*if…04 苦死削る 「前、向いてもらっていい?」 ちょこんと横に並んで座る銀時に声をかける。 すごい不審そうに顔を覗き込まれていた。 銀時は***が前という方向を見ると目を細める。小さい鏡が置いてある。それを覗き込ませて何をしようと言うのか。 「なにこれなんの儀式が始まんの?不安しかないんだけど***ちゃん?」 「儀式とかいわないでよ!すっごい不穏!」 「いやお前実際不穏。俺はすげー不安です」 のそりと腰を浮かせて***の言う場所に向かう。 「最近髪が、爆発してるから」 「爆発とか言うな!これが通常です!なんか俺の毛根に恨みでもあんのお前」 「ないです言い方が良くなかった。ごめん、ちょっと髪梳かせて」 「なんの儀式だよ、俺がお前の梳かすなら分かるけどお前が俺の梳かして楽しいか」 「うん、すごいわくわくする」 その言葉通り鏡に写り込む***の表情は楽しそうだった。 ***はいつも自分の髪を梳かしている櫛を出すとするり。猫っ毛でふわっふわの先っぽに通す。 「あんま綺麗じゃねーよ、そんな頻繁に洗えてないから」 「だからだよ。知ってるでしょ。櫛で髪を梳かすだけでも少しは汚れって落ちるって。いつも私のしてくれるし」 銀時の場合は櫛で梳かしてくれるだけではない。蒸しタオルでケアしてくれる。ものすごく手間がかかるのにそれを進んでしてくれる。だから切りたいのに。少しでも負担を減らして欲しいのに。 毛先の縺れを優しく梳かすと、根元に入れる。それを頭全体に繰り返し行った。 時々くっと櫛に引っかかった部分を手で掴むと優しく引っかけるようにして解いていく。 「もうそろそろよくね?」 「まだ、もう少しだけ」 絡まって縺れてばさばさだった髪が艶を出す。 櫛の歯が通りやすくなった髪を指でかき集めながら櫛をさっと全体的に通していく。 櫛で髪を梳くことを、櫛削るという。櫛は汚れや穢れを取り除くのと一緒に、「苦」と「死」をも削り取って命を守るとも言われている。 だから丁寧に、いつも戦場を一番にかけていく銀時の身から「苦」と「死」を削り取るように櫛削る。 「お前いつまですんの?なげーよ」 「ふふ、銀ちゃんの髪ふわふわで猫触ってるみたいで止められない」 「猫って、俺は狼だよ」 くるり。振り返った顔が近くにあって息を飲む。 「ほら、な…」 後ろに逃げそうになる体を首に回った手にぐっと引き寄せられる。 掴まれた手から櫛が落ちてカランと音を立てた。 「ん…っ」 ふにゅりと口唇が触れ、ぺろりと舐められる。 口を開けろという合図。なんだが急にそういう空気になって恥ずかしくて口を引き結べば、ちゅっと音を立てて吸われる。 「ちゅっ、んっ…は、おまえが猫だろ。こうやって俺を翻弄して。撫でくりまわしやがって」 俺がどれだけ我慢してると思ってる。 そう言いたげな目が見つめてくる。 「ちが、そんなつもり…っ」 そんなつもりは欠けらも無い。と言いたかったのに舌がぬるりと入ってくる。突然の侵入に勝手に肩が跳ねれば腕を掴んでいた手が、大丈夫だとでも言うように背を滑る。 口の中をなぞる舌に応えるように空いた手を銀時の頭に背に回した。 吐息が何度も触れては離れて舌が絡まる。 「は…っ、ほんとお前は」 溢れた唾液を拭うように数度ちゅうと口唇が触れれば離れていく。 「駄目だかんな、俺以外にこんなことしたら」 「しないよ、ちゅーとか」 「ちゅーだけの話じゃねーよ!髪もな。いけねーよ、男の体にそんな簡単に触れたら。何回教えれば分かんの?お前馬鹿なの?あーもうどうすんだよこれ」 がしがしと後ろ頭をかくと大きくため息をついて銀時はそっぽを向く。 「あ、あのそんな邪な考えじゃなくてね」 「知ってる、でも俺の体はそうじゃねーの。センサービンビンなの!」 「……!ごめんっ」 視界に入ったものを慌てて視線を逸らせて追い出す。 かぁっと顔に血が集まって身体中が熱くなる。 まだ一度も肌を重ねたことは無いから、てっきりそういう気が起こらないのかと思ってたのに。 「ご、ごめんね、次に梳く時はもっと配慮するから」 「お前次があると思ってんの?!」 「え?!ないの?」 「あるわけねーだろ。毎回こうなったらどうすんの?」 「次からは銀ちゃんも慣れてきて邪念を払えるかもしれないし」 「邪念ってなんだ!良くない感情みたいに言うな!健全な男子の反応なんだよ」 ああ、そんなふうに銀時は項垂れた。 何も分かってない。本当に分かってない。 鏡越しに見た顔つきが真剣で、触れてくる指がとても心地よくて。今こいつは何を考えながら触れているのだろうか。そんな風に考えて気がついたらそういうことをする時もこんな風に触れてくるのだろうかとか思って思考がそっちに落ちていた。 「考え直して、!なるべくもふもふしないようにするから!」 「おまえは俺使ってもふもふしてたんか!」 「だって、恋人らしいことってあんま出来ないし。銀ちゃんだって私の髪に触れるでしょう」 それを言われるとなんとも言えなくなる。 「じゃあ……、オレが終わりって言うまでな」 甘い。なんて***に甘いんだろうか。そして自分で自分の首を絞めた。 でも、触れてくる手がとても心地よかったのは事実だ。そういう思考に落ちなければ心地いいで終われるはず。終われる段階でやめてもらえばいい。 「その代わり、止めなかったら大変な目に遭うってしっかり覚えろ。いいな」 こんな男だらけの場所で事に及ぶつもりは欠けらも無いのだが、釘を刺しておかなければいけない。 落ちた櫛を拾うと***の手にのせた。 そうするとあまりに嬉しそうに笑うから、なんだが少しどうでも良くなっていた。 それから暫くして高杉に「仲良く毛繕いし合ってんじゃねーよ」と言われるのはまた別の話。 ♭23/03/21(火) (4/4) ← |