満月と桜の刃


「副長、小耳に挟んだんですけどあの話しは本当なんですか?」

任されていた書類を渡し、チェックされていくそれを視界の端に、今日1日聞きたくて仕方なかったことを口にした。

「あの話し?何の話だ、主語を言え主語を」

書類から目を逸らさずに要点を聞くさまは、さすが仕事の鬼。

「高杉です。江戸に来てるって言う」
「ああ、その話しか」

ピッと目の前に差し出される一枚の書類。何だと見れば誤字に丸印が付けられている。

「監察によるとそうらしい」
「信憑性は高いって事ですね」

辻斬りも横行しているのにと口にすれば、目の前の書類から剥がれなかった視線が上げられた。

「お前にゃ関係ねえだろうが」
「いやいや、関係ありますよ。私も真選組隊士なんですから」

路上で襲われる可能性はゼロじゃないんですよ、私だって真選組隊士なんですから。そう笑顔で言えば溜め息を吐かれた。

「お前な、何の為の副長助勤だと思ってんだ」
「副長の次に偉い地位です。私服出勤、自宅通い可。隊長達に使役されることなく自由に隊務をこなし、更に口答えできるという便利なオプション付きの役職です」
「オイイ!!誰が役職の説明しろっつったよ!!」

そして何より沖田くんの支離滅裂な命に背け、逆に命令できる優れたスキル付きと続けようとして盛大に突っ込まれた。

「一番最初にした約束、まさか忘れたわけじゃねえだろうな」

また溜め息を吐き苦々しい顔をする土方に、***は努めて笑顔で返した。

「覚えてますよ。頼んだのは私ですから」
「……ならいい」

会話が先に進む度に数を増やしていった修正の必要な書類を、土方はひとまとめにすると寄越してきた。
***はそれを受け取らず、更に笑顔を深めて言った。

「でもとてもとても残念なことに、これとそれは別なんですよ副長」
「はあ?」

何が、と固まる土方に畳み掛けるように言葉を続ける。

「江戸の治安を守る真選組に所属している以上、攘夷浪士や辻斬りにとってこっちの事情なんて知ったこっちゃ無いんです。邪魔な者は邪魔っ!狙われちゃうんですよ私、関係あるんです!てことで、詳しく話してください。知らないと警戒できないし、もし襲われて死んだら副長のせいですっ」

よよよ、と泣き真似をプラスすれば更に不機嫌になる土方。

「ちょっと、聞いてます副長」
「誰だあああ!!コイツに余計なこと教えたやつはっ!!!」

手にした書類が土方の怒りに部屋を舞った。



 * * *



時刻は夕日が沈む一歩手前。訂正書類を終え、帰路に着くため屯所を後にした。
腰には大刀、左手には未だ早い懐中電灯。
屯所内では下ろされた着物の裾をお尻が見えない程度まで尻端折りする。いつでも機敏に動けるように。もちろん中は定番の黒い物を履いているので心配はない。

あの後、詳しく聞けばどうやら辻斬りと高杉は関連がある可能性が高いとのこと。理由は攘夷浪士達から漏れ出た情報、辻斬りによる攘夷志士・桂小太郎の襲撃だ。
最初は帯刀した者を狙っていた辻斬りが、突如大物を手に掛けた事に土方も戸惑いを感じたが、もともと過激派だった桂一派が池田屋事件を折に鳴りを潜め、穏健派に鞍替えした事で諍いに発展した可能性も考えられるからだと。
何より、桂ほどの者を襲撃できる力を持った辻斬りが横行し始めた時期と、高杉が江戸に姿を現した時期が重なっていることから、不穏な者同士結びつき易かったようだ。

「高杉晋助、桂小太郎」

足を進めながら呼吸をするように零れ出た懐かしい名前。今は遠い昔、その名を持つ男2人は***の傍らにいた。今は手が届かない程に遠い存在だが、確かに傍らにいて軽口を叩きながら共に笑っていたのだ。

寂しい。会いたい。

願ったって時間は戻らないのにこんな気持ちになるのは、今朝変な夢を見たせいなのか。

「もーやだやだっ辛気くさっ!!自分くさっ!!」

ていうか江戸に居るなら犬も歩けば棒に当たる並みの遭遇率なのに、鉢合わせしないってなんなの?すれ違いすらしないんだけどおかしいよね?
晋助は隠遁してるとして、ヅラは?しょっちゅう沖田くんと追いかけっこしてるのに、私とは会わないっておかしい。なんなの。避けてんの?遭遇回避してるの?

