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万事屋から逃げるように居なくなろうとする***の態度に、思わず新八は引き止めてしまった。
いつかは銀さんも帰ってくるだろう。そんな時にここに居たがらない***さんと、ここにいる事を知らなかった銀さんが鉢合わせをするのはどんな事態を引き起こすのか深く考えていなかった事に背筋がひやりとした。
これで良かったのか、直ぐにモヤっとした気持ちを抱え込むも、目の前で材料を洗って切って、お肉と混ぜた餡子を皮に包んでいく***の作業を見ているとそんな気持ちはふわりと消えた。
料理が好きなのか、銀さんの存在を忘れているのか餃子を包んでいく***の手の運びはどこか楽しそうだった。
二人の間に何があったかなんて新八は、知らない。それでも何事も言葉を交わすことが大事ではないかと思うから。
***さん、ごめんなさい。もう少しだけここに居てください。そっと心の中で新八は呟いた。


材料を洗って切って、お肉と混ぜて餃子の皮に包んでいく。皮は流石に手作りは時間的に厳しく出来合いのものを使った。

「エプロンが可愛いね」

***は制服を汚さないように腕まくりをし、ベストの姿にエプロンを借りていた。誰の趣味なのだろうか。少し大きめのエプロンは肩にフリルが着いている。

「あ、それ銀さんのです」
「え…?」

あの大の男がフリル付きのエプロン。
少し想像してあまりにも似合っていたので笑ってしまう。
また知らない彼を見つけてしまった。

「どうして私庇ったアルか?」

ふと何か思い出したのか神楽はぽつりと疑問を口にした。
その手はせっせと皮に餡を詰めていく。

「***は知らないかもしれないけど、私夜兎族っていう戦闘民族の天人で怪我の治りも早いから次から気にしなくていいアルよ」
「知ってるよ。みんなチャイナって呼んでるけど神楽ちゃんは天人なの。でもね、ごめんね、次もきっと守っちゃう」

万事屋にきてから、じくじくと胸が痛む。いいな、羨ましいな。自分の行動を棚に上げて勝手に羨む。とても狡い自分の嫌な部分が目を塞ぎたくなるほどに自己主張してくる。
でもそれでも、それ以上にこんなにも他人を思ってくれる2人が銀時のそばに居ることが嬉しく思った。
だからまたきっと同じことがあっても守ってしまうだろう。

「なんで?だってすごい痛そうだったアル。なかなか治らなくて松葉杖だったけ、最初ついてたよね?私だったらすぐ治るアル!」

あれから今日まであった覚えがないのになぜ知っているのだろうか。

「ねえ神楽ちゃん。すぐに治っちゃうかもしれないけど怪我をした時って痛くない?」
「痛いアル」
「そうだよね。だったら私は神楽ちゃんに痛い思いさせるの嫌だな」

***の中で神楽は、天人で戦闘民族で強くてもその前に一人の女の子だった。

「それは私も一緒ヨ!」

餃子を詰める神楽の手が止まる。その目には涙が溜まっていた。***も手が止まる。

「うん、ごめんね。でもね任せて!次はもっと上手く守るから」
「だったら私が***を守るネ」

あの時電車の中で爆発の光を見た瞬間、神楽は新八と一緒に床に押し倒された。それが***で、しばらくの間目を覚まさないことに神楽は肝を冷やした。
なんでゴリラではなく自分達を守るように覆いかぶさったのか。なによりそんなに言葉を交わしたことも無く、真選組にとっては腐れ縁でしかない万事屋を庇う***が不思議でならなかった。
それから気になって、怪我をした***が心配でこっそり後をつけてみたりもした。普通の地球人で怪我もなかなか治らなくて、松葉杖をついて屯所と家の往復を歩く姿にどうしようもなく自分の事のように辛くなった。
見ていていつの間にか守ってくれた***を大切に思うようになっていた。

「***が怪我しなくていいように、痛い思いしなくていいように」

***は手を洗うと神楽の傍による。

「ねえ、ぎゅーってしていい?」
「え…?い、いいけど…」

***の突然の申し出に思わず神楽は片言が抜けた。
そっと小さな少女の背中に手を回す。ふわりと餃子の餡に入れたニラの匂いがした。

「ありがとう、神楽ちゃん。とっても嬉しい」
「私も本当は守ってくれて嬉しかったアル、でも…だから***にもう痛い思いをさせたくなくて」
「うん、ごめんね。辛い思いさせたんだよね」

