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「ねえねえ、銀ちゃん。今日は奮発して焼肉食べたいアル!」

万事屋3人は仕事の帰り道。大通りを肩を並べて歩いていた。

「何言ってんの神楽ちゃん、少し色を付けてくれたからってうちの家計は火の車なの。ねえ銀さん」

久しぶりに来た万事屋への依頼は、昼間からスナックお登勢で呑んだくれる銀時を見兼ねたお登勢の口添えからだった。
銀時にとっても顔見知りからの依頼で、最近仕事のなかった万事屋の事情を知っているのだろうか、渡された封筒の中はこちらが提示した金額よりも多かった。

「そうだよ神楽。元手を増やさなきゃ焼肉なんて食いに行けねェよ」
「増やすって何アルか!お前まさかまた玉打ちに行く気アルか!渡すね!その金渡すアル!」

封筒を奪うために銀時に飛びかかる神楽。

「お前の娯楽のために消えるくらいなら私の食費に消えた方がそいつらも幸せネ!」
「冗談、冗談だよ神楽ちゃん、痛っ、!おま加減しろ加減!」

仕事もなく金もなく、碌なものを食べていない神楽の抗議は激しかった。
手当たり次第に懐を漁る神楽に手にした封筒を高く掲げて死守しようとする。

「2人ともやめてくださいよ。こんな道端でみっともない」
「あ、てめっ」

神楽から遠ざけるように手に掴み高く上げていた封筒は、ひょいと跳んだ新八の手に。

「これは僕が管理します」
「いやっほう!神さま仏さま新八さまァ!」
「神楽ちゃん勘違いしないでよね。ご飯云々は抜きにしても2人は先ず節制と倹約って言葉を覚えてください」

じとりと睨んでくる新八の目は、怒り半分呆れ半分。
仕事もない金もないのに気がついたらここの所フラっとどこかに出かけていた銀時と、酢昆布といえど目の前に掲げられて独り占めをする神楽に新八も限界が来ていた。
どちらにも渡す気はない。そんな意思を感じ取った神楽は先程までとはうって変わり、しょんぼりと項垂れた。

「美味しいものお腹いっぱい食べたいっていう、育ち盛りの娘の慎ましやかで、切実な願いが…、全部銀ちゃんのせいアル!」
「はいはいそうです。全部俺のせいだよ」

お前に限って、その願いは全くもって慎ましやかではない。そう言いたいのを堪えた。
現に自分も碌なものを食べていない。大食らいの神楽にしてみれば、銀時以上に我慢をさせてきたのだろう。

「焼肉は無理でも、ちったァマシなもん食おうぜ。新八もそれくらいなら許してくれるよ」

頭を撫でてやれば、落ち込んだ表情はぱぁと明るくなる。
銀時に対する怒りはどこへやら。食べ物への欲求には変え難かったらしい。

「うん、!新八に聞いてみるアル!」

先を歩く新八目掛けて神楽は走っていた。
それを目で追えば新八が足を止め誰かと話し込んでいた。
見慣れた黒い真選組の制服を着た2人組。沖田と土方のいつもの2人だと思った視界に入る2人はあまりに身長差があった。なにより背の低い方は栗色の頭ではなく黒色で、男ではそうない長髪。顔を見れば直ぐに誰か銀時には分かる。足が止まった。

なんでだ、どうしてお前がその制服に袖を通している。
初めて見る***の制服姿に湧いた感情はそれだった。
一度も外回りの仕事をしているのも見たことがなかったし、制服を着た真選組の誰かと連れ添って歩いているのを見たのも沖田との1回きり、それも私服だった。
沖田の言うように守られているのではなかったのか。
真選組は危険な仕事だ。普通の女がする仕事ではない。
昔とは何もかも違う。***は守られるほど弱くはない。ひとりでも戦えるし、真選組という仲間がいる。自分の身を守れるだけの力はある。それを紅桜の一件で目の当たりにしているのに、どうしても心穏やかではいられなかった。


「あ、銀さん、***さんにこないだのお礼を言ってたんです」
「そうね、私ら庇ってもらったネ。足どうアルか」
「もう足は治ったよ。こちらこそ、ありがとうね助けに来てくれて。3人じゃどうしようもなかった。ね、トッシーも万事屋さん連れてきてくれてありがとね」
「誰がトッシーだ」

