紅い弾丸


「銀さんの様子は、大丈夫ですか?」
「血が止まらない。早く適切な処置をしないと」

意識が無く浅い呼吸を繰り返していて、出血も一向に収まらない。ついさっき巻いたはずの着物もすっかり血で染まりきっていて、傷口を押さえる手も真っ赤に濡れてしまっていた。

悔しい。力をつけたはずなのに手も足も出ず、銀ちゃんをこんな目に遭わせた相手に一太刀も浴びせることが出来なかった。
傷口を押さえる手に無意識に力が籠もり、銀時は急にかけられた力に小さく呻き顔が痛みに歪む。

「ちょっと、力入れすぎですよ!?銀さん痛がってます!!」
「え?!あ、…ごめんなさい」

パッと手を離せば、新八が文句を言いながら代わってくれた。
***は同心達が担架を持ち近づいてくるのが見えると、その様子を後目に立ち上がり歩き出す。

「どこに行くんですか?あなたも酷い怪我をされているはずです。病院に」
「私はしなきゃいけないことがあるから」
「まさか、似蔵を追うつもりじゃ…」

本当は離れがたい。苦しんでいる時に傍にいたい。でもそれじゃ十年前と何も変わらないの。一緒に戦えるだけの力をつけたはずなのに、何も出来なかったことを悔いるだけで行動しないのは間違っている。
そして何より私は警察、真選組の隊士で市民を守るのが仕事。だったら今やるべきは似蔵を追うことだ。
銀ちゃんの側には新八くんがいるから大丈夫。

「ねえ、あなたお名前は?」
「志村、志村新八です」
「じゃあ新八くんお願い。そこの銀髪の彼が目を覚ましたら伝えて。巻き込んでごめんなさいって…あと、助けてくれてありがとうって」
「あ、ちょっとまって…」

このまま行かせてはいけないと新八が声を上げるも、すぐ側まで来ていた同心に呼び止められ、気がついたときには***の姿はもうなかった。



 * * *



ぶり返したお腹の痛みにもたつきながら追っていれば、いつしかその背は見えなくなっていた。仕方なく周辺を探っていれば港に辿り着いた。

「ここは…」

あまり警備の行き届いていない治安の悪い寂れた薄暗い場所。そこにこの場には不釣り合いな大きな一隻の船が碇泊している。辺りには見張りか帯刀した男共がうようよいた。

「おいおい聞いたかよ、さっき岡田のヤロー帰ってきたと思ったら」
「片腕吹っ飛ばされてたんだろ!!きいたきいた。アイツの腕を飛ばすなんざ、どこのどいつか」
「それなんだがよ、アレが幕府の犬共にバレたんじゃねぇかって」
「それマズいんじゃ…」

話し声が聞こえてきて、耳を澄ませば不穏な会話。どうやらここで間違い無さそうだ。一体どうやって忍び込もうかなんて思うも、かなりの見張りがいて迚もじゃないが隙なんてない。一旦真選組に報せに戻った方が賢明だろう。
それにしても“アレ”とはまさか、似蔵の持っていた異形の刀の事なのか。もう少し何か情報を聞けないかと興味を示せば、パキッと何かを踏んだ音。自分の足下を見るも其れらしい物はない。首を傾げていれば近寄ってくる足音。それは前からで、月明かりに照らされた地面に影が数個、ユラユラ揺れながら次第に大きくなってくる。

「オイ女、此処で何している」

顔を上げれば数人の帯刀した柄の悪そうな浪士。明らかにあの船の船員さんらしい風体。最悪だ。真選組に報せに戻ることが出来なくなってしまった。

「…え、えぇっと、、あ、あの私鬼兵隊に入りたくてその、あのォ…」

咄嗟に口をついて出た嘘に自分でもこれはナイと思った。こんなんで切り抜けられるわけ

「アァン?そうなのか。総督に会わせてやる。ついてこい」

え、あれ、これ切り抜けられる?ウソ。簡単すぎるよ鬼兵隊!!大丈夫なの晋助!?
半信半疑だったがここで踵を返せば返って怪しまれてしまう。仕方なく下っ端浪士について船の乗り口まで行けば、容易に乗り込む事が出来た。最大の難関をこうも簡単に突破してしまい拍子抜けしていたときだ。

「んじゃあまあ得物寄越しな」
「……へ?」

ぬっと眼前に伸びる手。明らかに腰に差した大刀を掴み、抜き去ろうとしてきた。

「え、あの、ちょっとコレは…、武士の魂なので他人にお渡しするわけには、あっ!!」

周りにいた別の男に止めようとした腕を掴まれ、それはスルリと腰帯から抜けていく。

ちょっとオオオオ!!!
追い剥ぎか己らは!!!
資金難なんですかッ!?
売ったってそれほど値打ちあるものじゃありませんよ!!!
てかもう攘夷浪士とかじゃなくてただの犯罪者じゃないか!!窃盗罪の現行犯んん!!

