寸鉄人を刺す


松陽が御徒衆に連れて行かれて数日。村塾を焼かれたこともあり決起することを決めた者達と、それとは別の道を選ぶ者達とそれぞれに歩み始めようとしていた。
銀時、高杉、桂は松陽を取り戻すために。***も3人と同様に松陽を取り戻すために、戦争へと身を投じるつもりだった。でもそれを銀時は認めようとはしなかった。

「私だってみんなと先生を助けにいきたい。どうして行っちゃいけないの」
「それを聞くかァ?昔っからそうだが女は戦力になんざならねんだよ」

鼻をほじりピョイと飛ばしながら口を開く態度と、まるで役立たずだと言わんばかりの返答に不満が募った。
私だって銀ちゃんと同じだけ先生のもとで学んできたんだ。真剣な話にそんな態度でいるのも、言い草もあんまりじゃないか。

「私が女だから連れて行けないって、そう言うの?」
「そうだよ。お前がいくら武器を扱えようが所詮女なんだ。身の程を弁えろ」
「私だって女に生まれたくて生まれたんじゃないっ!!女の、女の何がそんなにいけないの」

もともと旗本の家に一人娘として生まれた***は、幼い頃から女の身でありながら後を継ぐため武芸を叩き込まれてきた。しかし不幸な事に跡目を継ぐ婿養子と婚姻を結べる歳になる前に両親は死に、幕府は幼少の娘には家は継げないと勝手に決めつけ、家は断絶の憂き目にあった。幕府からも屋敷に勤めていた使用人たちからも見放された***にとって「女だから」と言う理由は、治りかけの古傷の上からまた傷を負うようなもので、到底納得できるものではなかった。

なにより先生を助けるためなら使える力は全て使うべきだし、男や女なんて性別を気にしている場合じゃない。口先だけで役に立たないと言われたって、納得なんかできなくて大喧嘩になり結果、銀時から提案が出された。

「だったらこうしようじゃねェか。3本勝負で俺から1本でも取れたら一緒に戦ってやる。取れなかった場合は諦めろ」

まあお前ェにゃ無理だろうがな。といつになく真剣な顔で言われ頭にきた***は、それに同意し勝負をする事になった。

道場で試合をするのかと思えば野原に連れ出され、鞘に収まる刀を渡される。勝負の判定を引き受けた高杉と桂が傍らで息を飲んだ。あれはここ最近、銀時が桂や高杉達と刀に慣れるために、打ち合いに扱ってきたものだ。


手に、腕にかかる重さに身体が嫌な汗をかく。まさか、

「真剣じゃねぇよ。ちゃんと刃引きしてあるし、寸止めだしな」

銀時の声に顔を上げれば、彼の手にも同じように刃引きされた刀が握られていて、片手が刃の部分を撫でていた。

「なんで、竹刀じゃないの?」

例え刃引きした剣でも、重量も刃の鋭さも竹刀とはまるで違う。こんなものを使い真剣勝負なんてすれば、当たりどころが悪ければ相手を殺しかねない。

「なにビビってんのお前、分かってんのか。足突っ込もうとしてるのは、こんなもん比にならねェ命のやり取りする場所だ。刃引きした刀すら振るえないんじゃ話になんねーよ」

それ以上に銀時には思惑があった。人を斬ったことのない***が、相手を傷つける恐れのある状況下で本気でなんか戦えない。怖くなって勝負を止めると言い出すのが一番いいが、きっと彼女の性格上それはない。だから敢えて***の太刀筋の先に入り込み、傷つける事を恐れ力をセーブさせるために、得物に刃引きした刀を選んだ。女と言えど***はそれなりの技術を持っている。運が傾けば1本取られる可能性はある。***もそうだが銀時にとっても、それだけ負けられない勝負だった。


人に向けた事のない刀の重さと銀時に突きつけられた自分の認識の甘さに、勝手に震えだす身体を頭を振って振り払った。余計なことを考えれば勝負に集中できなくなってしまう。それは避けなければ。

「そんな覚悟すらないなら勝負する意味もないけど、どうする。俺だってお前に怪我、させたくねぇし?」

そんな心の機微を感じ取ったのか気遣う風を装い、言いくるめようとする銀時の言葉に消えていた苛立ちが顔を出す。

「やる、やらせて!」
「…あっそ」

勝負は呆気なく着いた。結果は惨敗。
全て銀時の思惑通りに運んだ。もし勢い余ってぶつかりでもしたら…そう思うと怖くて、途中から彼の思惑に気が付くも、太刀筋の先に避けようともせず踏み込まれる度に、身体が急ブレーキをかけたかのように一瞬固まり動きが鈍くなってしまったのだ。銀時はその瞬間を逃さず、冷たい刃を***の急所に突き付けた。

