*62 晴太と日輪と、鳳仙から離反した百華の者達と駆けていた。 身体中が軋むように痛む。一歩踏み出す度に片足に体重がかかる瞬間崩れ落ちてしまいそうになる。 でも、ぼろぼろの体で、血を流しながらでも立ち上がった銀時の姿が思い出されると、力が湧いた。 同じものをみて同じものの為に立つ。そう思うと体が動いた。 「日輪様、もうしばしの辛抱です。お気をしっかり」 立つことができない日輪は百華の者が両脇から抱えられていた。 離反した百華は月詠を合わせて48人。大半を鳳仙との戦いに残してきた。ここにいるのは両手で数えるのも足りる人数。 「いたぞ!反逆者どもだ!」 行く手を遮るように現れる未だ鳳仙に与する者達。 日輪を下ろすと少人数で相手をした。 ***も刃を交えるもいつも通りとはいかなかった。貫級刀を投げようにも左手が上手く動かない。手数が減って他の百華達の援護も出来なければ、上手く相手の隙を作ることも出来ない。 同じように鳳仙に相対して、それでも立って戦う銀時の強さを思い知らされる。どんなに頑張っても隣には立てないのかな、なんて悪い思考が靄のようにかかる。 まだ隣には立てていない。まだあの背中に守られているだけだと思う。だけど、今は顔を上げなければと思った。 「***さん、オイラも母ちゃんも戦う!だからそれまで、母ちゃんを頼む!」 後ろでそう声が聞こえた。 “頼む”その言葉が銀時の“頼む”と重なる。 私でいいの?そう返しそうになるのを飲み込んだ。 頼りにしてくれた。それだけで充分じゃないか。 「うん、頼まれた」 「ありがとう」 そうして駆けていこうとする晴太の目の前に現れる2人の姿。 「オイ、準備はできたかマザコン野郎」 「さあ行こうか、吉原に太陽を取り戻しに」 銀時と同じように満身創痍でも立つ神楽と新八だった。 どのくらいそうしてただろうか。晴太、新八と神楽の3人を見送って日輪が動けない上、鳳仙に未だ与する百華はまだいる。 体は限界だった。それでも腕を、足を動かす。“頼む”その言葉に突き動かされるように。 柄頭で百華の顎を突いて体当たりをするようにその体を押し返す。 ずしんっ、揺れた気がした。辺りが地震のように細かく揺れ出すと、地の底から響く音がして鉛色の空が割れる。その場にいた誰もが小さい隙間から差す強い光の眩しさに目を細めた。 空の裂け目は地鳴りとともに大きくなっていく。永遠に明けることがない、そう思われた吉原の夜が明ける。 鳳仙に与する百華も、離反した者たちも戦いの手を止めていた。 「太陽…、太陽だ!」 「ああ…!太陽だ」 青い晴天に当たり前のように輝く日輪。 ***はその姿に晴太と日輪を重ねて見ていた。この先、2人がこうあればいいと。 振り返れば日輪は太陽を真っ直ぐと見上げていた。目が合えば困ったように笑う。 「アンタ、もう少しだけ私のわがままに付き合ってくれるかい」 「私でよければ」 刀を鞘に収め、伸ばされる日輪の手を取りその体を支えて立つ。 「日輪様、お手を」 気がついた百華の者が手を貸してくれた。 来た道を戻り、鳳仙との戦いがあった場所へと足を進める。日輪がそうして欲しいと言ったから。 「ありがとね。アンタが握らせてくれた晴太の手、もう離すことはしないよ」 「私は何もしていません。晴太くんと日輪さんがその手を伸ばしたから届いたんです。万事屋の3人が、月詠さん達が百華のみんなが届けてくれたんです」 だからこの吉原にも太陽が昇った。 「たくさんお話聞いてあげてください。たくさん抱きしめてあげてください。頑張ったねって頭を撫でてあげてください。それから今まで出来なかったこと、たくさん一緒にしてあげてください」 共に時間を過ごすこと。それが何よりもかけがえのないものだと思うから。 「ああ、そうするさ」 日輪ははにかんでそう言った。 もう夜は終わる。その証に戦いは終わっていた。 鳳仙は陽の光の下にその身を晒し、忌むべき太陽に焼かれながらも焦がれるように手を伸ばす。 日輪はそんな鳳仙の元へと行くと、傍らに座り頭を膝に乗せた。まるで穏やかに日向ぼっこでもするかのように。 「よっお見事。実に鮮やかなお手前っ、とは言いがたいナリだが。いやはや恐れ入ったよ。