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エプロンを外すと出来たばかりのほかほかの餃子が乗った皿をラップに包んで両腕で抱え***は万事屋を出るとほっと一息。
“お前に関係あんの?”そうだ。関係ない。万事屋は真選組とはただの腐れ縁だ。恋愛事情にまで口を出して欲しくないだろう。でも***にとっては大きなことだった。言動はあれだったが良く見ればとても美人なさっちゃんさん。なにより人間良い感情を持つ人に対して悪い気はしない。ちょっと過度だったけど、そうして真っ直ぐに気持ちを伝えられる素直さがとても羨ましく感じた。
いいな。凄いな。羨ましいな。そう思うとまたじくじくと胸の奥が痛む。
それからストーカーに対する扱い。あれが普通だと***も思う(ちょっと過激だけど)。じゃあ私が少し前までしてきた事がバレたら扱いがああなるのかと思うと、ちょっとだけ目の当たりにして悲しくなった。

そんなことを考えていればスナックお登勢の前で餃子を手に仁王立ちしていた。
片手でお皿を持ちがらりと戸を開ける。

「いらっしゃい」

カウンターでタバコを更すスナックお登勢の店主、お登勢が顔を上げた。

「こんばんは」
「***、あんたどうしたんだい?久しぶりじゃないか」

カウンターの向こうから***の姿を認めたお登勢は大袈裟に喜んだ。
隣でグラスを拭いているおかっぱ頭に猫耳という言葉だけでは世の男共が悶えそうな出で立ちをした女性、キャサリンも手を止め驚いた顔をする。

「万事屋からです」

店内に入りカウンターにお皿を置く。客がちらほらと見えた。もう開店している時間帯だ。邪魔にならないうちにお暇しよう。

「万事屋って、あんた…」
「お登勢様、こちらの方は」

奥から出てきた年若い女性が声をかけてきた。
緑色の髪は三つ編みで束ねられくるりと結い上げている。

「ああ、たまは会うの初めてだったね」
「あの、###***です」

頭を下げればたまも頭を下げた。

「初めまして。スナックお登勢で働いてます、たまといいます。***さんはあのかの有名な税金泥棒の真選組なのですか」
「え…?」

なんで分かったのだろう、そう思うも制服を身につけていたことを思い出す。

「よくお見かけする制服です。私の中でデータ化されていますので」
「たま!」
「お登勢様。だってよく銀時様が真選組は税金泥棒だって言ってらっしゃいます。あれは間違いなんですか?」
「悪いね***。この子影響受けやすい子で。悪気は全くないんだ。いいかい真選組は税金泥棒じゃない。武装警察組織だよ」
「税金泥棒ではなく武装警察組織。わかりましたデータを上書きしておきます」

ウィーン。そんな機械音が聞こえてくる。目も心做しかテレビのように砂嵐が走った。
何度も税金泥棒と言われれば、なんとも言えない気持ちになる。

「え、えっと、たまさん?は」
「ああ、この子は少し前に流行ったからくり家政婦なんだよ」
「改めてよろしくお願いします。***さん」

そう言って差し出された手を、少し躊躇いながらも握り返した。
からくりなのに手は暖かくて柔らかかった。

「それじゃあお忙しいでしょうしお暇しますね」
「待ちな、***」

用事は終わった。長居は無用だ。そう思って帰ろうとするもお登勢に呼び止められた。

「あんたあれからどうしてたんだい」
「えっ、と…普通です」
「普通って。あれこれ口は挟みたくないけど、普通の女がする仕事かい?」
「アレカラ姿ガ見エナクテ、オ登勢サントテモ心配シテタンダヨ。私ハシテナイケドナァ!」
「あんたは黙ってな」


かなり前のことだ。銀時と顔をばったり合わせるよりずっと前。かぶき町に来たばかりの頃。
捜し人を見つけて舞い上がって、ひと目会いたくて万事屋の近くまで何度も足を運んだ。1階部分にあるスナックお登勢は夜の時間帯に賑わうし、銀時も当たり前のように足を運んでいたので静かになる時間帯を狙った。察しのいい人だから、じっと見てるとバレてしまう。だから自ずと眠りこけているだろう朝方に。今思うとほんとのほんとにただのストーカーだ。
それでも足を運ばずにはいられなかった。
手が届かなくてもこんなにも近くにいることに安心したかったのか、それともずっと前から空いて埋まることの無い形容し難い感情の穴を埋めるためだったのか。
ぼんやりと早朝の人も疎らな通りに立って「万事屋銀ちゃん」そう書かれた看板を見上げていた。
それを何度も繰り返しているうちに店前に立つ人影に気がついたお登勢に見咎められてしまったのだ。

人に声をかけられるとは思ってもいなかったうえに、誰にもバレたらいけないような気持ちでいた***は、とんでもない悪事がバレてしまった心地だった。
だから言われるがまま、手を引かれるがまま、閉店後の片付けをしているであろうお店に引き入れられカウンターに座った。まさに裁きを待つ罪人の心地で。

