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むすり、不満そうな顔がずっと横にある。
そんな顔に乾いた笑いを返せばずきりと傷が痛んだ。
***は今病院のベットの上で絶対安静。1週間すれば退院してもいいと聞いていたから2日くらい早く切り上げてもいいかなとか医師に言ったら、知らない間に真選組に連絡がいっていた。

「お前さァ、謹慎って言葉の意味知ってる?」
「知ってます知ってます」
「どこがだよ!謹慎中に病院のベット送りってどこの不良だよ!」
「わー!十四郎お母さんそんなことで泣かないでー!」
「誰がお母さんだッ!泣いてねーし!怒ってんだよ!お前の脳みそ綿毛か?綿毛でも詰まってる??」
「***さーん、入院中の着替えとかタオルとか諸々持ってきましたよ」

ベッド脇の椅子に腰掛けぐちぐちと説教を口にする土方の後から沖田が少しばかり大きな鞄を手に病室に入ってくる。
ベットの横にある棚に置いてくれるのかと思えば、その鞄は土方の頭の上に乗せられた。

「うるせーですぜ土方さん」
「オイ総悟、そこ棚じゃない俺の頭ァ!」
「おっとスイマセン。ここに静かになるツボがあるとかないとか」
「ないわっ!」

鼻で笑うと沖田は今度こそ棚に置いた。

「安心してくだせーよ。下着とか詰めたの俺じゃないんで。万事屋の連中がね、えらく世話ァ焼いてくれて」
「え…、」
「いやァ流石に俺も引いたけど、チャイナのやつが部屋中のものひっくり返しながら頑張って詰めてくれたんで、退院したら礼でもしてやってくだせェ」
「…え?引っくり返した?」
「泥棒が入ったわけじゃないんで安心しなせェ」
「泥棒ってそんなに?」
「まァ仕方ねェよなァ。自業自得ってやつですよ」
「ふぎゃ!」

土方とは反対側のベッド脇から手が伸びるとぎゅうと鼻をつままれる。

「子供守るためにこんな怪我するたァあんたも良くやりますよね。感服しますよ」
「感服すんな!たく、とにかく怪我を治すことだけに専念しろ。1日2日いねーくらいでおまえの席が無くなるわけじゃねェ」
「わぁ土方さんが優しい」
「お前俺をなんだと思ってんの?!つーか安静って言われてんのに帰ろうとするからこっちに連絡が来たんだろうが。近藤さんを心配させやがって」
「だってねぇ、知られたくなかったし。謹慎期間中に帰ったらいいかなって。そもそもなんで真選組に連絡がいったんだろう」
「万事屋ですよ。旦那も入院中です。怪我が一番に治ったチャイナが、あんたのことも気にかけて動いてくれたみたいですよ」
「…、そっか」

棚に置かれたぱんぱん気味の衣類が入った鞄をみると、神楽がしてくれた事が身に染みた。

「じゃ、まそういう事で。またなんかあったら連絡してくだせェよ。チャイナが飛んでくるんで」

そう言って病室を後にしようとする沖田に土方も席を立つ。

「あ、病院食は味が薄いからな。良かったらこれ使え」

親切心たっぶりにオーバーテーブルに置かれるマヨネーズ。

「じゃあな」

ぱたりと閉じられる病室のドア。
心配してこうして来てくれる人がいる。それに擽ったくて嬉しくて笑った。

「でもこれはいらない、かな」



* * *


退院したその日。***は手土産を片手に万事屋へと赴いていた。
もうここには来られない。そう思っていたのだが、沖田の言葉を思い返すとそうは言っていられなかった。
ぎゅうとを紙袋を持つ手に力が入る。左手はまだギプスが嵌ったまま。
ピンポンを押してお礼を神楽ちゃんに言って、帰ればいい。そう思うのに押せない。
迷っていたら外階段を誰かが上がってくる足音がした。万事屋の誰かかもしれない。そう思うも、予想とは違う人に安堵した。

