*屋烏の愛 (前話の銀時side) あーあ、やっちまったな。 手にした二本の刀の重さに銀時は溜め息をついた。一本は自分が、もう一本は***が先程まで互いの意志を貫くために握っていたものだ。 きっと***は泣いてる。でもそれを慰めようなんて気は起きず、その場にいた高杉と桂に預けてきた。 認めていない訳じゃない。気に入らない訳でもない。***に問題があるんじゃなくて、問題があるとしたら俺自身。 「オイ銀時、いいのか」 突っ立っているのも何だと腰を降ろして物思いに耽っていれば、声をかけられる。振り返ればいつの間にいたのか桂の姿があった。 「んぁ、ヅラか…んー」 「ヅラじゃない、桂だ。よかったのかあれで。アイツの気持ちは誰よりもお前が一番分かっている筈だ」 銀時は隣に腰を下ろし真っ直ぐ疑問をぶつけてくる桂に面倒くささを感じた。 「知らねーよ***の気持ちなんか」 知りたくもねーし。 「剣の腕が心配なら後方で弓を引かせればいい。戦場に出すのが不安なら後方支援だって構わなかっただろうに」 何をそんなに心配していると的外れな疑問をぶつけてくる桂に、苛立ちが募る。 「じゃあ聞くけどアイツ連れてって何か得がありますか?ねーだろ。戦場ん中に女ひとり放り込んで良いことなんか全くねーよ」 女だからと色眼鏡で見られて***が不快な思いをするか、色目で見られて俺が不快になるか。マイナス要素しかない。 「戦力にはなる」 「高が女ひとりの戦力、男ひとりに値するかどうかも怪しいんだよ」 さっきだってそうだった。 いつも握っていた竹刀と違う重さの刀を握っただけで震えた身体。相手が銀時だという事もあったが、相手を傷付ける危険に縮み上がってまともに戦うことなんか出来なかった。 殺し合いには要らねんだよ、ンな腰抜け。 「時には男にさえ勝る女の戦力、知力はバカには出来ない。昔武将の中に男顔負けの女武将がいたことを知っているか」 「巴坂額だろ」 女傑の代名詞『巴坂額』。夫と戦場を駆け鬼神と敵将に畏れられた巴御前と、兄の叛乱に加勢し百発百中の弓の腕を持っていた坂額御前。 「だからなに?***が女傑になれるとでも言う気か」 「お前だって分かってるはずだ、アイツの実力を。だからそんな危ないものを持ち出してまでお前は勝とうとした」 桂は銀時の握った二本の刀を指差す。本来ならあんな危険な事させたくはなかったはずだ。なのにそれを選んででも勝つ必要が銀時にはあった。 「なんなのさっきから、うるせェんだけど。分かってんならぐじぐじ言わないでくれます?お前が何言おうと***はもう戦争には行かねェんだよ」 ただでさえ***のあんな顔を見て気が立っているのに、まともな勝負をする気なんて更々無かったことを、心の内を暴くような桂の行為に不快感で満たされていく。 「銀時、何がそんなにお前を駆り立てる。確かに男より女の方が危険な事が多い。でも、だからお前が」 違う、そうじゃないんだよ。 銀時は手にした刀を、苛立ちをぶつけるように地面に投げつけた。重たい二本がぶつかり跳ね、ガシャリと音を立てる。 「なんで分かんねんだ!!***が戦争に出るって事は、あいつが自分の手で自分の親殺すのと同義なんだよ!!」 ***の両親は幕軍として戦争に参加し、攘夷志士達に殺された。***が攘夷戦争に参加して幕府を敵に戦うということは、***の両親の立場の者と戦うということ。親を殺した奴らと同じになる。 「あいつは目の前しか、松陽と俺たちしか見えてないんだろうが戦場に立てばきっと気がつく。自分が何を、誰を斬っているか」 私は要らない子で、だから置いて行かれたと泣きじゃくっていた***が思い出される。 「お前達は知らないだろうが、俺は見てんだよ」 そんなのを見ていて平然とついてこいなんて、一緒に戦ってくれなんてどうして言える。 「それを言うなら銀時、***をひとりにしてもいいのか?約束をしたんだろう。一緒にいてやると」 「もう十分だろ」 あいつだって良い年頃だ。 恋愛して好きな男と結婚し子供を産むことで、新しい家族を作ることができる。“ひとりはいや”としがみついて離さなかった***はもういないから。 戦争にまで女である***が着いてくる必要はないし、銀時自身着いて来て欲しくなかった。 「自信がねぇんだよ。…守ってやれる自信」 今は***に気を向けてやれるほどに余裕がない。 「守るか…、***は守られたいとは思っていないだろう」 それどころか銀時と同じ様に、彼女も銀時を守りたいと思っている。どうして気が付かない。いや気が付いていて、それでいて知らない顔をしているんだろう。 「それでも…、アイツが例え俺より強かったとしても、俺にとっちゃただの女なんだ。……女でしかないんだよ」 守ると言ったって命だけじゃない。 人間誰しも戦場に出れば死が付き纏う。誰も傷つかない、死なない…そんな戦場はない。だからきっと***には無理だ。あの世界には絶えられない。そしてそれを支えてやれるだけの余裕も、自信も俺にはない。 「何を言ってる。誰から見ても***は女だ」 「チッ…そういう意味じゃねェよ」 「じゃあどういう意味だ?俺にも分かり易く説明しろ」 「アァー!!もううっせッ黙ってろ」 「***はただ、俺たちと同じものを見据え、共にいたいだけだ。なぜ受け止めてやれない」 「同じものを見る、ね。見なくていい、あんな地獄」 「銀時…」 「さすがにアイツが俺叩きのめしたらどうしようかと思ったけど、アレでいいんだよ。***は」 大切なモン傷つけられない***でいい。人を傷つける覚悟なんか持って欲しくない。 自分のもの守るためとは言え、他人の大切なもの傷つける覚悟持った***は見たくない。きっと辛くて堪えられなくて笑顔なんか消え去っちまうから。 「銀時、おまえは甘いな。***はそんなに柔じゃあないぞ」 「はぁ?」 フッと不敵に笑った桂に意味が分からないと返せば、片付けろとばかりに刀を押し付けられた。 後々銀時は桂のその言葉の意味を後日、知ることになるがそれはまだ少し先の話。 ♭17/01/05(木) (6/20) ← |