if…03 結う


もう我慢がならない。
***は今がその時だと思い、こそこそと部屋の片隅で小さな鏡を前に決意を固め鋏を握った。
鋏の反対の手には束ねた髪の毛。

「よし」
「お前何してんの」

どきり。鋏を握る手が固まった。
自分の肩口、鏡の奥に映る不機嫌そうな銀時の顔が見える。

「え、いや、あの、気分転換?」

振り返り乾いた笑いを吐き出せば鋏を握る手をがしりと掴まれる。

「気分転換ね、」

鏡越しに覗き込んでくる目に気まづくて目を伏せる。

「なんで俺呼ばねーの、なんで切ろうとしてんの?」
「いやいい加減ほんとうに鬱陶しくて、」
「なんで?」
「いやだから耐えられなくて」
「俺が結ってやるって言ったじゃん。結ってんじゃん」

どこに文句があんの?
背後に腰を下ろした銀時が肩越しにじとり。伏せる目を追うように横から覗き込まれる。

「ほんの少し、半分くらいでいいから。せめて肩下くらいまで」
「ダメ、お前分かってる?中途半端に切ると結うの逆に手間取るんだよ」
「じゃあほらばっさりショートカットにするから」
「もっとダメ。髪が短くなったら少年じゃん」
「いいよね、少年!悪目立ちしないよ」
「ダメっつったらダメ。ほらかして」

するりと鋏が銀時の手の中に移動してしまう。そのまま床に置かれた。

「私の頭から生えてる毛なんだから私の好きにさせてよ」
「俺が嫌なの。ほら前見ろ」

頭を両手で挟まれれば動けなかった。

「今日はどんな髪型がいい?」
「むー、全然リクエスト通らないじゃん」
「今日は特別、もう切りたくならないように」
「じゃあお団子で。ポニーにしたらダメだからね!こないだ振り返った瞬間に晋助の顔面髪の毛で叩いちゃって、あれは禁止」
「あー、はいはい。あれは傑作だったよな。よし決めたポニーテールな」
「だめって言ったじゃん!」

やだやだ!と制止に手を掴もうとするも楽しそうに櫛を片手に束ねて手で掴んでいた髪を引っ張られるとごろり、銀時に凭れる形で2人してひっくり返った。

「あーー!!もうやだァ!銀ちゃんの意地悪!」
「んなこたァはなから分かってんだろうが」
「自分で言ったら世話ないよ!」

起き上がろうにも髪を掴まれたままでどうにもならない。

「なんで切ったらいけないの?」

仕方なく諦めてそのままの体勢で銀時に理由を訊ねる。
今までも何度も聞いてきたが明確な理由がわからずに聞かずにはいられなかった。

「お前ただでさえ性格がアレなのにどこで区別すんの?いつか忘れちまうんじゃねェの、自分が女だってこと」
「失礼な。たまないから分かるよ」
「たまとか言うな!やっぱ自覚ねェよな!」
「あるある、心配いらないよ!」
「心配しかねーけど!」
「髪を切っても私は私だよ」
「それは分かってる」

握っていた手が離れる感覚が頭皮に伝わる。代わりに銀時の指が髪を梳いた。そのまま顎を掬われる。導かれるまま銀時の体を跨ぐように床に手をついて上から覆い被さった。
重力に従って流れる髪が真っ直ぐ床に着く。

「ほら、すっごい邪魔」

窓帷のように銀時の顔横に垂れ下がる髪はどう見ても邪魔でしかない。

「お前は邪魔でも俺はこれがいいの、な。諦めろ」

そう言われれば反論なんてもう出てこなくなる。
また言いくるめられて本当の理由を有耶無耶にされてしまった。そう思うも上体を起こした勝ち誇ったような表情の銀時の顔が迫る。あと少しで口唇が触れる。そう思うと思考が全部飛んでいっていた。

「お前たち、朝っぱらから何やってんですか!」

声に2人してそちらを見れば、お母さんよろしく桂が仁王立ちで小部屋の入口でこちらを見ていた。
瞬間的に離れた。もうほんと瞬間的に。

「***は今日朝餉の当番だろう。働かない者の口に入るものはないぞ」
「あ、ごめんなさい。直ぐ行く!」

すっかり居心地のいい時間に流されて忘れてしまっていた。慌てて席を外そうとすれば隣から腕を掴まれる。

「待て、まだ髪終わってないから座れ。すぐ済ませるから」

軽く結う事も忘れそうになっていた。桂に目配せすると小さく頷くのにほっとすると座り直す。
背後に回った銀時の手が優しく髪を結っていく。

「はい、終わり。行ってこい」

ぽんと背を叩かれ小さな鏡を見ればリクエスト通りのお団子。三つ編みがくるくると纏められ左右にちょこんとあった。
遠心力で誰かの顔面を叩くことがない髪型にほっとする。

「銀ちゃん、ありがとう。いってくる」
「おう、」

部屋から消える背中に銀時も腰を上げる。自分の支度もそこそこに寝起き直ぐに来てしまったせいで朝の支度が終わっていない。

「本当のことを言ってやればいいのに」

まだ小部屋の入口で立っていた桂がぼそりと口にした。

「本当のことねェ。俺ァただあのままでいて欲しい、それだけなんだよ。それに***の髪が短くなってみろ、背が低い上に特徴のない頭だとどこにいるか分かんなくならない?俺はなる。それだけはぜってー嫌だ」

戦場で特徴的な頭をしていれば見つけ易い。見つけ易ければ手が届く。

「つーか、あいつに言うなよ」
「まあ、そうさな。お前は行動ひとつに願いを託したり祈ったりなんかしないからなァ。でも***の為なら出来てしまうから不思議だな」
「うるせーよ」

以前遊廓に繰り出した時。
***と恋仲になってからは上等な酒を飲みにだけに行っていた時に接客をしてくれた娼妓の髪があまりにも綺麗で見入ってしまった。そうすれば恥ずかしそうに「内緒の話」そう言って教えてくれた。

「結う」という漢字の意味をご存知ですか?と
「結う」は「吉」、いい事や願い事、祈りを、それを更に「糸」でしっかり結ぶ事により、中に込めた「吉」が結ばる、叶うなんて意味があるんですよ。と。
だから髪を結うことで願いが叶うように。そう願って綺麗にしていると。

その娼妓の話を耳にしてから、銀時は***の髪を結うことに拘るようになった。
鈍い桂でも娼妓の話と重なり直ぐに気がついた。

自分が結んだ髪型だから戦場ですぐに視界に入る。それも理由のひとつにある。でもそれ以上に無事であれと祈りを込めて櫛削り髪を結っていく作業は、銀時にとって戦場という場所で恋人にできる数少ない温かみのある行為だった。
自分でもらしくないことをしているのは分かっている。でも***の事となると、出来ることはしてやりたかった。
あとはまァほんと、ただ単に髪を無条件に触れるとか項覗き込んでも怒られないとか。下心があって止められないとかでは断じてない。断じて。

ぱたぱたと足音が近づいてくると小部屋の中を覗き込む***の顔。

「まだいたの?一応そこ私の部屋なんだけど。2人ならまぁ、いいけど。晋助がなんか呼んでるよ。それだけ、じゃあね」

くるり、また踵を返して消えて行く何も知らない背中に笑いがこぼれる。
あまりバタバタ走るとお団子が崩れてまた誰かの顔面を叩くぞと。心中で銀時は笑った。

やっぱりなんとしても切りたい、なんて再び口にするようになるまで半日もかかりそうにない。




♭23/03/21(火)

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