる。何事かと首を傾げればとんでもない言葉が桂の口から発せられた。

「あのォ…スミマセンところでお宅はどちら様?」
「………は?」

痛いくらいに走る沈黙。
今なんて言ったこのヅラ。え、どちら様?とか聞かれた気がする。嘘だよね…
自分の耳を疑い高杉を見れば高杉ですらぽかんと呆けた顔をしている。そこで初めて理解できた。
この人私のこと忘れてる。
あまりのことに言葉が出てこなくなった。

10年会っていなかっただけでこうも忘れられるものなのか。同じだけ高杉と桂と過ごしたはずなのになぜ高杉は覚えていて桂は忘れているのか。ただひとつ分かったことは、どいつもこいつも薄情ってこと。

***は着物の袂に手を突っ込みあるものを取り出すと、桂の左手首を捕まえそれを引っ掛けた。

ガチャン

「…警察です」

黒塗りの冷たい鉄が桂の腕に嵌る。

「あ、そう警察………え…、ちょ、…えええええええ!??」

薄ら笑う高杉と渋い顔つきの***、最後に自分の腕にかけられた手錠を確認すると桂は叫んだ。

「なんでっ…なんでお巡りさんが鬼兵隊の船にいるの?おかしくない?おかしいよねっっ!!!」
「おかしいのは桂さんの頭だよ」

人のことをすっぱりさっぱり忘れられるあなたの頭がおかしいんだよ。

「え、いや、スパイ…!!そうか…、警察に潜入してる高杉のスパイかそうかそうか…いやいやおかしいよやっぱり!!なんでスパイが俺に手錠かけるの意味分かんないんですけどおおお!!!」

勝手にひとりで解釈してそれにツッコミを入れる桂の傍らで堪えきれなくなった高杉が柄にもなく笑いだした。

「そりゃあ誰も帰ってきやしねェな、***よ」
「覚えてて帰らなかった人が言えることですか」

嗚呼、少し前の謝ろうとか思ってた自分を殴りたい。よくよく考えたら覚えてて放置してたなんて私の行動より酷いと思う。

「ちょっと聞いてますぅぅう!!!?」

忘れ去ってる人も最低か。

「俺もテメェの顔見て思い出したんだよ」
「どうだか…」
「それよりいいのか?」

何が?そう聞き返そうとして頭上から下卑た笑い声が降ってきた。桂と二人して振り返れば明らかに地球産ではない異形の姿形をした

「天人!?」
「なんで天人が」

豚と猿の姿をした天人が二体、ニタリと薄気味悪い笑みを浮かべて其処にいた。
攘夷志士たる高杉の船に攘夷するべき天人が平然といるこの状況に頭が混乱する。

「ヅラ聞いたぜ。お前さん以前、銀時と一緒にあの春雨相手にやらかしたらしいじゃねーか」

なんで、そう聞こうとしてそれは直ぐに最悪の答えで返ってきた。

「俺ァねぇ連中と手を結んで後ろ楯を得られねーか苦心してたんだが。おかげでうまくことが運びそうだ。お前達の首を手みやげにな」

頭の中が真っ白になった。
くび、くびって首?誰の?
銀ちゃんとヅラの?
何のために?春雨と手を組むため。

高杉が口にしたことを理解すると、足下が信じていたものが全て崩れるような感覚があった。
晋助にとって二人はそんな簡単に捨てられるようなものなの?





私の知らない10年

♭16/10/11(火)

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