*46 電車と併走する車から鬼兵隊の浪士が電車内へと入ってくる。 「なんでっ、攘夷浪士がいるの」 「伊東のバックに鬼兵隊が付いてたんだよ。多少考えればわかることだろィ」 「なるほど。鬼兵隊と、高杉と共謀していたのか」 「あーそうですかっ!腹立つなあ…ッ」 目の前の浪士共を相手にしながら頭の中で考えることは高杉の事だった。 紅桜の一件で高杉の気持ちを思い知ったはずだったのに、再びこうして敵対されると打ちのめされた気持ちになる。かつてのように手を差し伸べ合う関係ではなく、刃を向け合う相手になってしまったことが堪らなく悲しかった。 「何イライラしてんでィ、女の子の日ですか?」 「沖田くんそれセクハラ!」 「気遣ってあげたんですよ。集中出来てないみてェですからね」 「***ちゃんキツいなら休んでていいんだよ」 「近藤さんまで、!」 「いや本来ならそうあるべきなんだ。だって俺トシに***ちゃん絶対に戦わせるなって言われててさァ!!なのにただの隊士募集ならって思って連れて来らこんなことになって…2人とも、どうしよう」 沖田と***は2人揃って黙り込む。 やばい、すっかり忘れてた。絶対に抜かせないって言われてたのに。 すっかりさっぱり頭のおかしなところも無くなっていた様子の土方に何をどう弁解したらいいのか。 「無視?!確かにほとんど俺の責任だけどさ!ちょっとは気にかけてくれても良くない?ねえ?!」 悲しそうに近藤が言葉を重ねている時だった 車外で何かが光った。 「近藤さん伏せろ!」 いち早く察した沖田が近藤に覆い被さる。 次に押し寄せてきたのは風圧。 「神楽ちゃん、新八くん!」 2人を押し倒すように床に伏せさせれば熱風が肌を焼いた。 再びの爆発だった。今度はどうやら沖田ではなく鬼兵隊の仕掛けたものらしく、橋上に仕掛けられた爆弾は電車諸共に橋を崩壊させる。土方と伊東がいたであろう車両を破壊して。 「しっかりしろヨ!***!」 バシりと加減もなく頬を叩かれる痛みに***は飛び起きた。 「いっ、!た」 飛び起きた瞬間足に走る激痛。 「***さん大丈夫ですか?僕らを庇った時に飛んできたガラス片で切ったみたいで」 「頭にでっかい石があたってたヨ?大丈夫アルか?」 心配そうに覗き込んでくる新八と神楽の顔の近さに少しばかり後ずさりつつも頭を触れば大きなたんこぶ。 なんてコントみたいな展開。 「2人は?怪我ない?」 「君の方が重症だ、大人しくしていたまえ」 「…え、」 声のするほうを見れば座席に寄りかかるぼろぼろの伊東の姿があった。 「伊東さ、ん」 気を失っていた間に何があったのか、伊東はあまりにも酷い怪我だった。左腕はなく体の至る所から血が溢れ出ているのか床には血溜まりが出来ている。土方との攻防の末の結果なのかもしれない。もう助からない。そうひと目で分かるのに、足を引き摺ってでも***は伊東の手当をしていた。 「君は何をしているんだい」 「…うるさいっ、」 自分でも何をしているんだろうかと思う。 この人は自分の起こしたことの罰を受けただけだ。 「僕は裏切り者だよ」 そう頭ではわかっているのに手は止まらなかった。 「黙って!私は言いましたよね。仲間だって。伊東さんが裏切っても私は、…私は。裏切ったみんな私の中では」 「…真選組の仲間か」 悔しかった。裏切られても刃を向けられても、それでも***にとっては変わらず真選組の仲間だった。そうであっても向かってこられれば殺すしか無かった。 「ちゃんと聞いてるんじゃない。なのになんでこんなことになっちゃったんですか…」 「……今になって君の言っている意味が分かったよ」 伊東は静かに新八と神楽を見据えた。 「君達は…真選組ではないな。だが真選組と言葉ではいいがたい絆で繋がっているようだ。友情とも違う、敵とも違う」 「ただの腐れ縁です」 そう答える新八に伊東は小さく笑った。 「そんな形の絆もあるのだな…しらなかった。いやしろうとしなかっただけか…人と繋がりたいと願いながら、自ら人との絆断ち切ってきた。拒絶されたくない。傷つきたくない。ちっぽけな自尊心を守るために本当にほしかったものさえ見失ってしまうとは。ようやく見つけた大切な絆さえ、自ら壊してしまうとは…」 今まで真選組で過ごしてきた日々、そしてそれを転覆させてしまったことを頭の中で巡らすと伊東は悔しそうに顔をゆがめ言葉を重ねる。 「何故…何故いつだって気づいた時には遅いんだ。何故、共に戦いたいのに立ちあがれない。何故、剣を握りたいのに腕がない。何故、ようやく気づいたのに、僕は死んでいく。……死にたくない……死ねば一人だ。どんな絆さえ届かない…もう一人は 」 ひとり己の有様に後悔し嘆く伊東の残る手を掴んだ。 「行きましょう」 「…どこに、?」 「伊東さんが今行きたい場所です。あなたが立てないなら私が支えます」 「…君は、なにを言って」 「あなたが剣を振るえないなら私が代わりに振るいます。指示を下さい」 何があったのか、どうして心境の変化があったのかは***には分からなかったが、このままここで蹲ったまま後悔して欲しくはなかった。 