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凄まじい戦いだった。
鳳仙は自分の背丈以上もある大きな番傘を容易に振り回し、その巨躯で素早く重い一撃を放つ。当たれば必死。それを銀時は歴戦の勘か、紙一重で躱す。
だがそれも直ぐに見切られ蹴りが体を吹き飛ばした。

「銀さん!!」

晴太が叫ぶ声が聞こえる。***にはそれを確認する術がなかった。
体中が痛い。思うように動かない。それでも立たなければと思った。
銀ちゃんが、この私に“頼む”と。そう言ったのだ。このままここに座り込んだまま待つだけじゃだめだ。
立ち上がろうと壁に手を伸ばし支えに立ち上がろうとする。

「い、っ…!」

支えに出した左手が痛い。見れば紫色になって腫れている。あの鳳仙の拳がまともに当たったのだ。骨折で済んだだけでも有難いのかもしれない。

「ねえアンタ、後生だ。晴太を連れて逃げとくれ」

やっと立った時だ。部屋に座したまま動かない日輪に声をかけられた。

「…いやです」
「このままじゃ殺されちまう。アンタも分かってるだろう」

唇を噛んだ。骨身に染みてそれは分かっている。それでも、ここまで来たのだ。願わずにはいられない。日輪と晴太の笑顔が共にあることを。

「またここを晴太くんが出る時はあなたも一緒です。そうでなければ、意味がありません」
「アンタ達には感謝してる、晴太に会わせてくれたこと。でも」
「だからです。諦めたら駄目です。晴太くんはまだ諦めてません。だったら私はそれを支えたい」

“オイラも一緒”そう言ってくれた晴太の言葉が思い出される。

「あなたが晴太くんを地上に逃がしてくれたから今がある。晴太くんねスナックお登勢ってお店で働いてるんです。あなたに会いたくてお金を稼ぐために。そのお金で雇われたのが万事屋の3人。あと、私が教えたあやとり直ぐに上手になって。それだけじゃない、…晴太くんは自分で沢山のこと、お母さんと話したいと思います。それには時間が足りないでしょう。だから、諦めないで」

今ここにいるみんなの気持ちを受け取って信じて欲しい。
銀時がいるということは、神楽も新八も月詠もどこかで戦っているはずだから。

何の返事もない日輪に***は足を進めた。
戦いの音は止んでいた。代わりに銀時と晴太の声が聞こえる。

「何してやがるてめェ。さっさと行かねーか。母ちゃん連れて吉原ここから早く逃げんだよ」
「い…いやだ!!銀さん置いてオイラ達だけにげだせっていうのかよ。そんなマネ…こんな事に巻き込んで、そんなマネ絶対できるかよ」
「巻き込んだ?勝手に顔ツッコんだの間違いだろ。行けよ。てめーら母子になにかあっちゃ俺達ゃここまで何しに来たのかわからねーよ」

銀時の言葉に心臓が早鐘を打つ。

「いやだ!!そんなの絶対いやだ!!役には立たないけどオイラが銀さんを助ける!!ずっと…最後まで一緒にいる!!」
「てめーは…」
「銀さん言ったじゃないか。血はつながってなくとも家族より強い絆があるって。そうさ…血なんか関係あるかよ。オイラを泥棒から足洗わせてくれた。まともな生活を送れるようにしてくれた。一人ぼっちのオイラと……一緒にいてくれた」

気だけが急く。なのに足は早くは動いてくれなかった。

「母ちゃんと何も変わらない。みんなは…銀さんは…オイラにとっちゃ大切な家族なんだよ!!大切なことをいっぱい教えてくれた、かけがえのない人達なんだよ。それをこんな所に捨てていけっていうのかよ!!こんな所に見殺しにしていけって言うのかよ!!」
「……そいつが聞けただけで俺ァもう充分だよ。行ってくれ。俺をまた敗者まけいぬにさせないでくれよ」

