52


ぐいと掴まれ引っ張られる腕。***は突然のことに慌てて転けないように足を踏み出していた。
なに、誰?
引っ張る腕を辿れば先程別れたはずの銀時の背中。
条件反射的に足が止まる。そんなことをすれば転けてしまうのは分かりきっていたのに。あっと思うと、より強く引かれる腕。
気がついたら後ろからぎゅうと抱き留められていた。胸元に巻き付けられた銀時の腕は***の両腕を封じるように、強く抱きしめてくる。
何も喋ろうとしない銀時は走ってきたのか息が少し上がっているのが耳元で響いた。

「さ、かたさん…?」

そのまま暫く時間が経つと身動きの取れなさに困り果てて***は声を上げた。なにより黙ったままの銀時に抱きしめられたままというのは緊張するもので、肩に落とされる吐息は首筋をくすぐってくる。

「***、…もう終いにしようや」
「なにを、」
「お互い知らん顔すんのも、嘘つき合うのも」

自分が幼い頃共に過ごした***だと銀時は気がついていたことを伝えてくる言葉に、血の気が引く。
嘘をついていたつもりなのに、それを見抜いた上で更に嘘をつかれていた。
もしかしてこちらの嘘に付き合ってくれていたのか。

「なんのこと?」

頑張って返せるのはなんの捻りもない、見え透いた嘘。そんなものが通用するはずがないのに。

「いい加減にしろよ。いつまで知らん顔して他人行儀な呼び方する気だ」
「…坂田さんは坂田さんです」

今になってどうして嘘をつくことを止めにしようと思ったのか、その意図が見えない。
なにより過去に触れずとも真選組と万事屋として繋がりを持てる。知らない顔さえしていれば、お互いにとって触れられたくないたものに触れることなく、近くにいられるのだから。
だったらまだこのままがいい、このままでいい。
長く意地を張った心はそう簡単に素直になれなかった。

「その呼び方止めろ、頼む……」

喉元に回った手が体をかき抱いてくる。懇願してくる声が震えていて勘違いしそうになる。
まるで銀ちゃんが私を求めてくれているように錯覚してしまう。
それこそ自分の錯覚だと気持ちを呑み込み抑え込めば、沈黙を否と取ったのか右肩から喉元に銀時の手が這ってスカーフを外されると襟を掴まれ制服シャツの釦が1、2個飛んだ。

「!、な、、やだっ……」
「いいのか、大声出せば人が来るぞ」
「……ッ」

するりと手が肌に触れる。

「ちょっ、と」

慌てて手を掴んで止めようとしたら後ろ頭を抑えられ、後ろ襟を引っ張られた。狭い通りで壁と銀時の体に挟まれて身動きが取れない。
耳元に彼の熱い吐息がかかる。

「お前知らねーかもしれないけど、項の直ぐ下。ここ」
「!…っ」

熱く湿った舌が肌を舐め、這う。

「痣があるんだよ」

ちゅうと吸われる。
ちりっとした痛みが走るのと同時に頭の中は無理やりに身体を奪われた時の記憶が蘇る。弱い自分が、大嫌いな自分が。

「っ…あ、だめっ」
「お前の身体知り尽くした俺は誤魔化せねェよ」
「や、やめて…さ、かたさ」
「止めるのはお前だろうが」

言葉を遮るように襟をぐいと引っ張られてバランスを崩せば、背中が銀時の胸板にあたり凭れる形になる。逃げようとする前に再び抱きすくめられた。もがいても強く抱き留めてくる腕にどうしようもなく苦しくなる。

「お前はそれでいいのかよ。俺は嫌だ」

やめて。それ以上何も言わないで。
縋るように抱きすくめてくる腕が、真っ直ぐに投げかけられる言葉が、長い時間をかけて必死に固めた鎧を剥がしていくようで、その鎧が剥がれてしまえばあの頃のように弱い自分さらけ出すような感覚に陥る。
それはだめ、そんな状態でこの人の腕の中にいると思うと怖くてたまらなくなった。また昔のように甘えてしまいかねない。大切な銀時にまた全てを背負わせてしまうかもしれない。
銀時の腕の中にいると、自分があの頃の弱い自分に思えてきて怖くてたまらなくなった。

「離して、!私は知らない、人違いでしょう」

頑な***の態度に押し黙った銀時は腕の力を緩めた。
すぐに腕から逃れると銀時から恨みの篭った視線が刺さる。

「あーそうかよ、だったら前みたいに無理やりしたら思い出すわけ?」
「……は、無理やり…、なにが」

なんとなく見当がつき後退ったが、ここは狭い路地裏。背中は直ぐに堅い壁にぶつかった。それを見た銀時は自嘲気味に薄く笑う。
怖いと思った。あの時と一緒。
このまま2人でいてもいいことなんかない。離れたい、逃げたい。そう思って来た方向に足を向けた時だ。

「どこ行く気」

頭の直ぐ横。

「俺の話しはまだ終わってねェよ」

目の前を過ぎった銀時の手が、壁を叩いていた。
逆へと方向転換すれば、同じように行く先を阻まれる。後ろは壁、横は腕、前は銀時の身体で塞がれてしまう。

「だから、人違い…っ」
「じゃあこれはなに?」

壁についていた手がつと腿を這う。目的の物に到達すれば銀時の手には抜き身の懐刀。

「よく見たことあんだけど。いつも肌身離さず大事に持ってたよな」
「そんな懐刀、どこにでもあるものよ」

本当にどこにでもある懐刀だ。刀身以外は。拵えは家紋と特徴的な細かい細工がされていて、銀時と再会してしまってからは全て設え直した。懐刀からばれることはない、絶対に。

