逢いたくなかった貴方


今朝早くから万事屋へ訪れた白いペットのような魔物のような…とにかくエリザベスがここ数日、桂が行方不明で血にまみれた彼の所持品を見つけたと駆け込んできた。
何かあったのではないかと危惧するエリザベスと一緒に、別件の依頼に向かった銀時を除く万事屋2人は桂の行方を追っていた。

神楽は定春と調査に、新八はエリザベスと最近多発している辻斬りについて調査を。
辻斬りが出没する近辺で張り込み続け、空はとっくの昔に暮れていた。

路地裏に潜み、通りを観察するにも、辻斬り出没で町人も警戒しているせいか人っ子ひとり通らない。こんな標的もいない状態で辻斬りは果たして現れるのだろうか。そもそも桂さんが辻斬りなんかに負けるわけがない。考え出せばこの張り込みに意味があるのか、もっと違うことを調べた方が良いのではないか。新八がそんな風に思った時だった。

男の笑い声と時折響く甲高い金属音が、耳に入ってきた。何事かと耳を澄ませばふたつの足音と共にそれは次第に大きくなってくる。

新八は傍にいたエリザベスへ目配せすると、エリザベスもこくりと頷いた。2人して通りに出て確認しようと首を出せば、目の前に女が躍り出てくる。驚きに声を上げる間もなく、女は鞘から抜いてもいない刀を右手に、どこに隠し持っているのか、貫級刀を数本左手に構え前へ投擲する。
それが耳障りな音に弾かれ、方向を翻しこっちに向かってきた。

「え゛…ちょ、うそおおお!!!」

狭い路地に避ける間もなく、弾く獲物もない新八は頭を抱えるしかなくて、衝撃に備えて目を瞑った。



 * * *



しつこい。余りにもしつこすぎる。
まるで発信機か何かを仕込まれたんじゃないかというレベルのしつこさ。

顎目掛けて刀の柄頭で殴ったまでは良かった。仰け反った男の左半身に振り抜いた刀をぶつけ、全体重をかける勢いで体当たりをし、駆け抜けようとした時だ。ふと胸騒ぎがして振り返れば、体勢を崩しながらも編み笠から覗く弧をかく口元。刀を握る男の右手は強く握られ、何だと思う間もなく突きが繰り出された。

「――ッ!!」

肉迫する切っ先にとっさに屈むも、頭に乗せた懐中電灯を括り付けていた手貫緒に掠ったのか、派手な音を立てて地面に転げ落ちる。その音に反応し、ピクリと動きを止めた男に、しめたと足に蹴りを入れれば、呆気なく転んだ。
今しかないと懐中電灯を拾うこともせず、焦る気持ちと共に一目散に駆け出した。


暫く走りもう大丈夫だろうと路地裏で息を整えていると、聞き覚えのある足音。
嘘だ、なんで。隠れる時には姿なんてなかったのに。

「クククッ…そこに居るのは分かってる。出てきたらどうだい?」

まるで面白い玩具を見つけ遊んでいるかのような陽気な声に、堪らなく悔しくなる。こっちはこんなに一生懸命なのに。

「来ないならこっちから行くよ!!」

ザッと地を蹴る音がした。
咄嗟に隠し持っている貫級刀を数本、男の現れるだろう路地の入り口に向かって力一杯投げつける。あとはさっきと一緒。逆方向から道へと出ると、貫級刀が弾かれる音を後目にひたすら走った。

走っても隠れても、どうしても見つかる。いい加減もう持久戦に入って体はくたくただった。遂に隠れることも出来ないくらいに男との距離は縮まり、貫級刀を撃っては弾かれる間に距離を取るという、意味のないことを繰り返すだけ。それでもこんな人斬り狂いの手にかかって死んでなんかやるもんかと意地だけで、ひたすら体を動かしていた。

足も走り続けたせいで、もつれては踏ん張りを繰り返していた。もう逃げたって仕方ない。馬鹿みたいに体力を消費して同じ事を繰り返すよりは、危ない橋を渡ってでも攻めに転じた方がいい。逃げる体勢を変え男に向き直ると、ぐっと刀を握り貫級刀を数本構えた。男も立ち止まり、ニヤリと口角を上げる。