穏やかな声色で耳に届いた。
その後に響く大きな音に、鳳仙の言葉に、体が震えて己の身を斬られたような痛みが走る。
でも、“頼む”その言葉が***に前を向かせた。

「日輪さん、行きましょう。晴太くんと」
「…私は」

それでも、とても申し訳なさそうに日輪は振り返ることも無く俯いたままだった。

「母ちゃん!!逃げよう!!」

そこに晴太が駆け込んできた。

「今すぐオイラと一緒にここから逃げるんだ!!早く!!」

晴太の手がぐいっと日輪の手を引くも石のように動こうとはしない。

「母…、……母ちゃん?どうして…何も…どうして一歩も動こうとしないんだ」
「…私は逃げられない。吉原ここから逃げることはできないんだよ、私は」
「何…言ってんだよ。今さら…何…言ってんだよ、母ちゃん」
「ごめんよ晴太。あんただけでも逃げとくれ」
「母……!」

晴太はなにかに気がついたように日輪の着物の裾を掴むと捲り上げる。

「やっ、やめなさい、晴太!」

顕になる足首には深い傷痕が残っていた。

「な…なんだよ…コレ」
「言ったはずだ。吉原の女は…日輪はわしのものだと、どこにも逃げられはせぬと。地上に飛び立とうにも吉原には空などない。ましてや飛ぶための翼など、とうの昔にちぎれ落ちておるわ」
「か…母ちゃん…ひどい…酷いよ、母ちゃんが…一体何したってんだ。なんで母ちゃんだけ一人…こんな目にあわなきゃいけないんだよ!!」
「晴太くん…」

嘆く晴太に日輪は満足そうに笑った。

「もう充分だ。アンタはもう私を救ってくれたよ晴太。アンタに一目会えた、もうそれだけで私は充分だよ。母ちゃんって呼んでくれた。それだけで私は…もうどこでだって生きていける。だから私に構わず早く行きな。生きとくれ…晴太。アンタは私の…吉原の…希望なんだ」

女としても母親としても生きられなかった吉原の女達のたった一人の子供。それが晴太だと。

「アンタが生きていてくれれば私達はどんな地獄でだって生きていける。どんな辛苦だって耐えていける。だから…私達の分まで力いっぱい自由に生きとくれ。……早く……行っておくれ」

***は自分がかけた言葉が正しかったのか、間違っていたのか分からなくなる。そうしたくても出来るはずがないと思い込んでいる日輪をただ酷く傷つけただけではないのか。

「アンタも、ありがとう。さっきの言葉嬉しかったよ。叶うなら私もそうしたかった。だから、代わりに晴太の話を聞いてやって欲しい」

それでも、良いか悪いかなんて関係なかった。

「だ、…駄目です、代わりなんて…代わりなんていません…!」

言葉にすると浮かぶ人たち。
土方さん、沖田くん、近藤さん、真選組のみんな。
確かに最初は似てると思った。でもどう足掻いても3人の代わりになんてならない。3人も、真選組の仲間の代わりになんてならない。
とても大切な人、かけがえのない人、そんな人の代わりなんてどこにもいない。

「この常世の街から晴太くんを地上へと産んだのは間違いなく日輪さんです。晴太くんのお母さんなんです!代わりなんてどこにもいないんです」

背を向けたままの日輪の腕と晴太の手を掴むと、驚く2人に構わずぎゅっと握り合わせる。左手が痛んだがそんなことは構わなかった。

「この手を離さないで、お願い」

一度握った手を離されることの辛さは痛いほど分かる。だから晴太くんが必死に伸ばした手を離さないで欲しかった。なによりそれを願った銀ちゃんのためにも。

晴太と日輪。無理やりにでも握り合わされた手を先に握ったのは晴太だった。
ぎゅうと掴む感覚が***の手にも伝わる。

「8年前と同じだな。希望を託し童を地上に逃がす女。全く同じだよ。一つ違うのは今回童は逃げられぬという所だけだ。母親ごっこはもうおしまいだ日輪。薄汚れた遊女が母になどなれるわけもない。お前は母親になどなれない。それを証明してやる、その童を殺してな」