「総督に会わせるんだ。それなりの対応させてもらうぜ」
「ああ、それから身体検査も」
「ちょ、なにを」
「危ないもの持ってたらいけないしなァ」

気がつけば両脇を男2人に固められ自由を奪われていて、正面にいる男が下卑た笑みを浮かべ両手を伸ばしてくる。そこで男達の意図に気がついた。
浪士の集まりが船に詰め込まれれば、ムサい野郎共と顔を突き合わせるだけで碌に女も抱けない。指名手配犯の集団となれば尚更。廓にも出向けず劣情は溜まりに溜まっているだろう。それを晴らすために乱暴でもする気のようだ。

汚らわしい顔を、手を近づけてくる男に顔が引きつる。後少しで男の手がたわわに実った***の双丘を鷲掴む寸前、最大に気の弛む瞬間を狙って足を真上へ蹴り上げた。

「ガフッ!!」

爪先が顎にクリーンヒットする。がくりと崩れ落ちそうになる男の頭を踏み台に、鉄棒を逆上がりするように身体を跳ね上げる。お腹に力を入れると、ズキリと痛んだが気になんかしていられない。
脇を固める男共は突然の事に何が起こったのか分からず、ぽかんとしている。その隙に捕まえられていた腕を抜き去ると、2人の背後に降り立ち脳天にグーぱんちをくれてやった。

「たっく、いつの世も変わらないんだから」

床に伸びる男達の下敷きになった自分の刀を見つけ、しゃがんで掴んだときだ。ゴツリと後頭部に硬い何かが押し付けられた。

「おい、頭に風穴空けられたくなけりゃ大人しく手ェ後ろに回しなァ」

一難去ってまた一難。後ろから女の声で脅される。さらなる危機的状況に頭を抱えたくなった。
言われた通り背に手を回せば握った愛刀を分捕られ、両手をぐるぐるに縄で縛られる。警察がお縄って…

「あんた何者っスか?船内まで潜り込みやがって」

肩を掴まれくるりと反転させられれば、声の主と目があった。ピンクの露出の多い着物に身を包んだ、金髪の華やかな女性。紅い弾丸の来島また子だ。

「あの私、鬼兵隊に入隊したくて来た浪士なんです。高杉総督に会わせてくれると言うのでついてきたら、この男性方がいきなり乱暴しようとしてきて」

いける。男ならまだしも女相手ならこれで同情を誘えるはずだ。それに半分は嘘だけど半分は本当だし。しかしそんな甘い考えは通用しなかった。

「ふーん。真選組が潜入捜査ですか」
「そう、真選組が…え?」

いつの間にか来島また子の手には、警察手帳。どうやら早いのは撃ち方だけではないようだ。

「ふざけんなよこのクソアマがァ!!!この来島また子の目を誤魔化せると思っていたっスかァ?ただの浪士如きがこの場所知れるとでも思ってんっスか?あァン!?」

また子は***の髪を鷲掴みにすると無理矢理立たせ、そのままぐいぐいと引っ張り歩き出した。

「いだだだだッ!!!また子さん痛い。まって、同じ女なら分かりませんか、髪の毛は女の命ですよ!!ちょ本当痛いぃ!!!ハゲるッ」
「うるさいっスよ!!止めてやりましょうか、その喚きと一緒に息の根」

片手に持ったままの銃口が額に押し付けられる。

「いえ、結構です。黙ります。すみませんでした」

そうして痛みに耐え引きずられること数分。ある一室の前に着いた。
また子は***の髪の毛から手を離すと何やら鏡をとりだして、写った自分と睨めっこをしだす。
***は***で昔言われた嫌な事を思い出していた。





突風過ぎたら嵐がきました

♭16/03/06(日)

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