運否天賦


たたん、たたんと車輪と線路が噛み合う度に車両が揺れる。車窓の向こうの景色はビルの建ち並ぶものから、緑の多い長閑なものへと変わっていく。向かう先は真選組の幹部たちの故郷、武州で、土方や近藤、沖田はどんな所で育ったんだろうかという好奇心は隠す事は出来ず、少しばかり楽しみだった。
だが、窓から向かいの席に視線を移すと、伊東と目が合いそんな気持ちは小さくなってしまう。

「来てくれて助かったよ」
「助かったって、まだ私何もしてませんよ。電車に揺られてるだけです」

見るからに不満たっぷりな***の態度に伊東は小さく笑った。

伊東との会話のすぐ後、隊士募集の付き添いを近藤に頼まれた。同行者は伊東と沖田、それに複数人の隊士。護衛として沖田もいることと、実戦に発展しかねない仕事が回されることに疑問を感じ断ろうとするも、同行を決めたきっかけが伊東にある事を聞いて考えを改めた。

「いや、君はいてくれるだけで十分だよ。僕の提案を断ったから来てくれないと思っていたけどね」

よく言うと思う。あんな会話をした後では、伊東を信頼しきった近藤が心配になるのは当たり前。断れない事は分かっていたはずだ。
二つ返事で同行を決めた***に近藤も戸惑っていた。

「心配は少し残るが、そう危険もないだろう。あってもその時は俺たちに任せてくれ。伊東先生も総悟も俺もいるしな」

隣に座る近藤は少し申し訳なさそうに、それでいて力強く胸を叩いた。

「そうですね、その時は頼りにさせてもらいます。でも私の事も頼りにしてくれると嬉しいです」

どのようにして近藤を説得したのか。伊東の弁舌を考えると容易な事だったのだろう。
伊東は一体何を考えているのか。隊が割れている時に自分の派閥を引き連れ隊士を集める意味はわかる。伊東の意図する隊士を募ればそれだけで勢力は大きくなるから。でも土方の居なくなった今それをする意味はあまり感じられなかった。

「どうして。なんで。そんな事を君は考えているね」
「そんなに分かりやすいです、私?」
「ああ、とてもね。君はある程度見えているんだ。もう少し深く考えてみれば答えに辿り着くんじゃないかと僕は思うけどね。それでも分からないなら、分からないんじゃなくて考えないようにしてるだけだよ、君が」

楽しむように投げかけられる問いかけ。
確定的ではないにしろ、いずれは袂を分かつ気でいる伊東に見透かされるのは気持ちのいいものではなかった。

「それにしても久し振りだな武州に帰るのは。あそこは俺やトシや総悟の生まれ育った地でね、どいつもこいつも喧嘩ばかりしてる荒れた所だった。考えてみたらやってる事は今と変わらんな」

普段見たことの無い機嫌の悪さを露わにする***と、それを気にすることも無く煽るように言葉をかける伊東を落ち着かせるように近藤は割って入った。

「たまに不安になる。俺ァあの頃からちったァマシな奴になれたのかって。少しは前に進めているのかって」
「近藤さんでもそんなふうに思うことあるんですか」
「そりゃあるよ。俺だって人間だもの」
「いつもどっしり構えて笑ってくれているから安心を貰ってたので意外です」
「そう思われていたのなら男の意地の張りがいがあるってもんだ」
「でもそう思うって事は、少しでも前に進めている証ですよ。きっと」

長い年月、何も変わらないことなんてきっとひとつもない。同じ想いを貫き続けた先には次の段階へ進むことが出来る。そうやって真選組は大きくなってきたのだから。

「僕も思うよ、君は立派な侍だ。僕は君ほど清廉な人物に会ったことがない。無垢ともいうのかな」

伊東は近藤を何ものをも受け入れ染まる白い布に、近藤の元に集まる皆を色に例えた。

「真選組とはきっとその白い布に皆がそれぞれの色で思いを描いた御旗なのだろう。比べて僕の色は黒だ。何ものにも染まらないし全てを黒く塗りつぶしてしまう。どこへ行っても黒しか残らない、私の通ったあとは全て私の色になってしまう」

