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あの一件から数日。真選組は後始末に追われていた。
妖刀に魂を喰われ自分を見失いかけていた副長土方と大怪我を負っていた監察方の山崎が戻ってきてもそれはしばらく続いた。

「土方さん、聞き取り調査はあと何人です?」

***は局長付きから副長付きに戻り忙しなく働いている。
事の顛末を報告するため、全隊士への聞き取り調査が行われた。

「あとはお前だけだよ」
「土方さんはしないんですか?」
「お、俺はいいんだよ」
「ヘタレたオタクになってた事を報告しにくいんです?妖刀に魂喰われてたとか眉唾ですもんね。先に聞き取り調査したみんなの話に合わせようって腹ですか」

図星をつかれたのか黙り込む土方に悪戯心が増す。

「もしかして今でもヘタレてます?トッシーでしたっけ?私も会いたかったな」
「ヘタレてねェよ!たく…っお前が少しはヘタレろ。俺が居ねェ間に勝手しやがって…って何してんの?」

すっと携帯電話を取り出すとポチポチといじる***。
土方の携帯電話がプ〇キュアの音楽を流して着信を報せた。

「はい、もしもし。土方でござる」

躊躇いもなく電話を受け取る土方に***は納得したような生暖かい視線を送って電話を切った。
人が心底心配して連絡を入れた時と同じ反応。正しくトッシーだった。

「て、てめェ!」
「なるほどなるほど、トッシーの影響で着信音もオタク。悪くないと思いますよ、好きな音楽で電話取るのってとても気分良く出られるし相手も気持ちがいいと思います」
「なんだその理屈!!俺は別に好き好んでこの着信音にしてんじゃねーよ!!」
「そうなんですか?いいと思ったのにな」
「なにがだよ、何も良くねェ。こっちは困ってんだ」

意図していない時、ふとした時に現れるトッシーに手を焼いているらしい。

「えー、緩い副長見てると皆も和むじゃないですか」
「和むな!いい影響じゃねェだろ。あー、お前と話してると疲れる」
「沖田くんほどではないでしょう?」
「一緒だよ。どうでもいいけど聞き取り調査早く終わらせるぞ」




「で、お前はなんで隊士募集にくっついて行ったんだ」
「それは近藤さんと伊東さんに付添いを頼まれたからです」
「伊東が扇動してやったことについて詳しくは知らなかったと」
「はい、知りませんでした」
「じゃあなんで伊東の手当をした」
「土方さん、それはお咎めを受けることですか?」
「いや、俺個人として気になっただけだ」
「そうですか、強いて言うなら怪我をしていたからです」

怪我をしている人がいて手当をする。***にとっては条件反射みたいなものだった。
かつてそうしてきたように。手をどれほど尽くしても助けられない人は手を握って言葉をかけた。
それが正しかったのか分からないが、気がついたら同じようにしていた。

「わかった。それじゃあ、俺との約束を反故にして除隊覚悟で伊東派連中斬ったのは?」

問答を繰り返していると不穏な空気が落ちた。
にっこりと笑う土方の顔が怖い。

「えっと、それは近藤さんが危機的状況で、最終兵器の出る幕かなっ…て」
「誰がそんな許可出したよ。誰が最終兵器だ、勝手に隊士募集に行くなんざお前の判断が誤ってんだよ。よっててめーは無期限の刀狩りじゃァ!」
「それはだめ!ご勘弁をォォ」

悪魔のような沙汰を下す土方に***は刀にしがみついて床をころがった。

「そもそもお飾りだっただけの物じゃないですか!ちょっと本来使いしたら狩られるの納得いきません」
「納得いきませんじゃねェんだよ。約束破ったのはどこのどいつだ?」
「……わたしです」
「じゃあ俺がお前から刀取り上げるのは不当か?」
「それは、あの…近藤さんが心配で。でも結果的には丸く収まりません…?」
「どこが丸いの?どの辺?勝手に隊士募集について行くわ、刀は抜くわ角しかねェだろ!」
「土方さんのいない間頑張ったんです!できれば口頭のみの注意とか、謹慎処分とかでお願いします」
「お前どんだけ刀取り上げられたくねーの?!!使わねェじゃん!」
「私最初に言いました!これは私が私であるために必要な物だって」
「そう言ってた刀はもうねーだろうが。テメーが自分で折ったんだろう!」
「折れたんです!折ったんじゃありません!」
「どっちでもいいけどお前は暫く刀触るの禁止」
「それじゃあもうダメなんです!」

