*不屈の花 鍵をかけていた扉を開こうと手を伸ばす。この先には複数の伊東派隊士と伊東が待ち構えているだろう。それを止めるように沖田は手を重ねた。 「あんたさ、なんであんな出来もしない事やったわけ?」 心当たりがあり***は俯く。 「自分を殺そうと真正面から向かってきてねェ人間殺すなんてあんたには逆立ちしたって出来ねーだろィ。殺せないこと自体が悪ィ訳じゃねェけど出来ないことをやるのは、バカのすることでィ覚えとけ」 初めから殺すつもりは欠片もなく、それが伊東にも伝わっていた。上手くいけば交渉を、ダメなら沖田の攻撃する隙を作るための陽動のつもりだったが今冷静になって考えると結果から見ても陽動以外役に立ちそうになかった。 「ごめんなさい」 「謝んねェでくだせえよ。あんたが無理してでも近藤さん助けたいってのは伝わりましたから。でも今からやられると俺でもカバーできるか分かんねェから。昔の仲間殺せねェなら殺さなくていい。その代わり討ちもらしで死ぬなよ」 ***には***の役割がある。それを全うすればいいと言われている気がした。 だが***にも余裕がなければ狙うところは決まってくる。 「心配してくれてありがとね。でもやっぱり一番は自分だから」 初めて人を殺した時もそうだった。自分が生きるために、相手を殺したのだから。 「じゃあ惜しむことなく全力で頼みますわ」 一番隊隊長は特攻隊長。幼いながらにしてはその名に偽りはひとつもなかった。狭い車両の中を縦横無尽に飛びまわり多勢を相手に引けを取らない。 人に合わせることをしないその背を追うのは直ぐに無理が来て、目の前に専念した。 それなりに短いようで長い時間。車内は真っ赤に染め上げられた。車両という密室で噴き出た血が霧のように空気を漂う。 息をすれば鼻につく臭いに咳き込んだ。 鼻を袖で抑えようとするも着物は酷く汚れていて、どもどこもかしこも見ていると気分の良くない惨状。その中で立っているのは沖田と***の2人だけだった。 「沖田くん…」 「あー、生きてますかィ…***さん」 「生きてる、沖田くんこそ怪我は」 「そうかい、それは良かった。俺はちィと疲れちまっただけですよ、肩貸してくだせェ」 傍によれば返り血と受けた傷で汚れた体を支えた。 きっと足手まといだったろう。ひとりだったらもっと楽に戦えたんじゃないかとも思う。 「一緒に戦わせてくれて、ありがとう」 「当たり前だ、扱き使ってやるって最初に言っただろ。こんな時だ、使えるものはなんでも使わねーとなァ」 「そっか、それでも嬉しい」 「嬉しいって、調子狂うなァ。たく、何があんたをそうさせるんですかね」 口にした通りここには屍しか転がっていない。***を見ればそれなりの怪我と返り血を被っていた。 「私ね、真選組のみんなに恩返ししたいの。ここにいていいよって手を差し伸べてくれてた皆の優しさと、あの時逃げるなって言ってくれた沖田くんの言葉と、全部ねすごく嬉しくて、だから私は今ここにいるんだよ」 血溜まりの地獄のような場所で***は嬉しそうに笑った。それがあまりにもこの場に似つかわしくないくらいに真っ直ぐに、心の底から嬉しそうに笑うから沖田は眩しくなった。 その頬を汚す血が邪魔に思えて、沖田の指が***の顔についた血を拭うように頬を滑る。 「だったらあんたもこれで鬼の仲間入りですねィ」 「鬼上等。でも私はみんなのこと鬼だとか思ったことないよ。江戸の平和を守る番人でしょ」 沖田は今、***が昔言っていた彼女を戦いから遠ざけた人の思いがわかった気がした。こんなにも似つかわしくない場所でも目に留まり、真っ直ぐな想いを伝えてくる笑顔。それが血に塗れることで消えて欲しくないと。 だが、それと同時にこうも思った。 時には萎れて悲しそうな顔をすることもあるが、でもこの人はそんな簡単に枯れたりしないと。己の考えと意思を持ちその信念を曲げる事無く生きているから、こうして笑っていられるのだと。 