小さき火が集いに集ってついぞ夜王の鎖を焼き切り、吉原を照らす太陽にまでなったか」 煌々と照りつける太陽を傘で遮りながらも見上げ、神威は楼閣の屋根の上で笑った。 「まさか本当にあの夜王を倒しちゃうなんて。遠くまで来たかいがあったな。久しぶりに面白いものを見せてもらったよ。だけどこんな事したって吉原は何も変わらないと思うよ。吉原にふりかかる闇は夜王だけじゃない。俺達春雨に幕府中央暗部、闇は限りなく濃い。また第2第3の夜王がすぐに生まれることだろう。その闇を全て払えるとでも思っているのかい?本当にこの吉原を変えられると思っているのかい?」 「変わるさ、人が変わりゃ街も変わる。これからお天道さんも機嫌を損ねて雲からツラ出さなくなるっちまう日もあるだろーが、こいつらの陽はもう消えねーよ」 そう答える銀時の周りには同じようにぼろぼろでも、闇に立ち向かい打ち克った者たちがしっかりと顔を上げて立っていた。 もう大丈夫だと、何があってもこの陽は消えないと。 「…フフ、そうかい大した自信だね。じゃあさっそくこの第2の夜王と開戦といこ…」 いこうか。その言葉を神威は最後までいえなかった。 神威目掛けて一直線に銃の弾が走り屋根の瓦が割れる。 「神威ィィィ!!!」 屋敷の壁を壊して現れた神楽だった。 「お前の相手は私アルぅぅ!!そのねじ曲がった根性、私が叩き直して」 「ダメだって神楽ちゃん、その身体じゃムリだ!!」 どんな戦いをしてきたのか分からないが、右腕を布で吊るし、それでも神威を止めるために必死に何かを叫ぶ神楽。とそれを止めようとする新八のふたり。 「こいつは驚いた、まだ生きてたんだ。少しは丈夫になったらしいね。出来の悪い妹だけどよろしく頼むよ。せいぜい強くしてやってよ。あと君たちも、もっと修行しておいてよね」 神威の視線は銀時だけではなく日輪の傍らで立つ***にも向けられた。 「あっ、お姉さんは修行もだけど、次会うまでには子供作ってくれてると嬉しいな。つよーい男との」 自分に振られると思っていなかった***は慌てる。 「子供?なにそれ、そんな予定ないし、これから先団長さんと会う事もきっとないんで!諦めてください!」 いきなり過ぎてすごい声が裏返った。 なんて飛躍した話をするんだ神楽ちゃんのお兄さんは。 「いやぁ、鳳仙の旦那にあそこまで叩きのめされても噛みついていけるお姉さんなりの強さ?すごく興味湧いちゃって」 「何も出来なかったのに言ってることだけ偉そうだったって言いたいの?」 「あー、そうそう。そうかな。なによりねその目、初めて相対した時もそうだったけど、その何にも屈しそうにない挑んでくる真っ直ぐな目、俺は好きかなって」 すごく厄介な相手に目をつけられたかもしれない。 「ま、つよーい男の適任者は、すぐそこにいるしさ」 神威の目線が誰かを指す。なんとなく予想がついたのに目で追ってしまう。なんとも言えない表情でばつが悪そうに顔を背けられた。 「あれ?そういう関係じゃない?俺の勘違いかな。ま、いいや。俺好物のオカズはとっといて最後に食べるタイプなんだ。つまり気に入ったんだよ君たちが」 神威は屋根の切れ目に向かって歩くとくるりと振り返った。 「ちゃんとケガ治しておいてね。まぁ色々あると思うけど死んじゃダメだよ、俺に殺されるまで。じゃあねお侍さん」 「待て、神威!」 神楽の言葉に構うことなく、軽く跳躍した神威は屋根の下へと消えていく。 「神威ィィィィ!!」 神威の姿が見えなくなって***はほっと息を吐く。そうすれば気を張っていた体から力が抜けた。その場に座り込めば日向ぼっこをするかのような鳳仙が目に入る。それに寄り添う日輪がどことなく寂しそうで、それでいて満足そうにしているのを見ると何も言葉にならなかった。 「私はアンタの言葉に救われたよ」 気遣うように、神威の言葉をかき消すように日輪は***の手に手を添えて言った。 「アンタは何もしてないってまた言うかもしれないけど、私の代わりはいないって言ってくれたこと、ちゃんと残ってる。晴太を守ってくれたことも」 なんと返したらいいか分からなかった。 己の弱さを何度も突きつけられて、それを打ち消すかのように、ただ必死に足掻いただけ。 「ありがとね」 それでも日輪の言葉は暖かく***を包み込んだ。 ♭23/09/21(木) (12/14) ← |