「クククッ、いい光持ってるなァ。それを今からキレイに灯して消してやるよ」

構えた貫級刀を放ち、隙を作ったかの様に見せ油断を誘うため、刀を大きく引いて踏み出す。

「ガラあきだねェ!!」

男も容易に貫級刀を弾くと刀を向けて突っ込んでくる。

かかった!!
人は油断をすると守りが緩くなる。相手を格下に見ていて更にトドメとなれば、もうだるんだるんだ。目の前の辻斬りも例に漏れずやはり人間だったようだ。
大きく振り上げられた刀に、空いた脇。この一瞬を逃すものかと***は鞘のついた使えない刀を男の顔めがけて投げつけ、左手に一本だけ投げなかった貫級刀を逆手に握る。
あと少し、間合いに入れば…

「え゛…ちょ、うそおおお!!!」

それは男の子の声に遮られた。
注意がそちらにそれ、視界に入ったのは男に弾かれた自分の貫級刀が今にも、眼鏡をかけた少年に突き刺さろうとしている現状。もう無意識だった。
武器が無くなるとか、男の間合いに入りすぎてるとか、斬り殺されるとか頭にはなくて。
握った貫級刀が放たれていた。

キンと火花を散らして勢いが相殺された2本の貫級刀は地面に落下する。
ホッとするのも束の間。目の前には桜色の刃が迫っていた。

あ、やばい。

どうすることも出来ずに冷や汗がどっと溢れて未だ知らぬ痛みに奥歯を噛み、目を瞑った。

ギュッと体に走る締め付けられるような感覚。それはあったかくて、血が出てるのかななんて思うも、鉄錆みたいな臭いじゃなくて、ホッとするような甘い香りがした。
なに?と薄目を開ければ、黒いインナーと白い着流しが目に入る。よく見ればそこに自分は頬を押し付け、抱き寄せられていて。上を見上げれば、精悍な顔付きをした男性。髪の毛は珍しい銀髪で、くるくると癖っ毛の天然パーマ。真っ直ぐに前に居るであろう辻斬りを見据える瞳は、紅玉を嵌め込んだかのように綺麗な色を放っていた。

「オイオイ。妖刀を捜してこんな所まで来てみりゃ、どっかで見たツラじゃねーか」

女追っかけまわして、ストーカーに転職かァ。んな物騒なもの握った人斬りにゃ向かねーよ。

なんて冗談めかした口調で目の前の辻斬りに軽口を叩きながら、***の体を抱き寄せていた腕が、暖かい体温が離れていく。

「下がってな」

ぽんぽんと安心させるように頭を撫でられ、ニッと笑顔を向けられた。

そこでやっと状況が飲み込めた。

銀ちゃんだ、ああ目の前に銀ちゃんがいる。
誰よりも、逢いたくて逢いたくてたまらなくて、でも一番逢いたくなかった人が。
矛盾した思いと目の前にいる存在の懐かしさに身体が震え、昨日見た夢の続きが、正面に立つ男の背中に呼応するかのように鮮明に蘇ってきた。



 * * *



あれからどれくらいの時間が経ったのか。痛いのが快楽になるまで、快楽が苦痛に感じるまで攻め立てられた身体は、動かすことも泣くことすらも碌に出来ず布団の上に横たわるだけ。傍らで同じように疲れ果てて眠る銀時は、背を向けている。
まるで拒絶を表すかのようないつもと違いすぎる態度に、触れたいのに触れられない。今まであんな物みたいに扱わなかったのに、なんで?どうして?尋ねたいのに声が出ない。
堪らなく悲しくて、胸が痛い。銀時の自分に対する扱いにではなく、こんなに近くに居るのに心は遠すぎて、彼の気持ちが理解らないことが。

いっぱい泣いてもう出ないと思っていた涙が、緩やかに目尻から伝って落ちていった。



 * * *



木刀を握り真っ直ぐ辻斬りを見据え対峙する姿は、まるで十年前の攘夷戦争に向かう背中と重なる。

やだ、置いて行かないで。
私から離れていかないで。

縋るように無意識に伸びた自分の片手が、後少しで彼の背中に触れそうなのが視界に入り、我に返る。

「――ちがう、だめ」

何の為に居場所も分かっていて、「万事屋と真選組」こんなに近くにいたのに逢わなかったのか。ふと思い出して留まった。あの頃とは何もかも違うのだ。私も彼も。





あの頃と同じようで、全く違う私達

♭16/02/25(木)

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