そう言って笑う***に面倒くさそうに返す土方の腕を掴む。

「あ?なんだてめェ」
「ちょっと来てくんね」
「は?気持ちわりィな、なんなんだよ…っ!ちょ、」

触るなと腕を引き剥がそうとする土方の手を握ったまま引き摺るように歩き出す。

「え、ちょ銀さん?」
「お前らは買い物して帰って夕飯の準備でもしとけ。神楽、何が食いたいんだ。新八にリクエストしとけ」
「リクエストOKアルか?!新八、餃子!餃子が食べたいアル!」

なぜよりにもよってそんな手のかかる食品を選ぶんだろうかと新八は溜息をつきたくなる。

「パック詰めされた出来たやつでいい?」
「いやアル。餃子は自分で詰めるのがひとつの楽しみヨ!皆で喋りながら詰めて、ホットプレート囲んで焼くのが楽しいんだから。分かってないアルな」

分かってないのではなくて手間のかかる事に落胆している新八は諦めて材料の買出しに必要なメモを取り始めた。

「まって、土方さん私は?直帰?それとも屯所ですか?」
「お前これで帰る気か!万事屋止めろや!」
「いや土方さんでも無理なのに私じゃもっと無理です」
「分かってるよ!帰れ直帰しろ」

諦めたように土方はため息を着くと銀時と大通りから外れた道へと進んで行く。ふたつの背中はすぐに見えなくなってしまう。

引きずられていくのは止めることは出来なかったが、このままあの二人を放置して帰るのは後ろ髪を引かれるようで躊躇われる。追いかけようか悩んでいた時だ。

「***さん帰るだけでお仕事もう無いのならご一緒しませんか?」

屯所に帰る訳ではなく直帰。となるともう仕事は終わりだ。そして銀時は新八と神楽から離れようとした。だったら銀時と土方、誰にも聞かれたくない話なのではないかと新八は気を回した。

「いい案アル!新八と餡作って、新八と餡詰めるのだけより遥かにいいね」
「えっと、でも」
「神楽ちゃんもこう言ってるし。だからお願いします」

新八はずらりと書き上げた必要な食材のメモを***の手に渡すと、***を連れて3人でスーパーへと向かった。



土方の腕を掴んでいた手はもう離れていた。それでも銀時の背を追うようについてくる。
大通りから逸れた人通りの少ない場所で銀時は足を止めた。それに倣うように土方も足を止める。
そのまま何も言わずに突っ立ったまま背を向け続ける銀時に痺れを切らした土方は声を上げた。

「なんなんだよ。用件があるならとっとと言え。帰るぞ」

踵を返す音に慌てて振り返るとまた腕を掴んで引き止める。

「あ゛ァア!帰んなっ、待て待て。今言葉を選んでんだよ」

勢いで引き摺ってきてしまった。しかも相手を間違えていないか俺。なんでよりにもよってこいつなんだよ。
でも、本人に直接色々聞く訳にもいかない。***本人でなくとも土方は***のそばにいる。よく分かっているはずだ。それにどうしても土方に聞きたいことがあった。きっと人選ミスではないだろう。

「わかったから放せ、!」

お前に腕なんか握られ縋られると気色悪くて堪らない、とばかりに土方は腕を払う。いつものふざけた態度ではなくどこか不安気な銀時の様子はよりその気持ちを膨らませた。

「なんであいつを真選組に入れたんだ」
「あいつ?」
「###***。土方くんなら普通、女を真選組に入れたりしないだろ」

言葉にしていくと***が危険な場所にいる不安より、どうしてそれを土方は許したのか静かな怒りが銀時の胸中を埋める。

「何でなの?」
「じゃあ聞くが何でお前ェにそんなこと教えなきゃなんねェんだよ。関係ねェだろうが」
「関係?大ありだよ」

人が大事に守ってきたもん勝手に危険に巻き込みやがって。
俺達の中で唯一変わらないもの。何も知らない彼女が唯一の救いだった。それなのに。
電車の扉を蹴破って現れた時の姿が鮮明に蘇る。
刀を手に血に塗れても笑う***の顔が。

「なんだ、ガラにもなく女に惚れたってか?」
「惚れた?」

そんな簡単な言葉で片付けられる関係ならどれほど良かったか。
銀時は感情を紛らわせ抑えるように片手で髪に手を埋め顔を覆った。しかしそれは無意味で、溢れ出る怒りを土方は肌で感じていた。