「知らねーの?お前自分の物でしょう。これ拵えた親が可哀想だわ」

そう言って目の前に翳される刀身。

「よく見てみろ」

光の加減で刀身に何かが浮かび上がる。

「なんだと思う」

はばき近くに小さい花か何か。

「芍薬とツバメだよ」

刃の強度を落とさない為か、よく目を凝らさなけれ見えないほどの薄い彫りもの。
真っ直ぐ伸び、大輪の花を咲かせる一輪の芍薬と、その少し上に二羽のツバメらしき鳥が舞っている。芍薬は幸福の、ツバメは恋の象徴。

「お前に好い人と幸せになってもらいたい、そんな願いが込められた守り刀だろ。しかもこんな細かい細工、なかなか見れねーよ。これでも勘違いって言うんですか、***ちゃん」

言葉が出てこなかった。
持ち主の***ですらつい最近、紅桜の一件の後に手入れをした時に気がついたものだ。血が薄らと彫られた模様に入り込んで。そんな細工を、一体いつ銀時は見つけたのか。

「黙ってっけど、それは肯定と受け取っていいのか」

上着の裾を捲り上げ鞘に懐刀を収める銀時に必死に言葉を探した。でもうまく躱す言葉なんて出てこない。
俯いたまま黙りこくる***に銀時は溜め息をひとつ吐いた。何も言葉を発さずにいる状態そのものが肯定と取れるのに、それにすら気がつかないほど頭の中が真っ白になっている。

「これでも認めねェってんなら間違い探しでもしてやろうか」

懐刀を鞘に収めた手が今度は制服のショートパンツの前を緩めると隙間に侵入してきた。下着の上から秘所を覆って刺激してくる。

「ゃ…!」

予想だにしていなかった突然の行動に身を捩れば、耳元に寄せられた唇が耳朶を食んだ。

「俺の知ってる***は、ここ触ってやると…上も下も涎垂らして善がってたんだけど、お前はどう?」
「…ん…、ふ、やだっ」

耳から吹き込まれる卑猥な言葉と緩い刺激に、逃げようともがくも壁が邪魔をする。更に身体を押し付けてくる銀時のせいで、壁に押し付けられれば身動きなんかできなかった。

「こんなこと、止めて、…っ」

弄って来る腕を掴んで押しやるも全くびくともしない。逆に力を込められ甘い痺れが走る。体を強ばらせ思わず声を上げれば銀時は小さく笑った。

「可愛い声。これはどうやら間違ってねーみたいだな」

顔に熱が集まり一気に身体が熱くなる。

「お前、俺に触られるの好き?今どんな顔してるか分かるか。イヤイヤ言ってるわりには、そこまで嫌そうじゃねェけど」
「いやだ!やめてっ」
「嫌だね」

自分の醜態を伝えてくる銀時に聞きたくないと耳を塞いで首を振る。銀時がその手を掴まえ再び耳元に口唇で触れる。それがとても優しくて苦しくなる。
銀時の言葉は的を得ていて聞くに堪えない。会いたくて会いたくて、寂しくて触れたくて、私は此処にいるんだって叫びたくなってしまう。

「知ってるか***…頭の記憶は忘れやすくても、身体の記憶は一回覚えたら忘れないらしいぜ」

だから俺の教え込んだ通りに全部覚えてるよなあ。ぐいと指が中に侵入してくれば、入り口を数度なぞられる。

「!――っ、あ、…だめ、だめなのっ」
「嫌じゃなくて…?」

耳元から直接頭に流し込まれる銀時の息遣いと与えられる痺れに、何度も繰り返された行為が思い起こされる。
閉じたそこを開くように指が這わされれば蜜を零し銀時の指を汚した。

「淫乱、何かイヤらしいことでも思い出して濡らした…?」

意地悪く聞かれれば秘所を弄くる指が与える感覚を思い出し勝手に体が震える。
***の震えを感じ取った銀時は肉芽を人差し指と親指で挟みこんだ。

「…ひっ…、なにして」
「こうすんだよ」

力を入れられればそのままぬるりと滑りが手伝い緩い刺激が走る。

「お前好きだろ、敏感なここ扱かれながら中擦られるの」
「んん、、ぁ、あ…やだ、やめ…てっ」
「止めねェよ」

銀時は中指を曲げると溶けた中に押し込み締め付ける肉壁を擦りあげる。

「やだ…っ」

内と外からの鋭い刺激に体を強ばらせ勝手に零れる声を抑えるように無意識に顔を銀時の肩に押し付けた。



力いっぱい逃げるように反発する***に頭に血が上っていた。
俺に会いたかったんじゃないのか、会いたいと思っていたのは俺だけか。そう思うと責めるように詰るように手が出ていた。
それも唐突に押しつけられた***の体温に銀時は手が止まる。
じわり、押し付けられたところから湿っていくのが分かった。
何をしているんだ俺は。

「……***、」

思わず名前を呼ぶ声が震えた。
認めてくれないからってまた酷いことをした。同じ事を繰り返してどうするんだ。
そっと頬に手を伸ばす。頬を滑る涙が手を濡らす。
本当はただ謝りたかっただけなのに。
お前の気持ちに気がつくことが出来なくてごめん。逃げてごめん。約束を破ってごめん。
でも今は何を口にしても届かない気がした。俺がそうしてしまった。
そっと***から体を離す。
俯いたままの***は袖で目元を拭うと逃げるように駆けていってしまった。
その拍子にふわりと風に乗って舞う白いスカーフが銀時の足元に落ちた。




♭23/02/12(日)

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