「お願い、もう一本だけ…、一本だけでいいから勝負させて」

あっさり着いてしまった勝負に、覆しようもない結果に負けたなんて信じたくなくて、どうしようもなく行き場のない悔しさから、気が付いたらそんな言葉を口にしていた。

「約束しただろう、3本までだ。これ以上はする気はない。諦めるんだな」

銀時は腰帯に差していた鞘に刀を仕舞うと、***が未だ手にする刀を渡すように手を差し出してきた。

「だったら…、だったら銀ちゃんは今の勝負、胸張って勝ったって言えるの?」
「どういう意味だそれ」

面倒くさいとばかりに舌打ちをひとつ零した銀時に、思わずしまった、と思うものの覆水盆に返らず。彼の耳に***の言葉はしっかりと届いていた。

「そ、そのまんまの…意味。だって…わざと私の剣先に踏み込んできたじゃない。あんなことして、もし、当たってたら……」

口にしてゾッとした。あのまま無意識にでも止まってなかったら、自分の振るった刃が強かに彼の身体を打ち付けていた可能性がある。

「だから何。俺は別に力をセーブしろなんざ言ってねェよ。振り抜きゃ勝てたのにオメーが勝手に竦んだんだろ。負けて悔しいからって、責任転嫁なんかすんなよな」
「…なに、……それ」

当たっていたら大怪我をするところだったのに。

「それとも、傷付けるのが怖くて逃げ腰になるような、そんな程度の覚悟だったんだって言わせたいわけ」
「!……っ、ちが…」
「何が違う。お前は暗に俺が狡い手段で勝った、そう言いてぇんだろ。でもな***、そんな考え方な時点で間違ってんだよ」

自分の身を全く顧みることもなく勝負に挑んでいた事実と、反論する間もなく冷たく言い放たれた言葉にショックで言葉が出なかった。
全部分かってたんだ。絶対に私の身体が動かなくなるって。私以上に私の事を分かってあんな危ない賭をしてまで勝たせたくなかった。銀ちゃんは初めから、私と正々堂々勝負する気なんかなかったんだ。
――私が女だから。
銀時にとって正々堂々と勝負をする価値もなく、納得させるためだけに危ない手段をとった事に、どうしようもなく惨めで悲しい気持ちになった。

言葉なくうなだれる***を見つめ銀時は溜め息をひとつ吐くと、***の腰に差された鞘を抜き取り刀を渡せと催促する。

「……***、約束しただろう」

もう勝負は終わりだと。

「……狡い…、全部、全部分かってたくせに…!!」

思い通りになってしまった自分が悔しくて、思いをぶつけるかのように銀時の身体を叩いた。握った拳で何度も。
刀が手を滑り落ちる。

「なんで、…っどうして、……一体何が、気に入らないの?そんなに女の私は弱い?」

認めてくれていると思っていたのに。惨めで、悔しくて声が震えた。みっともない駄々っ子みたいなことをしていると、銀時に甘えているとわかっていも止まらない。鼻がツンと痛くなり、じわりと目頭に熱がこみ上げてくる。
やだ泣きたくない。泣いたらもっと女であることを責められる気がして、より自分が惨めに思えてきそうで必死に涙を堪えた。

「なに、今度は泣くの?怒って落ち込んで…忙しいのな、お前」

声の震えから察した銀時は、俯いた***の顔を顎を掬い上向かせる。限界まで溜まっていた涙がその勢いで、意志とは関係無しに零れた。
咄嗟に拭うも遅く、涙を目の当たりにした銀時は心底面倒くさそうに頭を掻くと、縋るように弱々しくしがみつく***の腕を捕まえ、ぐっと引き寄せた。

「いいか***、戦場なんざ試合のように決まり事なんか存在しねえんだ。負ければ死に、勝てば生き残る。正々堂々勝負しようが狡かろうが、生き残った方が勝ちなんだよ」

分かるか?と問いかけてくる声が、だからどんな方法であれ俺に負けたお前には口答えする権利はないと言われているようで、ささくれ立った感情をより刺激した。

「そんなの言われなくても分かってる!!!」

ただ自分でも戦えることを、力があることを証明したかっただけで、敵のように銀時を傷つけたかったわけじゃない。隣で戦えるんだって言いたい。背を守らせて欲しい。それだけ。たったそれだけなのに。
互いに言いたいことが全く噛み合わなくて、何で分かってくれないの?そんな思いが、口をついて出ていた。

「お前は何も分かってねえっ!!!」

大きな声で怒鳴られて、びくりと身体が跳ね涙も引っ込んだ。驚きで固まった身体に鈍い痛みが走る。

「……っ!!」

それは銀時の両手で、痛いくらいに両肩を掴まれていた。力加減なんかしていない指が、着物の上からギリギリと食い込む。痛くて、それを訴えようと銀時の顔を見たら、それは言葉にならず喉元で溶けて消えた。

「分かってたらなんで狡いなんて言葉が出てくる」

真っ直ぐ見つめてくる目が、いつものふわりとした雲のように柔らかい雰囲気を消し去っていた。何かを堪えているようでいて怒りの篭もった瞳が、鋭いナイフか何かのように突き刺さって逸らせなくなる。

「実際の殺し合いに、思い描いた余裕持てる状況なんかないんだよ。平静すら保てず身体も思うように動かせないお前に、戦場に立つ資格はない!!」

剥き出しにされた銀時の怒りが、まるで雷か何かのように頭の天辺から爪先まで突き刺さり、***を貫いた。隠そうともせず、ぶつけられた怒りに体が芯を失ったみたいに力が抜ける。頭の片隅で銀時の言いたいことに納得している自分がいて、自信を失っていく。