その理由のひとつにでも真選組がなれていたのなら、それはとても嬉しい事だと思った。 「そんなこと言える人はあんたぐらいのもんでさァ。…、鬼になっても、姉上との約束は守れそうですか。あんたは大切な人の隣で笑えますかィ」 病院の階段で見た当たり前のように寄り添うふたりの姿が瞼を閉じると今でも思い出せる。今思うとミツバと***が交わした約束の“大切な人”とは銀時の事ではないかと何となく思い至っていた。 ***も銀時も、お互いにお互いの知らないところで何を謝っていたのか。沖田には想像もつかない。けれど、寄り添うふたりの姿がかつての土方とミツバに重なった。 2人と同じなのだろうか。互いに想い合いそれでも譲れない想いが2人に謝罪の言葉を吐かせたのだろうか。 そう思うと心が小波立った。 また土方と姉上のような2人を俺は傍で見続けなければならないのか。それは嫌だと心が訴える。 だからせめていつかはあの人と笑えると、そう言って欲しかった。 「…私が私であれば」 ***の言葉に安心したように沖田は笑う。 「そうかい。そんじゃあとは旦那の事になると直ぐ足踏みしやがる癖なんとかしなせェよ」 「ちょ、!一言余計!」 結局最後は意地悪を口にすると沖田は車両の扉を蹴破った。 開放された向こう側に見えたのは壊れかけのパトカー1台と車両の間に突っ張り棒のように体を捩じ込んだ土方だった。 「近藤さん、さっさとこっちへ移ってくだせェ。ちぃと働きすぎちまった。残業代出ますよねコレ」 「総悟っ、俺が是が非でも勘定方に掛け合ってやる」 ***の肩から離れると近藤を迎えに行くのか沖田は歩を進める。 「そいつぁいいや、ついでに伊東の始末も頼みまさァ。俺ァちょいと疲れちまったもんで。土方さん、少しでも後れをとったら俺がアンタを殺しますぜ。今度弱み見せたらァ次こそ副長の座ァ俺が頂きますよ」 「土方ここォォォォ!!つーかなんで当たり前みたいに橋のように扱ってんだ?!」 「まってくれ、トシを置いて俺だけ逃げろと言うのか」 「そこでもめんなァァァ!」 「私だってなんでここにいるのとか、頭おかしくなってたの大丈夫なのとか、色々聞きたいことあるのに、2人ともずるい!バカやらないでくださいッ!」 「おめーもかッ!!俺も聞きてェこと山程あんだけど、とりあえず早く俺の上から降りろォォ!」 近藤、沖田を電車に乗せると無理な姿勢でも車が潰れないようにと突っ張り棒的役割を果たしている土方を後回しにして、万事屋3人を急がせた。 「急いで、!土方さんの背骨が保たない」 時折ブリッジのように体が反る土方に危機感を覚える。 「…っ、おい###、テメェあとで覚えとけよ」 「なんで私!?私は心配してるのに橋として使ったふたりは良いんですか?」 「なんか諸々含めて腹立った」 「理不尽ッ!」 ハンドルを握っていた新八も車体からはい出てくると電車を目指す。 「おいモタモタしてんじゃねーよ、さっさと…」 一瞬の事だった。なにかに気がついた銀時が今いる場から飛び退くと派手な音を立ててバイクがパトカーの車体を掠った。飛び退いた勢でバランスを崩した銀時は地面を転がり進む電車の流れから放り出されてしまう。 「…っ、神楽ちゃん、新八くん!!大丈夫だから、急いで」 手を差し伸べれば新八は***の手を支えに電車へ、神楽は1人で飛び移った。残る土方を引っ張りあげれば伊東を乗せた前の車両が速度を落として迫ってくる。あっという間にパトカーはふたつの車両に潰されしまった。 「言われなくても分かってるアル。銀ちゃんなら大丈夫ヨ」 「あんな事くらいで死んだりしませんからね。安心してください」 長く隣にいる2人がそう信頼するならばきっと大丈夫なのだろう。いきなりそれも手の届く範囲で強襲をうけた銀時に何も出来なかったことと、大きな怪我はしてないだろうかと不安を感じていた心はほっと安心すると同時にチクリと痛んだ。 ん?なんだ今の。ちくりってなに? 思わず手を痛んだ場所に当てた。 ♭22/06/11(土) (5/10) ← |