朱に染まる銀


目の前で激しい剣戟が繰り広げられていた。
いつの間にか男の編み笠は外れ、素顔が露わになっている。その顔には見覚えがあった。岡田似蔵。高杉擁する鬼兵隊に所属する盲目の人斬り。真選組にいれば嫌でも耳に入ってくる過激攘夷浪士のひとりだ。

似蔵の握った刀はいつしか生き物のように変貌し、腕と刀が管で繋がる様はまるで腕そのものが一本の大きな刀になったかのようで。***が相対していた時とは速さも、動きも何もかもが全く違った。
あれでは助けに入ろうにも足手纏いにしかなれない。それに、死にかけた事に対する恐怖が今更、身体を竦ませ震わせていた。

「銀ちゃん…」

自分とは比べものにならない程に、どれだけ彼が強いか知っていても不安で、口を吐いて出た呟きは夜風に運ばれ傍に立つ新八の耳に届いていて。
つい先ほど会ったばかりで自己紹介どころか碌に会話すらしていないのに、親しみを感じさせる名前の呼び方に新八は首を傾げた。似蔵と激しい鍔迫り合いを演じる銀時を見る目は、明らかに親しい人の無事を願うもので、今日万事屋を訪れたエリザベスを彷彿させる。
どこかで会ったか?と記憶を探るも該当する人物はいなくて。あとは新八と出会う以前の知り合いか。

新八がそんな思案を巡らせている間にも、似蔵というよりは化け物の刀が銀時を圧倒していく。気がついた時には橋が物凄い音を立てて刀に破壊され、それに巻き込まれた銀時は川の浅瀬に叩きつけられていた。


似蔵はそんな銀時を嘲笑うかのように橋の上から見下ろす。

固唾を呑んで見守っていた***は、その様子に嫌なものを感じた。
明らかに違う。
数分前に***に向けられた感情は逃げる獲物を追い詰め狩る事を楽しむもの。でも今、銀時に向けられる感情は同じ愉悦を含むも、もっと強烈な何か、確固たる意志を感じた。楽しむ殺意ではなく、怒りのような殺意。
自分に向けられたわけではないのに、勝手にふるりと身体が震えた。

大丈夫、銀ちゃんなら。
絶対に死んだりしない。

根拠なんてあるわけないのに、そう思い込もうとしていて。それでも、尋常ではない化け物のような似蔵の強さに不安も大きくなっていく。

いいの?このままここで震えて守られているだけで。
私はなんの為に刀を握ったの。
何のために真選組にいるの。
何がしたくて今此処にいるの。

自問していれは至極簡単に思い至る答え。

十年前、先生が謂われのない罪で幕府御徒衆に捕らわれた時、***は戦争へと身を投じる者達を見送ることしか出来なかった。大切な人達が傷つくと分かっていながらただ見ているだけ。不安を抱えて待つ苦痛も、守られるだけの存在である自分も何もかもが嫌だった。
だから、力を求めて刀を握った。みんなの隣に肩を並べて立ち、同じ景色を見て一緒に歩きたいから。
だったら迷う暇も、必要も無い。

答えが見つかれば不思議とさっきまであった身体の強張りや竦みがとれていて、恐れも不安もなかった。今あるのは守られることに対する嫌悪と、自分を奮い立たせる思いだけ。

刀を腰に差し直し刀の脱落を防ぐために、手貫緒の代わりに下緒を使う。あれだけの力だ。受け流すにも触れただけで手から弾き飛ばされる可能性がある。
下げ緒に腕を通し刀を抜こうとした時だ。それを止めるように右手を握られた。

「ちょっと、何してるんですかッ!」

それは***が無意識に守った少年で。まじっと顔を覗き込めば、満月に照らされた顔は一方的によく見知った顔。
万事屋の、銀ちゃんの家族。
さっき自分が何を守ったのか理解すれば、嬉しくて誇らしい気持ちになった。銀ちゃんの世界を守ったんだから。

「解ってるんですか、相手は人斬りですよ」
「大丈夫。こう見えても警察だから」

心配そうな顔をする少年、新八に「市民を守るのが仕事」と告げれば困惑気味な表情をされた。そっと握られた手を外し抜刀すると、足を進め切っ先を似蔵へと定める。

「岡田!!」

正に銀時に向かって刀を振り上げ、橋下へ飛び込もうとする似蔵の背めがけて貫級刀を投げつける。そちらに気をそらした隙に懐へと入れば、がら空きの似蔵より早く反応した紅桜の触手が刀に絡みついてきた。

「くっ…!」

予想外のそれに引き剥がそうとするも、軽々と刀ごと身体を振り回され橋下へと投げ出され。受け身も取れずにばしゃりとしたたか川面に叩きつけられるが、痛みに目をつぶる暇なんかない。すぐさま体勢を立て直し触手の離れた刀を構え直せば追うように飛び込んでくる似蔵。
***の身体に突き立てようと迫ってくる刃を、小さい動きで避ければすぐ側で水しぶきが上がる。刀先が浅い水底に刺さり動けない似蔵に近距離で貫級刀を突き立てようと左腕を振るうも、やはり触手が邪魔をした。

「にょろにょろにょろにょろ!!蛇か鬱陶しいッ!!」

刀で左手に絡まる触手を切り離し距離を取ろうと後ろに飛び退けば、似蔵の背後に影が飛び込んできた。それは木刀を構えた銀時で、似蔵の背に向かい無言で振り抜く姿勢を取っている。
目の前の***に夢中だからか、上がった水しぶきに一時的に感覚が邪魔されているのか、似蔵は全く気がついた様子はなかった。だったら何が何でも悟らせてなるもんか。