「だいたいお前、松陽のこと本気で助けたいと思ってるワケ」

茫然とする耳に入ってきた銀時の言葉に、***の瞳はショックを受けたように見開かれた。

本気で松陽を助けに行きたいと思っていたなら、銀時に多少の傷を負わせようとも認めさせるだけの意気を見せても良かったはずだ。でも***はそれをしなかった。
きっと***の中で、俺も先生も天秤に掛けるような存在じゃないから。どっちも大切で譲れないもの。そんなことは分かってる。分かっているからこそ、そこから徹底的に突き崩してやる。

「………それ、本気で言ってるの…?」

***の身体が、怒りからか震えているのが肩を掴んだ手のひらから伝わってくる。

「本当に戦いたいと思ってんなら、俺を叩きのめしてでも認めさせるべきだろ。でもお前はそうしなかった。その程度の気持ちなんだよ」

銀時は気を落ち着かせるように溜め息を吐き出すと、掴んでいた肩から手を放す。固まった***の身体はふらふらと揺らぐと地面に崩れ落ちた。

違う、そうじゃない。と訴えたいのに取り付く島もない突き放すような銀時の言葉に、態度に、どうして良いか分からず頭の中が真っ白になる。

「お前には覚悟が足りねェんだ。相手を斬るだけの、殺してでも勝ちを得て生き残る覚悟が。そんな奴が戦場に立つなんざ無理な話しだ。まあ、奪い合いのない温室育ちのお姫様には理解できない話だろうけどな」

追い討ちをかけるように吐き出された言葉に顔も見れない。
自分が気がつかないだけで銀ちゃんの目には滑稽に写っていた事実に、指摘されなければ気がつくことのできない自分の考えの甘さに、悔しくて悔しくてたまらなくなった。
落ちた刀を拾い上げ鞘に収める銀時の姿を視界の端に、拳をぎゅっと握った。



* * *



「良かったじゃねぇか、負けて」

勝負の行方をみていた高杉がうなだれる***の頭を撫でる。
何が良かった?良い事なんてひとつもない。勝負には負けて、無自覚で覚悟のない自分を指摘された。それのどこが良い事なの。

「そうだよね…、こんな役に立たない足手まとい、いらないよね…。先生にも心配かけちゃう」

自分で口にして余計辛くなった。

「違ェよそうじゃねえ。戦場なんざいいもんじゃねェから、銀時も見せたくないんだろう。あいつはガキの頃からそういう場所で生きてきたから、戦場がどんな場所か知ってるんだ」

知らないなら知らないに越したことはない。汚れて欲しくねェんだよ、お姫様に。
高杉の言葉にはっとする。
そうだ銀ちゃんは先生に拾われる前は、常に死と隣り合わせに生きてきたんだ。どんな場所なのか身を持って知っている。

「それに戦場じゃ、女は男より生き残りにくい。女ってだけで狙われる」
「お前の母親はどうだった。お前と同じで女の身で家を継ぎ、養子にきた父親と一緒に攘夷戦争に出て」

桂の言葉が、現実が突き刺さる。父の遺体は帰ってきたけど、母は遺品しか帰って来なかった。なんで、どうして帰ってこないの!?そう訊ねたら返ってきたのは「遺体は見つけることが出来なかった、きっと連れ去られたんだろう」そんな言葉だった。

「戦場で女は負ければ道具みてェに扱われる。この意味、分かるだろ」
「……っ」

あの時は解らなかった言葉の意味が、今なら解る。

「それに男は理性で動くが、女は情で動く。もし目の前で俺や高杉、銀時が死にでもしたら***、お前は平静に戦えるか?」
「そんなことっ、私がその場にいるなら絶対にさせない。何が何でも助けてみせる」
「***、誰もんなことは聞いてねェよ。助ける間もなく死んだらどうするかって聞いてんだ」
「そんなっ、そんなこと…」

想像なんてしたくない。だけど、今傍らでこうして私を思い話しかけてくれている2人が、世界で一番大好きな彼が、一瞬でいなくなると考えたら涙が溢れた。きっと私は動けない。その身体にすがりついてしまう。

「銀時はお前ェの事を理解した上で、来るなと言ったんだ。女だからと言う理由が一番じゃねぇ。お前を、大切に思うからだ」
「あいつの気持ちも分かってやってくれ」

2人の思いが、銀時の思いが胸に突き刺さって、涙が勝手に零れていく。
悔しかった。それほどにも自分が銀ちゃんにとって、守る存在でしかないくらい弱いことに。
情けなかった。こうして2人に諭されなければ、突き放すような冷たい言葉の裏に隠れた、優しさに気づけない自分が。
そして不謹慎にも、嬉しかった。私は自分の事しか自分の気持ちしか考えていなかったのに、それだけ思ってもらえていた事実が。
結果、銀時にあんな言葉を吐かせてしまった。

「ごめん…、ごめんねっ、、銀ちゃん…ごめんなさい…!」






幼かった私たち

♭16/05/22(日)

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