飛び起きると土方の向かう文机をばしりと叩いた。
机に片肘をつきタバコをふかしていた土方は、振動でぼとりと手の甲に落ちた灰の熱さに飛び上がる。

「今回のことに鬼兵隊が関わっていました。もし伊東さんが私の情報を流していなくても、あの場にいた浪士達から情報は漏れます。そうならなくてもこんなに大きくなった真選組の体制では裏切り者や間者が出るのは必定です。私の情報は筒抜けなんです」
「…それは俺としても何とかするべきだとは思っている」
「不逞浪士に襲われたらどうするんです?天誅!って、ドラマみたいに」
「お前狙ってなんの得があるんだよ!」
「鬱憤晴らしですよ、真選組ってだけで狙われます。なのに刀がなかったらどうですか、私すぐに死んじゃいます」

土方は大きくため息を返した。

「お前暫く出勤してくんな。療養お休み休暇!」
「療養って、今更だし人が減って色々忙しい時にそんなこと出来ません」
「仕方ねェだろうが。大体その足何針縫ったよ」

爆発が起こった時にざっくりとガラスで切れた足は未だ治りきっておらず、走るのはまだ厳しかった。

「さぁ、覚えてません」
「負傷もしてるのに何かあった後じゃ遅せェんだ。それにお前はそういう立場じゃねェだろ」
「だからそこを少し考え直してくださいって言ってるんです」
「お前は真選組に何のためにいる。前にも言ったが功を上げるためじゃねェだろ」
「功を上げるためじゃなかったらいけないんですか。私はただ、私の守りたいものを守っただけです。それにいまだに土方さんの言った言葉の意味が分からないので、休んでいる暇なんてありません」

“守ることの意味を履き違えている”

土方の中で転海屋の一件、躊躇いもなく庇うために銃口の前に出たことが引っかかっていた。
安易に他人を守ろうとする。
そうさせる何かに囚われているのではないか。真選組に入りたい、そう言った時に話していた事から過去に囚われていて今が見えていないのだと感じていた。
守りたかったものと真選組を重ねてみている。
そうして別のものと重ねられた真選組を守って手を汚されるのも、死なれるのも気分のいいものではないと思った。

「お前は何を守りたいんだ」
「え、…」
「お前は真選組のことをどう思っている」
「ちょ、と、待ってください」
「守るという行為をどう捉えている」
「ちょっと待ってってば!えっとなんでした、?どう真選組を思ってるか?私は居場所だと思ってます」

畳み掛けられる言葉に慌てて返す。
土方や近藤がいて、沖田がいる。その周りには隊士達がいて賑やかな場所。それが***にとっての居場所。真選組そのものだった。

「居場所ね、お前が本当に守りたいものは何処にある。そこにこそお前の居場所があるんじゃねェのか」
「それは…、今はないって言うか、私が勝手に思ってるだけって言うか」

今の銀時にはあの人の世界があって、頼りになる人たちがいて、信頼しあっている。そう思うとまた胸がちくりと痛んだ。
前に一度感じたものと同じ痛み。あの時は深く考える暇もなかったが今ならこの痛みの理由が分かった。
嫉妬だった。あの人の周りにいられる人たちが羨ましかった。

「はっきりしろ」
「…、私の今の居場所は真選組です」
「お前はそれでいいのか。本当に後悔しないのか」
「後悔ならもうしました。これからもきっと後悔します。でもだからこそ後悔の少ない道を選びたい。真選組ここにいたい。私の居場所を守りたい。真選組は私にとって大切なもののひとつなんです」
「その大切なもののひとつを放っておいて、お前は平気か」

今回の一件で土方にとって一番に守るべき人、大将の近藤のそばにいられなかったことが堪えているのかその言葉を口にする表情は重かった。

「え、アレ、?もしかして土方さん、」

妖刀のことを話してくれなかったのも、“守ることを履き違えている”なんて言葉を投げかけられたのも、信頼されてないからだと思っていた。

「私のことすごく心配してくれてるんですか?」

口にすると今までの態度とぴったりはまっていく。
お前は真選組と比べられないくらい大切に想うものの傍にいなくていいのかと。そう問いかけられているような気がした。

「誰が心配?!お前が勝手ばっかりするからいつか死にそうで見てると腹立つんだよ」
「もしかしなくても転海屋の一件で庇ったせいですか?私が無謀な事するって思っちゃいました?」
「違ェっつってんだろ!お前に組守って死なれでもしたら寝覚めが悪ィんだよ」

