赤灯火


嫌な予感は当たった。
あれから数日後の昼下がり。副長室の隣でいそいそと仕事をしていた時だ。会議をする大部屋から聞こえてくる土方の大きな声。
「焼きそばパン買ってきたっス!沖田先輩!!」
普段の土方からは想像もつかないような内容だった。
慌てて大部屋へと向かうと、廊下から大部屋へと襖ごと倒れ込んだ土方の姿が見えた。叱責を受けているようで倒れたまの姿はまるでしょぼんとした大型犬のように見えて放っておけなかった。

「あの、すみません。副長ここのところ体調が芳しくなくて、ほらひとりで書類仕事一手に引き受けているから疲れが溜まってるのかな?…なんて」

あ、失敗したと悟ったのは直ぐだった。ずらりと居並ぶ幹部たち。その中でも真正面に座る近藤の脇でイタズラが成功したとしたり顔で笑う沖田に目がいった。
救いを求めるように土方に視線を送ったが、帰ってきたのは呆れた視線。

「(おめーは何をしに来てんだ!馬鹿なのは知ってたけどここまで馬鹿とは思わなかった)」
「(馬鹿ってなんですか!フォローしにきたんですよ!)」
「(フォローになってねェんだよ!つーかこの場面でフォロー出来るやつがいるなら拝み倒したいわ!)」

部屋中の視線が突き刺さる。

「へェその人お昼に俺と外出てたんですけど、そのくらいの元気があるなら大丈夫だと思いますよ、***さん」

沖田くんんんん!!!
きみが土方さんを貶めたのは分かってるんだよ!
分かってるからこそ追い詰めてくる言葉が腹立たしい。

「そ、そそうかなぁ?あれ?今日はお昼から体調が良くないんでしたっけ?」
「無駄だよ。どれだけ理由を並べ立てても今まで一体いくつの隊規違反をしてきたと思っているんだい。更には会議に遅刻をしてくるなんて副長としては失格ではないかね」

もう上手い切り返しができない。敗れ被れで穴しかないフォローを伊東に一刀両断された。

「それに君も君だよ。唯一助勤が付く副長は仕事が大変だから、そのように聞いている。その助勤がサポートが根本的にできてないとなると問題だ。真選組にいるのに、仕事の全容を理解していないとは考えが甘い。どう思うかね、近藤さん。副長共々これを機に処断しては」

論理的で分かりやすく並べ立てられた言葉に思わず頷いてしまいそうになる。何でもかんでもスマートに熟す面をこんなとこで活かさないで欲しい。
それにしても伊東さんは言い訳も聞かないくらいに冷たい人だっだろうか。思い返してもそんなことはなかった。

「伊東、俺は隊規違反をした。だがこいつに俺は逐一世話焼いてもらってるわけじゃねェんだ。関係ねェ」
「仲良く庇いだてかい」
「近藤さんだって分かってるだろ、こいつは隊規をひとつも破ってねェんだ。処断されるいわれはない」
「伊東先生、トシの言う通りだ。彼女は俺が責任をもって局長付きとし面倒を見る。だから考え直してくれんか」
「近藤さんがそう言うなら仕方ないか。だが土方くんは見逃すことは出来ないよ」
「あの待ってください。土方さんちょっと今おかしいだけで、少ししたら治りますから」
「おかしいか、少しとは?どのくらいだね。隊務に支障が出ている時点でおかしいでは済まされないんだよ」

今までの行いを鑑みても、土方さんはどこかおかしくなってしまった。それには何か理由があるはずだと誰しも思うくらい自分の決めた事を曲げない人だと分かっているはずなのに、なぜそれを伊東さんは問い正そうともせず処断をしようとするのか。

「確かに伊東さんの言う事は正しいです。驚く話を私も小耳に挟みましたし、土方さん何してんだっ!て思いますけど、理由は聞かないんですか?何も聞かないで罰するんですか?」

浪士組立ち上げ時からいる隊士は特にそう思っているはず。

「そうだね、でも今まで彼が処断してきた隊士達にも理由があったはずだよ。それに手本になるべき立場の土方君がこれでは示しがつかない。必要な事が守れない副長は隊には不要、切腹だ」

伊東は土方は用済みだとでもいうように淡々と言い切った。

「そんな、」

空気が一気に重くなる。それを破るように今まで黙っていた隊長の1人が立ち上がった。

「黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって。嬢ちゃんの言う通りだ!」

それに続くように半数以上の隊長が口を揃えて伊東に反論をした。
あっという間に言い争いになる室内。外まで聞こえる大きな声に屯所にいる隊士達が何事かと集まってくる。

「おい###こい」
「土方さん、!」

混乱する場に慌てていると腕を引かれ、人の集まる大部屋を引き摺られるように副長部屋に押し込まれた。

「お前は真選組を辞めろ」

何事かと思えば端的な言葉に思考が一瞬で切り替わる。

「嫌です」
「お前は事態を分かってんのか」
「事態?」
「伊東派の奴らからしてみれば俺の次にお前は邪魔者なんだよ」
「え、土方派の人間ですか私?」
「四六時中俺と一緒にいるんだ、そう見られててもおかしくねェ」