「あーなんか腹立ってきた、ヅラに。…会ったら殴ろう決めた今決めた」

気付けばとっくに日は沈み、空はとっぷりと暮れていた。それでも今日は帰らない、高杉晋助の居場所を探るために。
といっても生憎、真選組に掴めない情報を***が掴む方法などはない。だから遭うのだ、辻斬りに。そして直接聞く。もしくは連れて行ってもらう。そのために今、辻斬りの出た付近を歩いている。
人殺しである以上、前者も後者も襲われる可能性は高い。でも話が通じる場合があるかもしれないとか都合良いこと考えている。無理なら退散からの尾行だが、上手くいくか。

いざやるとなるとこんな時間まで出歩いたのに、悶々とやるべきかやらないべきか土壇場で考え出してしまった。

もし失敗して襲いかかられたら、、きっと痛い。いや、痛いどころじゃない。斬られた場所が悪ければ死ぬのだ。
しかも相手は、あの桂小太郎を襲撃するほどの腕前。一緒に剣術を習い、傍らで徹底した守りの腕前を見てきたからこそ、それを崩した辻斬りの腕をより恐ろしく感じる。

深呼吸をし、気を引き締めるように腰に差した刀の鯉口部分を左手で握った。
十年前とはもう違う。
先に逝きたくもないし、置いていかれたくもなかった、あのときとは。

「なんとかなる、大丈夫」

パチンと両手で顔を叩いて己を奮い立たせると、立ち止まっていた足を進めた

「……アレ、、え、」

筈だった。

足が動かない。前に進めようにも足の甲から釘を打ちつけられているかのように、地面から足が離れないのだ。何で?と足下を見れば膝が笑っていて。それを認識するとかくりと折れ、ぺしゃんと座り込んでしまった。

「ふわぁっつつ!??」

ちょっとまってええ!!!
え、なにこれ無意識の緊張?心意気に身体が付いてきて無いってことかな。いやいや、まだ四半世紀ほどしか生きてないのよ、其処まで老いてないはずなんですけどっ!!

心以上に身体は正直で。
ぎりっと奥歯を噛み、左手に握った懐中電灯を震える手で袂に入れていた手貫緒を使い、頭の上に固定した。工事現場のヘルメットに合体されたあれと同じ様に。
ちょっと不安定だし、手貫緒本来の役割と違うけど仕方ない。収まらない震えに、暗闇も、片手が塞がるのも致命的だ。なるべく不安要素を減らしたかった。
ただ、***自身が灯台みたいになって良くないものを寄せ付けるのは目的通りなので良しとすることにした。

あとは立つだけだ。
腰帯から刀を抜くと杖代わりに体重を乗せる。武士の魂を何に使ってんだと言うのはナシの方向で。だって立てないし。
ぐっと跳び箱を跳ぶような勢いをつけて立ち上がろうとした。

ざりっざり ざりっざりっ

靴底が砂を擦る音が背後でした。それは次第にゆっくりと大きくなる。
***は突然のことに動けなくなり、鼓動も足音が近くなるたび速度を上げ、徒に緊張を煽ってくる。

「おやァ、こんな時間に女ねェ」

粘つくような声が緩やかに言葉を紡ぐ。それはまるで獣が獲物を見つけた時の高揚感を含んでいて。

「お嬢さん、いい年頃の娘がこんな夜中に出歩くなんて危ないねェ」

及び腰で振り返れば、宵闇を照らす満月の下に編み笠を被った男がひとり、既に抜き身の刀を手に立っていた。
明るい満月の明かりに反射した刀身がギラリと浮かび上がり、桜色に煌めく。それはまるで血濡れの刀と錯覚するほどに鮮やかな色で、背筋に悪寒が走った。

逃げなきゃ殺される。
本能が悟った瞬間だった。


刀を抜く間もなく、引く身体に合わせ庇うように前に翳せば、途轍もない衝撃とともにメキリと男の刀が鞘に食い込む音がした。刀を支える両手どころか、余りの力の差に全身の筋肉がぶるぶる震える。歯を食いしばるのに精一杯で言葉すら出せない。

「クククッ、あんたやるねェ。でも女の細い腕でどこまで持つか」

男は遊びを楽しむかのようにじわりと力を込めてくる。

「ぐ…ぅ、っ!!」

唯でさえ耐えるのは限界に近いのに、身体はまだ思うように動かない。踏ん張る足すら、地面をズルズル滑り出す。
万一堪えきれたとしてもこのまま押し合えば鞘どころか刀が間違いなく折れる。刀が折れるか、自分の身体が崩れ落ちるのが先か。どっちに転んでも真っ二つ。そんなの真っ平ご免なんだけど。

一か八か。刀を構える角度を変え力を抜くことで、相手がバランスを崩すのを誘いそのまま体当たりをして距離を取る。男相手にまともに勝負しようなんて無理なんだから。

『女の子の武器は身軽さですよ。だから何よりスピードが大切です。では反対に弱点は何だと思いますか?』

脳裏で語りかけてくる声がする。
もちろん分かってる。女が斬り合いで勝つために避けなければならないのは、力勝負と長期戦。


横に構えていた刀を一気に崩し、刃先を自分に、体勢を崩した男の顎目掛けて柄頭で突くように振り抜いた。





ああ、これフラグ立ってるな
なんて思う暇もない

♭16/02/19(金)

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