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しとしとと雨が降る日だった。外で遊ぶことも出来ず、松下村塾の子供たちは屋内で、先程出された難解な問題について桂を囲んで論議したり、あの銀時を打ち負かす方法を高杉に聞いていたり。様々だった。
***は小袖の袂から可愛らしい色をした毛糸を取り出すと指に通して形を作っていく。あやとりだ。

父母がいた頃は女らしい遊びはそこそこで武芸に精を出していた***にしてみると、こうして遊ぶのは久しかった。
1人あやとりは一人っ子なのもあってスムーズに出来る。だがあやとりにも2人や3人以上で順番に出来る楽しみ方がある。誰かと一緒にやりたかった。相手はもちろん…

「銀ちゃん、次!」
「次ィ?なんの話し」

部屋の片隅で惰眠を貪っていた銀時はゆり起こされると何の話か分かっていないのか目を瞬かせた。目の前には***の両手と糸で作り上げられた何かの形。

「あやとり、おまえね、それ女の遊びだぞ。俺男。よってやりませーん」
「私が教えてあげるから問題ないよね」
「やらねェっつってんだろ?話しきいてた?」
「最近ね、私も男の子じゃないってか疑惑が出てきてるので男の子のあやとりもありだと思うんだ」

村塾の男とも竹刀を交えても簡単には負けないし、勝つこともよくある***に、そんな話が浮上している。

「お前のどこが男だよ!列記とした女だよ!」
「たまないくらいで除け者にしないでよ」
「してねェよ!つーかどこでそんな下品な言葉覚えてきた」
「銀ちゃん達に会う前、道場にいってる時に言われた。たまないくせにって」
「そんなクソどもの偏見まみれの言葉は今すぐティッシュにくるんで捨てろ。それにな、女には股の間じゃなくてもいいもん持ってんじゃん」
「?」

男は股で、女はべつの場所?
そんなものは聞いたことがなく、***はお手上げだった。

「よく喋る口だよ。女はよく喋る。お前秒でも黙ってみって言われても無理だろう」
「出来るよ、でもそれいい事?お喋りな子が女って話にもならないよ」
「ほかの女は知らね。でも俺にとってお前はよく喋るやつ。そんで、いつも…」

なんてことの無い***の言葉や行動で気付かされる事が沢山ある。そんなことを思うも、なんだか口にするのが躊躇われて途中で言葉にするのを辞めた。

「いつも?」
「何でもねえ」
「ふーん、じゃあ男でも女でもいいよね。はい」

どこか納得のいかない***は、それでも最初の目的に戻る。
ずいと作り上げた吊り橋を銀時の前に差し出した。

「いい?次はここ、交差した2箇所をそれぞれ人差し指と親指で摘んで外側にひろげて上にあげるの」
「あー、はいはいここね」

銀時は諦めたように両手を言われるがまま糸に絡め次の形を作った。

「ええ、銀ちゃん上手!じゃあじゃあ次!」
「はいはい、どうぞ」

***は知らない。そう言って差し出す手が必死になってあやとりを覚えたことを。
ここのところそわそわして1人であやとりをしていた***を銀時が見ていたことを。



* * *


「ねえねえ、***さんこれで合ってる?」

ぱっと手を広げて指に絡んだ毛糸ではしごを作る晴太に意識が戻る。
スナックお登勢にまた足を運ぶようになった***は、新しい従業員になった少年晴太と一緒にあやとりをしていた。
晴太は育ての親が亡くなりスリをしてお金を稼いでいたらしい。たまたま銀時の財布をスリ行き着いた場所がここだった。

「わー!すごい。飲み込みが早いね晴太くんは」
「***さんが教えるのが上手いんだよ」

盗みを働くことで生きてきたその手に、少しでも楽しみがあるように。なにか自分も出来ないかと考えて出てきたのがあやとりだった。
女の遊びだと嫌な顔をすることなく晴太はせっせと色々な技を覚えた。それが楽しそうで***も嬉しくなる。

