鳴かぬ蛍は身を焦がす


数刻前についた腹の刀傷の手当てしようと、消毒液の独特な薬品臭さと血の臭いが立ち込める部屋へと銀時は足を運んでいた。閉まっている…とは言い難い、部屋の中が見えてしまう穴の開いた障子から見えた予想通りの姿に、ひとつ溜め息をつき勢いよく開いた。

「また来てたのか、***。いい加減こんなとこ来んの止めろって言ってるだろ」

真っ直ぐ***目指して足を進めると、他の怪我人の手当てをしていたのか医療品を片づけている彼女の目の前に座った。

「ごめんね。でも私も戦いたいの、戦わせて?こんな事くらいでしか役に立てないけど、せめて私のできる範囲で」

片づけの手を止めた***は血に塗れた腹部に気が付いたのか、腰に手を伸ばしてきた。袴の紐を解き、その下に隠れた腰帯を抱きつくように背に腕を回して外す。
疲れとじくじくした痛みがあるせいでされるが儘になっていたが、ふと疑問に思った。誰でも彼でもこうして着物を脱がせているのか。ここには***以外男しかいない。自分以外の男に必要以上に密着し、甲斐甲斐しく手当てする姿を想像すればムカムカとした気持ちが芽を出した。

「***」
「ん…?」

名前を呼べば袷を掴み着物を脱がせにかかっていた***が、上を向いた。
近い。引き寄せたら口付けができる距離。

「なに、銀ちゃん?」

何も口にしない俺に、こてんと首を傾げて不思議そうな顔をする***に、芽を出した感情が増していく。

バカなの?
***はバカなんですか!!

「わっ…!!ちょっとなんなの?」

背に腕を回して自分の腕の中に***を押し込めた。はだけた胸元に***の熱が心地いい。

「銀ちゃん血っ!!血が」
「血だァ?血ぐらいでギャアギャア喚くな。お前は吸血鬼ですか」
「いや私の着物に血が付いちゃうんだけど。と言うかどうしたの?いきなり」
「お前いつか襲われるぞ」

思った事を率直に伝えれば、がしりと頭を両手で掴まれた。

「あでっ!?お前こそ何!?何なの!!」

ただでさえ天パで纏まりのない髪の毛を、***は両手でわしゃわしゃとかき回してきた。凝固した返り血や砂埃もあいまって、絡まった髪が引っ張られ頭皮に痛みが走る。

「ちょっ、***ちゃん落ちつこーや!!痛いから!!痛いっ、銀さんハゲちゃうよいいの良くないよね!?いやお前が良くても俺は良くないんだけど!!」

無心に手を動かし続ける***の両手を、必死の思いで捕まえて髪から引き剥がした。

「いや、頭をどっか怪我したんじゃないかと思って」
「怪我はこっち!!お腹だバカ!!たっく…」
「いやなにその私が悪いみたいな言い方。元はと言えば変な事言う銀ちゃんが悪いんだよね?」
「何が変なことだよ。着物脱がして仕舞いにゃ抱きつくようなマネしやがって。相手が俺だから良いものの……他のヤローどもにしてみなさい。喰われますよ」

怪我をして弱っているところに、手取り足取り手当てしてくれる女がいりゃムラムラきて当然だ。なにより今現在、ただ目の前に座っただけなのに心配そうな顔をして手当てを始めた***に銀時自身がムラムラしていた。

「だって怪我してたから…」
「だからってわざわざ脱がしますか?傷見せてくらい言えよな」
「でも血まみれで怪我してるのに目の前に座るだけだから気になるじゃない。銀ちゃんだけだよ?手当てしてって言ってくれないの」

頼ってくれないのは寂しいよとばかりにしょぼーんとする***。

「だって、でもって言い訳する前に口にしろよ。言わなかったら脱がすとか痴女ですかお前は。だいたいお前は自覚あんの?例え男装していようが服脱ぎゃ女なんだよ。男にしてみりゃそんなのただのア」
「わあああッ!!!」