「鬱陶しいのはあんただよ…引っ込んでなァ!!」

似蔵は刀を引き抜くよりも先に、間合いから逃げようとする***を狙って腹目掛けて蹴りを入れてきた。

「!!…っ」

似蔵に銀時の動きを悟らせまいと気を逸らさせないよう、躱す事もせず受け身を取るも途方もない力で腹部にめり込んでくるそれに、吹っ飛ばされた身体は川面を派手に転がった。

「っうああ…!!」

川底に転がる石に至る所を打ちつけできた打撲や切り傷に、水が染みてピリピリ痛む。でもそれ以上に、尋常ではない威力の蹴りが命中したお腹はもっと痛かった。起き上がろうにもあまりの痛みに動けない。
かろうじで動く首を巡らせれば、倒れた似蔵に木刀を構える銀時が目に入った。

「喧嘩は剣だけでやるもんじゃねーんだよ」

やった。と思うのも束の間。振りかぶった木刀に絡みつく触手。蹴りを入れられた銀時はバランスを崩し、ばしゃばしゃと飛沫をあげ距離をとるも。

「喧嘩じゃない、殺し合いだろうよ」

物凄い音がした。
距離を一瞬で詰めた似蔵の刀が銀時の木刀をへし折り、力に押し負けた身体が石の橋脚へと叩きつけられる。

「ぐふぅ!!」

無惨に折られた木刀が宙を舞い、水面を叩き底へと沈んだ。

「ぐっ…」

立ち上がろうとするも、銀時の胸元から血が噴き出て、白い着物を、川の水を真っ赤に染め上げる。それは直ぐに流水に薄まっていくも、バシャりと水面が水波を立てるほどの出血で。

「オイオイ、これヤベ…」

傷に気を取られている間に、追い討ちを掛けるように迫った似蔵の刀は、背にした石壁にヒビを入れるほどの衝撃で銀時の脇腹に突き立てられた。

「銀さんん!!!!」

新八の叫声がその場に響く。

一連の出来事はあっという間の事で、***は何が起きたのか分からなかった。現状が呑み込めず、まるで違う世界にいるかのようにすら感じられ、さっきまで痛くて堪らなかった腹部の痛みが引いていく。逆に全身が熱くなり、じわじわと現状を理解していく頭に血が昇り、ズキズキと痛くなる。
右手に握った刀を支えに、力の入らない身体に不思議に思いつつもふらりと立ち上がれば、似蔵目掛けて走っていた。

***にすぐさま反応した似蔵は、銀時の身体から紅桜を引き抜こうとするも、刀身を掴む彼の手がそれを許さなかった。

「!」
「剣が折れたって?剣ならまだあるぜ、とっておきのが…」

心臓を狙い突きの構えをとる。人を殺してしまうとかそんなこと頭になくて、喪失への恐怖を振り払おうとする気持ちだけで精一杯だった。

「白夜叉ァ、忘れたのか?紅桜はただの剣じゃあない。刀身を捕まえたくらいでいい気になるんじゃないよ」

似蔵は口元を歪めると、より深く銀時の身体に刃を突き刺した。

「…ぐああぁ…!」

銀時の苦痛に上げられた声に怯んだ***の切っ先は、似蔵に避けるだけの暇を与え、身体に掠るも目的は達することなく空を切る。

「引いて駄目なら押してみろって言うだろう。残念だったねェ」

ズブリと突き刺さるそれに、さらに溢れる血。力なく俯く銀時に、愕然とした。

「ぁ、…やっ…銀ちゃんッ!!」

刀を引き抜こうとする似蔵に、その腕にしがみついた。いまこんな近くで抜かれたら殺される。という思いより、血が噴き出るんじゃないかという恐怖からだった。

「お嬢さん、それは無意味だろう」

なにが、と思う間もなく腕に、締めるように首に絡みついてくる触手。

「くっ、」
「ホラとっとと離しな」

ギリギリと首を締めてくるそれに、引き剥がそうと両手を首もとに持っていった時だ。

「あ゛ああああああ!!!!!」
「…!!」

***と似蔵の間を切り裂くように、一筋の刃が月の明かりに閃めいた。黒い影が宙を舞い似蔵の右肩から血が噴き出す。
同時に***に絡みついていた紅桜の触手は消失し、銀時の身体に突き立てられていた刀も質量を減らしするりと滑り落ちる。支えを失った身体はふらりと揺らぐと、***の背中に崩れ落ちてきた。

「アララ、腕がとれちまったよ。ひどいことするね、僕」

似蔵にとっては片腕がもがれたことはどうとでもないことなのか、余裕綽々と笑った。

「それ以上来てみろォォ!!次は左手をもらう!!」

似蔵の腕を切り落とした新八は、銀時と***を庇うように刀を向けたまま睨み合う。
***は急に背にもたれ掛かかってきた温かい重みに潰されそうになるも、耳にかかる浅い呼吸と背中にじわりと染みてくる命の熱に手当をしなければとゆっくりと横たわらせた。
着物の裾を裂き血の溢れる腹部に巻きつける。大した手当にもならないが無いよりましだ。

そうこうしているうちに騒ぎを聞きつけた同心が呼び子を鳴らし、わらわらと人が集まってくる。

「チッ、うるさいのが来ちまった。勝負はお預けだな。まァまた機会があったらやり合おうや」

矢継ぎ早に告げた似蔵は紅桜を残った左手で拾うと、血を滴らせながらも同心達から逃げるように夜の闇へと駆け出していた。




少しだけ触れた貴方の世界

♭16/03/04(金)

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