「ねえ、***さん今日は仕事休み?」
「んー、今日もお仕事。晴太くんもお仕事でしょう?」

立派なことに母親に会う為にお金を貯めているらしいが、それが吉原の太陽とも呼ばれるすごい花魁らしい。スリをするより遥かにいい事だが、子供が親に会うためにお金が必要な世界とはいかがなものか。

「もう少しいてくれよ」
「ごめんね、今度お休み取るからその時にでもまた遊ぼう」

いつも朝早くに来ては直ぐに去る***に晴太はしょぼんとする。

「わかったよ。オイラ次までにもっとはしご、できるようになってるからな」
「楽しみにしてるね。お登勢さんご馳走様でした」

腕時計を見ると食器をカウンターまで下げる。時間は余裕があるが仕事前にあまり長居はできない。

「いってらっしゃい、また来なよ」
「いってきます」

振り返りお登勢に返事を返す。1人だと普段言わない言葉とかけられない言葉。当たり前のようにかけてくれるお登勢に温かくなる。

「じゃあね晴太くん」
「うん、また」

そう言って扉を開けた。はずだった。
***の手が扉にかけられる前に、ばんっ!と開かれる扉。

「ババア、飯」

寝不足なのか二日酔いなのか、機嫌の悪そうな銀時が目の前にいた。
あ、とかう、とか言う暇もなく顔面からぶつかった。体格差のせいか***が尻もちを着く。

「悪ィ、大丈夫か」

ごめんなさいも言えずにさっと下を向く。そんなことをしても真選組の制服を着ていては何の誤魔化しにもならないが、咄嗟の行動だった。
上の階に住んでいるのだからいつかはこうなるとは思っていたが、早朝はなんとかなると勝手に思い込んでいた。

「***大丈夫かい」

心配をしたお登勢と晴太が声をかけてくれる。

「大丈夫、です。ごめんなさい」

名前を呼ばれればもう誤魔化しようもなく、諦めて立ち上がる。

「なに、お前。こんな朝っぱらから仕事?巡回?」

機嫌の悪さはどこへ行ったのか銀時は朝からご苦労なこってと笑った。
初めてお登勢に声をかけられた時と一緒だった。悪いことをしていたことが露見して追い詰められた気持ちだった。なんて言おう、なんて返したらいい。

「違うよ。***さんは飯食いに来てんだよ。それより銀さんこそ、こんな朝早くから珍しいよね」

だから晴太が代わりに答えてくれて少しだけほっとする。

「昨日急に依頼が入ったんだよ。しかも早い時間から」
「入口で何してるアルか。さっさと入るネ。お腹空きすぎてお腹と背中くっつくアル」

ひょこりと覗いた顔と目が合う。

「あれ***なんでここにいるアルか?」
「俺達と一緒らしいぞ」
「マジか!***もばあさんの飯目当てか!」
「たく、***はちゃんとお代を払ってるんだ。見習って欲しいね銀時は」
「宇治銀時丼で」
「勝手にしな!」

口ではそう言いつつも、ほかほかに盛られたご飯と小豆の缶詰が出てくる。

「***さんいいの?行かなくて」

晴太にそう言われてはっとした。時計を見れば迫る時間。

「いってきます!」

なんとも言えない気持ちで2度目の挨拶をすると振り返らずに***はスナックお登勢を後にしていた。




銀時はカウンターに腰かけると小豆の缶を開けることも無く、***が出ていった扉をじっと見ていた。
なんでここにいたんだろうか。***の意図が見えない。

「ぼーっとしてないでさっさと食べな」
「おう…」

返事もそこそこにまたぼんやりと考え込んでしまう。
そんな銀時にお登勢は少し悩んでそれから口を開いた。

「神楽と新八が来てすぐの頃、今から振り返ると随分前の話なんだがね。早朝に店先に変な影が出来るようになってね」
「は?なにばばあ、それホラー?ホラーは俺趣味じゃないって言うか!、チビりそうになるって言うか、相性良くねェんだよ止めて、お願いやめて」
「誰がホラーの話とか言ったかい。ちゃんと聞きな。誰か店先に立ってるみたいなんだよ」
「早朝から?あんたを慕う爺さんが徘徊でもしてたんですか?」
「ちゃんと聞きな!」
「いでェっ!」