あの冷たい態度が腑に落ちた。
こちらには対立するつもりが無くても、あちらにはそうする理由がある。一体何をどうするための対立なのか。

「待ってください、じゃあ伊東さんは土方さんを真選組から消して何がしたいんですか」
「知らねェよ。お前も余計なことは考えんな」
「気になって夜も眠れませんよ。それに人間考えることを止めるとバカになるんです」

こないだは自分で考えろって言っていたのに、こうして真選組が何か大きな問題にぶち当たってる時には考えずに蚊帳の外にいろと言われる。

「上等だ、お前は少しバカになったくらいが扱いやすくて有難ェよ」
「自分がいなくなったあとを心配してるのは分かります。でもだからこそ私に出来ることは有りませんか」
「ねーよ、」
「嘘つき。じゃあなんで転海屋の一件で私を使ったんです?意味も理由もなくあんな事する無責任な人じゃないですよね土方さんは」

ぴくりと跳ねる眉に言葉を重ねる。

「組は使えない、それでも手が欲しい。そんな時に使ってくれた。勝手に頼ってくれたって思ってます」
「思い込みが激しいんだよ。だいたいさっきはあれで収まったが、このまま近藤さんが伊東のやり方を許すならどうなるか分かんねェんだ」
「自分のことくらい自分で守れます。私は初めからそのつもりだったんです」
「お前がそのつもりでもこっちは違うんだ。大体テメェを守ってるつもりはねェんだよ、組守るためにやってる事であって」
「はいストーップ」

睨み合う2人の顔を引き離すようにバチリと叩く手。

「ぎゃっ、!」
「うぎゃ、」

痛みに後ろに飛び退くとそこには沖田が立っていた。

「オイ何してんでさァ、土方コノヤロー。お前の処断の話だろうが。こんなとこで油売ってないで行きますぜィ」
「あ、おい、っちょまて!まだコイツに話が!」
「***さんのことは俺が何とかするんで、心配しなさんな」

任せろ。そう言いたげに血走った怖いウインクが沖田から飛んでくる。土方とは違う意味で任されたくない相手に首を横に振った。
いらない、あなたのサポートは。

「ええ?!ちょ、、し、心配しかないけど!お前等に何が出来んだよ、くそっ!」

襟首を掴まれずるずると引っ張られる土方は襖にしがみつく。

「おい###、!」
「嫌です」
「どこまで頭硬いのお前!ああ゛っ、もうめんどくせェな、伊東には気をつけろ!わかったか!」
「遺言は終わりました?なら行きますぜィ、土方さん」

しがみついていた手も離れると廊下の向こう側へと2人は消えていった。



土方が無期限の謹慎処分となり隊を離れて暫く。***は変わることなく真選組にいた。変わったのはそこに土方がいない事。
一度どうしているのか心配で連絡をしてみたが、なにやら話が通じず様子がおかしかった。どこにいるのかすらも分からず一体彼の身に何が起こっているのか不安になった。あんなことで言い争いをする前に、きちんと問い正すべきだったと思っても遅い。
なにより電話をかけた時の第一声。「土方でござる」は真剣に心配していている事が馬鹿らしくなる位に陽気だった。

「頭抱えて何やってるんですかィ、局長付きの***さん」
「沖田くんこそ何やってんの、いいのそれで?」
「それってどれの事です」
「それはそれ」
「じゃあ***さんはどれですか」
「あぁ、もう!混ぜっかえさないでよ」

いつになく余裕のない***の反応に沖田はため息をついた。

「しっかりしてくれませんかねィ。俺ァあんたの面倒まで見きれませんよ」
「わかってる、」

局長付きになったからといって仕事内容が変わるわけでもなく、顔を合わせるのは参謀。だからといって関係は悪化することも無く仕事はやりやすく何の問題も無かった。
気がかりなのは伊東が土方を排した理由。「伊東には気をつけろ」そう土方が残したように、副長として隊規が守れないからだけではない気がした。

「嫌なら局長付き、降りてくれませんかィ。俺としてはあんたが邪魔で仕方がないんですよね」

土方を追いやったと思ったら、局長付きになった***が今度は気に入らない。不満そうに零した。

「邪魔って、仕事上でしょう」
「それはあんたがいつまでも真選組の中でふわっとした立ち位置にいるからだろ。いつまで隠れてるつもりなんですかィ」
「…っ、それは」
「状況が変わりましたからねェ。あんまり呑気でいられると困りまさァ」

今の真選組は参謀が土方の代わりに組を纏めあげている。近藤が信頼を寄せているため誰もそれを表立って咎めることも出来ない。伊東に不満を抱える隊士は手も足もでず、近藤に対し懐疑心を抱え始めている。このままだと真選組そのものが内側から崩壊してしまう。
この状況を作り出すことに片棒担いだ口でよく言うと思うも、彼の言うことも一理ある。初めの頃とは違い真選組は大きくなりすぎた。今の真選組がどこに向かっているのかも分からない。

「あんたも変わる気が無いわけじゃねェでしょう。うだうだ頭抱えて悩んでる暇があるなら、あんたに出来ることをしてくだせェ。俺は俺のしたいようにするんで」

そう言う沖田はまた何かよからぬことを考えているのではと思ってしまうくらいに、にこやかに笑うと去っていった。

近藤さんが一番。
その気持ちがひとつも揺らいでいない沖田の様子に、先程まで不安に占められていた心は少しだけ穏やかさを取り戻していた。





♭22/03/01(火)

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