「あんた名前は」
「***、です」

名前を問われるがまま告げれば、スナックのママ、お登勢はなにかに驚いたように一瞬はっとした顔をしたのは今でも覚えている。それがなにを指しているのかは***には分からなかった。

「何か用事があったんじゃないのかい」
「え、あっと、用事は、あの」

不審者だと自分でも分かる。でも、上手く言葉が出て来なくてなにか言い訳を探す度に視線がフラフラと行っては来たりを繰り返した。

「オ前ハッキリシロヨナ」
「すみません…」
「もしかして、依頼かい?」
「依頼…?」
「うちじゃなくて上の万事屋、銀時に用事なんじゃないのかい」

銀時、その名前にどきりとした。

「いいえ違います!すみません大変ご迷惑をお掛けしました!」

カウンター席を立ち深々とお辞儀をするとお店を出ようとする。だがことりと音を立てて目の前に置かれた小鉢にピタリと止まる。
え、なにこれ。

「食べな。こんな早朝から娘がひとりでぷらぷらするもんじゃないよ」
「え、いや、あの」
「食べられないってかい?ここいらじゃそれなりに有名なんだがね私の店は。それに昨日の残りもんだよ」

こんなことをされる理由は見当たらないが、そんなことを言われると食べられないなんて言えない。
椅子に座り箸を取る。一人だと色々と雑になる。朝ごはんはまだだった。

「いただきます」

小鉢の中は、ほうれん草のおひたし。口に運べは優しい味にほっと一息つく。それでも未だ罪人のような感情は抜けない。

「これも食べな」

こんもりとお茶碗に盛られた白米と、汁物が出される。

「えっと、」
「昨日の残りもんだ。キャサリンも早く食べてしまいな」

そう言ってもう一人分お茶碗に白米をよそうのは炊きたての炊飯器から。どうみても残り物ではなかった。

「ご馳走様でした」

食べている間に問い詰められるかと思ったが、そんなことは無く静かに時間は過ぎた。
なんの意図があったのか全く見えず、不安に思っているとお登勢が笑った。

「あんたお腹が減ってたんだね。ぺろぺろ食べたちまったね」

かぁ、と顔に熱が集まる。言われてみれば雑すぎて、まともな朝ご飯を食べたのはいつぶりだろうか。

「気が向いたらでいい。またいつでも来な。食べさせてあげるから。ただし次からはお代はきっちり貰うよ」

咎めるつもりは無い。何かをしているのならここに来ればいい。そんな風に***には聞こえた。
ご飯はそれを示すためのお登勢の態度だったのだと気がつく。優しい、温かい。やっと罪人のような気持ちは無くなっていた。

「ありがとう、ございます。とても美味しかったです」
「そうだろう。作り手がいいもんでね」

それから朝に何度も足を運んだ。お客は誰も居らず、銀時に鉢合わせをする確率の少ない早朝の時間帯。
お登勢とキャサリンと***で朝の食事を摂った。
銀時の事に諦めがつくまで。



お登勢はカウンターに置かれた餃子の盛られたお皿を手に取ると、今いるお客の人数分の皿に乗せる。キャサリンにそれを運ばせる。
それでも未だたくさん盛られた餃子のひとつを手に取ると口に運んだ。

「美味しいね」
「よかったです。神楽ちゃんと新八くんと作りました」
「なんだい、銀時は一緒じゃなかったのかい」
「はい」
「2人にありがとうって伝えてくれるかい?」
「はい伝えておきます」

***が何も答えない事をまた咎めることも無くお登勢は言葉を重ねる。

「またいつでも来な。待ってるよ」

優しい、温かい言葉に頭を下げるとスナックお登勢を後にした。



“お前に関係あんの?”
あまりにも冷たく突き放すような失言だったと気がつくも口から出た言葉は戻らない。
***のいなくなった空間は銀時に厳しいものだった。
なんであんな言い方をするのか問いたげな新八と神楽の視線。無言のふたりの圧は重く伸し掛る。逃げるように席を立つと隣の部屋の襖を開く。そこには部屋を占領するように定春が眠っていた。
安眠を妨げる侵入者にぴくりっ!と耳が動く。だが銀時はお構い無しに定春のもふもふの毛に顔を埋めた。

「あんた何やってんですか」
「見りゃわかんだろ」

心にできた傷を癒してんだよ。誰にも察して貰えないこの心の内の荒みを定春をモフる事で少しでも穏やかにしようと思った。だがそれも定春に拒否される。
迷惑そうに唸りしっぽを揺らすとばしり。銀時の頭を叩く。しまいには立ち上がり場所を居間へと移すと神楽の傍で蹲った。

「さーだーはーるーくーん???」
「定春乙女の心を平然と傷つける男は嫌だって。残念だったアルな」
「わざとじゃねェし。俺だって不本意だったんだよ」
「だったら謝るヨロシ」