伊東が言葉を重ねる度に周囲の空気が次第にぴりぴりと張り詰めたものになっていく。視線をめぐらせ辺りの隊士を伺えば各々の手は刀に添えられていた。
異常事態だった。

「近藤さんすまないね。君たちの御旗はもう真っ黒になってしまったんだよ」

立ち上がり慌てて刀に手を伸ばすも周りの隊士達は抜刀し、各々の刀を突きつけてきた。
こちらが刀を抜く動作を取れば殺される。でも、それでも近藤さんを逃がす時間にでもなるかもしれない。
ぐるりと囲われ身動きの取れない中***は柄を握った手に力を込めればそっと抜くのを抑えるように近藤の手が重ねられた。
何でと視線で訴えれば、この場に似つかわしくない落ち着いた穏やかな顔をしていて何も言えなくなった。

「さすが先生、面白い事を言うな。俺たちが真っ黒に染まった?なるほど、俺が白い布だとするならば確かにそうかもな」

それでもこの危機的状況に、自分はわかっていたのに未然に防げなかった事が許せなくて身体が震えた。
“分からないんじゃなくて考えないようにしてるだけだよ、君が”
そうだ、どこかでそうならないことを願っていた。だからこうなって初めて今回の隊士募集の遠征の意味を悟った。

「だが、俺なんざいいとこちぢれ毛だらけのふんどしってトコかな。白い布に皆がそれぞれの色で、思いを描いた御旗?そんな甘っちょろいもんじゃないさ、奴等は。先生の周りにいる連中は知らんが、奴等は違う。奴等は色なんて呼べる代物じゃねぇ垢だよ。洗っても洗ってもとれねェ、しみついちまった汚れだ」

言葉を紡ぐ間も近藤の手は離れず、刀を強く握りこんでいた指をゆっくりと剥がされ、手を逆に握りこまれる。ぐっと握りこんでくる手は大きくて***の握り拳を安心させるように、まるっと包み込んでしまう。
大丈夫、俺に任せろ。約束しただろう。そう言いたげな目がこちらを向いた。

「しつこくて洗ってもとれねェもんだからしまいに愛着までわいてきやがって困ったもんだよ。だが汚れも寄せ集まって年季が入るうちにみれるようになってきてね、いつの間にか立派な御旗になっていやがった。学もねーし、思想もねェ。理屈より感情で動くような連中だ」

近藤の言葉を静かに聞いていた伊東は何かに気がついたようで席を立つ。

「何を考えてるのかわからん得体の知れない連中だ、先生あんたの手には負えない。奴等は何色にも塗りつぶせないし、何ものにも染まらん」

伊東の視線の先には沖田がいた。
近くの隊士が近藤の襟を掴むと無理やり立たせ、***から引き離すと手にした刀を押し当てる。

「沖田くん何をやっている君は見張りのはず」
「…が何やってんだ」

腹の奥底から絞り出された声が怒りを滲ませる。
眼光鋭く放たれる殺気に背すじが冷えた。

「てめーが何やってんだって聞いてんだァ、クソヤロー。手を離せ」
「沖田君、伊東先生になんて口を」

歩みを止めず近づいてくる沖田にひとりの隊士が進路を塞ぐように立てば、一刀で斬り捨てられた。

「その人から手を離せっていってんだァ!」


突然現れた嵐のように、伊東達にとってこの場で一番の脅威は沖田ただひとり。***はそう警戒されておらず、沖田の言葉と行動に注視している。
今だと思った。一歩踏み込み伊東を狙って貫級刀を喉元に押し付ける。

「動くな!動けば伊東を殺す」

近藤を押しとどめる以外の刀が全て***に向き、柄を握る手に汗が滲む。
そんな***に対して伊東は慌てることも無く両手を上げると笑った。

「おやおや、この状況を容易に導き出せたはずなのに、そうしなかった君に僕が殺せるのかよく考えた方がいい。君が躊躇う間に近藤は死ぬよ」

揺さぶりをかける言葉が柄を握る手を重くした。
でもその通りでも今は顔を上げて精一杯の虚勢を張らなければいけない。
制服の襟を掴むとより強く刃を押し当てた。

「首は大きい動脈が流れてるんです。みなさんなら私よりよく知ってますよね。斬られたらどうなるか。いいんですか?近藤さんを殺しても伊東さんが死んでいたらあなた達困るんじゃないんですか?私もとっても困るんですよ、近藤さんがいなくなると」