「おや、***じゃないかい」
「お登勢さん、こんにちは」
「銀時が病院から帰ってきたっていうから家賃回収に来たんだが、もしかして留守かい?」
「あ、いや、まだインターホン鳴らしてなくて…」

ここまで来たのに勇気が出ない。

「そうかい、じゃあ私が鳴らしていいかい」
「は、はい」

いいえとも言えず、ここで帰るのもおかしい。
お登勢の指がインターホンを鳴らすのを眺めながら、自分の心臓の音がすごく大きく聞こえた。
なのに、一向に返事もなければ足音もしない。

「あれ、留守、なんですかね」

留守なら留守でいい。お登勢に託けて帰ればいいじゃないか。そう思うも大きな声でお登勢は叫ぶ。

「怪我してるのに留守なもんかい。銀時!居留守使うんじゃないよ!先月と先々月の分の家賃耳揃えて払いな!払えないなら腎臓でもキン〇マでも今すぐ売って来るんだね!聞いてんのかい!」

キーンと耳に響く大きな声。もし眠っていても鼓膜を叩くこの声には眠気も吹き飛ぶ気がした。

「あ゛ぁーー!!うっせーなババァ!!」

ドタドタという足音と勢いよく開く引き戸。

「病み上がりの俺にそのでけー声聞かせんな!!治るもんも治りゃしね、…え」

あれ?そう言いたげたな顔が***とお登勢を交互に見る。そして少しだけ玄関から乗り出した身を引っ込めた。

「家賃払いな」
「ババァ空気読め!」
「空気がなんの足しになんのかい」
「俺のプライドの足しだよ!」
「自覚があるんなら明日までに耳揃えて払うんだね」

待ってやるから。そういうお登勢の言葉にもごもごとまごつくも、渋々と銀時は頷いた。

「じゃああとは***が用事があるみたいだからくれぐれも、頼むよ」

お登勢は「くれぐれも」を強調すると階段を降りてお店へと戻っていった。
お登勢を追いかけていた銀時の目がこちらを向く。

「えっと、神楽は定春と散歩で新八は買い物行ってて、誰もいねーけど、…そのどうする?」
「…え、どうするって…」

よく分からない問いかけにどうしていいか分からなくて戸惑う。

「っ、なんの用事?上がりますか?……、それとも外がいい?」

そう言ってそっぽを向き後ろ頭をかく銀時にすごく気を使われていることに気がついた。

「あの、神楽ちゃんと新八くんに用事で」
「……あーそうかよ、じゃあ出直す?」
「でも!その、さ…さかたさんにも言いたいことがあって、だから…上がらせてください」

銀時は***の言葉に驚き少し迷うと家の中に入っていく。慌ててそれについていき戸を閉めた。

「お前、いいのか?」

背を向け靴を脱ぐ。その***の無防備な背中に銀時は声をかけていた。
振り返れば少し苛立ったような表情。

「分かってる?俺がお前にしたこと。そんな男の家に2人きり、よく上がる気になるよな」

それだけ告げると台所へと消えた。
銀時の言うことは最もだ。すごく気を使って選択肢に外を加えてくれたり、神楽たちふたりが居ないなら帰ることも勧めてくれた。
最初は***も玄関で手土産を渡して帰ればいいと思ったのだ。でも、神楽と新八に用事だと伝えた時の一瞬の表情。すごく寂しそうで。あの時の“人違いでしょう”という言葉が、自分の弱さが、銀時を酷く傷つけたのかもしれないと思った。だから銀時を避けることはもっと傷つけるのではないかと思うと、***には万事屋に上がる事しか選択肢になかった。