「違う、なにも分かってねェよ。てめェには分かんねェだろ」
「分かってないのはお前の方だろう。あいつがどんな思いしてきたのか、大切なものを守りたくて今ここにいる事を」

土方は違和感を感じた。他人の事に坂田銀時という男が感情的になり、それを顕に他人にぶつけるなんて。いつもは上手く誤魔化して茶化しながら余裕たっぷりなこの男が。

「そんなに大事な女か?だったら徹底的に突き放すか、その腕で護るかはっきりしろよ」

鎌をかけてみた。***が言っていた男なのか。
ほとんどが当てずっぽうだったが、それなりの推測もあった。この間話していた時の会話で何となく、相手はすぐ傍にいるのではないかと。そうしたら目の前のこの男の態度。問い質したくなるのは必然だった。

しかし返ってきたのは沈黙と背筋に走る悪寒。殺気だった。
いつもの穏やかな雰囲気は鳴りを潜め、先程までとは打って変わり人を威圧する視線は常人であれば地面にへたり込んでしまいそうな程に鋭い。
明らかに地雷を踏んだと悟る。

「……やだなァ、土方くん。ただ単なる世間話でしょ。何勘繰ってんの?」

長い沈黙の後に紡がれた言葉はあまりにも無理があるものだった。
世間話でここまで人を引き摺ってくるものか。
声もいつもよりワントーン低い。
明らかに動揺が見て取れた。

あの万事屋がここまで狼狽えるなんて、これは相当にお互い重症だ。
何も知らない他人が口を出してはならない、触れてはいけない部分に踏み込んでしまった。そう気がつくも遅かった。

「……万事屋、」
「悪ぃな、呼び止めちまって」

横を通り過ぎ去ろうとする銀時を今度は土方の手が引き止める。

「待て違う!アイツは何も言ってねェ、俺が勝手にお前等の関係勘ぐっただけだ、…なにも知らねェんだよ」

***が喋っていたとしても、そうでなくてもどちらでも構わないと言いたげな表情を銀時はしていた。そしてなにかに気がついた様に小さく自嘲気味に笑う。

「ああ、…言えるわけねェか。そうだよな」

それだけ言い残すと今度こそ大通りの方へ土方を残し去っていった。





新八、神楽、***の3人はスーパーで買い物を終えると万事屋へと帰りついた。
通りからよく見える「万事屋銀ちゃん」の大きな看板。それが視界に入ると足取りが重たくなる。
かぶき町に来てすぐのことを思い出す。銀時を捜してここを見つけた時の感情を。最初は何度も足を運んだ、どうしても諦めきれなくて。でもそれも銀時の現在いまを見ると次第に足が遠のいて行った。今ではなるべく立ち寄らないようにしている場所だった。
荷物を置いたら帰ろう。そう心に決め足を踏み入れる。

「***さん、台所はこっちです」

玄関を入ってすぐ左。靴を脱いだ新八が案内してくれる。
ここがいまの銀時の居場所。そこに今自分は立っている。そう思うと落ち着かなくて新八の言葉に生返事を返し靴を玄関に揃え荷物を台所に運ぶ。
だらしのない銀時にしては綺麗に整えられたシンクには、コップが3つとそれぞれに歯ブラシが立っている。棚にはお茶碗が3つと箸が3膳綺麗に並んでいる。
買ってきた食材を冷蔵庫にしまっていく新八の姿に、整えているのは彼なのだと思った。
まざまざと見せつけられる銀時の知らない部分。それが沢山ここにあるのだと思えば苦しくなった。

「***さん食べていきますよね?」
「みんなで食べるならホットプレートね!どこにしまったアルか新八」

ごそごそと戸棚の中を探す神楽に新八は右手の奥だと言った。

「お誘いは嬉しいけど家主もいないし、帰るね」

長く居たら優しいふたりに毒されてここにいていい、そう思い込んでしまうかもしれない。
立ち去ろうとする***の手を反射的に新八は握った。
言葉もなくいきなり掴まれた手に、***も驚いたが、そうした本人が一番驚いていた。

「!あ、えっと、その、…いかないでください」
「…へ?」
「あの、か、神楽ちゃんが食べる量って尋常じゃないんです!餡を作る量も、詰める量も銀さんいないし僕一人じゃとても手に負えなくて、だから、僕を助けると思って手伝ってください!お願いします」

どういう意図があるにせよ、大変だから手伝って欲しいと頼み込まれては***は断れなかった。




♭22/09/12(月)

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