***が叫ぶと同時に傷口に痛みが走った。

「ギャアアアアッッ!!!おまッ…、おれ…をこ、ろすきかッ…!!」

ありえねえ!!
こいつ傷のある腹を思いっきり触って突き飛ばしやがった!!
大した傷じゃなかったはずなのに、じくじくした痛みが心臓の拍動に合わせて、ヅキヅキした痛みに変わる。

「今何言おうとした!?なんかおっそろしい言葉な気がしたんだけど気のせいだよねっ、気のせいだと言ってお願い!!」
「穴だっつったんだよ!!」
「わああああ聞こえないいいい!!!」

羞恥に顔だけじゃなく耳まで真っ赤に染め、ワッと喚くように叫ぶと両手で耳を覆って睨みつけてきた。

痛む傷を両手で覆い身体が思わず引き気味になる。別に怖いワケじゃない。どっちかと言えば、男に対する警戒が薄過ぎる***に忠告の意で口にした言葉で、そういう想像する***にイヤらしく感じるし、真っ赤に染まった顔で睨んでくるのとか屈服させてやりたくてぞくぞくする。きっとこんなの口にしたドン引かれるだろうけど。
でもいつまた手がでるか分からなくてつい身構えた。

「言えって言ったのオマエ…、アァッ…ちょっとコレ…ホント大丈夫なの…おれ………あれ?」

覆った手にぬるりとしたあつい熱が触れ、恐る恐る見れば真っ赤な血。

「ちょっとぉおお!!?***ちゃん待って大惨事になってる!!オマエのせいで銀さんのお腹が割れたんだけど、血まみれになったんだけどオオオ!!」

さっきまでムラムラして勃ちそうになってたアレが、出血と痛みで萎えた。

「お腹が割れるわけ、無い……あ」

血に濡れた手を***の眼前に突き出せば、はたと気が付いたのか自分の手に目をやる。やっと気が付いたのか気まずそうに耳から手を離すと消毒液の瓶を手に取った。

「手当て、させてくれる…?」

申し訳なさそうに尋ねる***の姿に手当てをして済ませようとしているのが見え、ズキリと鈍痛のしだした傷が手当てしただけで許しちゃっていーの?なんて、脈拍の度に痛みと同時に尋ねてきてる気がしてイタズラ心が顔を出す。

