なき手を出す


***は目的の部屋まで行くと数度躊躇うも、一言声をかける。部屋の中から返事が返ってくると襖を開ければ、部屋の中では伊東が驚いた顔で固まっていた。


「いきなりすみません」
「いや、君には驚かされたよ。なんの用件があって僕のところへ来たんだい」

あんなやり取りをした後にどの面下げて来たんだとも聞こえてしまう言い方に、ここに来たのは間違えたかなと一瞬思うも目的を思い返す。

「伊東さんに尋ねたいことがあって今日は伺いました」
「尋ねたいこと…?」
「はい。あなたはこれからの真選組をどうしていくおつもりですか」

土方を排し、その先に何を望んでいるのか。日に日に伊東に対して不満を持つ隊士と、伊東に与する隊士とで屯所の内は険悪な空気が増している。

「そんな事を、君が?僕に聞いてどうするんだい」
「あなたの言うように私は真選組にいる皆と同じだけの責任を負えているとは思っていません。だけど、私も真選組の隊士です。そこは誰に何を言われても変わらないと思っています。だからこそ真選組に身を置くものとして、聞いておかなければならないと思いました」
「なるほど。ここ数日君の仕事を見てきたが、文句の付けようはなかった。そちらに関してはそうだな。僕の浅慮を詫びよう。でも局長ではなく参謀の僕に聞く理由はなんだい」

手のひらを返すかのように伊東は態度を一変させた。
土方の後ろで仕事を熟す。そんなイメージを持っていたが、はっきりと自分の意見を口にする***に認識を誤っていたことに考えを改める。

「今の真選組の状況はご存知ですよね。あなたの采配次第で隊はどうとでもなるからです。それに私達は真選組の仲間です」

***の言葉に乾いた笑いを零す。

「君は、そこまで見えていて真正面から僕にそれを聞くのかい?」
「…だからです」

君の予想は当たっているとでも言いたげな不穏な返答。でも何か行動を起こす前ならまだ間に合う。話してどうにかなる事なのかも定かではないが、相手を知らなければどうすることも出来ないと思った。

「真選組をどうしていくつもりか、だったかな。僕はね真選組はもっと変われると思っているんだよ。大きく、強く。君だって変わりたい、そう思ってきただろう」
「それは、」
「斬り合いには出さずに公の目にも触れさせない。土方君らしい考え方だよ。傍から見ると女性である時点で敵の目は君に集中し弱点にしかならない。でも僕は思うんだ。発想の逆転だ。君が強ければ弱点は弱点ではなくなる」

言葉を返す隙もなく、囁かれる甘い甘い誘惑の言葉。

「君にそれだけの強さがあれば僕は君を縛る土方君との約束を解くよう、近藤さんに進言してもいいと思っている。君が変わることで真選組だってまた一歩生まれ変わることが出来るんだからね」

ここに来た目的が霞みそうになるも、「伊東には気をつけろ」土方の言葉が頭に浮かんだ。

「結構です、」
「それはどうしてだい。君だって負い目に感じていたんだろう」

本当はそうして欲しい。一時的にでも土方のいない真選組を守るために、力になるためにも伊東の言葉を受け入れたかった。でも、それじゃダメだと漠然と思った。
“お前は守ることの意味を履き違えてるからだ”
今まで忘れていたファミレスで言われた言葉が蘇る。転海屋の一件で認めてくれたはずなのに、二度と抜かせないと。まだその意味を理解できていなかった。

「君は僕と同じだと思っていたんだがね。違ったのなら残念だ」
「おなじ、?」
「君には力がある。だけど土方君はそれを認めてこなかった。違うかい?」

何も言葉に出来なかった。
最初は渋々だったが一緒に仕事をするなかで、真選組にいることを認めてもらえていると思っていた。転海屋の一件でより、その気持ちは強くなりここにいていいんだと思えるようになっていた。でも数日前の言い争い。
自分の身は自分で守れると、そう言ったのに返ってきたのは否定の言葉。そうして信頼されていないことを言葉にして伝えられるのは堪えた。

