鉄樹開花


「真選組にいるのはみんなに会いたかったから、話しがしたかったから」

刀を手放したくない。高杉や桂と話がしたい。なにより行方知れずの銀時の事を知っているのは2人しかいない。ならば攘夷浪士との接触率の高い、武装警察にいて損はないだろうと踏んだ。

「そういう晋助こそ、あの刀はなんなの。似蔵に2人を襲わせて一体何を考えているの」

憎まれ口を叩き、いがみ合っていたって平気で命を奪い合うような仲じゃなかった。何の意図があってあんな酷いことをしたのか抗議の意で睨みつければ高杉は手にした警察手帳を放り***の刀を鞘から引き抜いた。

「別に俺が指示した訳じゃねェよ、似蔵の奴が勝手にしたことだ」

研がれた刀身が薄暗い部屋を照らす灯りに反射してぎらつく。鈍い光に高杉は目を細めた。

「***、お前は紅桜とやり合ったか」
「べにざくら?」
「血が似合う刀だったろう。あれで江戸中真っ赤に染めてやろうと思ってなァ」

目を爛々と光らせ嬉々として笑う高杉に背筋が凍った。

「まさか…」

血が似合う刀身。桜色に閃いた似蔵の刀は確かに既に血塗られたような色をしていた。

「人口知能が組み込まれた刀でな、戦闘データを元に一振りが戦艦並に成長していく兵器だ」

戦艦並の兵器。そんなもので襲われたら人間は一溜まりもない。

「なに、考えてるの晋助」

刀を眺め高杉は何も答えようとしない。

「晋助…っ!」

高杉は***の言葉を無視すると手にした二尺にも満たない脇差し長の刀を***の鼻先に振り下ろした。黙れとばかりに。

「お前ェも良い刀持ってんじゃねェか」

高杉の握った***の刀は刀身に樋が入っており、強度を落とさずに重さを軽減する工夫がされていた。鍔にかけられた下緒は腕にかけ握ることで、握力の弱さをカバーでき斬撃の威力を増すこともできる。

「それに加え貫級刀か」

銀時の手当てに裂いて短くなった着物の裾を刀の先で捲り上げられ、腿に巻きつけ潜ませていた武器が露わになる。女が戦う上で何を伸ばすべきか悩んだ末に辿り着いた答え。男にはどうしたって適わないものは全て捨てることだった。力も、持久力もてんで適わない。唯一生かせるもの、絶対的に男に勝る身の軽さをひたすら磨き生かす為、刀を軽くした。斬撃が軽くなってしまわないよう、それをカバーするために鍔に手貫緒をかけた。

「よく考えたと言ってやりてェが今更こんなの握って何になる。腐った国の犬に成り下がったお前ェに必要あんのか」

あるのかと言われたら、きっと必要のないもの。でも、これを手放したら私は私じゃいられなくなる。

「じゃあ聞くけど、だったら何で帰ってこなかったの。ずっと待ってた、置いてかれても堪えたよ私。なのに、みんな…、待ってたのに帰ってこなかったじゃない!!」

分かってる。帰ってこなかったんじゃなくて帰って来られなかったことくらい。ちゃんと分かっていても寂しくてたまらくて我慢し続けた心は本人を前にすると言うことを利かず、雪崩のように責める言葉が転がり出てくる。

「私達仲間でしょ…、家族でしょう!!……っ…無事なら帰ってきて欲しかった、生きてるなら傍にいて痛みを分かち合いたかった!!なんでよ…!」
「分かち合う…?知りもしないのに容易く口にすんじゃねェ!」
「知らないよ…だって一緒に行かなかったもん。それに誰も教えに帰ってきてくれなかった」

誰も、誰一人戦争が終結しても帰ってこなかった。でもだからってみんなが悪いわけではないし、私が悪くないわけじゃない。目に見えて指摘されるほどに戦えるだけの力も覚悟も足りず、みんなを支えるだけの力もないから黙って置いて行かれた。
でももう待つだけの辛い時間は沢山だった。

「だから自分で探したの…」
「……探した?」
「…みんなを、答えを」

***はずっと帰らないみんなを捜して戦場跡を巡り戦いが残したであろう爪跡を見てきた。都会であれば大きな戦争があったなんて知りようがないくらい跡形もなくなっていが、田舎まで足を伸ばせば手付かずのまま放置され時には骨が転がったままの場所もあった。年月がいくら経とうと消えない深い爪跡でさえ酷いのに、共に味わえなかった痛みはどんなものだったのか想像しかできない。
痛みを拾いながらただただ探して辿り着いた答え。

失ったものが多すぎて誰も戻れない。
失ったものが確かにあった、刻まれた場所に、平然と戻れなかったんだ。

「私が待ってるって分かっても帰らなかったのは、そういうことだよね?」

先生はもういない。

高杉の拳が手のひらに爪が食い込むほどにきつく握り締められる。その拳が如実に語っていた。***の言葉が正しいと。

「***、お前はそれを分かっていて幕府なんぞの犬になったのか」

静かな怒りだった。

「ふざけるなよ」

徐に立ち上がったと思えば、うつ伏せになっていたお腹の下に足を無理矢理入れられ、そのまま力いっぱい蹴飛ばされ押し上げられられた身体が転がり仰向けになる。

「――っああ!!」

強烈な痛みが腹から伝わってくる。痛みに悶えていれば頭の横に***の刀が突き立てられ、傍らにしゃがみ込んだ高杉の激しい怒りを露わにした瞳と至近距離で目が合った。

「自分の親や師を殺した奴らの犬に成り下がるなんざお前ェにはプライドの欠片もねェのか!!見下げ果てた女だなァ」
「ちがう…、あたしはそんなつもりじゃ」
「違わねェだろうが!!」

俺も銀時もヅラも、そして***お前も。
俺達はあの人の命と引き換えに生き残り、片や***はその全てを踏みにじった奴らの下についた。どいつもこいつも最低だ。全部ぶっ壊れちまえばいい!