分かっていたはずなのに。自分だって守られることの辛さを分かっているはずなのに。
体を離すと神楽の顔を覗き見る。

「これからはお互いに守ろう。そうしたらきっと痛いのも苦しいのも分かち合えるから」
「うん、そうアルな」

そう言って頷く神楽の頭を撫でる。

「あの、僕も。本当に」

ありがとうございました。
そう言おうとした新八を遮って***は

「新八くんも、ぎゅー!」
「うわぁっ…!」
「ありがとう、2人とも。さ、続きしよっか」

緊張して固まる新八の頭も撫でると、餡を詰める作業を再開する。
先程まであった胸の奥のじくじくとした感じは少しだけ薄らいでいた。






銀時は狭い道から人通りの多い大通りにでると、雑然とした喧騒にほっとした。いつもと変わらない日常の音だ。
土方には悪い事をしたと思っている。
彼の言葉はあまりにも的を得ていた。
守るか突き放すか。あの時から変わらず、そのどちらも出来ないことを土方に言い当てられて、どうしようもなく自分に怒りが湧いた。何も変わっていない。自分で突き放したはずなのに、***の意志で再び傍に戻ってくると傍にいていいのだと自分勝手にも勘違いをしてしまう。そんなわけがないのに。
あいつがいると心地が良い。たとえ自分に向けられた笑顔でなくともあいつが笑っているのを見かけると、心が晴れやかになる。手が届かないもどかしさの中でも、そこにいることに安心する。
突き放すということはまた***を傷つけるということだ。2度も繰り返して3度目を躊躇う理由はどこにあると思うが、余裕のなかったあの時とは違う。
だからと言って***の手を取るべきなのか。
***は怖くて嘘をついたと言った。突き放して約束を破って傷つけて。俺がしたことはそれだけあいつに傷を残している。
それに真選組に恩を返していきたい、守りたいと言っていた。***が今頼りにして生きている場所は真選組だ。どうしてその手が取れる。
何より全て知られたら。

「くそっ、!」

俺もお前と一緒で怖い。怖くてたまんねェんだ。

どうするのが一番いい。突き放すのも手を取るのも嫌だ。だったらこのままが心地が良い。
それが悪手だと自分でも分かっているのに感情は何処にも行きたくないと叫ぶ。でもこのままじゃ駄目だ。駄目なのは分かっている。
結論が出ることもなく、もやもやとした気持ちを抱えたまま足は帰途に着いていた。
大きく溜息をつき気持ちを切り替えると玄関の扉を開ける。

「たでーまァ」
「あっ、おかえりなさい」

そう言って台所から顔を覗かせた新八はにこりと笑った。いつになく上機嫌だ。

「おかえりアル」

同じ方向から聞こえてくる神楽の声も少しばかり楽しそうだった。

「何お前ら、今日の晩飯はステーキかなにかかよ」

あの金額で高級肉を買うと今月(どころか先月)の家賃に回す分が無くなる。と思うも任せたのは自分のミスだ。仕方ないとブーツを脱ぎ台所と玄関を遮る暖簾をくぐれば粉っぽい空間に少し噎せた。

「残念でしたー!今日は餃子アル」

何枚もの皿に綺麗に乗せられた餃子は餡を手作業で詰めたのか、形や大きさがまちまちだった。
そういえば餃子って言ってたような気もしないでもなかった。

「は?お前らこれ全部自分で詰めたの?」
「下手ってか!私の愛情も一緒に込めた餃子が食べれないアルか!」
「ひと言もそんなこと言ってないよ銀さん。大丈夫美味しいよ絶対。じゃなくてよくこの短時間でこれだけ出来たよね。褒めてる、褒めてるの銀さん」

新八はさっきから忙しなく居間兼事務所と、台所を行ったり来たりしている。手にした皿はリビングに向かう時は山盛りに。台所に戻ってくる時は空だった。
なのにじゅうじゅうと餃子のやける音と忙しなく動く姿がもうひとつ見えた。

誰?そっと玄関から居間の中を覗き見る。
その少し楽しそうにした姿を認めると、先程までの思考がざあっと戻ってくる。なんでここにいる。

「あ、坂田さん、お邪魔してます」

銀時に気がついた***の表情が一瞬戸惑いで揺れ、覆い隠すように笑顔になる。
例えそれが偽りの笑顔でも、こんなにも手の届く万事屋という場所にいる***の姿に理屈や恐怖なんて一瞬、どうでも良くなった。
大股で近づくと、***も何か察したようで一歩下がった。

「銀さーん!!」

手が届く。そんな距離まで近づいた時だった。
ぶらりと眼前に降ってくる淡い藤色をした長髪。猿飛あやめこと、さっちゃんの髪は***の顔面をバサりと叩き重力に従って流れた。

「うぶっ…」

伸ばした手は***を掴むことなく、さっちゃんの眼鏡を割った。

「ぎゃっ…!」

どすんと床に落ちるさっちゃん。

「やだ銀さん、人前でそんなことするなんて。もうだ・い・た・ん」
「何が大胆?メガネ割っただけだけど?どこが人目を気にすること?」
「いいのよ分かってるから私、これもあなたの愛だって」
「やめて、ねえやめてくんない」

引くというよりは、人がいきなり降ってきて蹲ってくねくねと体を捻る姿に***は驚きで固まっているようだった。
めんどくせェのが来た。しかもなんてタイミングだ。
そう思うも、衝動的に取り返しのつかないことをするところだったと考えれば、さっちゃんには少しばかり感謝した。

「あ、あの。目、大丈夫です?ちゃんと見えますか?」

聞くのも憚られるような会話に***は入ってきた。
さっちゃんの隣にしゃがむとそっとハンカチを差し出す。
信じらんねェ。なに困った人を助けるみたいな行動とってんだこいつ。困ってんのは俺の方!!