「***、オメーが悪化させたんだろうが。もっと言うことあんだろう?」
「…、ごめん…なさい」

端から見ればきっとセクハラ以上の言葉を口にした俺も悪い。それでも痛がる姿を目にして***が突っぱねるなんてことしないのは分かっているから調子に乗った。

「で?」
「でって?」
「もっとあるだろう?傷が治るまで手取り足取りナニ取り、誠心誠意お世話させていただきますとかさァ」

そもそも、放置し過ぎて殆ど血は固まってたんだよ。それを殴られたこっちの身にもなれよな。

「………銀ちゃん、傷口ぱっくりいってるから、沁みて痛いだろうけど我慢してね」
「……へ?」

気が付けばのし掛かるような体勢で肩を掴まれていて、引きつった笑顔を浮かべた***の手には消毒液の入った瓶。

「え…ちょっと***ちゃん?……まさか」
「大丈夫、私がきちんと治るまで手取り足取り、看病してあげるから」

そのまま握った瓶が、傷口の真上でひっくり返された。










「たっく、お前は鬼かッ!!」

手厚く手当てされた腹部には、真っ白の包帯が巻かれている。でもその下は、消毒液に過敏に反応した傷が未だにズキズキと疼いていた。

「もっとこう優しく手当てできないワケ?唯でさえ疲れてんのに精神的苦痛まで加わったら俺、潰れちゃうよ…」
「精神的苦痛?それこっちの科白なんだけど」

風雨に晒され碌に手入れのされていない縁側に、2人して並んで座っていた。

「毎度毎度、卑猥な言葉付きで注意される身にもなってよね」
「具体的な例がないと理解してくれそうに無いんでね」

まあ具体的な例を挙げても聞く耳持たず、約束を違えてこんなとこまで来て傷の手当てや飯炊きなんかしてる時点で、俺の言葉が理解できてるのかすら分からないんだけど。

「お前さ、マジで止めね?ココがどこだか本当に分かってる?行き帰り付け狙われたり、お前が来てるときに奇襲受けたら守ってやれないんだよ」

本当は直ぐに逃げ出すと思っていた。こんな血生臭い戦場、女が好んで居るような場所じゃない。最初は傷の手当てをと意気込んでいた***は怪我の酷さと出血の量、血の匂いが立ち込める室内にぶっ倒れて役に立たず邪魔者扱いされたことなんか何度もあった。それでも目を逸らすまいと顔面蒼白になりながら手当てをして、血まみれの着物を泣きながら洗っていたのを銀時は見てきた。
そんな事しか出来ないように***から戦う術を奪ったのは他でもない銀時自身だ。だから余計に居て欲しくなかった。絶対にそんな思いをさせたくないからと危険な賭けまでして遠ざけたのに、結果自分が***にあんな表情させていると思えば辛くて仕方なかった。
でも***は言ったのだ。平気だと。私が見ているものなんて比にならないほど、もっと酷い惨状をみんなは見ていると思えば堪えられる。それくらいしか私には出来ないからそれだけはさせて欲しいと。
そんな事を言われれば前回のように***から戦う術を奪い、言うことを聞かせようなんて無粋な真似は出来なかった。

「いいよ、自分の身は自分で守るし。それに一番に逃がしてくれるんでしょ?」

***は腰帯に差していた懐刀を撫で邪気の無い顔で笑った。
どこまでバカなんだろうか***は。もし、万が一が起こらないことなんてゼロじゃないのに。

「女の子が、んな物騒なもの…。いいか***、女が握っていい刀はいっこだけなの」

***は腰帯に差した懐刀を、銀時を見て首を傾げる。

「お前が今握ってるそれじゃねーよ、それは男が握るもんなの。女の唯一の刀は男のチン」

バカンっという音とともに顔面に強烈な痛みが走った。

「いってーッ!!!何しやがんだ、何で殴ったの!!?」

思わず一番痛む鼻に手をやればぬるつく生暖かい液体。痛む反面ムズムズする鼻からは血がたらりと流れ出ていた。

「銀ちゃんの脳内物騒!!何を言おうとしたの!?想像できる自分も怖いけど!!!」

顔を真っ赤にして怒鳴ってくる***の手には、さっきまで腰帯にあった鞘のついたままの懐刀。

「ちょ、物騒はお前だコノヤロー!!なんつーもんで殴ってんの!?ちょっと間違えば俺真っ二つだよ分かってる!?ああっクソッ、て言うかこれ鼻潰れてない!?」
「!ご…ごめ、」

我に返った***が溢れ出る血にわたわたとしだす。わたわたし過ぎてどうしたことか、着物の袖を鼻っ柱に押しつけてきた。きゅっと鼻を布越しに摘まれれば、じわりと着物に染み込み滲む血。
あーやべ、痛ェけどこいつのこういうとこスッゲエ好き。慌てるならまず手を出すなって話しなんだが一々過剰に反応し戸惑い行き場のない羞恥を露わにするのが、やっぱり女なんだと思わせてくれる。またそれ以上に、そういう会話をして恥ずかしいという気持ちが俺に対してあること自体が、多少は男として意識されていると思えた。