腕を引くと肩に担いで伊東の体を引き上げようとするも、傷つき力の入らない身体を支えるのに力が足りずにふらつく。踏ん張れば怪我をした足がズキズキと痛んだ。 「…っ!怪我をしているきみには、むりだ、」 傷が痛み息を詰まらせる伊東の背に腕を回し、体を支えると一歩踏み出す。するとふわり、体が軽くなった。 「無理じゃありませんよ」 「そうネ。私たちも手伝うアル」 ***と伊東の体を支える手があった。 「***さんが気絶している間に、伊東さんは僕達を庇ってくれたんです」 「だから今度は私達の番ネ」 「…2人とも、ありがとう」 一歩一歩、ゆっくりとだが激しい剣戟の音が聞こえる方へと歩き出す。 「君は、怪我の手当だけじゃ飽き足らず、馬鹿だな…ほんとうに」 「馬鹿じゃありません、だって裏切ったこと許すつもりなんて欠片もありませんから」 この人がしたことは許されることではない。自分を慕う人達を扇動して近藤を窮地に陥らせ、結果真選組の仲間達を殺し合わせたのだ。 それに、手当はなんの意味も為さない。 「…それでいい」 伊東は高杉の言葉を思い返す。火にくべれば弾け飛ぶ厄介な石。そう言うから計画をめちゃくちゃにされるような事を予想していたが、そうではなかった。 火に熱された石はどこに飛んでいくか予想もつかない。 そのことを言っていたのだ。高杉は。 仲間だといい、許すつもりもないのに怪我の手当をし、悪態や恨み言を投げつければいいのに、そうでは無い言葉をかけ、あまつさえ立てと言い僕の手を取った予想外の行動のことを。 それは確かにどんな形だったのか明確に掴むことは出来ないが、彼女と自分の間に微かにでも確かな絆があったのだと、そう言われている気がした。 車両を出ると怒声が響く。 車両を背にに伊東の体を下ろした。 「行くな、その足で行っては駄目だ」 立とうとすればそれを引き止めるように伊東は***の着物を掴んだ。 「もういい、ここで。君だって分かっているはずだ。その足ではまともに戦えない」 「でも、!」 「君は僕に指示をしろと言った、…ここまでで充分だ」 そう言われてしまうともう何も言えなかった。 先程よりどこか満足したような表情をした伊東はぽつりと呟いた。 「***君」 「何でしょうか」 「あの時話したことはひとつも偽りはない」 あの時とは部屋に押しかけて話をした時だろうか。 「だから言っておきたい事がある。誰かに認めて欲しいそう思う気持ちは本物かい?その気持ちの裏に本当の気持ちは隠れていないかい」 どきりとした。もう弱くないのだと、一緒に戦えるのだと認められたい。その裏側にある気持ちを見透かされた気がした。必要とされたい。そばにいていいという証が欲しい。その手段として刀を持つことを選んだことを。 私が私であるために選んだことは本当に正解かと問われている気がした。 「僕が欲しかったのは僕の能力を認めてくれる理解者だと思っていた。でも本当はそうじゃなかったんだよ。だからもしそうであるならば、君には間に合う間に気がついて欲しい。僕のようにはならないでくれ」 本当の気持ちに気がついた時には手遅れで、後悔しかしないようなことは無いように。そう努めてくれ。 伊東の言葉はずしりと重く心に残った。 鬼兵隊を退けたのか、数人の隊士達を連れた原田が近づいてくる。 「そいつをこちらに渡してもらえるか」 「原田さん、鬼兵隊はもう」 「ああ、あとは伊東だけだ」 「……お願いですこの人は、もう……」 伊東の言葉を聞いていた新八がこれ以上伊東が辛い目に遭うことを拒むように言葉を詰まらせた。 「万事屋…今回はお前らに世話になった。だがその頼みだけはきけない。そいつのために何人が犠牲になったと思っている。裏切り者は俺たちで処分しなければならねェ」 「助けてもらったんです!、それにこの人…」 「連れていけ」 「なんで!!近藤さんどうして…、近藤さっ」 食い下がる新八を遮るように近藤は指示を出す。その目には堪えられずに溢れた涙があり、新八は近藤に何も言えなくなってしまった。 隊士2人が伊東の体を両脇から支えて連れていく。 夜が明け朝日の眩しさに目を細める。まるでこの酷い争いが明けるのを見越したように顔を出した太陽は辺りを照らした。 開けた場所に全隊士が円形上に並び、その中央で地面に伏した伊東と土方がいた。 伊東は最後の力を振り絞り刀を握り立ち上がる。己の起こしたことに始末をつけるために、真選組の仲間として。 一瞬だった。2人の声が響き土方の刀が伊東を捉える。 とても深く関わりを持った訳では無い。偶に顔を合わせれば他愛のない話をする程度の関係だった。それでも人柄の良さに、話を聞いてくれる温かさに親しみを抱いていた。その目的がどうであれ***にとって伊東という人物はそのように映っていた。 血飛沫が上がる。刀を握る腕が力をなくして滑り降ちる。それでも伊東は踏みとどまると己を見据える皆を振り返り確かにあった絆を見つけたようで安堵したように笑んだ。 「あり、…がとう」 小さくか細い声だった。それでも***の耳にも届いていた。 ♭22/07/01(金) (6/10) ← |