「あらあなた勝手に家に上がり込んでるから嫌な女かと思えば、意外と気が利くのね」

「え、ここに住んでるの?」そう言いたげな***の手からひったくるようにハンカチを受け取ると、さっちゃんはさっと目の周りを拭く。メガネが元に戻っていた。なんの手品だ。じゃなくて誤解を絶賛生産中のこいつの口を止めなければいけない。

「銀さんも銀さんよ、私のいない間に違う女連れ込んで。そういうプレイ!?いいわよ!いくらでも私の気持ちを試すがいいわ!」

非難するような言葉を浴びせると傍に座る***にしがみつく。
***はというと目を白黒させて銀時とさっちゃんを交互に見やるのみ。
なんだよこの状況。最初っからおかしいけどもっとおかしくね?この構図。

「ちょっと何してるんですか銀さん***さん。餃子が焦げるでしょうが!」
「はっ!新八くんごめんっ、!あのすみません放してもらえますか?」
「嫌よ、あなた銀さんのなんなの!私は銀さんのものよ!」
「俺はお前を貰った覚えはねェ!」
「もう忘れてしまったの銀さん。私達、将来を誓い合った仲じゃない!」
「何してんのかと思えばさっちゃんさんあんたかいっ!」
「ねえ新八くんからも言ってやって。私が劇的に銀さんと出会ってどれだけ愛を育んだか!うぇぅぷ」

新八はホットプレートの蓋を開ける。溜まった蒸気がさっちゃんの顔にふわり、直撃した。

「なんで僕がそんなことしなきゃいけないんです。大体育む愛もそもそもないでしょうに」

いい具合に焼けた餃子をさっとひっくり返し反対側にも焼き目をつけると皿に引き上げた。後から来た神楽はそれをひとつ摘むと口に運ぶ。

「あんたに蔑まれたって嬉しくなんてなんともないのよ!私は銀さんだからいいの!」
「うるせーな分かったから少しお口閉じてくんね」
「私の口を何で塞ぐ気?!わかったわ、あれねあれよね」

顔の下で手を組み目をつぶる。いつも通りの行動を取り、キス待ちの顔をするさっちゃんに深い溜息が出る。

「うん何も分かってないよね。塞ぐとか言ってねーもん俺。閉じてって言ってんだよ。神楽ー!この天井から落ちてきたゴミ、会話が通じねェから家の外に捨てといてくんね。そうしたら摘み食い見逃してやるからよ」
「あいあいさー!」

ひとつではなく2つ目3つ目と口に運ぶ神楽は、さっちゃんを引きずるようにして玄関から締め出した。

「はァ、うるせーのがやっとどっか行ったな」

社長椅子にどかりと座ると机の上に置きっぱなしのジャンプを手に取る。もう何度も気に入ったシーンは読み返した号だ。
さっちゃんのことを説明しようと思ったが、そうする理由が今の***との間には明確にはない。力説でもして必死さに引かれたら。そう思うとどうしても居た堪れなくて***の視線を遮るように眼前に開いた。

「あの、追い出してよかったの、?彼女さんじゃ」

そんな銀時の気も知らず***はとんでもないことを口にした。
反射的にジャンプをばん!と閉じてしまう。

「お前に関係あんの?」

勘違いされても仕方がない。そんな状況だった。
嫉妬した風でもない、ただ驚いて困って戸惑うだけ。しかも***の口からさっちゃんを擁護するような言葉が出てきたのが少なからずともショックだった。だから咄嗟に出た言葉がそれだった。
口にしてまってから気がつく失言。

「あの!違うんですよ***さん。さっちゃんさん、あ、彼女さっちゃんって言うんですけど銀さんに付き纏ってて。元御庭番衆のくの一だから家にも勝手に入ってきちゃって」
「要するにストーカーね。いつもの事だし、あれで楽しんでるとこあるネ。気にする必要ないアルよ」
「ストーカー…」

ストーカーそう聞いて納得したのかしていないのか***は少し瞼を伏せ、どこか悲しそうな表情をしていた。

「あの***さんお願いがあるんですが、たくさん作りすぎたので下のスナックお登勢に餃子、持って行ってもらえませんか?」

なんとも言えないこの空気。放っておけばもう帰るなんて言い出しそうな雰囲気をした***を引き止めるために新八はまたお願いをした。




♭22/10/10(月)

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