額面通りに受け取っても、そこに隠れた真意を受け取っても、想ってくれている言葉に心が温かくなる。

「いいんです。私の守りたかった大切な人たちはね、私がいなくても大丈夫なんです。ただ、ちょっとだけ寂しいかな、なんて」

誰も彼もが今隣にいる大切な人たちと今を生きているはずだから。
私もそう。真選組が居場所だから。

「それに、そんな簡単に死んだりしませんよ私。もう心配性なんだから」
「あ〜〜もう、人の話を聞けッ!なんでお前はそうひとりで勝手に突っ走る」
「突っ走るって、土方さんが聞いてきたことに答えただけですよ。それにね、すごく怖かったし危険だけどあの頃と比べると遥かに気分がいいんです。隣にいて手が届く」

土方を庇った時も、電車の中での戦いも死がすぐそこにあった。それでもそれに勝るだけの理由が***には見えていた。隣で戦える。共にいられる。
明るくそう言葉にする***に土方は諦めたように視線を外し、それでいてどこか納得したように言った。

「総悟がな、言ったんだ。お前には迷いがなかったって」

伊東派の隊士を斬り伏せたあと俯くことも無く、次に進めたことを言っているのか。その斬り伏せたという行動そのもののことを言っているのかは定かではない。
だが確かに言われた。鬼だと。鬼の仲間入りだと。

「俺はお前には耐えられないと思ってた」

普段は仲間を守るために動いている***が殺すために剣を振るった。傍から見ると酷く矛盾した行為だ。

「優先順位の問題ですよ、ただそれだけです」

***にとっては矛盾はしていない。自分の守りたいものの為に走る。それが全てだ。
もう二度と“お前には無理だ”と、そう言われないために。
大切なものを守るために。

「だってもし近藤さんと土方さんが対立したらどっちに付いていいかわからないです、私」
「ねーよ!そんな事!」
「ですよね、あったら困ります」
「じゃあお前の大切なやつと俺らが対立したらどうする」
「えー、それ聞きます?仕事と私どっちが大事ってやつじゃないですか」

どきりとした。土方は大切なものを見誤るなとでも言いたげだったが、一瞬見透かされているのかと思った。

「どちらも大切です。譲れません。なのでどちらもぶん殴るし、どちらも守ります」

即答すれば、すごい嫌そうな顔をされた。

「それお前ご都合主義って言うんだぞ。節操がねェ」
「節操なくてもいいんです。私の大切な人を守れればそれでいいんですから」
「お前、ずっとそればっかりな」
「それが私ですからね」

大切なものを隣にいて守る。その一心でここまで来た***にとってはそれしかない。

「わかったよ、負けだ俺の」

一瞬なんのことを言っているのかわからなかった。
そんな***を置いて土方は書類になにやら書き込む。覗き込み文字を追う。
“手に余る酷さはどこぞの男にも劣らない。自信過剰な所が玉に瑕だが、それを無視しても余りある実力には付ける文句はない。皮肉にも今回の一件でより明確になった。あとの判断は警察長長官松平片栗虎殿にお任せ致したく候”

「何覗き込んでんだよ」
「え、え、?なに、この文字?」
「なに?読めねェわけねェだろうが」
「いやいや、読めますけど、…え?本気ですか」
「なんだ、今更怖気付いたか」

とても間接的ではあるが***からしてみれば認められたと取れる文面に、混乱が先に来る。
一体今の会話のどこに土方がどう得心したのかまるで理解が及ばない。

「土方さんやっぱりどこかまだへたれてるんじゃ…」
「言うじゃねェか、じゃあこの書類は無しでいいな」
「あー!だめだめだめ!!」

手に取り破り捨てようとする手を思わず掴んで止める。

「まって、ステイ!」
「誰がステイだ」
「どこで納得してくれたのか私には皆目見当もつきません」
「お前、俺が何言っても考えが変わんねェだろ」

無駄だから諦めた。
そう取れる言葉にもっと困惑する。
決めた掟を変えるなんて。

「お前の言うようにとうの昔に限界がきてた。これまでと立場を変えるか、辞めさせるかの二択しかなかったんだよ」

少し前から考えていたことだ。近藤さんとその話も何度もした。何度も迷った。迷いもなく弾丸の前に身を晒す奴だ。このまま立場を変えさせても直ぐに死ぬと思った。
だが実際に隣にいて戦った総悟は言った。***に迷いはないと。自分に出来ることと出来ないことの判別はそれなりについている。その上で彼女に出来る最善を尽くしていると。
それが真実なのかは分からない。ただ沖田がそう感じたというだけでなんの保証にもならないし、沖田と同じように隣で戦って土方が感じた不安が消える訳でもない。
だがそんな不安を払拭するように近藤は笑った。
「人を斬ることだけが侍のあり方だとは俺は思わんよ。もがいて苦しんで、それでも迷いながらも自分の在り方を探している。そんなふうに感じるんだ。それを俺は間違っているだなんて言いたくない。なにより***ちゃんの思いはいつも真っ直ぐだから、きっと大丈夫だ」
そう言って背を叩かれたことを土方は思い出していた。