刃が皮を切り、血がたらりと垂れた。
殺したら殺す。その脅しは多少効いたようで囲う人垣が遠のく。

「泣き落としかい、聞く必要はない」
「伊東さん、焦らないで聞いてください。ね、いい案だと思いません?あなた方は近藤さんを解放する。私は伊東さんを解放する。Win-Winじゃないです?」

Win-Winどころか、解放されても一瞬の話。3人しかいないこの電車の中ではほとんど詰みだ。なにより伊東達は近藤を殺せば終わりだが、こちらはそうではない。
外に逃げる算段をつけなくてはと頭を巡らす。

「あのさァ、***さん?俺話途中だったんだけど空気読んでくれませんかねィ?」
「めいっぱい空気先読みしたら近藤さんラブしか伝わってこなかったから、これが正解かな?なんて」
「そんなことされると逆に危ないと言うか、まさに天運に全てを任せる状況になりそうですぜィ」
「そっか残念不正か、い゛っ?!」

このやりたい放題する男が無視され、近藤さんの護りを横取りされて機嫌が斜めになることは分かっていたがこれは予想外。
ひょいと飛んだ沖田は***ごと伊東を蹴り倒した。
狭い車両の中で周囲を巻き込みドミノのように倒れる。それを躱し沖田は奥にいる近藤を囲う数人の隊士もあっさりと斬り伏せた。

「はい全員ちゅうもーく。これなーんだ」

上着のポケットに手を伸ばすと何かのスイッチらしきものを見せつけポチリ。
何をするのか検討もつかない中で爆発音と振動が響いた。振動は大きく脱線することは無かったもののその場にいた全員足元が覚束ず、立っているものは床に倒れ、倒れているものは立ち上がれずにいた。仕舞いには照明が落ち辺りは暗くなる。

これを立って逃げろって確かに天運に全てを任せるやつだわ!!
***は倒れた男達を踏み分け近藤と沖田のいる方向に走った。

「チンタラしてんな」

目の前を走る沖田が***の腕を力いっぱい引く。体が浮き背に回された腕に抱きとめられぐんと距離が縮まる。と、後ろでブンっと何かを振った音がした。なにか想像出来て体が震える。

「振り返えるんじゃねーよ、走れ!」

車両をひとつ、ふたつ通り抜けた。
だが追ってこられるのは時間の問題だ。
車外に何とか逃げられないかと思っていたが爆発が起きても電車は止まる様子はない。

「***さん、そろそろ頃合じゃないですかィ」

これからどうするべきか悩んでいると前を行く沖田が立ち止まり振り返った。

「そろそろ腹ァ括れましたよね」

とんとんと刀の柄を指で押され、なんの事か思い至る。

「…うん、沖田くんには必要ないかもしれないけど、背中任せてくれると嬉しいな」
「ほんとですねィ、***さんは自分守ってなせェ」

会話をしている間に一番前を進んでいた近藤が車両の扉を越えたタイミングで扉を閉め、外側から鍵をかけた。電車の走行に耐えうる扉だ。そう簡単には開きはしない。

「近藤さん大将の首取られたら戦は負けだ。ここは引き下がっておくんなせェ」
「ふざけるな、開けろ!!」
「近藤さん、だから何度も言ったでしょ、あんたの悪いところは人が良過ぎるとこだって。誰でも信じて疑おうとしねェ。挙句あの伊東キツネまで懐に抱え込んじまうたァ。まァいつかはこうなると思ってやしたがねェ」

ドアを内側から叩く近藤を背に沖田は連結器をいじる。レバーを引けば噛んでいた連結部分かゆっくりと離れた。

「だが、そんなアンタだからこそ、達ァ集まったんだ。そんなアンタだからこそ、一緒に戦ってきたんだ」

前を行く近藤を乗せた車両と、沖田と***を乗せた車両の距離はゆっくりと、だが確実になはれていく。

「そんなアンタだからこそ、命張って護る甲斐があるのさァ」

近藤を諌めるような、それでいてどこか少しだけ誇ったような沖田の言葉は静かに、それでいて力強く***の耳にしっかりと届いていた。





♭22/04/18(月)

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