「僕もね、僕の力を認めてもらいたいんだ。その為にも真選組を変えたいと思ってる。僕の目指すものはそこだよ」
「そう、ですか。その為に土方さんは邪魔だったんですね」
「真っ直ぐにものを言うね。その通りだよ。僕の目指す真選組には彼は不要だった、それだけだ。他に聞きたいことはないかい」
「その目指す真選組は今のみんながいて、近藤さんの思いと一致していますか」

伊東は目を見張った。土方を切腹にまでして排そうとしたのに、そんな男に、もう誰も排するつもりは無いのか、それが近藤にまで及ばないのかを問い質してきた。
警戒しているはずなのに、そこまで踏み込んで聞かれるとは思っていなかった。
真選組の仲間です。前置きされた言葉を思い出す。

「君は、土方君が頭を悩ませていたのがよく分かるよ。そうだね、僕らは同じ場所にいるとしても、見ているものはそれぞれだ。近藤さんの思いと全て一緒では無いかもしれないね」
「それは2人の道が別れることも可能性としては有るという事ですか」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。その時にならなければ分からないこともあるよ」
「…わかりました。そうならない事を祈ってます。でも、もしそうなった時は私は、迷いません」

何を聞いてもこれ以上は要領を得ない返答しかする気のなさそうな伊東の態度に、部屋に訪れた時より重い表情をして出ていく***の背中を伊東は見送った。

「篠原君」
「はい、」

隣の部屋に控えていた隊士が顔を出す。

「近藤は今何をしている」
「この時間でしたら道場に、いかがしました?」
「いや、少し話をと思ってね」
「あんな事まで話してよかったんですか」
「そうだね、彼女は思っていたよりも聡い、そして馬鹿だ」

話をしに来た時はこちらに歩み寄ろうとしているのかと思ったが、そうではなかった。こちらの真意を探ろうとしていた。そしてそれが話し合いで解決するものかも推し量っていたが、ほぼ不可能に近いと悟った様だった。
にも関わらず「迷わない」そう宣言をした。敵になると。最初から歩みよる気がないのならそんなことを口にせず敵に回ればいいものを。まだ仲間だと思っている***を無視して自分の思っていることを隠しもせず、決裂を否定する事もなく有耶無耶にした言葉に対する怒りを隠せなかったようだった。
土方のいなくなった真選組を守ろうとしている事が手に取るようにわかる態度。
でも全て見抜いていても彼女には何も出来ない。伊東はそう確信していた。
こちらが何か行動に移すまで、彼女の中で僕は仲間だから。

容易に推測できる***の態度を思い返し小さく笑った。

「彼女は思いだけで何かを変えられると勘違いをしているのかな」

伊東にとって***の存在はいれば仕事は楽になるが、それ以上でもそれ以下でもなかった。ただ誰かに認めて欲しいそんな欲求を持った女で、何故真選組にいるのかその理由もよく分からない路傍の石。だがそれがなんの意味を持たずに踏まれるだけの石ではなく、火にくべれば弾け飛ぶ厄介なものだとある男に言われた。
『そんな厄介もん腹に抱えて今回の計画上手くいくかねェ』
確かに一心に思いを伝えようとしていたその姿勢は、危なげに見える反面、僕のことを知ろうと、対話をしようとしたその誠意にとても心を揺さぶられもした。
だがそれだけでしかない。
邪魔な土方を排し近藤を消す。その意思は曲がることは無く、彼女にはどうにかするだけの度量も力もなにも揃っていない。やはりただの石だ。
脅してきた高杉晋助も一体ひとりの女ごときに何ができると思っているのか。

「近藤諸共に、消えてもらおう」

上擦った伊東の声に篠原は徐ろに顔を上げた。視界に入った伊東の表情に背筋を汗が伝う。だが、それと同じだけ自分の信奉する男を頼もしく思った。
そこにいたのは先程までの穏やかさとは打って変わり、楽しそうに獲物を見定め捕まえたとばかりに笑う男だった。





♭22/03/16(水)

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