勝手に事務所兼リビングの部屋へ足を進めるとソファに座る。ちょうどいい角度でテレビが視界に入った。テーブルの上に置かれていたリモコンを片手に電源ボタンを押す。

「ちょっ、何してんの?!客が勝手に他人の家のテレビ付けてんじゃねーよ!自由すぎね?!フリーダムかお前は!」

お盆に急須と湯呑みを2つ乗せた銀時が事務所兼リビングに戻ってくるとテーブルにそれらを置き、向かいのソファーに座ると大きくため息をついた。
あんな事を言っていても、一応もてなしはしてくれる気がある事に、とりあえずはここにいていい事に安堵する。

「なァその紙袋の中身何?」
「あ、入手困難などら焼きとシュークリーム!今日朝早くに退院出来から試しに並んでみたらね、買えたから。甘いの好きでしょう?」
「……神楽と新八が?」
「え、ぁ、う…ん、とか聞いたような聞いてないような」

銀時の手に渡された手土産はあっという間に開けられていた。
甘いの好きなのは銀ちゃんだった。しくった。

「まあ、甘いの嫌いな人ってそういないだろうし3人で食べて?」
「お前はシュークリームとどら焼きどっちが好き?」
「どっちも。でも強いて言うならシュークリームかな?」
「ん、分かった」

そう言って目の前に差し出されたのは持ってきたシュークリーム。銀時の前にはどら焼きが。

「え、どっちも3個ずつしかないから」
「俺のやる、食えば」
「でも、甘いものすごく好きでしょう?」
「お前もだろ」
「じゃあお言葉に甘えて。今度また機会があったら買ってくるね」
「……来れんの万事屋に?お前が」

ぱくり、シュークリームを口に押し込んで会話を流した。
急須から注がれたお茶がことりと置かれる。

「ありがとう」
「お前さっきから話流すのやめてくんない?」
「ん?」
「ん?じゃねーんだよ、ん?じゃ!」
「だってねぇ、?」

なんて答えたらいいか分からない。絶妙なバランスを保った空気が言葉ひとつで崩壊しかねない。
諦めたようにどら焼きをひと齧りする銀時に笑って返した。
もそもそとお互いに食べながら他愛のない話をする。
あれから怪我の具合はどうだとか、吉原はどんな様子かとか。沈黙が落ちる度にテレビからの音が気まずい空気を埋めてくれる。そうしてまた手にした物を口に運んだ。

「で、なに。俺に言いたいことって」

最後の一口を口に入れると湯呑みを抱えてそっと銀時の顔を見た。
何を言われるのか気が気ではない、心当たりがありすぎて困っている。視線を逸らす表情はそう言っていた。

「信頼してくれてありがとう」

だが、それは直ぐに戸惑いの色に染まる。

「頼りにしてくれてありがとう」

言葉にするとじわりと実感した。

「でも、弱くてごめんね。何も出来なくてごめんね」

鳳仙との戦いもそう。でもそれ以上に銀時の言葉を認められない自分の弱さを恥じた。

最初は不安からだった。必要とされないかもしれない不安。私の知らない人達で作り上げられた、何も知らない世界に踏み入る不安。平穏な彼の世界を壊すのが怖いなんて思いつつも、心の奥底には知らない銀ちゃんを知るのが怖いなんて自分勝手で臆病な不安が隠れていた。
その不安の次にあったのは嫉妬。私を忘れて全く知らない人達と面倒くさいけど、それでも幸せだとばかりに笑う銀ちゃんが眩しかった。
他人と比べたって意味もないのに、羨ましい。嘘をついて突き放したのは自分なのに。そんなことを考える醜い自分を認識すれば、どうしようもなく自分が嫌になった。
結局私は銀ちゃんに甘えているだけ。こんな気持ちのまま彼の手を取ればただの弱い、守られるだけの存在になりかねない。

「それだけ、言いたくて。あと神楽ちゃんと新八くんにありがとうって伝えてくれる?お陰ですごく助かった」

お茶を流し込むと席を立つ。

「じゃあね」
「……待て」

引き止める声を聞こえないふりして横を通り過ぎようとした。

「待てって言ってんだろ」

添えられるように優しく掴まれた腕。強く掴まれるよりも振り払い難かった。



♭23/10/03(火)

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