鳳仙の言葉に日輪の目が揺れる。晴太に握られた手を離そうともがいた。

「…晴太っ!離しな、この人と逃げるんだよ!アンタも早く!」

晴太は日輪の真正面に移動するとその体を、小さな背中に引き寄せる。

「オイラは逃げない。言っただろう、吉原ここを出る時は今度は一緒だって」

一人で立つこともままならない日輪にとって、日常はこの部屋だけで晴太に強く抵抗する力はないのか、ぐっとその体が浮いた。
よた、よたよた。そんな歩みだった。でもしっかりと晴太は足を進めた。
***は銀時が収めてくれた刀をもう一度抜くと手拭いで手に縛り付けた。力が入らないこの手でもう一度刀を振るうために。銀時に託されたものを守るために。


「晴太!放しな、アンタ大人一人背負って吉原から逃げられるとでも!」
「ギャーギャー騒げばいいや。そうやってオイラも母ちゃんの腹の中で騒いでたんだろ。赤ん坊の頃は親に背負われて、大人になったら今度は年取った親を背負って。それが親子ってもんなんだろ。背負わせてくれよ、オイラにも。自分ばっかり背負って終わらせないでくれよ」

晴太の言葉が楼閣に響く。
***は銀時の姿を捜して吹き抜けのひとつ下の階を覗いた。
大きくひび割れた壁に凭れるように背を預け、力無く投げ出された手足。その顔は血にまみれ、着物は赤く染まっていた。
飛び出していきたい気持ちを抑え、ぎゅうと手摺を握り込む手が痛む。

「母ちゃんの一人や二人、息子なら背負って当然だろ。なんにも重かねェやこんなの。今まで何にも背負ってこなかったんだ。これ位で丁度いいんだ。この重さがうれしくてたまんねーんだ」
「せ…晴太」

一歩一歩を母を背負って踏みしめる晴太を追う。
鳳仙が追ってくるようであれば、この身を呈して護る。銀時の言葉を守る。

大勢の足音が聞こえた。こっちに向かってきている。
通路の奥から武器を手にした百華の姿が見える。刀を構えるもその中に月詠の姿があった。

「そいつは頼もしい話じゃな」

どうして、そう思うも***に目をくれることもなく、百華は日輪を背負う晴太を背に武器を構え苦無を放った。
その矛先は他でもない、鳳仙に向けられていた。

「ならば背負ってもらおうかの。ここにいる皆を。貴様の母親、49人。優しい息子をもって幸せじゃ、わっちゃ」
「月詠っ!」

ずらりと並ぶ百華の人数は月詠を入れて48人。真っ直ぐに鳳仙を見据える。

「き、貴様ら何のマネだ。謀反…このわしに、この夜王に謀反を起こそうというのか」

鳳仙も並ぶ百華の姿を目に止めて、その人数を確かめた。

「わっちらは知らぬ。悪い客に引っかかっただけじゃ。吉原に太陽を打ち上げてやるなどという大ボラを寝物語で聞かされた。この者どもも皆その男に騙されたクチでのう」

月詠は視線を倒れた銀時へと投げかける。

「ホラ、あそこでのびている奴じゃ。まったく信じて来てみればこのザマ。笑わせるではないか。偉そうなことを言ってなんじゃその体たらくは。太陽などどこに上がっている。ぬしに期待したわっちがバカだった。この大ボラ吹きめが!!」

ぴっ!と苦無を構えると止める間もなく月詠は銀時目掛けて放つ。
真っ直ぐ銀時に向かって飛ぶ苦無。銀時を見れば力無く投げ出されていた腕がしっかりと上げられ、刺さる直前、顔の前で指で受け止めていた。

「…ホラなんざ吹いちゃいねェよ。太陽なら上がってるじゃねーか。そこかしこに、たっくさん」

少し腫れた顔を上げて居並ぶ百華の姿をその瞳に映し込むと、銀時はよろりと立ち上がり、鳳仙に蹴り飛ばされた時に床に刺さった刀を握ると振り上げて引き抜く。
誰かに押さえつけられ従うだけではない、自分の信念の為に前を向いてしっかりと上げられた顔は銀時にとって、煌々と暗闇を照らすお日様そのものに映った。

「眩しくて眠れやしねェ」



♭23/09/09(土)

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