うんうん。同意するように新八も頷く。
ひくり。口元が引き攣った。

「銀さんやる時はやる男だから」
「やる気になった時しか謝れない男になっちゃダメアルよ、定春」

定春を撫でながらいちいち突っかかってくる神楽の言葉がぐさぐさと突き刺さる。

「もうなんなのお前ら!あーわかったよ分かりました」

真選組のやつらは顔を合わせれば悪態をお互いにつくそんな関係のはずだ。なのになぜ***にはこの2人が甘いのか。理由が分からず混乱する。
いつの間にこんな親しげになった。そんな時間は無かったはずだ。だがそこに悪感情を抱くことは無かった。

「つーかあいつ遅くね?」

スナックお登勢にこんもりと盛った餃子を届ける。たったそれだけの事なのにやたらと戻りが遅かった。

「そうアルな」

ソファの背もたれにかけられた制服の上着と立て掛けられた刀は、ここに戻ってくることを指している。だが、帰りが遅い。

「あ、あいつババアのこと知ってんのか?」
「あ」
「あ」
「知らねーのに行かせたのは、どこのメガネだったけ?」
「ここのメガネですっ!」
「勇気ある新八くんの名乗りに応えて俺が代わりに行ってきてやるよ」

***と2人の時に謝ってしまえば先程の、ちょっかいも突っ込みも無いだろう。
万事屋に来るのが初めてならスナックお登勢も初めてだろうという当たり前のことを気がつけずに意気消沈する新八の姿に、気にすんなと肩を叩いた。

ブーツを引っかけ外階段を下りる。
感情のままにぶつけた言葉は突き放すためではなかったが、意図せずとも***にはそう入っていったことだろう。このまま謝らずにいようか。そうすれば自ずと***との間に出来てる溝がより深くなる。
突き放すか守るか。そのどちらにも決めあぐねていた銀時にとって既に一石を投じた後のこの状況は、流れに任せるいい機会にも思えた。
だが、先程のやり取り。もし銀時が***を突き放せば、***を守るように2人は俺を非難するのではと一瞬頭を過ぎった。
あいつらは何も知らなくても、きっと俺のことを見透かして来る。“それでいいの?”って問い詰めてくる。
それはとてもめんどくさい事態だ。起こしたくない。

「はぁ、謝るか…」

階段を下りると店から出てくる***の姿が見えた。***も銀時に気がついたようではっとする。

「わりーな。ばあさんのこと知らなかったから手間取っただろう」
「いいえ、お登勢さんとても優しくて、だから大丈夫」

なにかを慌てて隠すかのように早口で***は言った。
それを追求することも無く銀時は万事屋に戻るために踵を返した。それに***も付いてきた。

「悪かったな」
「何が?」
「何がって、さっきの、その」

何を謝られることがあるのかとばかりに本当に何か分かっていないのか首を傾げる***に立ち止まると困ったように頭をかく。

「いや、さっき俺が関係あんのって」
「…ごめんなさい。関係なかったよね」
「なんでお前が謝んの。俺が謝ってんの」

謝るべきなのは自分だとばかりに***は申し訳無さそうに笑う。その態度に2人の間にある溝を明確に見せつけられた気がした。

「あのなァ俺はお前が口を挟んだことに怒ったんじゃねェんだよ。とんでもねェ勘違いしたのに怒ったの。さっちゃんは彼女でもなんでもねェし、ただの変態ストーカーお分かり?」
「え、でもとっても美人さんだし将来を誓い合ったとかなんとか」
「誓い合ってねェよ!あいつに巻き込まれて色々事情があったつーか。それにな美人だったら誰でもいいわけないだろう」

面食いでは?そう言いたげな***の視線にいたたまれなくなる。
確かに美人と可愛い子は目の保養だ。

「そっか、でもじゃあやっぱり私もごめんなさい。勝手に勘違いして不快にさせたよね」

どこかほっとしたような表情の***に銀時も胸を撫で下ろした。
誤解は解けた。それが少しだけ心を軽くする。
そう感じると自分にはもう突き放す選択肢は無いような気がした。

「分かってくれたんなら、もう気にしてねーよ」
「うん、ありがとう」

そう言って笑う***は後を付いてくる。
こんな風に些細な行き違いであれば良かったのに。酷く傷つけてしまう前にもっと***と向き合えばよかった。今からでも間に合うのだろうか。

「それとありがとな。神楽と新八に付き合ってくれて」

俺の一言に此処にいたことを責められた気がして後悔していただろう***にはすんなりと入っていなかったのか、一度きょとんとした顔をして言葉を飲み下す作業が終わったのか、少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら嬉しそうに笑った。

「どういたしまして。でも、私も楽しかったから誘ってくれた2人にお礼言わないといけないな」

作った笑顔ではない。俺の言葉に心の底から嬉しそうに、ぱっと花が咲くように笑うから気恥ずかしくなって***から顔を逸らす。

「食ってくだろ?」

その言葉に一拍置いて小さい声で「うん」と返事が聞こえた。

もう一度ここから始めようか。いつか懐かしい呼び名で呼んでくれるまで。***が許してくれるまで。その時をじっと待とう。それが今の俺にできる事だと思った。




♭22/12/10(土)

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