「ごめんで済んだら警察はいりませーん」

***は言葉に詰まり暫く悩む素振りを見せると、何か閃いたとばかりに鼻を摘む手とは反対の手を伸ばしてきた。何かと身構えれば***の手は頭の天辺に添えられゆるゆると動く。

「い…いたいのいたいのとんでいけー」

ぼそりと呟かれた言葉に何事かと思えば、顔を赤らめ恥ずかしそうにそっぽを向く***。

え…何してんのコイツ。
なんで顔が赤いの?恥ずかしいの?
恥ずかしいのはこっちだよ?そんな子ども騙しで有耶無耶にできる思われてるとか恥ずかしすぎるわ。
溜め息を吐けば一転し不安気な表情で何やらまた思案する***。そして今度こそとばかりに顔を輝かせるとぐっと距離が縮められた。

「お前さっきから何してんの?」

何してんのってか何してくれてんの?

「なにって、いたいのいたいのとんでけ?」

気がつけば***の匂いに包まれていて、柔らかい体と布越しに触れ合う。

「あのさ、前から言おうと思ってたけどそれ、いたいのいたいのとんでけじゃないから。ただの抱擁(ハグ)だから。男に無闇にしたら大変なことになるからね?分かってる?」

大変な事になるっていうか不意打ち過ぎてもうひとりの俺が大変な事になってるんだけど。

「大丈夫、これは先生と銀ちゃんと晋助とヅラにしかしたことないから」

いや大丈夫じゃないし!!
松陽は置いといても高杉とヅラも男だからな!!警戒心薄過ぎ。
それともアレか、男として見られていないってか?

「もう、無い頭捻って考えたのに。じゃあどうしたらいいの?」
「ホント使えないわお前の頭。もっとこう膝枕してお前の太腿揉ませてくれるとか、そこから見上げたときの胸の膨らみとかさもっとさーこう癒やそうとかいうサービス精神はないわけ?」
「……銀ちゃんさっきと言ってることが矛盾してる。下ネタ口にしないと死んじゃう病気か何かなの」

ゴミでも見るような目つきで***は銀時を一瞥すると、出血の収まった鼻から手を離した。
乾いて着物の袖を赤黒く染めている不快な色が視界に入り、銀時は舌打ちをひとつ零す。

「***、お前は男という生き物を知らなさすぎんだよ。難儀なヤツで頭と下半身が別の生き物だから。人生握ってんのは下半身の方だから、これマジだから。幻想抱いたらいけねぇよ」
「なにそれ、幻想抱く以前に男性不信になりそうなんだけど」
「男性不信?なれよ。いっそなっちまえ。そしたらこんな男しかいない場所に足繁く通う気なんてなくなるだろう」
「ひどいっ…!結婚できなかったら銀ちゃんのせいだからね」

ムッとむくれ顔になり消毒液を含ませた脱脂綿で鼻の周辺を拭かれた。アルコールが蒸発してひやりとする感覚に鼻がむずむずする。

「安心しろ。お前みてーなお転婆暴力娘、そもそも嫁の貰い手自体がねーから」
「そ、そんなこと分かんないよ?世界は広いんだから受け入れてくれる人は絶対ひとりくらいいるはず…!」
「え、なにお前自覚あったんだ。自覚あってその態度はねェだろ。俺のせいにする前にちょっとは女の子らしくめそめそ泣くくれェの可愛いとこ見してくんない」

隠れて泣くんじゃなくて昔みたいに鬱陶しいくらい俺にすがりついてこい。

「とにかくよォ俺が言いてェのは、女の子は命を生んで育てるのが仕事ってこと。だからんな無闇にそんなもの抜くんじゃねェよ。分かったか」

懐刀を握る***の手に手を重ねてそっと包み込む。この手が命ある者を斬り血に濡れることだけはあってはならない。何のために***が戦えないことに泣いているのか、そんな***を見て俺が痛い思いをしているのか。全ては***に汚れて欲しくなんかないから。






俺(私)の思いは伝わっていますか?

♭16/09/25(日)
♭16/12/31(土)加筆修正

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