「辞めるか?真選組やめて遠くに行って大人しくできるか」

返ってくる言葉はさっきのやり取りで分かりきっていたが、確認するように土方は言葉にして問いかけた。

「有り得ません」
「そういう事だ。俺はお前の意志まで曲げることはできねェんだ。だったらやる事は決まってくるだろ」

真剣に***のことを考え抜いて出した答え。
あんなに頑として認めてくれる様子のなかった土方が。
そう思うと、心の奥でどうにも引っかかっていた重たい気持ちがするりと抜けていく感覚があった。
馬鹿みたいにそればかりを願っていた気持ちを認められた。嬉しい、はずなのにどこか何か足りない気がした。
真選組で、今の居場所で皆と同じ責任を背負う事ができる。そんなとても簡単な感情だったはずなのに。

なのに、ちらつく。彼が。
誰よりも認められたいのは、誰よりも傍にいたいのはどこまでいっても坂田銀時でしかない。なんて自分勝手なんだろう。こんなに真選組に居着いて、真剣に考えてくれる人がいて、見てくれている人がいるのに。

その気持ちは本物かい?
伊東の問いかけてきた言葉がふわりと頭の中を通り抜ける。
本当の気持ちは「彼の傍にいたい」たったそれだけだったのに。
そばにいたいから、守りたいから強くなろう。
そばにいたいから嘘をつこう。
なんて回りくどい手を使うんだろう。
こうして自分を鎧で固めなければ辛かった。鎧で固めれば固めるほど安心できた。
それなのに真正面から彼に向き合うことすらできていない。
どうして素直になれないんだろう。
素直になった時にその気持ちをまた跳ね除けられるのが怖いから。何より願う“そばにいたい”その気持ちを受け止められなかった時どうすればいいか分からない。
晋助に言われた言葉から色々推測してしまって、怖い。それだけだと思っていたのに、***は自分でも思っていたより深く、銀時に認めて貰えなかったことが傷になって残っていることに気がついた。

思わず震える手に手を重ねて握り込む。
それを目の端で捉えた土方は何を思ったのか言葉を続ける。

「ほんとは辞めさせようと思ってた。でも総悟が駄目だって言い張ってな。お前は真選組に居ねェと駄目なんだと。なんでなんだ」

何か総悟とよからぬ事でも考えているのか?とでも問いたげな土方の視線を感じながら、何となくだが意図が見えた。

「遠くにだけはやるなってうるっせーのなんの」

私がミツバさんとの約束を守れるようにって取り計らってくれている。

「そうですね、たとえ真選組辞めてもここから離れられないんです私」

一番に認められたいのは銀時かもしれない。
それでも真選組という場所も何物にも代えられない大切な人がいて守りたい場所だから。

「思ったより頼りやすい武装警察さんがいてくれるし、とてもいい場所じゃないですか」
「こっちは御免だ」
「ふふ、まぁとりあえずは松平の長官次第でってことですよね?」
「そうだな」

そう言う土方の表情は心做しか強ばっていた。
本当にこれでいいのか、間違った選択ではないのかそんな迷いが見えた。

「土方さん、選んだのは私で決めたのも私です。あなたが認めてくれたのは私がここにいていいってことだけ。だから何があっても、あなたが負うべきものではありません」

きっといっぱい悩んで出してくれた答えなのだろう。***はそれに応えるだけのことをしなければならない。土方が心配するようならそれを取り除くのも***のするべき事だと思った。

「だったらあまり勝手をするな」
「はい」
「無茶もだめだ」
「はい」
「何よりも先ず自分を優先しろ」
「はい」
「簡単に死ぬな」
「はい」
「お前全部はいって言っとけばいいと思ってんだろう」
「はい…、あ、ち、違う今のは!もう土方さん!」
「いちいち反発するお前が二つ返事で返すからだろうが」

***の反応に土方は怒ることもなく、小さく笑うと表情を和らげた。

「お前が俺の心配するなんざ10年早ェよ」

***も安心したように笑うと、「はい」と短くまた答えた。




♭22/08/06(土)

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