ぐいと耳を引っ張られる。

「千切れんだろうが!」
「ばあさんの力であんたの耳が千切れるかい!じゃなくてだね。あの子がぼーっと立ってたんだよ、***が」

耳を疑った。神楽や新八が万事屋に居着いた頃と言えばかなり前だ。

「で、なに?それで飯食わせてるって?」
「ある時からぱったり来なくなってね」
「なのにまた来だしたと」
「こないだ万事屋からお使いにきたろう。その後からまた来てくれるようになってね。でもどう考えても、うちに用事があったわけじゃなさそうなんだよ。誰かさんは知ってるんじゃないかと思うんだけどね」

言葉に詰まる。
***が俺の知らない間にここに来ていた。
俺に会いに来た?それも紅桜の一件で顔を合わせるよりもずっと前に。
***に対してなんで、とか、どうして、より、どうして俺は気が付かなかったんだという感情の方が大きかった。
あいつは泣き虫で寂しがり屋だ。
真選組と万事屋。こんなに近くにいて俺の存在が耳に入らないわけが無い。確かめに来たはずだ。そうして何度も足を運ぶうちに、何を思ったのか俺に会う事が怖くなったから足が遠のいた。
だからあんな再会になった。お互いにお互いの気持ちを確かめる暇もない状況になった。むしろそれで良かったと***は思っているのかもしれない。
俺は***が真選組にいるとは知りようがなかったのに、あいつはここに俺がいると分かっていて俺が知らない間に会わないと勝手に決めた。
そう思うと寂寥感せきりょうかんが襲ってくると同時に無性に腹が立った。

「あんた、酔うとよく言ってただろう。***って」
「あ、銀さん?!」

晴太が驚いて呼び止める声も、神楽がなにか言っている声も耳に入らず、出ていった***の後を追いかけていた。


ずっと待とうと思っていた。
俺が***に長い間強要してきたように。
あいつがいつか俺がしてきた事を許して、ちゃんと俺を認めて笑ってくれるまで。
他人行儀な呼び方をするのは怖いからだけじゃない。どこかで俺を認めたくないからだって、置いていったこと、酷いことしたこと、許せないんじゃないかと思っていた。でも、それでも逃げないでこうして近い距離にいてくれるのは、許したいと思ってくれてるからだと。勝手に思っていた。いや、勝手に望んでた。あいつの心のうちなんて怖がってること以外、本当はわかんないんだから。そう願わずにはいられなかった。だから一歩引いたところで見てた。
そう思ってた。そう思ってたのに、土方に言われた言葉と、今さっきババアから聞いたことで分かった。そうやって言い訳して***から逃げてたことに。ずっとずっと。
約束を破った時から二度と会うつもりはなかった。それは約束を果たせず何も守れなかった俺の顔なんか見たくもねェだろうって勝手に決めつけて、本当は自分が***から逃げてた。ずっとずっと逃げ続けてたのに。
会おうとしてくれていた事、そして会うことを諦めてさせてしまった事に、逃げているせいで気がつくことも出来なかった。
あいつが許してくれるなら手を差し出そうなんて烏滸がましい。罵られるくらいの覚悟であいつに謝らなきゃいけなかったのに。

スナックお登勢から駆け出して見つけた背中。忘れる事なんてできなかった記憶にある面影より、伸びた髪と身長。
追いつく前に息を整える。
走って追いかけたなんて知られたくない。格好がつかねェ。
そう思うもそうじゃないと頭を振る。
こんな時までなんて狡いんだ俺は。
止まった足を再び動かして***の腕を掴むと細い横道に引き込んだ。

突然のことに転けそうになる***を後ろから抱きすくめる。腕の中にいる温もりに着物越しに伝わる体のこわばり。それでも銀時は***をもう離せなかった。




♭23/02/12(日)

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