「晋助…」
「そんな尻軽女だから銀時に愛想つかされンだよ」
「…あいそ、?」
「知らねーとでも思ってたのか、オメー等2人が男女の関係になってたこと」

心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃が走った。

「なん、で」

誰も知らない、ふたりだけの密事だと思っていた。だって銀ちゃんはそういうことをする時以外は普段と変わらず接してきたから。

「お前ェ俺達が何も言わずに拠点移動したと思ってんだろ」

少しでも力になれればと飯炊きに洗濯、傷の手当て、男手しかなく手の回らない家事全般を世話するために***は銀時との約束を破って戦場の近く、拠点になる場所まで足繁く通った。
顔を合わせる度に銀時からはとっとと帰れと嫌そうな顔をされ続け、よく分からない関係のまま無理やり体を繋げさせられた。最終的には物みたいに扱われてそれっきり。

「お前がまた愚図るだろうからって銀時が責任持ってお前に伝えるって言ったんだよ。なのにお前ェは知らなかった。意味分かんだろう」

パズルのようにピースとピースを重ね合わせれば容易に答えが出てくる。

「……なんだそう、そっか」

ずっと思ってた。そうじゃなければいいって。でも何処かで帰ってこない理由はそうなんじゃないかって薄々分かってた。答え合わせなんてしたくなかったのに、有耶無耶にしておきたかった部分に晋助の言葉がすんなりと当てはまってしまった。

銀ちゃんは私に会いたくないんだ

何処かで覚悟していたのに確証を得れば悲しくて胸が痛んだ。自分はこんなに会いたくて会いたくてたまらないのに、相手は全く真逆のことを思っているのだと知れば気持ちが空回りして虚しくなる。

「よかった、会いに行かなくて」

銀時を見つけるのは簡単だった。
「坂田銀時って知りませんか」ひとことそう聞けば「ああ、万事屋の旦那ねえ。依頼かなにかかい?」親切丁寧に万事屋の旦那なる人の家を教えてくれた。万事屋の旦那というワードが気になって幾人にも尋ねれば、どの人も笑って「万事屋銀ちゃん」なる何でも屋について教えてくれた。
教えられた通りに万事屋銀ちゃんを探せばスナックの二階に掲げられた大きな看板。それを認めれば、生きていてくれたことに胸が弾んで嬉しくてどうしようもなかった。
この離れていた十年、一体どんな生活を送ってきたのか、どんな人達と過ごしてきたのか。話したいことが沢山あった。そして何より一番伝えたかったのは、あの時言えなかった言葉。

――あなたが好きです。隣に一緒にいさせてください。

どんな関係でも、ただ隣にいられればいい。そんな気持ちでずっと言えなかった言葉。でも離れて後悔をした。戦争なんていつ死ぬか分からない、もう会えないかもしれないのになんで伝えなかったのかと。だからもし彼が生きていてまた出会うことができたなら伝えたかった。どんな結果になろうと伝えないことで生まれる後悔がないように。でもそんな決意も勇気もいざ銀時を見つければ萎んでいった。
平穏に自分の知らない人達に囲まれ今を生きている姿を見れば、攘夷戦争を過去の痛みを思い出させてしまう私が傍に行くことは果たして彼の幸せなのか。
永らく離れ寂しい会いたいという自分の気持ちしか認識できていなかったけど、別れの挨拶すらせずいなくなってしまった彼にとって果たして私という存在は必要なのか?十年も帰ってこなかった彼は私に逢いたいなんて思っているの?
会いたいという自分の独り善がりな気持ちが銀時の足を引っ張るんじゃないかと思えばそこから動けなくなった。
なにより“お前なんかいらない”そう言われるのが一番怖くて。

「晋助、教えてくれてありがとう」
「ありがとうか…クッ、殊勝なこどだなァ」
「殊勝?そんな可愛いもんじゃないけど。手が縛られてなきゃ殴りたい気分」

高杉の言葉が例え怒りをぶつけようとしたものだとしても、何も知らないままでいるよりは良かった。
真選組と万事屋、こんな近くにいて今後関わらないでいられることなんて絶対にない。ついさっきだってあんなに近くで彼に触れた。頭を撫でてくれた大きな手、全て包み込んでくれる腕に、寄りかかったってしっかり受け止めてくれる安心する胸板。目の前にいて自分を抑える術なんてきっとない。だから高杉の言葉は大きなブレーキになってくれるはず。もう変な期待を持たずに済むんだたから。




鉄の樹から花は咲かない

♭16/08/15(月)

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